心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件㊹

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1年5組 劇終了後


「ラスト、何自分の世界に入ってんだよ」

劇を終えた5組の生徒たちは、体育館に並べてあるパイプ椅子に出席番号順でそれぞれ座っていく。
そんな中、結人と真宮は彼らに交じらず体育館の後ろへと移動した。 
理由なんて特にないが、出席番号順で座ると席が離れてしまうため、劇が終わった今互いの時間を共有しようとこのような行為をしたのだ。
「いやー、何か久しぶりに櫻井に会ったら色んな感情が急に湧き出てきて、抑えられなくなっちまってよ」
一番後ろの壁にもたれながら、苦笑いで答える結人。 それを見て、真宮もつられ苦笑する。
「まぁ、いいことは言っていたと思うけどなー。 前半の台詞は普通によかったけど、後半は櫻井のことをそのまま名前で呼んでいたろ?
 あと自分のことを“私”じゃなくて“俺”って、言っちまっていたし。 せめて、演技中っていうことは忘れんなよ」

―――そう・・・だっけ。

「別に終わったことだからいいじゃねーか。 終わりよければ全てよし!ってな」
5組の劇をひとまとめにして満足そうに言う結人に対し、真宮は優しく微笑み返した。 5組が終わると、最後の出し物は1組の漫才だ。 
結人たちは自分の席には戻らず、体育館の後ろから彼ら出し物を鑑賞する。 1組は少人数のグループに分かれ、各2分程度のオリジナルの漫才を披露していた。 
人を笑わせることが苦手だと思っていた梨咲は、思っていた通り顔を真っ赤にしながら必死にこなしている。
梨咲は性格的に突っ込み役がピッタリだと思っていたが、今の彼女はボケ役のため一瞬違和感を覚えた。 だがそれは、自然とすぐに消え去っていく。
思っていた以上にボケ役が似合っており、思わず微笑んでしまう程だった。 梨咲たちの漫才を終えた後は、次は御子紫たちの番。
彼らのグループは、御子紫が常に行動を共にしている仲のいい男子と、牧野と秋元を連れた3人の男子。 つまり日向だ。 この5人で漫才をしている。

―――本当、お前らいつの間に仲よくなったんだよ。

結人と日向の関係は、相変わらず変わっていない。 結人が入院している時、当然日向は一度も顔を出してこなかったし、話しかけられたこともない。
だが日向は、結人のことを今どう思っているのかは分からないが、結人自身は彼のことを別に嫌ってなんかはいなかった。 かといって、仲よくなりたいという気持ちもない。 
ただこの微妙な関係が、これからもずっと続けばいい。 仲よくならず、そして人をいじめなければそれでいいと思っていた。

「そうだ、今日醤油を買いに行かないといけなかったんだ! すっかり忘れてたー・・・」
「それはドンマイだね」
「でも今日の飯を作る時、醤油は絶対に必要なんだよ・・・。 困ったなぁ・・・。 あ、今日だけでいいから、醤油貸してくんね?」
「え? いや急に、しょーゆーこと言われても・・・」

体育館全体が笑い声で埋め尽くされる。 御子紫たちの漫才は、日常会話にたくさんのギャグを詰め込んだものだった。
内容がシンプルでとても分かりやすく、普通に面白い漫才だ。 そして――――1組の出し物が、終了した。

『今から1時間の休憩を取ります。 休憩後ユーシをやるので、開始10分前には席に着いておいてください』

そのアナウンスが聞こえた後、体育館全体は徐々にざわめき出す。 結人もこの後ダンスの発表があるため、着替えようと教室へ戻ろうとした。
「ユイ! 来てくれたんだなー」
先程漫才を終えた御子紫が結人の隣にきて、笑顔でそう言ってくる。
「あぁ。 漫才、最高だったぜ。 あれ全部オリジナルなのか?」
「一応、メンバーで分担してな。 俺たちのグループ、クオリティめっちゃ高かったでしょ! ねぇ、ねぇ!?」
「はは、そうだな」
漫才を終えたばかりで興奮状態が治まり切れていない御子紫に対し、結人は優しく笑ってそう返す。

「ユイー!」

―ドンッ。

「ちょちょちょッ! あっぶねぇな、俺は今身体が思うように動かないって言ってんだろ!」
元気よく結人の背中を目がけて飛びかかってきた未来を見ながら、何とか踏ん張ってバランスを保ち少し怒った口調で物を言う。
「俺たちの劇を見てくんなかった、お前が悪い」
目をそらし少しふてくされている未来を見て、あることを思い出しこう呟く。
「あぁ、そういや4組の劇って何をやったんだ・・・?」
「・・・」
「ユイ、憶えてる? 入学して早々起きた、俺と未来の話」
「悠斗と未来の話・・・?」
機嫌が悪く口を開こうとしない未来の代わりに、隣にいた悠斗が結人に向かって話してくれた。
「あぁ・・・。 未来が喧嘩したとか言われて、停学にされた話か」

―――そんなこともあったな。
―――無事に仲直りできたし、より二人の関係も深まったから別に嫌な思い出ではないけど。

「それがどうしたんだよ?」
「その話を、そのまま劇にしたんだ」
「・・・え?」
悠斗の発言に一時思考停止してしまい聞き返していると、いつの間にか夜月と伊達も隣に来ていた。 彼らの存在に気付き、結人は思ったことを口にする。
「ちょ、夜月! 何だよその格好、似合い過ぎてヤバいだろ」
今の夜月の服装は、私服だがフォーマルな雰囲気を装ったものを着ていて、かつ普段していないはずの眼鏡もしていた。
夜月はコウと似て凄くモテるため、突然こんなによりイケメンになると、今日彼の周りには物凄い人だかりができていたことだろう。
「眼鏡は椎野から借りたんだよ。 まぁ、伊達だけどな」

―――・・・待てよ。 
―――4組があの話の劇っていうことは、夜月にも役があったんだよな?

「夜月は何の役だったんだ?」
素直に質問を投げつけると、夜月は淡々とした口調で答えていく。
「ん、先生」
「先生!?」
「そ。 職員室前で、未来と先生が揉めていたっしょ? そん時の先生」

―――まさかのその役!?

「で・・・。 伊達は何の役だったんだ?」
見ていると眩しい程に輝いている夜月を横目に、隣にいる伊達にさり気なく話を振ってみる。 すると彼は目をそらし一瞬気まずそうな表情を見せるが、静かにこう呟いた。
「俺は・・・ユイの役・・・」
「え・・・。 俺?」

どうやら役を聞くと伊達は結人の役で、他に重要な未来と悠斗の役は本人ではなく別の男子が演じたのこと。
それを演じた男子は、伊達といつも一緒にいる二人のようだ。 この3人はクラスでよく目立っているため、自然とその重大な役を任せられたのだろう。
一方未来と悠斗はというと、あえて不良らの役に回ったらしい。 演技中に行う喧嘩のシーンも、未来たちが指導したのだと。
出来事の流れは憶えているものの、結人が発した言葉についてはうろ覚えだったため多少のアレンジはしたらしい。 だが劇はかなり完成度の高い作品だったようだ。

一応全てのことを把握した結人は、隣にいる気まずそうな伊達に向かってニヤニヤした表情で言葉を発した。
「どうだった? 俺を演じてみた感想は」
「は? 別に・・・」
「何だよそれ」
「まぁ、いい役をやらせてもらえたなとは、思ったけど・・・」
何故か結人の前では素直になれない彼を見て、優しく微笑み返す。
「そっか。 そう言ってくれて嬉しいよ」
自分とは反対に素直に喜ぶ結人を見ると、何故かムキになった伊達はわざと違う話題を振る。
「そんなことより、5組の劇はどうだったんだよ」 
「へ? 俺たち?」
突然話を変えられたことにより、瞬時に頭の切り替えができなかったため少々間抜けな声を出してしまう。
「そうだよ。 ユイが櫻井に言ったあの台詞、全てアドリブだろ?」
「・・・どうしてアドリブだと分かったんだ」
「気付かないとでも思っていたのか?」
結人は自分のことを“アドリブであそこまでいい台詞を言えるなんて俺は天才”などと、自分に満足し少し浮かれていたが、その一言を聞き一瞬で暗い表情を見せる。
「マジかよー・・・。 俺結構頑張ったんだけどなー・・・」
「いや、頑張ったとは思うよ? あんなにカッコ良い台詞、アドリブで言えるもんじゃないって」
ガックリと肩を落とす結人に、慰めかけるように伊達は優しく言葉を発する。
「つか・・・どうしてアドリブだと分かったんだ?」
「いや、最初は普通にいい台詞だなぁと思って聞いていたけど、後半明らかに素に戻っていたでしょ。 自分のことを“俺”って言ったり、櫻井のことをそのまま名前で呼んでいたり」
「え・・・。 俺そんなこと言ってた?」

―――さっき真宮にも言われたな。
―――本当に憶えていなくて、さっきはスルーしちまったけど・・・。

「・・・自分でも気付いていなかったのか」
先刻起きた出来事を本当に憶えていない結人を見て、伊達は“もうお手上げ”といった表情を見せながら苦笑いする。
結人と伊達が劇について楽しく話をしていると、二人に近寄る少年が一人いた。 そんな彼は、結人に向かって小さな声で言葉で発する。
「あ、の・・・色折、くん」
「ん? おぉ、櫻井か。 どうした?」
櫻井に呼び止められた結人は、彼の方へと身体を向けた。
「えっと・・・。 その・・・」
「?」
だが言いたいことをなかなか言い出せない櫻井。 その光景を隣で見ていた伊達が、二人の会話に割り込んだ。
「俺、先に教室へ戻っているな」
「え? ・・・あぁ、分かった」

―――なるほど・・・伊達がいて言い出せなかったのか。 
―――伊達の気遣いに感謝だな。

伊達が結人たちから離れていくのを確認し、人通りが少ない階段へ移動することにした。 そして静かになったこの状況に、櫻井は自分の思いをゆっくりと綴っていく。
「その・・・色折、くん。 今日は、本当に来てくれて、ありがとう」
「いいっていいって。 それより、櫻井は演技バッチリだったぞ?」
「え・・・。 本、当?」
その発言に驚いている櫻井に、結人は劇で見た彼のことを思い出しながら更に思いを口にしていく。
「あぁ。 台詞もちゃんと憶えられていて全部言えていたし、剣のシーンだってきっちりこなしていた。 練習、した甲斐があったな。 
 俺は櫻井が主役で、本当によかったと思っているよ」
そう言い終えると、櫻井は嬉しそうに笑った。
「嬉、しい。 ありがとう、色折くん」
「いえいえ。 本当のことを言っただけだっつーの」
「あと・・・」
「?」
彼は一瞬の間を置き、再び笑顔で口を開いた。

「最後のアドリブ、凄く嬉しかった。 あんな風に言ってくれたのは、色折くんが初めてだよ。 本当に、ありがとう。 少し、自分に自信を持つことができた。
 これも全部、色折くんのおかげだと思ってる。 感謝、し切れないよ。 本当にありがとう。 色折くんと、出会えてよかった」

この言葉に、結人の心は大きく揺さぶられた。 今まで関わってきた櫻井とはまるで違う印象を受け、思わず言葉を詰まらせてしまう。
今櫻井が放った言葉は、ゆっくりだったが噛まずに最後まで言うことができた。 途中で止まらずに言い切ることができた。 そんな彼の成長が、結人は何よりも嬉しかったのだ。

―――つか・・・アドリブだって、櫻井にもバレていたのか。
―――まぁ練習で合わせてもいないし、仕方ねぇかな。

櫻井の成長の嬉しさと、アドリブがバレて恥ずかしい気持ちが混ざり合ったこの感情をどう表現したらいいのか分からなく、複雑な表情のまま言葉を返す。
「・・・あぁ、こちらこそありがとう。 俺も、櫻井と出会えてよかったぜ」
結人の表情は誰から見ても不自然な笑顔だったが、結人にとっては最高の笑顔を彼に向けていた。


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