心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件㊶

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夜 沙楽総合病院 結人の病室


櫻井と電話をし終えた後、昼食時と夕食時以外の時間を全てリハビリに充てていた結人は、19時前になってやっと自分の病室へと足を運ぶ。
本来なら夕方に仲間が見舞いに来るのだが、文化祭前日のせいか、または劇のセットを直し終えていないのか、先程真宮から『今日は遅くなる』と連絡がきていた。
時間を聞くと『19時頃にそっちへ向かう』と返事がきたため、結人はその時間に合わせ病室へ戻る。 今日は後輩も来てくれる日だった。
後輩と会うのは約二ヶ月ぶりでそんなに日は空いていないが、結人は彼らと会うのには少しの躊躇いがあった。
久しぶりなのにこんな姿でこんな場所で会うことになるなんて、思ってもみなかったからだ。

―――でも・・・元気にしてっかな、みんな。

結人のリハビリには少しずつ変化が見られている。 昨日目覚めた後に動いた時は人が歩くスピードよりも5、6倍の時間はかかっていたが、今は4倍くらいになっていた。
もっと早く歩くことはできるのだが、これ以上早くすると足が追い付けず途中でもつれて転んでしまう可能性がある。 そのため、今の速度が限界だった。

―――後で・・・外出許可、もらってこないとな。
―――・・・許可をもらうことができるのかな、俺。

―コンコン。
「先輩、入ります!」
そんなことを考えていると、ドアの向こうから元気な声が聞こえ自然とそちらへ目を移す。 結人が『入ってもいいよ』と許可を出すと、後輩たちが一斉に入り込んできた。
「先輩会いたかったです!」
「怪我、大丈夫ですか?」
「何があったんですか、先輩」
「その前に、先輩をやった犯人を捜しましょう!」
「おい待て待て。 俺は元気だし、大丈夫だって。 そんなに焦るな」
久々に会うため少し緊張を持ち合わせていたが、後輩らはそんなことは気にしていないようで、結人に会ってはすぐにそれぞれの思いを口する。
その光景を見て“可愛い奴らだな”と思いつつも、興奮状態である彼らを何とかして落ち着かせる。
結人と同い年である仲間はここには見受けられず『どうしたのか』と聞いてみると『病室にはこんな人数入らないから、先に行っておいで』と先輩に言われたらしい。
その他、後輩だけでなく藍梨と伊達も来てくれた。 二人は優先して『ユイの病室へ行ってほしい』と頼まれたらしい。

「もしかして・・・クリーブル事件のせいですか?」

後輩の口から唐突に発言された“クリアリーブル事件”に、一瞬言葉が詰まる。 やはりその事件は、立川だけでなく様々な場所でもニュースになっているのだろうか。
「まぁ・・・そうだけどな。 でもいいよ、お前らは気にすんな」
「先輩!」
「?」
心配をかけないように放った言葉だが、急に自分のことを呼ばれそちらへ意識を向ける。
「先輩、俺たちのことも使ってください」
「は?」
「そうですよ。 俺たちは、将軍に付いていくって決めたんです」
「命令を出してくれたら、全て従いますんで!」
「横浜から立川なんて、一時間半あれば着きますよ。 だから来れない距離ではないです」
後輩らを使おうとすることは、既に結人は考えていた。 だが彼らからそう言ってくれるとは思ってもみなかったため一瞬驚くが、すぐ笑顔になって彼らに言い渡す。
「あぁ、ありがとう。 俺たちの人数だけじゃ今は足りないんだ。 だから、お前たちにも期待しているぜ」
「「「はい!」」」
その言葉にここにいる後輩たちは元気よく返事をする。 後輩の人数は丁度10人で、彼らがいるだけで人数が倍になる。
後輩らの会話を聞いているだけで、元気のいい御子紫と椎野がたくさんいるように見えるが実際はそうでもない。
結人と同い年の者と同じで物静かな奴もいれば、一番最年少である二個下の後輩たちはより大人しくしていた。 

久しぶりに再会した感動をしばらく分かち合い、区切りがいいところで話を切り早速この場にいる二人のことを紹介してあげた。
「紹介遅れたけど、この子は俺の彼女の藍梨。 今はクラスも一緒で席も隣なんだ」
そう言って藍梨を自分のもとへ引き寄せ、丁寧に紹介してあげる。 彼女はこういう子でこういう性格だということを知っている限り全て話し、後輩の反応を待つ。
「やっぱり先輩の彼女だったんすね!」
「こんな綺麗な女性が彼女なんて、先輩羨ましいです」
「藍梨さんのことは、先輩から聞いていました。 これからよろしくお願いします」
想像以上に藍梨は好評で一安心する結人。 そして続けて、伊達のことも紹介してあげた。
「んで、コイツの名前は伊達。 家系はまぁ、北野と似たような感じだ。 クラスは隣なんだけど、いつも仲よくしてもらっている。
 そして唯一、結黄賊以外の人で俺たちのことを知っている奴な」
「伊達先輩ですね! 背高くてカッコ良いから、凄くモテそうです」
「俺たちとも是非仲よくしてください!」
「来年沙楽学園へ進学するので、伊達先輩と一緒に過ごせる日を楽しみにしています!」
彼についても好評で安心し、ホッと胸を撫で下ろす。 

―――みんな、いい奴でよかった。

『唯一、結黄賊以外の人で俺たちのことを知っている奴』という言葉を言ったら何か突っ込まれるのではないかと思っていたのだが、後輩らはあえて反応しないようにしてくれた。
それは将軍である結人がしたことなのだから“俺たちは突っ込める立場ではない”と、自然と察してくれたのだろう。
「先輩は明日、文化祭に出れるんですか?」
「明日の文化祭、ずっと楽しみにしていたんですよ」
心配そうに聞いてくる後輩らに、安心させるよう言葉を紡いでいく。
「出るよ、明日の文化祭。 ・・・でもまずは、外出許可をもらいに行かないとな」
「外出許可・・・ですか?」
「・・・あ、そう言えば、さっき椎野先輩が受付のところで先生と話していましたよ」
「え、椎野が?」
先程見た出来事を思い出しながら発言してくる一人の後輩に対し、結人はすぐさま聞き返す。
「はい。 内容までは聞き取れなかったんですが、何か先生と揉めているみたいでした」
「揉めているって・・・」

―――・・・もしかして、俺について話しているのか?
―――だとしたら・・・ッ!

「悪い、俺ちょっと椎野んとこ行ってくるわ」
「え、でも先輩!」
「お前らは藍梨と伊達と一緒に話して、仲よくなっておけ。 喧嘩すんじゃねーぞ」
結人は笑いながらそう言ってベッドから降り、病室を後にした。 今日一日動き続け、疲れて重たい身体を引きずりながらも、時間をかけて足を進める。

受付に近付くにつれ、次第に椎野の声が聞こえてきた。 ここは病院のため物凄く大きな声ではなく頑張って控えめに出している声だが、結人にとっては心に大きく響き渡ってくる。
「どうして駄目なんですか! 明日だけですから、お願いします!」
「そうは言ってもねぇ・・・。 真くん」
「ユイのことは俺たちがちゃんと面倒を見るって、何度も言っているじゃないですか! ユイは悪いところなんて何処にもない。 ただ身体が、思うように動かないだけなんです!」
「でしょ? だから無理に、動かしてほしくはないんだよ」
「先生! 先生はユイの頑張りを無駄にする気ですか!? 先生だって知っているでしょ? ユイが昨日から今日一日かけて、リハビリを頑張っていたことを。
 そんなユイの気持ちも考えてやってくださいよ! 先生はユイの頑張りを見て、何も思わなかったんですか!」
「・・・椎野」
結人は受付のところまで行き、椎野の隣に並んで声をかけた。
「ッ、ユイ・・・」
他の仲間は患者の邪魔にならないよう隅に固まっており、椎野と先生の会話を静かに見届けていた。 先生は、結人と椎野を担当した先生だった。

―――・・・椎野、そこまでしてくれていたんだな。

椎野の言葉を聞いて結人の心は熱く、苦しくなる。 結人が知らないところで自分のことについて真剣に考えてくれていた彼を前に、何も言えなくなってしまった。
「ユイ・・・。 その、悪い・・・」
結人が来たことにより、これ以上先生に向かって声を上げることはなく静かになる椎野。 だがここで、結人には一つの疑問が思い浮かぶ。

―――椎野、どうして謝るんだよ。
―――『悪い』って、どういう意味で言っているんだ?

だがその答えは見つからない。 椎野に尋ねたわけでもないし彼の考えなんて結人には分からないため、当然知る由もなかった。 だけど、感謝はしている。 
今まで自分のために動いてくれていた彼に感謝しながら、結人は心を込めて一言を放った。
「椎野。 ・・・ありがとな」
「・・・ユイ」
優しい表情をしながらそう言うが、椎野の不安は消えていないようで心配そうに名を呼ぶ。
そんな彼を助けてやるように、今度は結人が先生の方へ身体を向け、ゆっくりと自分の思いを口にした。
「先生。 明日の、外出許可をください」
「・・・結人くん、それは」
「先生? ・・・これは、俺の身体なんですよ」
「?」
聞くだけではとても静かで穏やかな口調だが、言葉に込められた感情はこの場にいる椎野、先生にとってはとても重く感じられるものだった。
思いがたくさん込められた言葉を、ゆっくりと丁寧に結人は綴っていく。 それと“こんな自分じゃどうしようもない”という感情も出すように、自虐的に笑いながら。
「・・・これは、俺の身体なんです。 この身体がどうなろうが、俺の勝手でしょう? だからもちろん、俺のことは椎野たちには責任を負わせません。 全て自分が責任を取ります」
「・・・でもね、結人くん」
「自分が自己中だということは分かっています。 無茶なお願いをしているっていうことも、分かっています。 ・・・でも、これは自分の身体なんです。
 だから・・・せめて自由に、させてくださいよ」
「・・・結人くん」
先生は困った表情をしながら結人のことを見つめている。 その言葉にすぐ答えは出さず、しばらく口を閉じたままでいた。 そんな中、一人の少年が静かに近付いてくる。
「先生。 ・・・ユイのことは、俺が責任を取ります」
「えぇと・・・。 君は?」
結人の後ろに、いつの間にか現れた少年。 その先生の問いに、少年は淡々とした口調で答えていく。

「俺の名前は北野流星です。 ユイとは友達で、いつもよく一緒にいて、そして俺は医療のことが・・・」

「えぇと・・・。 あぁ、思い出した! もしかして、横浜で有名な北野先生の息子さん?」

「・・・え?」

北野の言葉を遮り先生は彼の話に割って入る。 その突然な言動に、北野は言葉を詰まらせてしまった。
「そうかそうか、君が流星くんか! いやぁ、君のお父さんにはよくお世話になっているよ。 あぁ、結人くん。 いいよ、明日文化祭へ行って楽しんできなさい。
 それで流星くん、北野先生のことなんだけど・・・」
「え・・・。 あの・・・?」
先生は北野に食い付き結人たちを放っておいて、勝手に二人の世界に入ってしまった。 そんな彼らを見て、結人と椎野は唖然とする。
「これで・・・よかったの、かな」
「・・・」
椎野の言葉に結人は返事をせず、自分の中で考える。

―――まぁ・・・よかったのかな。
―――つっても、先生は俺よりも北野と話がしたいから、投げやりに許可を出したようにしか見えなかったが・・・。
―――まぁ、何はともあれ・・・ありがとな。
―――北野、椎野。

あまりにも急過ぎて無理矢理な展開だとは思うが、何とか外出許可をもらうことができた。 残す壁は明日の文化祭のみ。 クリアリーブル事件なんて、今は考えている場合ではない。
劇もダンスも完璧にこなし、明日は絶対にいい思い出に残る文化祭を作り上げるのだ。 そこで結人は、見舞いに来てくれた仲間のことを思い出し、もう一度彼らに感謝をする。

―――・・・本当にみんな、俺のためにありがとな。


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