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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件㊳
しおりを挟む同時刻 沙楽学園 ゴミ捨て場前
校舎の外はたくさんの生徒で溢れていた。 グラウンドには生徒会の生徒が集まっており、明日の文化祭のために準備を着々とこなしている。
その他、昇降口前やグラウンドまでの通路には大きな作品を制作している者がたくさん集っていた。
そんな賑やかな場所とは少し離れ、薄汚くほんの僅かな悪臭が漂う中、一人の少年は小さく震え怯えている。 ここは学校のゴミ捨て場。
その名の通り当然綺麗なところではなく、こんな場所にはあまり近付きたくないというのが一般の考えだろう。 だが、ここにいる彼は違った。
こんなに汚い場所だからこそ、今の自分にピッタリだと思ったのだ。 その彼の手には今、カッターナイフという物が握られている。
「俺は・・・何て、ことを・・・して、しまったんだろう」
目の前には誰もいないというのに、独り言を呟く時でさえも口下手である少年――――櫻井和樹。 彼の身体には、今夥しい量の汗が流れ落ちている。
恐怖、苦しさ、焦り、責任、絶望。 これら全てが彼自身に重くのしかかり、今にも彼を押し潰そうとしていた。
「でも・・・色折くんがいないと、俺は・・・駄目なんだ・・・」
櫻井にとって、結人は恩人だった。 櫻井は幼い頃からずっと口下手で、いじめまではいかないが周囲からはよくからかわれていて友達もいない。
そんな自分が嫌で、死にたいと思ったことが何度もあった。 だが当然自ら命を絶つ勇気もなく、今までの人生を何となくで生きてきた。
そのうち周囲からからかわれると“またか”と思うようになり、自分の苦しさを客観的に捉えていくようにもなる。 そうでないと、自分自身が危ない。
このまま自分を追い込んでも苦しくなるだけだと思い、櫻井はそう決めたのだ。 “また俺はからかわられているんだ”と客観的に思うことにより、少しでも苦しさを紛らわせていた。
そんなある時、色折結人という少年が突然櫻井の目の前に現れたのだ。 結人はお調子者で男女共に人気があり、いつも彼の周りにはたくさんの友達がいる。
だがそのことに関しては、何とも思わなかった。 ただ、クラスが同じだけの少年。 ずっとそう思っていた。 そこで、唐突に訪れた文化祭。
出し物は劇に決まり、役決めをする時櫻井の心はほんの少しだが揺らぎ出した。 クラスの男子から主役をやるように言われ、一瞬戸惑うも了承してしまう。
櫻井自身は、そのことについては後悔していない。 だって櫻井にとって、この主役という役目は最後のチャンスだと思っていたから。
自分が変われる、最後のチャンスだと思ったのだ。 本音を言うと、凄く心細かった。 自分なんかに主役という大役はもちろん務まるわけがなく、最初はかなり弱気だった。
““自分の口下手のせいで劇が失敗したらどうしよう”という不安や心配と、これから毎日戦わなければならないんだろうな”と思っていた。
そんな時、目の前に櫻井の人生を変えてくれる恩人が現れたのだ。 その名は色折結人。 彼はきっと、櫻井にとって絶対に忘れられない人物となるのだろう。
「どうして・・・俺は・・・色折くん、を・・・信じることが、できなかったんだろう・・・」
口下手で周囲からからかわれ続けている櫻井。 だけどそんな自分を非難したりはせず『俺はお前の味方だよ』と言ってくれた結人。
櫻井は、そんなことを言ってくれる人にはこの時初めて出会ったのだ。 自分の口下手さを認めてくれ、そのことに関して文句を何一つ言わない彼。
最初は“そう言っても最終的には俺を見て笑うんだ”と思っていたが、結人は違った。 ずっと隣にいてくれた。
たまには櫻井のことを思い、きちんと叱ってくれる時もあった。 褒めてくれる時もあった。 その時間が、櫻井にとってとても大切で、とても幸せな時間だったのだ。
―――なのに・・・どうして、色折くんは・・・入院なんかを・・・。
そこからだった。 櫻井に異変が起きたのは。 結人が入院をしたと聞き、真っ先に向かう真宮のところ。 彼によると、結人はまだ目覚めていないらしい。
どうしても結人のことが心配で、入院一日目に彼の病室へみんなと一緒に駆け付けた。 そこで櫻井が目にしたのは、ベッドの上で静かに横たわっている結人の姿。
服で隠れていてあまり見えないが、頭に巻かれている包帯や手首から見えるアザなどを見て櫻井の顔は真っ青なものへと変化する。
そして次の日も次の日も結人の見舞いへ行ったが、彼が目覚めることはなかった。 そこで櫻井は思ってしまったのだ。
結人がいなくなるのは、自分の人生が終わったのと、同じものなのだ――――と。
―――色折くんが入院をしていなければ・・・俺は・・・こんな、こと・・・。
結人が隣からいなくなり、櫻井の思いは急変する。 彼が文化祭に出られないのなら、いっそのこと劇自体を潰してしまえばいい。
きっと結人が目覚めたら“あんなにたくさん練習をしたのに出れないのは残念だ”と思い、自分を責めるだろう。 そんな思いはさせたくない。
そんな思いをするくらいなら、5組の出し物は棄権となった方が結人は気が楽だ。 そう――――考えてしまったのだ。 だがその行為は、後になって後悔する。
結人のことを考えてばかりで、クラスみんなのことは考えていなかった。 だから今櫻井は、教室には行けずゴミ捨て場の前でたたずんでいるのだ。
どうせ戻ってもみんなは自分のことを責めるだろうと思い、怖くて逃げ出した。 ここにいるのは、それだけの理由だった。
櫻井は責められるのが嫌で――――現実から、逃げ出したのだ。
―――でも・・・俺がここで死んだら・・・こんなに苦しい、思い・・・しなくて、済むんだよね・・・。
そう思いながら、櫻井は自分の手に握られているカッターを悲しそうな表情をして見つめる。
―――色折くんが、文化祭に出られないなら・・・文化祭自体、なくなってしまえばいい。
―――もっと言えば、俺なんか、いなくなってしまえばいい。
―――・・・ごめんね、色折くん。
―――俺は・・・最後の最後まで、結局は逃げてしまうんだ。
―――どうしようもない、人間なんだ。
―――色折くんが、傍にいてくれないと・・・一人では、もう生きていけないよ。
カッターを持っている手に力を込めた。 そしてゆっくりと刃を出し、自分の喉へと持ってくる。
―――みんな・・・こんなことをして、本当に、ごめん・・・なさい。
意を決して先をそっと近付ける。 そしてその勢いで、奥まで刺そうとした、その瞬間――――
「そんなところで何をしてんの? 櫻井くん」
―――ッ!?
突然の声に驚いたせいで少しだけ喉を切ってしまい、少しの血がそこから流れ落ちた。 そして瞬時に声の方へ身体を向け、持っているカッターをその人物に向かって突き出す。
「だッ・・・誰だ!」
振り返ると、そこには櫻井にとって見慣れない少年が一人立っていた。 走って来たのか、彼の額には少しの汗が滲み出ていて苦しそうに肩で息をしている。
見知らぬ少年が自分の名を知っていることから不審に思いつつも、怯えながら言葉を紡いだ。
「え・・・えっと・・・。 だ、誰・・・?」
そう尋ねると、目の前にいる少年は一瞬キョトンとした顔をして、櫻井に向かって大きな声で返す。
「誰って・・・。 椎野だよ! 椎野真! ユイのダチ!」
「え・・・。 色折、くんの・・・?」
結人の友達ということから、櫻井の頭には様々な記憶が蘇る。 そんな中、彼は苦笑いをしながら言葉を発した。
「何だよ、本当に誰だか分かんねぇのか。 ユイの病室にはいつもいたのにな。 つーか、こんなところで何をしようとしていたの?
ここで死んでも、死体は持っていっちゃくれねぇぞ」
―――色折くんの・・・病室?
そこでやっと、椎野のことを思い出した。
―――そう言えば・・・椎野くん、いたっけな・・・。
―――色折くんのことばかり気になっていて、あまり意識していなかった・・・。
そう思い心の中で椎野に謝罪するも、恐ろしいことを軽々と口にする彼に対し用件を聞き出した。
「え、えっと・・・。 し、椎野くんが・・・俺に、何か、用・・・?」
なおもおどおどとした口調で問いかける櫻井に、椎野はポケットから携帯を取り出しながら返事をする。
「あぁ、ちょっと待って。 とりあえず、ユイに電話をするからそれに出てくれ」
―――ッ!
その発言を聞き、すかさず否定の言葉を述べた。
「いいい、い、嫌だ! 今は、話したくなんかない!」
だがそんな櫻井にはあまり興味を持っていないのか、こちらへは向かず携帯をいじりながら椎野は口を開く。
「でもユイは、櫻井くんと話したがってんだよ」
その言葉を聞き櫻井の心には、いくつもの不安が沸き起こる。 結人が話をしたいというのは、きっと劇のセットのことだと瞬時に察した。
きっと真宮からセットが壊されたことを聞いて、彼は櫻井が犯人だと思ったのだろう。 ということは、クラスのみんなも犯人が櫻井だと気付いていることになる。
そう考えていくうちに、どんどん櫻井は絶望の中へと陥っていった。 この気持ちを、目の前にいる椎野に向かってゆっくりと綴っていく。
「で、でも・・・色折くんは、どうせ・・・俺、を、怒るんで・・・しょ・・・?」
そう言葉を発すると、ようやく彼は携帯から視線を外しこちらを見つめてきた。 そして顔を何一つ変えず真剣な表情のまま、櫻井に向かって言葉を紡いでいく。
「いや、ユイは怒んないよ」
「え・・・?」
その一言により、櫻井は再び混乱する。
―――どうして、色折くんは怒らないの?
―――俺のこと、犯人だと思っているんでしょ?
―――どうして、椎野くんはそんなことが言えるの?
―――どうして、椎野くんは色折くんの気持ちが分かるの?
「どうして・・・分かるの?」
櫻井は自然と心の中で思っていたことが口に出てしまっていた。 だがその言葉を聞いた椎野は質問にはきちんと答えず、淡々とした口調で言葉を綴っていく。
「とにかく、ユイは櫻井くんがやったことに関しては怒っていない」
「どう、して・・・」
―――やっぱり、俺がやったことは、バレていたんだ。
そこで椎野は再び携帯へ視線を戻し、通話ボタンに親指をセットする。 そして櫻井に安心してちゃんと電話に出てもらえるよう、決定的な一言を言い放ち通話ボタンを押した。
「・・・櫻井くんを怒る以前に、ユイは文化祭に出れるのかすら分からない自分を、責めているんだから」
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