心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件㉟

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文化祭前日 朝 沙楽総合病院 廊下


「今日の放課後、準備終えたらみんなで絶対見舞いに来るからよ。 それまで待っていてくれ」
時刻は10時になろうとしていた。 今から椎野は退院の手続きをして、これから学校へ向かうところである。 
そんな彼を見送るために結人は自力で立ち上がり、病院の入り口まで送ってあげることにした。
「分かったよ。 歩くリハビリでもして、時間を潰しておくわ」
今日から入院生活は結人だけとなり、心の何処かで少しだけ虚しさを憶える。 放課後見舞いに来ると言ってもそれまでの時間は退屈で、寂しくてたまらなかった。
本当にこんな風に思うのなら“もっと早く目覚めて、椎野と楽しい話をたくさんしておけばよかった”と、今になって思う。
「じゃあ悪い、ユイは入口のところで待っていて。 俺受付へ行って、手続きを終わらせてくるから」
そう言い残し、椎野は受付の方へと歩き出した。 彼の言う通り、結人は入口のところまでゆっくりと向かいそこで待つことにする。

相変わらず身体は思うように動かず、一歩踏み出すだけでもとても痛かった。 歩くスピードも当然ながら、昨日とあまり変わらない。
そこで病室から持ってきた携帯を眺めた。 携帯は使える場所が限られているため、そこまで行かないと使用することができない。
使用できる一つの場所であるここ、ロビーに来て電源を入れた。 そして携帯の画面が明るくなり、誰かから連絡が来ていないかと確認する。
そしたらそこには、ほんの数件のメールといくつかの着信が届いていた。 何かの急ぎの用事かと思い、メールの画面を開き確認する。 送ってきた相手は櫻井だった。 
そして彼からのメールには、次のように送られていた。

『色折くん、目が覚めたみたいだね。 安心したよ。 ・・・ところで、色折くんは文化祭には出られるの?』

―――文字だけのメールでも、相変わらず口下手さが伝わってくるな。 
―――流石櫻井だ。
心の中でそう思いつつ、このメールが送られてきた時刻を確認する。 それは昨日の昼過ぎ。 結人が丁度目覚めた後くらいだろうか。
“メールに早く気付けなくて申し訳ない”と思いながら、櫻井にメールを返そうとした、その時――――

―ブルルルル、ブルルルル。

―――電話?
運よくマナーモードにしていたため、周囲には迷惑がかからずに済んだ。 かかってきた相手はどうやら真宮のようで、何事かと思い通話のできる外まで足を運び電話に出る。
病院の決まった敷地内なら、外出許可を得なくても誰でも出ることができた。 といっても、外に出られるのはほんの少しの距離なのだが。
「真宮? 何かあったのか?」
『もしもし、ユイか? よかった、やっと出た。 今こっちは大変なんだ』
真宮からの声には焦りが感じられて、何があったのかと急いで尋ねる。 すると彼は、焦りながらも結人に伝わるようゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

『今日の朝、俺は登校した。 そして教室に入ったら、劇で使うセットが全て壊されていたんだ』

―――・・・は?
『なぁユイ、俺らはどうしたらいいんだ? もうみんなは壊された物を見て、相当怒り狂ってる。 中にも、劇を諦めて明日の文化祭に来ないって言っている奴もいる。
 ・・・もう、俺たちクラスは何もできないのかな』
これらの言葉を聞き、頭を必死にフル回転させ状況を整理する。
―――劇のセットが壊された。
―――昨日の放課後まではセットは無事だった。 
―――ということは、犯行はみんなが帰宅してから今朝までの間。
―――そして、櫻井から来た昨日のメール。
結人は、信じ難い一つの結論がここに出た。

―――俺を信じてくれていたけど期待していた返事がこなくて、彼は俺に裏切られたと思ってしまった・・・?

『ユイ・・・? 聞こえているか?』
何も返事が来ないからなのか、電話越しから不安そうに聞いてくる真宮に対し、結人は冷静さを保ったまま彼に言葉をかける。
「真宮・・・。 今そこには、櫻井はいるか?」
『櫻井? いや・・・いないけど』
彼のその一言に、結人の身体には夥しい量の冷や汗が流れ落ちる。 そして徐々に鼓動は早くなり、ついに冷静さが保てなくなってしまった。
「真宮、それをやったのはきっと櫻井だ!」
『・・・え?』
―――どうして昨日の夜、ちゃんと携帯を確認しなかったんだろう。
―――もっと言えば、俺から先に櫻井を気にかけるべきだった。
―――櫻井は俺を信じてくれていたのに、俺は櫻井に何もすることができなかった。
どうしようもない罪悪感に、結人は襲われる。 
―――こうなったら、入院なんてしている場合じゃねぇ。
「真宮、櫻井は俺が何とかする。 だから真宮たちは物を全て作り直せ!」
『は?』
「ユイー、何大声を出して・・・」
「まだ文化祭は終わっちゃいねぇ。 一日あれば、みんなで協力して作り直せるだろ!」
椎野は手続きを終え結人のもとへ戻ってきたようだが、彼に構う暇などなく真宮に向かって口を開き続ける。
『でも・・・』
「櫻井に関しては俺に任せろ。 だから真宮はクラスのみんなをまとめて、セットを作り直せ! 分かったな!」
その言葉を最後に言い捨て、自ら電話を切った。 それと同時に足を方向転換させ、受付へ向かおうとする。
「おいユイ! 何があったんだよ」
椎野は訳が分からず困惑するも、結人に付いていきながらそう尋ねた。 そんな彼に向かって、今起きた物事を簡単に説明する。
「5組の劇で使うセットが壊されたみたいだ。 それをやった犯人はおそらく櫻井。 だから今から、俺は櫻井を捜しに行く」
「捜しに行くって・・・。 外出許可を得るつもりか?」
「俺が櫻井を捜さねぇと意味がないだろ!」
「そんな、無茶な・・・」
結人の身体のことを考え止めようとする椎野だが、彼に構わず受付に向かった。
「あの! 色折結人です。 今すぐ外出許可をください」
声が届く範囲のところまで近付き、少し大きめな声を出してお姉さんに尋ねる。 そして彼女は手元にある資料をペラペラとめくりながら、こう答えた。
「えっと・・・色折結人さん? ・・・あぁ、ありました。 でも・・・結人さんが目覚めたのは、昨日ですよね?」
「俺は大丈夫です。 すぐに帰ってくるんで、外出許可をください」
「昨日目覚めたばかりでちゃんと歩けないようじゃ、外出許可を出すことはできません」
「・・・ッ!」
『外出許可を出すことはできない』という言葉を聞き、そのことは予め分かっていながらも少し感情的になる。
「どうして駄目なんですか! 今すぐ俺は行かなきゃいけないんです。 俺は大丈夫なんで行かせてください!」
「そうはいっても、体調がある程度回復しないと外出許可は出せません」
「でも俺は、今すぐに・・・」
頑なに拒み続ける受付のお姉さんに、一瞬心が揺らぎ何も言えなくなってしまった。
―――こんなところで、躓いている場合じゃねぇのに・・・!

「・・・ユイ」

「・・・?」

結人の様子を隣で見てくれていた椎野が、小さな声で名を呼ぶ。
「俺が行くよ。 ・・・俺が、櫻井くんを捜す」
「え・・・。 でも・・・」
「ユイの分まで懸命に捜すから。 いや、絶対に捜し出してやる。 だから、ユイはここで待ってて」
「俺の代わりに行ってくれるのは嬉しいけど・・・。 でも櫻井は、俺じゃないと・・・」
―――俺じゃないと、納得してくれない。
だけどそんな結人の心を見通したかのように、椎野は優しい表情をしながらこう言葉を紡いだ。

「分かっている。 今の櫻井くんの心を動かせるのは、ユイしかいないっていうことは。 だから、見つけたらすぐに電話するよ。
 俺の携帯で電話をして、櫻井くんに代わればいいだろ。 俺が何を言っても無駄だとは思うし、やっぱり今の櫻井くんを助けられるのはユイしかいねぇと思う。
 ユイの気持ちも嬉しいけど、俺はユイに無理はしてほしくないんだ。 だから将軍の仲間として、俺は必ず櫻井くんを捜し出すと誓うよ」

「・・・椎野」

―――・・・やっぱり、椎野には敵わねぇな。 
―――俺の心が、全て読まれているってか。

そして最終的には、彼を信じることにした。 仲間である椎野を信じ、彼からの連絡を待つことに決めた。
「・・・分かった。 絶対に連絡くれよ。 ・・・ここで、待っているから」
その言葉を聞いて、椎野は力強く頷く。
「あぁ、ありがとうユイ」
そう言って、彼は走ってここから去っていった。 見送ろうと病院の入り口まで足を進めるが、とうに椎野の姿はなく人一人の影すらも見えなかった。

結人は携帯を握り締め、通話可能なもう一つの指定された休憩所まで向かう。 ここには患者が座れるソファーが複数置いてあり、空間も広く人が多くても窮屈には感じない。
もしかしたら櫻井に電話をしたら繋がるかもと思いかけるが、やはり彼は出なかった。 溜め息をつきながら、ゆっくりとソファーに腰をかける。 
座るだけでも身体には激痛が走り、自然と顔が歪んだ。

―――・・・俺が、櫻井に返事をしなかったせいか。

この言葉だけが何度も頭の中を過り、結人をどんどん苦しませる。 そして、とてつもない罪悪感が少しずつ心に纏わり付いてきた。
―――・・・俺が明日、文化祭に出ることができたらな。


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