心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件㉝

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沙楽総合病院 結人の病室


結人は身体が思うように動かないため、天井をずっと眺めているしかなかった。 今すぐに動きたいという命令を送り続けているのに、全身はビクともしない。
まるで自分の身体ではないようだ。 動けずにただぼーっとしているだけのため、生きている感覚なんてほとんどなかった。
―――喧嘩をする時は、あんなに軽々と動けていたのに・・・。
―――身体が言うことを聞かないなんて、こんなにも苦しいもんなんだな。
そこで先程、先生が言っていた言葉を思い出す。
―――そういや・・・入院生活はまだ長いって、言っていたっけ。
「なぁ・・・椎野。 ・・・俺、いつまで入院するんだ?」
疑問に思ったことを素直に仲間に問いかける。 すると椎野は相変わらずの作り笑顔で、結人に向かってこう答えた。
「最低三週間・・・だってさ。 でもまぁ、三週間といっても一週間はほとんど過ぎた。 だから残り二週間と考えたら、楽勝だろ?」
―――どうして椎野は、こういう時でも笑っていられるんだろう。
―――・・・そうか。 
―――残り二週間、か。
二週間ずっと病院にいると考えると、再び憂鬱な気持ちが襲ってくる。 この期間、一体何をしていたらいいのだろう。 何もせずこの時を過ごすなんて、とても勿体ない気がした。 
そして結人は、目覚めた時のことを思い出す。
「椎野さ・・・。 さっき、未来が一人で行動しているとか、言っていなかったっけ」
「え?」
聞き返されると、天井からゆっくりと椎野の方へ視線を移し、もう一度ゆっくりと口を開く。
「未来、今何かしているのか? それより・・・クリーブル事件は、今どうなってんだ?」
そう聞くと彼からは笑顔が消え、困った表情に変わった。 そしてそのまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「クリーブル事件に関してはまだ解決していないし、新しい情報が入ったわけでもない。 一応真宮が、みんなには『ユイが目覚めるまでは動くな』っていう命令を出している」
「・・・」

―――・・・真宮が、か。
―――まぁ、副リーダーだし自然なことか。

「それに・・・悠斗も、クリーブルにやられたんだ」
「え、悠斗も?」
突然の告白に驚き思わず聞き返すと、椎野は苦笑いをしながらこう答える。
「はは、やっぱり聞こえてはいなかったんだな」
「え?」
「いや、何でも」
そこまで言うと彼は黙り込み、少し時間を置いてから再び口を開き言葉を綴った。
「悠斗は首をやられたんだけど、入院はしていないし今は学校へちゃんと行っている。 大した怪我じゃないって。 ・・・未来については、俺もよく分からないんだけど。
 一人で勝手に行動しているっぽいんだよね。 それを止めようと、真宮は必死でさ。 だけど、未来は副リーダーの命令を全く聞かないんだよ。
 ・・・そのせいで今、俺たちの仲はちょっと気まずくなっている感じ」
「そう・・・か」
―――未来はまた、一人で行動してんのか。
―――悠斗がやられたっていうことは、悠斗は危ないから待機をして、未来一人で行動しているっていうことなのかな。
―――・・・二人で行動するならまだしも、未来だけだと何か心配だな。
「あぁ、でもさユイ!」
「?」
突然椎野は大きな声を張り上げ、結人の不安を少しでも和らげるよう明るい調子でこう口にする。
「昨日から、未来はちゃんと文化祭に向けて頑張っているみたいなんだ。 ・・・まぁ、何があったのかは分からないんだけどさ。
 『文化祭が迫ってきたから、今はクリーブル事件よりも文化祭の方に集中する』って、言っていたらしい。 だから昨日、みんなはユイの見舞いに来るのは少し遅かったけどな」
「そうか・・・」
「あぁ。 だからもし次未来に会っても、クリーブル事件のことに関してはできれば話を持ち出さないでほしい。 ・・・ほら、折角未来も、今は動かないでくれているんだし」

―――自分勝手な未来のことでも、椎野はちゃんと未来のことを考えてくれているんだな。

“流石椎野だ”と心の中で敬いながら、彼の意見に同意する。
「分かったよ。 そうしておく」
「ありがとう。 ・・・あ、そういやさ」
「ん?」
突然の話の切り替えに、もう一度視線を椎野に移した。
「櫻井くんも来てくれたよ、ユイの見舞いに」
「・・・え、マジで?」
「あぁ、何度かな」
“櫻井”という名を聞いて、結人の心は徐々に曇り始める。 

櫻井との、劇の練習の約束。 結人は『俺は櫻井の味方だから、ずっと傍にいて助け、支えてやる』と言った。
そして彼は一度は主役を諦めつつも、再びやりたいという気持ちが出てきた。 彼は今でも、一人で劇の練習を頑張っているだろう。

―――それに対して、俺は・・・。

覚悟を決め、言うことを聞かない自分の身体を無理矢理起こす。
「・・・ッ! おいユイ! だから無理に起きようとすんなって!」
「椎野、俺はどうしても劇に出たいんだ。 俺は最後まで櫻井に付き合うって約束をした。 だから俺は、こんなところで休んでいる場合じゃない」
少しでも身体を動かせるようになっておこうと、まずは立つところから始めようとする。 だが、その行為はまたもや椎野によって阻まれた。
「そうはいっても駄目だ! ユイは今の自分の身体を、ちゃんと理解しているのか!」
「これは俺の身体だ! どうなろうが俺の勝手だろ!」
「だからッ!」
椎野は大きな声を張り上げ、その力の勢いで立とうとしていた結人を無理矢理ベッドの上に座らせる。
「・・・何だよ」
どうしてこんなにも止めようとするのかが理解できず、彼を睨んだ。
だが椎野は――――結人とは正反対の優しい表情をして、静かにこう答えた。
「ユイは今、目覚めてばかりで動く力もないと思うんだ。 だから動くリハビリをする前に、まずはご飯を食べて体力をつけないと」
「・・・え?」
彼の思ってもみなかった発言に、自然と聞き返す。
「昼食の時間は過ぎたけど、ユイの場合5日間も眠っていたわけだから流石に何か食えるもん出してくれるでしょ。
 ちょっと待っててよ、俺聞いて持ってくるから。 動きたいなら、食べ終わってからな」
そう言って、結人の返事も聞かず病室から出て行ってしまった。 

そして――――待つこと、15分。
「持ってきたぞー! ユイは特別、今食事をとってもいいってさ」
そう言いながら結人のベッドに机を出し、いくつかの食器が並んだお盆をその上に乗せた。 そして、身体を支えながらゆっくりと足をベッドに戻してくれる。
「食い終わるまで待っていてやるから、ゆっくり食えよ」
椎野のその一言を聞き、結人はお盆に乗っているスプーンを手に取って食事を始めた。 

そこから――――更に15分後。
「・・・もう食わねぇの?」
「・・・食欲ない」
「ユイは5日間、何も食っていなかったんだぞ。 今食べておかないでどうするんだよ」
「食欲ねぇもんは仕方ないだろ。 つか、胃を慣らすために今食うのは少なめの方がいい。 半分も食えれば上等だ」
そう言ってお盆を椎野に渡し、ベッドから降りようとする。
「今から廊下へ行って少し動いてみる。 ・・・椎野も、手伝ってくれるか」
その言葉に彼は一瞬呆れた表情を見せるが、すぐ笑顔になりこう答えてくれた。
「あぁ、もちろん」

身体を支えてもらいながら、何とか廊下まで出ることができた。 そして椎野は結人を廊下の手すりに掴まらせ、3メートル程遠くに離れる。
「はい! 結人くんこっちですよー! ここまで来たら、ご褒美あげますからねー」
「は、俺を子供扱いすんなよ。 つか、ご褒美って何だし」
彼に苦笑しながら突っ込みを入れつつ、一歩ずつ足を前へ出し進み始める。
「うッ・・・。 いってぇ・・・」
結人の足はガチガチに固まっていて、膝を曲げることすら苦痛でたまらない。 手すりに掴まっていなければ、自力では立てず転倒しているところだった。
「ゆっくりでいいんだよ、焦んな」
椎野に励まされながら、一歩ずつ前へと足を確実に進めていく。 そして数分かけ、ついに彼のいる3メートル先まで歩くことができた。 
「きっつ・・・」
「よくできましたー! まぁ、最初はこんなもんだろ」
椎野のもとまで行くと、彼は結人の身体をすぐに支えてくれた。 このたった3メートルの距離。 人が普通に歩く時間と比べて、結人は5、6倍の時間はかかっている。
歩くことすらままならない自分が嫌になり小さく溜め息をついて、椎野に向かって小さな声で呟いた。
「俺・・・また、喧嘩とかできるようになんのかな」
その言葉に、彼は苦笑いをしながらこう返してくれる。
「できるに決まってんだろ。 ユイは5日間も眠ったままだったんだ。 だから、より身体が固まって動きにくいだけさ」
「・・・そうかな」
「一度歩くのに慣れたら大丈夫! 俺は今日一日ユイのリハビリにずっと付き合ってやるから、できるところまで頑張ろうぜ」
―――そっか、椎野は明日には学校へ行っちまうんだもんな。
彼のその言葉と、再び文化祭のことを思い出し、結人はもう一度自分に喝を入れる。
「あぁ、頑張るよ。 こんなところで、自分に負けたくはねぇからな」


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