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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件㉕
しおりを挟む同時刻 沙楽学園 1年の廊下
「出会った時から、好きでした!」
1年の生徒が昇降口へ向かって帰って行く中、人が誰も通らないこの廊下にはその言葉だけが大きく響き渡る。
大きな声で言うには恥ずかしい台詞だが、今少年の目の前にいる少女は自分の想いをきちんと伝えるために、精一杯の気持ちを込めてその言葉を放つ。
「よかったら、私と付き合ってください!」
普通の男ならこういうことを言われると凄く嬉しく思ったり、仲がよくなくても思わず了承してしまう場合があると思うが、この少年は違った。
『好きでした』 『付き合ってください』 この言葉を発するには物凄く勇気が必要だ。 だから言い出すまでに時間がかかったり、気持ちの準備がいるものだとは分かっている。
分かってはいるが、それらの言葉に対して何も感情を抱くことができなかった。 いや、できないのだ。
せめて『ありがとう』という感謝だけでもきちんと伝えてあげたいのだが、実際はそう簡単にはいかない。
たとえ言えたとしても、気持ちがこもっていなかったりしてしまう。
―――こんな俺のことを好きになってくれるなんて、嬉しいはずなのにな。
なのにこの少年は、嬉しいという感情を抱くことができないのだ。 その理由は、自分でも分かっていた。 それは――――言われ慣れてしまっていたから。
自分の気持ちを頑張って打ち明けてくれたクラスメイトの少女を前に、静かに口を開きこう返事をした。
「俺を好きになってくれてありがとう。 でも、君とは付き合えない。 ・・・ごめんな」
心の中では確かに少女に対して感謝していた。 今も目の前にいる少女を傷付けないよう、少しだけ柔らかな表情を作って返事をしたつもりだ。
だけどその言葉には、きっと気持ちが込められていなかったのだろう。 それは、自分でもよく分かっていた。
だが少女は、振られることを覚悟していたのかあまり驚かなかった。 その代わり、思っていたことを口にする。
「・・・神崎くんって、告白されてもキッパリ断るよね。 ・・・どうして、そんなに迷わず断ることができるの?」
この質問も、コウは聞き慣れていた。 『どうして断るの?』 『そんなにカッコ良いのに、どうして彼女を作らないの?』 『私のこと好きじゃないの?』
かつて仲のよかった友達からもそういう質問がきたりして、答えるのに戸惑ったことが何度もあった。
断ると、その告白をしてきた子はその場で泣いてしまうか、もしくは走ってこの場から去ってしまうか、あるいはそれらの質問をしてくるかのいずれかだった。
走って去ってしまうか質問されることについては、対処するのが楽だ。 もっとも困ってしまうのがその場で泣かれることなのだが、あまりそういう子には出会わなかった。
今回もまた同じような質問をしてくる彼女に対し、それらに関しては常に同じ言葉を返しているため、迷わず彼女に向かってその答えを言い放つ。
「俺には、好きな人がいるから」
「そう・・・なんだ」
この後一言二言彼女と言葉を交わし、自分の教室へと足を運ぶ。 戻ると、大半の生徒が既に帰宅していた。
いつも遅めに登校するため、こんなにガラガラな教室を見るのは久しぶりのように思える。 そんなことを思いながら、窓際にいる優の方へ足を進めた。
すると彼はコウのことに気付き、大きく手を振りながら自分のところまで招いてくる。 そして優のもとへ着くのと同時に、彼は口を開いた。
「遅いよコウ! また女子に呼び出されていたんでしょ?」
「あぁ、まぁな」
気分的に外を見る気にはあまりなれず、窓に背中を預け教室全体を見渡しながら返事をする。
「で、告白だったの?」
「んー・・・。 まぁ」
「ほんっとコウは告白されるの多いよね! 高校に入って何人からコクられたの?」
唐突なその質問に対し、そんなことは今まで数えてもいなかったため一度は頭が混乱を起こすが、何とか記憶を辿り答えを導き出す。
「あー、6人くらいかな」
「6人!? え、ちょっと待って。 俺たち高校に入学してからまだ二ヶ月しか経ってないよ!? 多過ぎじゃね!?」
「別に多くないよ。 もう少ししたら、コクられる回数も激減するって」
今回告白してきた子も含め、この二ヶ月で告白してきた子のほとんどの理由が“一目惚れ”だった。
だからコウがこの学校に馴染んでいけばいく程、一目惚れをする子はいなくなっていくためこれ以上告白されることはないと思われる。
「多いわ! コウだけズルいぞ、そんなにモテモテで!」
「優だって前コクられていたろ」
「一人ね! 一人だけね! ・・・で、何て言って断ったの?」
「好きな人がいるからって」
興奮状態から落ち着いた優は静かな口調でそう尋ね、それに対しコウが淡々と返事をすると、突然彼は驚いた表情を見せる。
「え、コウは好きな人いんの!? 誰?」
前のめりになりながら焦って聞いてくる優が何故か可愛く思えて、いたずらっぽく笑いながらこう返した。
「藍梨さんとでも言っておこうか?」
「・・・え!? え、嘘だ嘘だ! 本当!?」
「はは」
藍梨のことは人として好きだが、別に恋愛感情なんて持ってない。 だけど好きという気持ちは本当のため、嘘にはならないだろう。
それに『俺には好きな人がいるから』という返答をすれば、大抵の子は諦めてくれるためいつもこう返している。 実際、好きな人なんて今はいなかった。
コウが“藍梨”という名を口に出してから、優はその答えに対しずっと突っ込んできているが、構わずに違う話題を振ってみる。
「それで、優はさ。 今日はどうすんの? このままユイの見舞いにでも行く?」
これからのことを聞いてみると、彼は困った顔をしながら再び身体を窓の方へ向け、口を開く。
「んー、ぶっちゃけユイのことも心配だから、見舞いには行きたいけどさぁ。 未来はこれから動くんでしょ? 何か、未来だけズルない?」
「未来がズルいと思うなら、どうして昨日真宮に言わなかったんだ。 『俺も動きたい』って」
「あんな状況で言えるわけがないじゃん! あんなにピリピリとした空気の中、俺が急に入ったら余計に気まずくなるでしょ!」
ムキになりながらそう言ってくるが、コウはそうは思わなかった。
険悪なムードの中、その空気を少しでも明るくするためには優の存在が必要だ。 どんなにタイミングが悪くても、優がその中に入るだけで空気はガラリと変わる。
もちろんそんな彼に対して、怒る者は誰一人いない。 優みたいな癒し系が入るからこそ許される行為なのに、どうして昨日はあの中に入らなかったのだろうか。
入るだけで、これからの行動も変わっていたのかもしれないのに。
「コウは動きたくないの? 未来に負けたくないでしょ? 未来と一緒に、俺たちも動こうよ!」
―――その威勢をどうして昨日見せ付けなかったんだよ。
心の中でそう思いつつも、その発言に対し返事をする。
「動いてもいいけど、優は何をしたいんだ」
「え? そうだなぁ・・・。 例えば・・・あッ!」
「?」
優はコウから再び視線を外へ戻すと、急に声を張り上げた。 その声が気になり彼の見ている視線の先へと、自分も目を移す。
「もー、真宮が正門で待ち伏せしているしー!」
そう言いながら優は頬を膨らます。 彼の言う通り、正門の前には真宮が立っていた。 その他、他の結黄賊メンバーも集まっている。
真宮の服装は、制服のブレザーの下にワイシャツではなく紫色のTシャツを着ているため、他の生徒と比べてよく目立っていた。
他のメンバーも個性を出しながら制服を着こなしているため、結黄賊は校内でも結構目立っている。
だから彼らの存在にはすぐ目に付き、あれは真宮たちだとすぐに確認が取れた。
その中でも一番目立つ色、オレンジ色のTシャツを着ている未来の姿が見られないということは、彼は既に行動を移しているということだろうか。
―――俺たちが来るのを、待ってんのかな。
「あ、真宮がこっちを見た!」
優はそう言うが、流石に正門からコウたちのいる教室までは結構な距離があるため、二人の姿までは見えていないだろう。 つまり顔だけをこちらへ向けているのだ。
~♪
そんなことを考えていると、突然優の携帯が鳴り出した。 その音に反応し、すぐさま手に取り相手を確認する。
すると優は表示される相手の名を見て軽く溜め息をつき、コウにも聞こえるようスピーカーにして電話に出た。
「・・・もしもーし」
『優! お前ら今どこにいんだよ!』
どうやら電話の相手は真宮のようだ。 彼はコウたちが来ないことに相当怒っているらしく、電話越しからもその怒気が感じられる。
「どこって・・・。 教室だよ」
『早く出て来い! ユイの見舞いへ行くぞ!』
「えー・・・」
素直な感情をそのまま真宮に伝える優。 未だに真宮は二人の方へ顔を向けているため、より彼からの怒りが感じられた。
『何だよ、もしかして動こうとしていたのか? 俺たちはお前らが来るまで、ここを動かないぞ』
その言葉に対し、優はふてくされた態度をとりながら言い返す。
「分かったよ! 今日は諦める。 でも明日は絶対に動くから!」
『「・・・」』
―――おい。
その言葉にコウと真宮は同時に沈黙する。 そして真宮は、電話越しから静かに口を開いた。
『・・・いや、だったらそれを今言うなよ』
「え?」
優には自分の言ったことが理解できずにいるみたいだが、真宮は構わずに言葉を紡いでいく。
『とにかく今日も明日もこれから先も駄目だ! ユイが目覚めるまではな。 とりあえず出て来い! コウも来るんだぞ。 分かったな』
それだけを言い、彼は電話を切ってしまった。 その後優は一人でぶつぶつと文句を言い始めるが、コウが何とか説得し二人で正門を目指すことになる。
重たい足取りのまま優に合わせてゆっくり歩いていると、彼は静かにこう呟いた。
「・・・どうして、真宮はあんなに止めようとするのかな」
それはコウにも分からなかった。 だがもしコウが真宮の立場なら、彼と同じように『動くな』と命令をしていたのかもしれない。 だってそれは――――
「真宮は、副リーダーの責任を感じているんだよ」
それしか――――考えられなかったから。
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