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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件㉓
しおりを挟む翌日 正午過ぎ 沙楽総合病院 結人の病室
今日もまた少年は、結人の病室へと足を運ぶ。 “早く目覚めてくれ”と心から願いながら“早くユイと一緒に話がしたい”と、僅かな期待を膨らませながら。
結人が眠ってから早二日が経つ。 気を失ってから翌日にすぐ目を覚ますと思っていたのだが、現実ではそれは儚い望みとして終わってしまった。
今日は昨日とは違って青空が広がっており、実に晴れ晴れしい天気である。 今日目を覚ましてくれたら、きっと彼は気持ちよく目覚めることができるだろう。
そして彼が目覚めることともう一つ、みんなには近付いているモノがあった。 それは文化祭だ。 本番まで残り5日に迫っている。
3組の出し物は合唱のため、椎野がいなくてもちゃんとみんなは練習できているが、椎野自身が危なかった。
文化祭の前日には学校へ行けるため合唱に参加することはできるのだが、このままだとクラスみんなの足を引っ張り台無しにしてしまうかもしれない。
まぁ、別に椎野は歌はそんなに上手くもないし、期待など最初からされていないのだが。 だが流石にこれだとマズいと思い、歌詞は暇さえあれば確認し憶えていた。
音楽は病院では聞けないためメロディーがごちゃごちゃだが、それは前日に頭に詰め込んで猛練習すればきっと大丈夫だろう。 いや、大丈夫だと信じたい。
だが心配なのは結人の方だ。 5組が行う出し物は劇だったはず。 しかも彼は大切な役を任されているというではないか。
まかさ文化祭まで目覚めないということはないと思うが、彼はこのままで大丈夫なのだろうか。 台詞はちゃんと頭に入っているのだろうか。 いや、それよりも――――
―――ユイは、文化祭に出られるのかな。
彼がもし文化祭に出られなかったら、劇はどうなってしまうのだろう。 きっと櫻井にとっては、物凄く影響が出るに違いない。
そんなことを考えながら、目の前で未だに目覚めない結人を静かに見守っている少年――――椎野真は、心の中で溜め息をつく。
このまま何も口を開かないでじっとしていることに耐えられず、今日も椎野は独り言を呟き出す。
「そういやさ、ユイ。 ・・・昨日、悠斗がクリーブルにやられたんだ」
ふと悠斗のことを思い出し、彼の名を静かに口にした。 クリアリーブルにやられたのかは分からないが、バッドで殴られたという行為からして相手はクリアリーブルの可能性が高い。
悠斗は今頃学校で授業に臨んでいると思うが、怪我をした首は大丈夫なのだろうか。 椎野みたいに血を流してはいなかったため、本当に軽傷ならいいのだけれど。
「・・・俺たち、これからどうしたらいいのかな」
答えるはずもない彼に、次々と独り言を呟いていく。
「やっぱり・・・ユイがいねぇと、俺たちは駄目だよ」
昨日のことから分かるように、結黄賊の間には少しずつ壁ができ始めている。
それはもちろん未来に関してだが、もし彼が動かないという選択肢を選んでいたとしても結果は同じだ。
真宮は動かないようにと言い張っているが、他のメンバーは今すぐにでも動きたいと思っているはず。 だがそれを強く主張できないみんなには、個々に壁ができ始めていた。
それを壊すには、結人からの言葉が必要だ。 真宮は今、副リーダーという責任に追われ精神的に危ない状態に陥っている。
だから彼は、きっと『動くな』と言う命令を一点張りで通し続けるだろう。 きっとそれ以外の命令が、今は思い付かないのだ。
―――でも、そんなに動いては駄目なのかな。
だけどどうして彼があんなに強く『動くな』と主張するのか、未だに理解ができなかった。 本当に、副リーダーの責任の重さだけなのだろうか。
―――・・・今日、真宮が来たら聞いてみるかな。
椎野がそんなことを考えている頃、未来は少しずつだが動き出していた。 悠斗と夜月がいないことを確認し、ある少年を呼び止める。
未来に迷いはなかったが、どうしても気持ちだけは焦っていた。 早く終わらせたい、全ての責任を取るなんて実際はそんなことできない。
そのため早く解決させたいという、焦りが。 だから結局、人を頼ることにしたのだ。 最初から、一人で動くことなんてできなかった。
そんな小心者の未来は、廊下で一人の少年に声をかける。
「・・・伊達、俺に協力してほしい」
と―――― もちろん彼らの会話など、他のメンバーは知る由もなかった。
未来が伊達に話しかけている頃、椎野も結人に対して話しかけていた。 一向に目覚めない彼に向かって、再び独り言のように呟いていく。
「なぁ・・・。 ユイは、いつになったら目覚めるんだ?」
答えなんてものは返ってこないと分かっていながらも、ずっと声をかけ続けた。
みんなはもうおかしくなってしまいそうだ。 この状態がこれから先もずっと続いたら、みんなの間にはもっと分厚い壁ができ、それを壊すのに物凄く体力がいることになる。
体力の他に、当然精神力も。 彼に早く目覚めてもらわないと、このままだとみんなは崩れてしまう。 だから―――― だから、その前には――――
そこで結人のことを見て、もう一度心の中で溜め息をつく。 みんなの前では平然を装っていても、実際椎野の心は結構やられていた。
もし自分が入院なんてしていなかったら、未来と一緒に行動をしていたのかもしれないのに。
―――俺だって、動かずにいるのは御免だ。
―――・・・でもこんな状態じゃ、動きたくても動けないか。
自虐的に笑いながら、怪我をした頭を優しく撫でる。 普通にしていれば痛くはないが、触ると多少の痛みはあった。
そしてこれからどうしていこうかと考えていると、突然ノックする音がこの病室に静かに響き渡る。
「ユイー、入るぞー」
―――もうこんな時間か。
そう声が聞こえ、この病室のドアは自動で開かれた。 同時に椎野は扉の方へ視線を移し、笑顔を作って彼らに話しかける。
「おう、今日も来てくれたんだな」
椎野は作り笑いが得意な方だった。 結人がまだ目覚めていないという事実をみんなには深く悲しんでもらわないよう、彼らに向かって笑いかける。
やはり未来はこの場にいなかった。 未来以外のみんなはまだ目覚めていないということを察しながらも、結人が寝ているベッドへと近付く。
そして椎野と同じように、彼に向かって話しかけ始めた。 自分と同じことをしているのに、傍から見るとやはりそれはとても悲しい光景にしか見えない。
そこで、未だにドア付近にいて結人のもとへは近寄らない真宮の存在に気付いた。 これをいい機会にそんな彼を廊下へ呼び出し、病室のドアを静かに閉める。
「・・・今日は、未来を捜さなくていいのか?」
結人の病室から約10メートル程離れたところにあるベンチに座り真宮にそう尋ねると、彼は不安そうな表情をしながらも答えてくれた。
「・・・いや。 捜しに行くよ、これから。 でも未来を捜すのに手こずりそうだから、先にユイの様子を見に来ようと思って」
「あぁ・・・。 そっか。 でも他のみんなは真宮の命令を、ちゃんと聞いてくれたんだな」
「素直には聞いてくれなかったよ。 みんなを集めて病院へ向かうのも、結構大変だったから」
「? ・・・そっか」
その答えに疑問を持ったが深くは突っ込まず、ここは素直に受け入れた。 そこで肝心なことを聞き出すため、意を決して彼に向かって口を開く。
「なぁ、真宮。 どうして未来をそんなに止めたいんだ?」
「は?」
「未来のことだ。 未来ならこういう状況の時、ほぼ100%の確率で命令を聞かずに動こうとする。 なのにどうして真宮は、そんなにアイツを止めようとするんだ?
これはいつものことじゃないか」
別に未来の味方について、真宮を敵に回そうだなんて思っていない。 ただ、彼の本当の気持ちが知りたいだけだった。
そしてその問いに対し、真宮は少し迷いながらもゆっくりと言葉を綴っていく。
「・・・それはもちろん、副リーダーの責任を感じているからだよ。 未来がもし事件に巻き込まれてそれが大事にでもなったら、全て俺に責任がくる。
ユイがいない今、全ては俺が責任を取らなくちゃなんねぇんだ。 ・・・だからできれば、未来にも動かないでいてほしい。 それだけだ」
今の言葉に偽りは感じられなかった。 真宮の苦しそうな表情からもそう読み取れる。 だけど椎野には、彼からある違和感が感じられた。
みんなに何か、隠し事をしているような。
そんな――――奇妙な、違和感が。
「・・・俺、未来を捜しに行ってくるよ」
「おい待てよ」
ベンチから立ち上がりこの場を去ろうとする彼を、咄嗟に呼び止める。
「真宮、他にも理由があるんじゃないのか? 確かに副リーダーの責任の重さもそうだ。 それは本当にあると思っている。
だけどこんなにも未来を止めようとするなんておかしい。 他にもなんか、理由があるんじゃないのか?」
椎野は周りにいる人よりも、人の感情を読み取るのが得意だ。 だけど超能力者ではないため明確には分かるはずもなく、これは直接本人に聞くしか手段はない。
そう言うと、彼からの答えをじっと待った。 みんなをもっと頼ってほしい、隠し事なんてしないでほしい、と強く願いを込めながら。
すると――――真宮はそっと口を開き、小さな声でこう答えた。
「・・・本当に、理由なんて他にはないから」
―――え?
彼はその言葉だけを言い捨て、この場から去ってしまう。 もちろん他のみんなには、挨拶もせずに。
―――・・・俺の読み、外れていたのかな。
そんな自分に呆れ、椎野は溜め息をついた。 だけどそんな溜め息をつく自分に嫌気が差し、力なくベンチに座り込み天井を見上げる。
―――・・・どうしてこんなに、溜め息が出ちまうのかな。
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