心の交差。

ゆーり。

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文化祭とクリアリーブル事件。

文化祭とクリアリーブル事件㉒

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数十分後 沙楽総合病院 ロビー


普通に歩くと15分くらいで病院へ着くのだが、未来の“病院へ行きたくない”という気持ちから足を進めるスピードが遅く、結局着くのが20分以上もかかってしまった。
この周りはとても静かで街灯などはあまりなく、クリアリーブル事件が起きる場所としてはパーフェクトな条件だ。
だけどこの辺りには一つの病院が大きく建っているだけのため、事件を起こす者など当然いない。 
一応後を誰かに付けられていないかと心配になり、後ろを振り返って確認する。 そして誰もいないことが分かると、病院の中へ足を進めた。

自動ドアをくぐると必要な物以外は何もなく非常にシンプルで、とても大きな空間が目の前に現れる。
もう時間が遅いせいかロビーには一般の人は少なく、ただ未来の知っている者何人かだけがこの場に静かにたたずんでいた。 そんな中、仲間の方へ向かって歩き出す。 
ロビーはとても広く、何人かの患者がポツポツとソファーに座っていた。 そんな広い中、彼らは申し訳ない程度に端っこで小さく集まっている。 
周りにあまり迷惑をかけないようにと、彼らなりの気遣いが少しだけ感じられた。 近付くと、みんなも未来の存在に気付きこちらへ次々と顔を向けてくる。 
だがそんなことには構わず、悠斗の座っているソファーへ足を進めた。
「・・・悠斗、大丈夫か?」
想像以上に重症だったのか、あまり動かせないよう白くて固い物が彼の首に巻かれ固定されていた。 悠斗の隣には夜月がいるが、彼は何も口を開かない。
「あぁ、大丈夫だよ。 別にここまでされなくてもよかったんだけど、一応完全に治るまで念のためにって」
またもや無理をして笑いながらそう言ってくる悠斗に対し、未来は真剣な表情を変えずに言葉を返す。
「入院はしなくても大丈夫なのか?」
「うん、入院はしなくてもいいってさ。 だからそこまで重症じゃないって言ったでしょ」
口ではそう言っているが外見だけを見ると軽傷には見えない。 そんなことを言う悠斗が少しだけ見苦しくなり、彼から視線をそらし周りを軽く見渡した。 
そこで、未来はふと思う。 

―――ユイと真宮がいない。

「・・・ユイは、まだ目覚めていないのか」
「あぁ、まだ目覚めていないよ」
椎野が未来の問いに素早く答えてくれる。 結人は、いつになったら目覚めるのだろうか。 それに真宮がいないとはどういうことだろう。 
まだ未来のことを捜してるのだろうか。 悠斗がやられたと聞いて、きっとみんなはここへ集まったのだろう。 ならば真宮も、すぐに駆け付けてくると思ったのだが。
「悠斗はどうしてやられたんだ? 後ろに人がいることに、気が付かなかったのか」
壁に寄りかかりながら腕を組み、心配そうな表情をしてコウはそう口を開いた。
「気付いたけどその時には既に遅かったんだ。 ギリギリに気付いて、少しだけなら避けられたかな。 あと相手も首を命中してこなかったから、軽傷で済んだんだよ」
「え、それ俺と同じパターンじゃん」
椎野はその発言を聞き、すぐさま反応する。
「そうだな。 ということは、クリーブルって喧嘩初心者の集まりなんじゃね? 俺たちなら余裕で勝てるっしょ」
続けて御子紫が何の感情も持たずに淡々とそう口にした。 どこかかったるそうで面倒くさそうな、そんな表情で。 何も動こうとしないみんなに、少しうんざりしているのだろうか。

「未来は・・・」

「?」

すると優が、その名を小さく呟いた。 そして彼は、小さな声で未来にこう聞いてくる。

「・・・未来は、クリーブルについて何か分かったの?」

「・・・」

この時、未来はすぐに答えることができなかった。 いや、答えられなかったのだ。
この中で一番駆け付けるのが遅くクリアリーブルに直接接触したというのに、何も情報を得られなかったなんてことは当然言えるはずがなかった。
そこで先程起きた出来事を再び思い出し、そんな自分に嫌気が差す。 自分のせいで、相手が気を失ってしまったというのに。
優の問いに答えられないでいると、みんなはそんな未来のことを察してくれたのか次々と視線を外していく。 
その行為に少しだけ開放感が感じられ、悪いとは思っているが少しだけ胸を撫で下ろした。 

そしてそれからは誰も口を開くことはなく、時間が刻一刻と進んでいく。 そんな中――――ある少年が、突然やってきた。
「おい未来!」
未来の真後ろに立ってそう怒鳴ってきた少年――――真宮浩二。 だが名を呼ばれても振り返らず、ただその場に立ち尽くした。
彼はここは病院内のため遠くからは叫ばずに、かつみんなのもとへ着くまでは走らずにと、ちゃんと規則を守っている。
そして早歩きでみんなのいるところまで来て、周りを気にしながらも未来の名を少し大きめな声で呼ぶ。 
真宮からの連絡は全て無視したし『動くな』という命令も守らず勝手に行動していたため、今彼に合わせる顔なんてなかった。
だから真宮がこの場にいないと知った時は少し安心していたが、突然来られると未来の気持ちが準備し切れていない。
「未来、今までどこへ行っていた」
未来には手を出さずに、背後から静かにそう尋ねてくる。 彼からの声には、相当な怒りが込められていると感じられた。
そして、どうして彼は悠斗や夜月にその質問を問わないのかという理由ももちろん分かっていた。 
どうせ真宮は、未来が二人を巻き込んで勝手に行動したのだろうと思っているから。
実際そんなことはしていないが、かといって彼らのせいにはしたくない。 

未来は一人でも――――動くことが、できるから。

「どうして答えないんだよ。 俺がどれだけお前らを捜していたのか分かってんのか!」
背を向けているためどれ程疲れているのかは分からないが、息が乱れていることから結構な距離を走り回り未来たちのことを捜していたのだろう。
今日見つからなかったということは、彼にはまだあの被害者がよく出る場所は知られていないということか。
―――・・・まぁ、真宮が俺たちを捜していると分かっていたから、わざと人が少ない道を通って来たんだけどな。
「おい未来、聞いてんのかよ!」
小さな声で怒りをぶつけてくるが、それでも未来の心には強く響いていた。

―――・・・でも、俺の気持ちは変わんねぇ。

未来は真宮の方へは振り返らず、背を向けたまま静かに口を開く。 
「俺は、真宮に何と言われようが絶対に動くから」
「なッ・・・! 未来、いい加減にしろよ! お前は俺たちからどれだけ被害者を出したら気が済むんだ!」

―――分かっている。 
―――もう既に、俺たち結黄賊の中から3人が被害者になっているということは。

「もうこれ以上は俺たちから被害者を出したくないんだ! だから・・・ッ! だから・・・。 お願いだから、動かないでくれよ・・・」
その言葉には、先程までの勢いがなくなっていた。 真宮の気持ちは十分に届いている。 
できれば未来も、命令を聞いて動きたくなんてなかった。 悠斗がやられた今、彼の傍にずっと付いていてあげたかった。 

―――・・・でも、そんなことをしていられないのが現状だろ。

そこで意を決し、後ろへ身体を向ける。 すると目の前にいる真宮は肉体的にも精神的にも疲れているのか、両手を膝に当てどうにかして立とうと頑張っていた。
そんな彼を見て一瞬未来の心はぐらつくが、何とか自分の意志を保とうとする。 
「・・・悪い、真宮。 それでも俺は動くよ」
「は・・・。 どう、して・・・」
真宮は本当にもう言い合う気力がなくなったのか、諦めた口調で肩で息をしながらそう言ってきた。 
そして今すぐにでも彼を支えてやりたいという気持ちを抑えながらも、自分の意見を主張し続ける。
「俺は一人で動く。 だからみんなは、真宮の命令通りクリーブルにはしばらく関わるな」
「いや・・・。 未来」
夜月にも止めに入られるが、それでも構わずに言葉を綴っていく。
「夜月も悠斗ももう来なくていい。 全ては俺が責任を取る。 ・・・優とコウも、動くなよ」
「え・・・? どうして・・・」
優とコウの方へ二人の行動を分かり切っていたようにそう目配せすると、優が疑問系で返してきた。 そんな彼に対し、迷わず答える。
「どうせ優たちも今日動いていたんだろ。 でももういい。 危険だから俺一人で動く」
その言葉に、口を開く者は誰もいなかった。 その意見に賛成している者もいれば、きっと反対している者もいるだろう。 

―――それでも俺の意志は、変わらない。

「真宮。 ・・・悪いな」
その一言を彼の耳元で小さく呟き、未来はこの場から離れていった。 その時、後ろからは真宮の小さな声が聞こえてくる。
「・・・未来には、副リーダーの責任の重さなんて分からないんだ・・・」
その言葉の意味は分かっていた。 責任の重さなんて、とっくに分かっていた。 真宮にこれ以上負担をかけたくないと思ってはいるが、そんなものは未来の心が許さないのだ。
ここで彼の方へ振り返ったら負けだと思い、ただ前だけを向いて足を進めていく。 それでも自分の意志は変わらないということを、彼らに見せ付けるために。

そして未来がこの場を去った後の彼らの会話は、当然未来は知る由もなかった。 未来がいない今、真宮は悠斗に向かって話しかけていたのだ。
「悠斗・・・」
「?」
名を呼び、俯いたまま言葉だけを彼に言い渡す。
「・・・未来を、止めてくれ・・・」
「え・・・?」
未来を止められるのは、悠斗しかいないと思ったのだろう。 だから真宮は、彼に向かってそうお願いをしたのだ。
「なぁ・・・。 頼むよ」


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