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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件⑤
しおりを挟む翌日 朝 路上
今日も晴天で、立川はたくさんの人々で賑わっていた。 スーツを着たサラリーマンは、腕時計をチラチラと見て小走りをしながら、結人の前を横切っていく。
真っ黒、真っ赤なランドセルを背負った初々しい小学生は、朝だとは思えない程の元気さで飛び跳ねたり思い切りダッシュをしたりしながら、結人を抜かしていく。
学生服をそれぞれの個性で生かしながら着こなしている学生は、友達同士互いにいい笑顔を見せつつ楽しくじゃれ合いながら、結人の平行線上にいる。 カップルも同じだ。
朝から一緒に登校している彼らも同様、手を繋ぎ人目を気にせずいちゃつきながら歩いている。
その反対に、互いに距離感が掴めないまま気まずそうにしている、純粋なカップルもいた。 まるで、初々しい小学生のように。
そんな彼らに混じり、結人は今藍梨と一緒に登校している。 別に結人たちはいちゃついているわけでもないし、かといって物凄く距離があるわけでもない。
丁度いい距離を保っていた。
そして今藍梨が隣にいることは、当たり前のようにも思える。 だが結人は、休み時間になって彼女が教室から出て行ってしまうと、心寂しく思ってしまうのだ。
目に届かないところにいるだけで、不安になる。 だから藍梨を手放したくない。
できれば彼女を、ずっと隣に置いておきたいとも思う――――が、流石にそこまでいくと危険だから自重しよう。 とりあえず、今の立川はとにかく物騒なのだ。
それも全て――――“クリアリーブル事件”のせい。
「今日もいい天気だねー! 人は多いけど、天気がいいだけで空気が美味しく感じるよ」
隣で藍梨は両手を大空へ向かって大きく広げ、言葉通りに気持ちよさそうな表情をしていた。 そんな可愛い動作をしている彼女を見て、結人は優しく笑う。
もうすぐで5月が終わろうとしていた。 五月病というものが流行る時期だが、そのようなことを感じさせないくらい結人たちは元気だった。
そして文化祭までの日にちが、刻々と近付いている。 放課後はみんな教室に残って、文化祭の準備に積極的に取りかかっていた。
それともう一つ、結人たち結黄賊はユーシに出る。 歌とダンス対決だ。 まぁ、どちらかのチームが上位3位以内に入らないと意味がないのだけれど。
藍梨は昨日、夜中までずっとダンスの振り付けを考えてくれていた。 ダンスの動画を調べては、色々な振りを参考にしながら。
そんな彼女を眺めつつ、結人は曲を聞きまくり歌の練習を少しだけした。 流石に夜中では、大きな声で歌えないから。
「おはよー、ユイ! 藍梨さんもおはよ」
「おう、おはよ」
「御子紫くんおはよう」
1組の前を通ると御子紫が二人のことに気付き、教室の窓から顔を出して挨拶をしてきた。 彼も相変わらず元気そうで何よりだ。
彼の隣には、御子紫と仲がよくいつも一緒に行動している友達と日向、牧野と秋元もいる。 ということは、最近は5人で一緒に行動しているのだろう。
「日向もおはよ。 お前も元気そうだな?」
結人は教室の窓に腕を乗せ、少し挑発するよういたずらっぽく笑いながら、日向にそう挨拶をした。 挑発と言うより、ただのじゃれ合いだ。
「元気に決まってんだろ。 でもお前がいると目障りだ、さっさと行け」
「おいおい、藍梨を目の前にしてそう言うのは止めてくれよ」
当然反抗してくると思い構えてはいたが、隣に藍梨がいるということに気付き慌ててそう返す。
「そんじゃ、また後でな御子紫」
結人たちの会話を不思議そうに聞いている藍梨の腕を掴み、もう片方の手をひらひらと適当に振りながら急いでこの場を去った。
藍梨に色々突っ込まれないよう、不安を与えないようこの場から離れたのだ。 だが――――
「結人がいると目障りなの?」
「なッ・・・」
―――・・・やっぱり、突っ込んでくるのかよ。
本当は聞かれたくなかったのだが、沈黙を貫き通すのは無理だと思い、仕方なく彼女に向かって言葉を返す。
「目障り? そんなわけねぇだろ。 きっとアイツは、モテモテな俺に嫉妬してんだ。 俺と藍梨が美男美女なカップルだからさ」
「へぇ・・・。 そうなんだ」
―――・・・そこは突っ込まないんだな。
藍梨は小声でそう返し、結人たちは5組の教室に着いた。 そして自分の席まで行き、バッグを机の上に置いて椅子に座りながらある少年のことを見る。
その少年は、今日も一人で机に向かって黙々と勉強をしていた。 いつも少年はそうだった。 ずっと一人で、席から動こうともしない。
周りの男子にからかわれても、その場から逃げようとはせずひたすらからまれ続けていた。
「主役はどうなったんだー? ちゃんと練習しているかぁー?」
「えっと・・・。 うん、している、よ・・・」
おどおどとしながら必死に答えようとする少年――――櫻井和樹は、今日も彼らに絡まれ続ける。
―――またか。
そんな彼らを横目で見ながら、結人は授業の支度を進めた。 今日も一日が始まるのだ。 櫻井和樹にとっても、また新たな一日が。
そして授業が始まり、クラスのみんなは黒板へ意識を集中させる。 そんな中、結人だけは再び彼に意識を集中させていた。
「え、えっと・・・。 ルート・・・3分の1・・・です・・・」
「そう、正解」
―――あぁ見えて、頭はいいんだよな。
流石にいつも勉強しているだけあって、成績はよく先生からも褒められていた。 結人とは大違いだ。 なのに口下手となると、何か勿体ない気もする。
別に容姿も悪くはないのだけれど。
「おい、色折!」
「・・・へ?」
突然放たれた言葉に慌てて声の方へ目を向けると、数学の先生がこちらを見ながら怒ったような顔をしていた。
「問3の1問目だよ。 分かる?」
隣から、藍梨が小さな声でそう言ってくる。
―――あ・・・俺指されたのか。
そんなことを思いつつ視線を教科書へ戻し、問題と睨めっこをするが――――数学が苦手な結人には、当然すぐには分かるわけもなく。
「何だよ色折、分からないのか?」
「さーせーん・・・」
「じゃあ七瀬、代わりに答えて」
「あ、はい・・・。 えっと、ルート5分の2です」
そう答え、藍梨は席に座る。 そんな彼女の腕をシャープペンでツンツンし、振り向かせた。
「藍梨、ごめんな」
「ううん、大丈夫だよ。 何か考えていたの?」
「まぁ・・・。 ちょっとな」
そんなこんなで授業を終え、今日残すのは文化祭の準備だけとなる。 もちろん劇の練習だ。 役者はそれぞれ台本を渡され、各自練習を開始している。
一方物作りの生徒は、輪になりながらどういう城を作っていくのかを紙にイラストとして書き、試行錯誤しながら考えていた。
そんなクラス全体を見ながら、結人は“まとまってきたな”と一人実感する。 ただ――――一人を、除いては。
「お、俺は・・・強い、兵士だ・・・。 だ、だだだから今日も、俺は・・・ひ、一人練習を・・・」
―――・・・はぁ。
彼を目の前に、溜め息をつく。 主役のことが気になり、結人は一対一で指導をしようとしていた。 そのことについては彼も了承済みで、今ここにいるわけだが――――
―――まさか、口下手だけでなく台詞も噛みまくりとはな。
―――台詞を憶える以前の問題ときたか。
本当に彼に、主役をこのまま任せてもいいのだろうか。
「結人くん」
「ん? どした?」
そんなことを考えていると、突然背後から演劇部の女子に声をかけられた。 そんな彼女に、振り返って優しく用件を尋ねる。
「あのね、王様が言う台詞で、主役に声をかけて主役の人生が変わるっていうシーンあるじゃん?」
―――あぁ、あのラストのところか。
―――この物語の一番の見所なんだよな。
「おう。 そこがどうした?」
「そこの台詞がね、なかなかいい言葉が思い付かなくて」
「ん・・・。 だから?」
「だから、そこの台詞を結人くんに考えてほしいの」
「・・・は、俺が!?」
―――そうきたか。
―――それは、思ってもみなかったぞ・・・。
「お願い! 結人くんなら、いい言葉思い付きそうだし!」
彼女は両手を合わせ、結人に向かって頭を下げてくる。 その行為を見て、慌てて彼女の顔を上げさせた。
「お、おいよせよ」
―――そこまで言われると、男としては断れないよなぁ・・・。
「まぁ・・・。 分かったよ、考えてみるわ」
「ありがとう!」
仕方なくそう言うと、彼女は笑顔で礼を言いこの場から離れていった。
―――つーか、見所の大事なシーンの台詞を考えるのがプレッシャーで、俺に擦り付けてきただけなんじゃ・・・。
―――・・・いや、そんなことを考えるのはよそう。
最低なこの考えを自ら排除し、再び意識を櫻井の方へ向けた。
「お、俺は強いんだ・・・! こんなや、奴に、負けるわけ・・・」
彼は相変わらずだった。 頑張って、台本と向き合っている。
―――こんな調子じゃ、台詞を憶えるところまでなかなか到達しないよな。
そんな櫻井を見かね、結人は思わず口を開いてしまった。
「大丈夫か? 主役を降りるなら今のうちだぞ。 ほら、本番まで時間はまだあるし」
“こんなことを言うなんて最低だ”と、自分で自分を責めながらそう口にする。
だが彼は、人に何と言われようとも自分の意志を曲げようとはせず、ゆっくりとした口調でこう返してきた。
「ううん。 まだ、時間はある。 だから、俺は頑張るよ。 折角の、主役なんだし。 ・・・色折くんも、心配してくれてありがとう」
そう言って、ぎこちなく笑ったのだ。 そんな櫻井を見ると、余計に応援したくなった。 『主役を降りろ』だとか、そんなことを言ってしまった自分は本当に最低だ。
櫻井の意志を無理矢理曲げるわけにもいかない。 彼は頑張って自分と向き合おうとしているのに、どうして悪い方向へと考えてしまうのだろうか。
「そうだな。 俺も櫻井に協力するよ。 一緒に頑張ろうな」
そう言って――――結人も櫻井に負けない笑顔を、彼に見せた。
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