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うそつきピエロ。
うそつきピエロ㊴
しおりを挟む―――何だよ、コイツ・・・ッ!
強い。 強い。 その言葉だけに限る。
「お前はその程度か? ははッ」
結人は無我夢中で、相手に食らい付いていた。 殴って、蹴って、殴って、蹴って。 その繰り返し。 だが――――
「くはッ・・・」
結人は今――――やられている。
―――どうしてだよ!
―――どうして俺がやられているんだ、コイツなんかに!
―――だって俺は、今まで一度も負けたことがないんだぞ!
相手の容姿は背が高く、細身ですらっとしている。 どう見ても喧嘩が強そうには見えない。
―――思い切り殴ってこられるのは今だけで、いつかはきっと体力が尽きるさ。
―――だから最後まで食らい付け!
―――俺は絶対に負けない、絶対に・・・ッ!
―スタッ。
―――・・・ん?
ふいに聞こえたその音が気になり、少しだけ首を後ろへ回し日向のことを確認する。 その彼は――――そのまま走って、どこかへ行ってしまった。
―――・・・怖くて怖気付いたのか?
―――それとも、俺がみっともなくて丁度いいから、このまま放置しておこうとでも思ったのかな。
―――・・・まぁ、アイツが無事ならそれでいいや。
「何だ、お前の連れは逃げたみたいだな。 一方お前は、一人じゃもう俺と喧嘩はできないってか?」
「誰がいつそんなことを言った!」
攻撃を一度中断したため、その姿が諦めたかのように相手は捉えたようだ。
―――そんなわけがあるか。
―――まだお前との決着、終わってなんかいねぇ!
拳を強く握り直し、結人は男に向かって殴りかかった。 だが――――相手は攻撃をちゃんと受けているが、ビクともしない。
殴っている場所も服の上からではなく肌に直接触れているし、手加減なんてもちろんしていない。 無力化するために何度も何度も殴っているのに、何故かコイツは倒れないのだ。
「おらぁッ!」
「ぐッ・・・」
相手に膝蹴りをされ、結人は腹を抱えたままその場に跪いてしまった。
―――くそッ、どうして・・・!
相手の攻撃に特徴なんてものはなかった。 あの膝蹴りも、結人は確実に避けられた。 だが――――食らってしまった。
結黄賊は皆、相手の攻撃を先読みすることができる。 相手が右拳を強く握ったら、結人たちから見て左にパンチが飛んでくる。
相手が左足に少しでも重心をかけたら、結人たちから見て左から蹴りが飛んでくる。 そんなことは見ていたら分かるのだが、相手を実際目の前にすると視野が狭くなるのは当然だ。
だが結黄賊内で視野を広くする特訓をし、やっとのことで習得することができたのだ。 もちろん特訓は楽なものではない。
仲間は強くなるために犠牲になったり、犠牲にさせたりしていたのだから。 つまり結黄賊は、喧嘩をする時は相手の顔だけでなく、全体も見ている。
だから相手の攻撃を簡単に避けることができるのだ。 だが時には多少は食らったりもするし、わざと食らったりもする。 だけど――――今は違う。 今は違うのだ。
だって、相手の攻撃は――――全て、予測不可能なのだから。
詳しく言うと、相手が右手に力を込めたら自分から見て左にパンチが飛んでくると思うだろう。 だけど彼の場合――――右にパンチが飛んでくる。
つまり、自分が“左からくる”と先読みをしても、その反対、もしくは蹴りが飛んでくるのだ。
だから結人は、コイツが次にしてこようとする攻撃が――――分からなかった。
「もう終わりかぁ? そんじゃ、藍梨ちゃんは俺のもんだな」
「は・・・。 待てよ・・・ッ。 まだ、終わりじゃねぇ・・・ッ!」
「何度やっても同じだよ!」
「うぅッ」
今もまた、左からパンチが飛んでくると思い右に避けるが、相手は右から拳を突き出し顔面を殴ってきた。
―――くそッ、意味が分かんねぇ・・・!
「さてと、じゃあ最後に一発食らわせて・・・」
―――ッ・・・やられる。
~♪
そう思った瞬間、突然相手の携帯がこの場に鳴り響く。 彼は結人を蹴ろうとしていた足を元へ戻し、携帯を取り出して電話に出た。
「もしもし? ・・・あぁ、俺もその近くだよ。 ・・・悪い悪い、今から行くって。 遅くなったから、俺がなんか奢ってやる。 あぁ。 ・・・じゃ、後でな」
通話を終えたのか、彼は携帯をしまって結人のことを再び見据える。
「悪い、仕事だ。 お前との決着、まだ終わっていねぇからな? お前の相手は、俺の連れに頼んでおくよ。 ・・・おいお前ら、いつまで寝てんだ! 行くぞ!」
彼は無理矢理後輩たちを叩き起こし、この場から去っていった。
―――・・・何なんだよ、アイツ。
考えていることが分からない。 喧嘩の強さは結黄賊とは変わらないと思うが、相手の攻撃を何故か避けることがでない。
―――どうしてだよ。
―――・・・もう、意味が分かんねぇ。
結人はボロボロになった身体をどこかで休めようと、近くの建物に寄りかかり身を預ける。
―――・・・これから、どうしよう。
こんな状態になりそのようなことを考えていると、聞き慣れた声が次第に近付いてきた。
「ユイ!」
「ん・・・? コウと・・・優?」
それと――――日向。
「ユイ、大丈夫か?」
「あぁ、俺は平気だよ」
コウが身体を支えてくれ、人がいない通りまで運んでくれた。 そして誰かが呼んでくれたのか、少し時間が経ってから北野も来て、今結人の手当てをしてくれている。
いや、言いたいのはそこではなく――――
「日向が、コウたちを呼んできてくれたのか?」
「・・・」
結人の先で、静かにたたずんでいる日向に声をかけた。 だが――――返事はこない。 その代わり、コウが答えてくれた。
「そうだよ。 優も俺ん家にいたんだけど、急に日向の奴が来て。
『ユイがやられていて危ない』って言うから、急いで北野に連絡して、日向にここまで案内してもらったんだ」
―――やっぱりそうだったのか。
―――まぁ、一足遅かったけどな。
「ありがとな、日向。 コウを呼んできてくれて」
「・・・別に」
どうして日向がコウの家を知っているのかということに関しては、あえて聞かないことにした。
「ユイは、誰にやられたの?」
優が心配そうな顔をしてそう尋ねてくる。
「そうだよ、ユイが負けるはずねぇだろ?」
コウも優につられ、そう聞いてきた。 だが、結人は――――
「完全に負けてはいない。 だけど・・・悪い。 顔は知っている奴だったけど、名前までは・・・」
「清水海翔だよ」
「・・・は?」
―――清水海翔。
日向が結人たちの会話に入り込み、その名を静かに口にした。
―――清水海翔って、立川最強っていう・・・?
「誰? その人」
優がそう聞いてくれ、日向が説明をし始める。
「立川では最強って言われている奴だよ。 ・・・色折には前、話しただろ。 なのにどうしてアイツなんかに手を出したんだ!」
「は? そんなもん、アイツが清水海翔って知らなかったからに決まってんだろ!」
「だったら分かったな。 アイツにはもう手を出すな。 お前だって、さっきの喧嘩で思い知らされたはずだ」
「それはー・・・」
―――藍梨のことがかかっているから、その約束は守り難いんだよな。
「清水海翔ってどんな人ー? ユイでも負けるなんて、考えられないんだけど!」
優がまた上手いこと聞き出してくれ、日向も説明を付け足していく。
「清水海翔。 アイツの職業はホストなんだ。 いつもは歌舞伎町にいる奴でさ」
「ホスト!? え、イケメンなの?」
「まぁ、顔はな。 人気ナンバーワンらしいぜ」
「ちょっと待てよ、どうして歌舞伎町の人間がこの立川にいるんだ!」
結人も日向と優の会話に、無理矢理加わった。
「立川のホストの店から、スカウトが来たんだって。 だから、週二くらいでここへ来ているらしい」
そこで結人は、もう一つ疑問に思ったことを口にする。
「ホストってスーツだろ? アイツに会ったのは今日で二回目だけど、二回共私服だったぞ」
「私服なら、出張ホストとかじゃね? 出張ホストなら私服でもOKみたいだし」
「は・・・」
初めて知らされる情報があり過ぎて、その全てに衝撃を受け結人は呆気に取られた。
「だから、もうアイツには手を出すな。 変に喧嘩を売ったりしない限り、アイツは手を出してはこないから。
さっきも本当は逃げることができたんだ、色折があれ以上挑発しなければな」
「でもアイツは喧嘩が強くて、立川最強って呼ばれているんだろ? じゃあどんな時に喧嘩してんだよ、普段は喧嘩しねぇのに」
「興味がある奴にしか、喧嘩はしねぇよ。 アイツは」
「興味?」
「そう。 例えば、アイツのダチとか彼女とか。 アイツの身内に手を出したりすると、黙っちゃいないさ。
それ以外は喧嘩をどれだけ売っても『お前には興味がない』とか言って、手を出したりはしてこない」
―――ということは・・・アイツは、藍梨を狙っているから俺と喧嘩をしようとしたのか。
―――・・・アイツなんかに、俺は勝てるのかな。
―――というより・・・コウはどうなんだ?
―――コウと清水海翔が喧嘩をしたら、どっちが勝つんだろう。
「日向。 どうしてお前は、そんなにその人のことを知っているの?」
優のその問いに、日向は視線をそらしながら静かに答えた。
「・・・危険な人物を知ろうとすんのは、当然だろ」
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