心の交差。

ゆーり。

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うそつきピエロ。

うそつきピエロ⑯

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同時刻 1年5組


その頃、結人は教室で一人優のことを考えていた。 コウと関わらなくなってから約一週間。 
―――そろそろ優の様子でも見に行こうかな。
―――・・・また、何かをやらかしていなきゃいいんだけど。
そんなことを思いつつ、気を楽にしながら2組へと足を運んだ。 

その教室へ入って真っ先に見るのは、当然優の席。 そして――――
「・・・ッ! おい、優!」
結人は優の名を叫びながら、すぐさま彼のもとへと駆け寄った。 

優は――――カッターを片手に持ち、反対側の手首にその刃をあて、リストカットをしようとしていたのだ。

「優、何してんだよ!」
席へ着くなりカッターを持っていた彼の腕を掴んで真上に上げ、手首に触れさせないようにする。
この時結人は知らなかったが、結人の大声によってクラスにいたコウも一瞬、優の方へ振り向いたらしい。 だがその時のコウの表情は、当然誰も知る由もなかった。
「優、一体どうし・・・」
優の腕を真上に上げた時、彼の着ていた服の袖がずれ落ちた。 その瞬間――――結人は、彼の変化に気付く。

―――ッ・・・何だよ、これ。

袖から見えた優の白くて細い腕は、とても悲惨なものだった。 そこには――――たくさんの爪の跡――――たくさんのアザ。 
そして優がカッターを持っている手の甲には、何か硬いものでも殴ったような傷がたくさんできている。
―――どうして、優の腕がこんなことになっているんだよ。 
―――いじめられてんのは、コウだけのはずだろ?
―――・・・ッ! 
―――もしかして、これは全て優の意志でやったというのか!? 
―――コウのことを頑張って見過ごそうと、自分で自分を痛め付け我慢していたというのか・・・?
「優・・・。 どうして、そこまで・・・」
「・・・」
優は何も言わなかった。 
―――どうしてもっと早くに気付けなかったんだ! 

優の心の叫びに。 

コウの――――心の苦しさに。

真宮が『心配だから様子を見に行ってほしい』と言ってこなければ、結人はこのままずっと二人のことを気付けずにいたのかもしれない。
―――俺は・・・やっぱり真宮に頼らないと、駄目なのか・・・。

―ギチ。

優の下ろされている手を見ると、その拳は僅かに震えていた。 いや――――ただ震えているのではない。 爪を立て、手の平にめり込ませているのだ。
―――優はもう・・・限界なんだ。
今更自分を責めても意味がない。 今は優を優先しなくてはならないのだ。 
―――じゃあ、俺はどうしたら・・・。
―――あ・・・もしかして。
―――くそッ、どうしてすぐに思い付かなかった! 
―――この一週間、俺は何をしていたというんだ。 
―――何もしていないじゃないか!
コウのためにも、優のためにも何もしていない。 そう、ただ休んでいただけだった。 コウのことを見て見ぬフリをして、何も動こうとはせずただ休んでいただけだった。
―――どうして今まで行動を起こさなかった! 
―――もっと早くに行動を起こしていれば、コウもあんなに傷を負わずに済んだし、優もこんなに自分を追い詰めることなんてなかったのに!
―――今のコウを変えるのは、コウ自身じゃない。 
―――だからといって、優でもない。 
―――更にいうならば、俺でもない。 

―――そう・・・“言葉”なんだ。

今日の放課後、早速コウのもとへ行ってみよう。 彼のところへ行って、結人の今の気持ちを素直に伝えるのだ。
本当は優も連れて行きたいが、今はきっとコウとは何も話したくないのだろう。 それに優は今、こんな状態だ。 コウの目の前に出すわけにはいかない。
―――だとしたら・・・どうする? 
結人がコウのところへ行っている間、誰かに優を任せるしかない。 優を一人にしてはおけない。
―――じゃあ、誰に任せればいいんだ? 
流石に、今の優の状態を知らない仲間には任せられられない。
―――誰か、誰か誰か・・・。
そこで――――結人は思い出した。 優が教室で、暴れた時のことを。 あの時、未来は2組に来ていた。 ということは、彼は今の優の状態を知っている。
―――なら未来に任そう! 
―――・・・いや、待てよ。 
未来は思ったことをすぐに言ってしまう少年だ。 今とても繊細な優には、彼だと少しキツいのかもしれない。

―――だとしたら・・・悠斗。 

未来が今の状態の優を知っているのなら、きっと悠斗にも相談を持ちかけているはずだ。 『優の様子が何か変だ』と。 なら、悠斗も優の事情を少しは知っているだろう。 
悠斗なら発する言葉をちゃんと選んでくれるため、優を傷付けるような発言は絶対にしない。 

―――・・・そうだ、悠斗にしよう。

「優。 俺は今日の放課後、用事があるんだ。 でも優のことが心配で、一人にはさせたくない。 だから、今日は他の奴に優のことを頼んでもいいか?」
「・・・」
優は何も言わなかった。 時計を見ると、あと一分で授業が始まってしまう。
「じゃあ、誰かに頼んでおくから。 もし自分でどうしようもなくなったら、俺にすぐ言えよ? ・・・優は、一人じゃないんだからな」
結人は優の手からカッターを優しく奪い取り、刃をしまって彼の机上に静かに置きその場から立ち去った。
このままカッターを預かっていてもいいのだが、結人が持っていってしまうと優は余計にストレスが溜まり、危険だと思ったから。
だから彼を信じて、その場に置いてきたのだ。 

そして――――授業が終わり、結人は早速悠斗のいる4組へと向かう。
「何? ユイ」
彼を呼ぶと、すぐに来てくれた。
「悠斗、今日の放課後優を任せてもいいか?」
「え・・・?」
「俺が優を見ておきたいんだけど、今日は外せない用事ができちまって。 ・・・悠斗は、優の今の事情を少しでも知っているか?」
そう聞くと、悠斗は気まずそうに小さく頷いた。 
―――よかった、俺の思っていたことは当たっていたんだな。
「じゃあ、任せてもいいか? 今日はいつ用事が終わるのか分からないんだ。 もしかしたら、悠斗の家に優を泊めてもらうことになるかもだけど・・・」
「いいよ。 ユイからの頼みなら断るわけがない。 ・・・優のことは、俺がちゃんと見るよ」
「・・・ありがとな、悠斗」
―――悠斗に、優を任せることができてよかった。  
―――今日で終わらせてやろうじゃんか。 
結人は今日の放課後、コウのもとへ行く。 心の中で、そう覚悟を決めた。

―――コウ、待っていろよ。 
―――・・・今まで、苦しい思いをさせちまってごめんな。


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