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うそつきピエロ。
うそつきピエロ⑨
しおりを挟む翌日 休み時間 沙楽学園
今日も平穏な日々を送っている1年5組。 みんなが楽しそうに輪になって話している中、色折結人はある女子に話しかけていた。
「ねぇねぇ、綾瀬さん。 愛ちゃんって、呼んでいい?」
「え・・・?」
結人は今、綾瀬愛というクラスメイトの目の前にいる。 彼女に話しかけた理由はとても単純だ。 それは、いつも一人だったから。
結人のクラスはグループで活動している生徒が多い中、彼女は誰とも関わらない。
だから、最初の友達――――いや“話し相手になってやれたらいいな”という気持ちで声をかけた。
「愛ちゃんって、いつも読書しているよねー? 今は何の本を読んでんの?」
ここは一番前の席で、結人の席からは彼女のことがよく見えていた。 授業もちゃんと受けている、真面目な子だ。
「へぇ、面白そうな本だな。 いつかそれ、俺にも読ませてよ?」
これからは文化祭や体育祭、学年行事などもたくさん待っているため、彼女も“このクラスに溶け込めたらいいな”と思っている。 そのための、最初の一歩だ。
「そんな緊張すんなよ。 俺と愛ちゃんは同い年よ? タメでいいから、敬語なんて止めろって」
そう言うと、照れながらも優しい表情をして頷いてくれた。 そんな彼女に対し、結人もつられて笑う。
「ユイー」
「おう、真宮か。 どした?」
「ん、ちょっといいか? 綾瀬さん、悪い」
そう言って真宮は片手で謝るポーズを作り、愛に見せた。 そして彼女が頷くことを確認し、結人と真宮はクラスの一番後ろまで行く。
「どうしたんだよ」
「その・・・。 ユイもさ、流石に気付いてんだろ?」
「え?」
「優とコウのことだよ」
「あぁ・・・」
確かに、気付いていないと言ったら嘘になる。 二人のことは遠くから見ていた。 最近は仲よく一緒に行動しているところや、話しているところを見かけない。
そんなことは結人だって気付いていた。 だが優やコウからは何も言われないため、静かに見守ってはいたのだが――――
「なぁ、頼むよ。 二人に、何があったのか聞いてみてくんね? あー、いや。 コウはいいや、どうせ聞いても答えてはくれないだろうし。
優に何があったか、聞いてみてくんね?」
「あぁ、分かったよ。 じゃあ早速、放課後にでも優のところへ行ってみるわ。 じゃあ・・・今日は、藍梨のことは真宮に任せてもいいか?」
「いいよ。 もし何かあったら、藍梨さんを俺ん家に泊めても構わないから」
「はは。 了解」
真宮のその自然な発言に、結人は笑って頷いた。 今日の放課後は特に用事がないため、優の悩みを聞くなら丁度いい。
そして――――授業は全て終わり、放課後となった。 結人は藍梨と真宮と一緒に少し話をし、教室から出る。 向かうは当然2組のところ。
―――さて・・・。
―――何て言って、聞き出すかな。
優だからといって、簡単に悩みを打ち明けてくれるとは限らない。 それに彼が悩んでいるとしたら、コウに関することだろうということは分かっていた。
あの二人は確かに今、気まずい関係でいる。 そうに違いない。 いや――――きっと、そうなのだろう。
そして色々と考えながら、2組の教室へ近付くにつれ――――聞こえてきたのだ。 誰かの――――苦しそうな、悲鳴が。
「ぅああぁぁあぁぁぁああぁぁあぁあぁ!!」
―――え・・・何だ?
―――何が起こっているんだ?
突然そのような叫び声が耳に届き、結人は声がする方へ走って向かった。 聞こえるのは2組からだ。 そして、その悲鳴を上げていたのは――――優だった。
「優!」
彼は暴れていた。 無我夢中で、ただただ暴れていた。 理性なんてものは既になく――――自分の今の感情を、思い切り身体で表現しているかのように。
自分の机と椅子を蹴り飛ばし、周りのロッカーや自分の私物を殴ったり投げたりしている。 それも全て――――力任せに。
「優! 落ち着け!」
結人はその光景を見るなり優のもとへすぐ駆け付け、彼を押さえ付けた。 だが――――止めようと努力はするが、静まる気配はない。
そこで2組の教室を見渡すと、コウの姿はどこにもなかった。 彼と何かあったのだろうか。
更にこの席の周りを見渡すと、優以外の席はあまり酷い被害は受けていなかった。 きっと彼の心の何処かで、きっと自重しているのだろう。
「ああぁぁあ、ああぁぁぁあ、あぁぁぁぁああぁぁ!!」
「優、大丈夫だから! 俺がずっと付いていてやるから、落ち着いてくれ!」
だが優は、結人の言うことは聞かずにひたすら暴れ続けている。 どうしたらいいのだろうか。
まず彼を落ち着かさせないといけないし、クラスのみんなもこの興奮から静めなければならない。 でも、どうしたら――――どうしたら、どうしたら――――
すると結人はふと視線を感じ、教室のドアの方へ目をやった。
―――未来。
「未来!」
「・・・え」
未来がドアのところで立っている。 優の悲鳴を聞いてここまで駆け付けてくれたのか――――それとも、優のことを――――
「未来、頼む! この状況を何とかしてほしい!」
「え・・・。 ・・・あぁ、分かった」
彼も今、何が起こっているのか分からないといったような難しい表情をしていた。 だが、結人にだって分からない。
この場を未来に任せ、結人は優のリュックサックを持ち、彼を無理矢理歩かせこの教室から強引に出させる。
そして教室から出て環境が変わると流石に場をわきまえたのか、優は少し落ち着きを取り戻した。 そんな彼を連れて昇降口へ行き、それぞれ外靴に履き替え正門へと向かう。
そのまま結人たちは、何も会話をせずに優の家へと向かった。 彼はまだ完全には静まっていないらしく、呼吸は少し荒れ手が震えている。
自分を頑張って、落ち着かせようとしているのだろうか。
―――・・・てより、優は一体どうしたっていうんだ。
あんな優は初めて見た。 あんなに暴れ、激しく荒れている優の姿を。 彼は、何かに限界を感じたのだろうか。
一人で考えても無駄だと思い、優の様子を窺いつつ素直に聞いてみることにした。
「・・・優? 何があったんだよ」
「・・・」
当然、彼は何も答えてはくれない。 だったら――――
「コウのことか?」
「ッ・・・!」
そう言うと、優は少し反応を見せた。 聞いても答えてくれないのなら、悩みの中心となる単語を口に出せばいい。 今回の場合はコウだ。
コウに関して悩みが何かあるのだろうとこちらが前もって知っていると、優は悩みを打ち明けやすい。
相談を聞くためのこの誘導は、真宮から教えてもらいよく使っているものだった。
「コウに、何かあったのか?」
もう一度、改めて聞いてみた。 優が返事してくれるのを信じて。 だが優は――――その問いを無視し、突然彼の名を狂ったように連呼し出した。
「・・・コウ。 そうだ、コウだ。 コウ、コウ、コウ・・・」
「・・・おい、優?」
名を呼ぶと、優は急に立ち止まり結人の方へ身体を向ける。 そんな突然な行為に驚き、結人もその場に立ち止まった。
そして彼は目を合わせ、涙目になりながら小さく呟く。
「コウを、助けにいかなきゃ・・・」
「え?」
「もしかしたら、コウは今頃泣いているのかもしれない。 ううん。 実際泣いていなくても、心はきっと泣いているのかもしれない」
「優、何を言って・・・」
「・・・俺、行ってくる」
「あ、おい待てよ!」
この場から勝手に立ち去ろうとした優の腕を掴み、引き止めた。
「早く、行かなきゃ・・・」
「だったら俺も行く」
「え・・・?」
「大丈夫。 優にだけ苦しい思いは絶対にさせない。 俺は覚悟を決めているよ。 これから、どんなことが起きようとも。 ・・・これから、どんな光景を見ようとも」
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