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北野の休日。
北野の休日①
しおりを挟む朝目が覚めて、布団から出る。 そして顔を洗い歯磨きをし朝食をとってから、私服に着替える。 これはみんなといたって変わらない日常だ。 だが今はゴールデンウィーク。
だけどそんな素晴らしい休日を感じさせない程、結黄賊たちの日常は変わらなかった。
昨日の帰り際『ゴールデンウィークだし、折角だからみんなで一緒にどこかへ出かけよう』と話し合っていたのだが、結局は決まらずに北野だけが早めに帰宅。
今日もみんなは集まると言っていたが、どこへ行くのか今日も話し合うのだろうか。 そんなことを考えながら、北野は家を出る。
インタビューされるのは午後からのため、午前は予定が入っていない。 だから近くの薬局へ行くことにした。 今から行くところには、これからもずっと通うことになるだろう。
北野はみんなから“結黄賊の保健係”と呼ばれている。 倉庫の中にある救急箱の中身は、全て北野が管理し揃えたものだ。
だけど全ての薬や包帯、消毒液などは一人のお小遣いだけでは到底揃えられない。 そこでみんなは考えた。
毎月一人500円を出して回収し、手当てに詳しい北野が薬局へ買い出しに行く、と。 御子紫たちも、それに付いてきてくれたりもした。
だが今日は午後から予定が入っているため、自ら断ったのだ。 薬局へ着き、必要なものを探し始める。 ここに買い出しへ来るのは月に一回程度。
ここの薬局に来るのは、立川に来てから二回目だった。 そして買い物をしながら、結黄賊みんなのことを考える。
北野は最初――――結黄賊には、入っていなかったのだ。 違う言い方をすると、メンバーの一員ではなかった。 後から加わったのだ。
もっと言うと、結黄賊のメンバーと仲よくなったのはみんなと違って中3の時。 北野は、お金持ちだからという理由で――――一部の人から、いじめを受けていた。
――――今から、北野が結黄賊に加わった時の話をしよう。
北野には、親友と呼べる者がいなかった。 それ以前に、友達だと言える人も指で数えられる程度しかいない。
それに学校では大人しく、いつも静かにしている方だった。 もちろん目立った行動も全くしていなく、先生からも目を付けられたことなんて一度もない。
北野はいたって、普通の生活を送っていた。
本当のこと言うと――――普通の生活を、頑張って送っていたのだけれど。
結黄賊の話に戻ろう。 結黄賊は、結人からは中3になったばかりの時に結成したと聞かされている。 先程も言ったが、北野は最初のメンバーではなかった。
実際に入ったのは、4月の下旬だったから――――チームが結成されて2、3週間後に入ったことになる。
これも結人から聞いたことだが、結黄賊メンバーの人数はキリのいい20人にしたかったらしい。 だけどあと一人は、どうしても決まらなかったそうだ。
結黄賊のメンバーは、誰でも入ることができるわけではない。 その理由はもちろん、チームというのは絆と信頼がなければならないから。
人を信用するのは簡単にできるものではない。 だから結黄賊メンバーは、ちゃんと話し合って認め合って、みんなに決められたメンバーなのだ。
最後の一人を決めるまでは、19人で活動していこうと考えていたらしい。
そう――――あと一人のメンバーは、最終的に北野になるのだが。
結人とは小中同じ学校だった。 最初から一緒だったというわけではなく、北野は小学校3年生の時に結人のいる学校へ転校したのだ。
運が悪いのか神様のいたずらなのかは分からないが、結人とはこの7年間、つまり小学校3年生から中学校3年生までの間、同じクラスになったことが一度もなかった。
季節は春。 北野が中学校3年生になったばかりの時のこと。 学校が終わってからの放課後、保健委員会の集まりがあったため帰りが夕方になってしまった。
綺麗な夕焼けをぼんやりと眺めながら、北野は一人下校をする。 その時――――突然、誰かが喧嘩をしているような声が聞こえてきた。
その時が――――結人と初めて言葉を交わした、瞬間だった。
「いってぇな・・・。 おい、ふざけんなよ!」
「いつか憶えておけよ、このガキ!」
―――え、何・・・?
―――ドラマや漫画であるような喧嘩が、現実で起こっているのか・・・?
そんなことを思いつつ、北野はその声のする方へ足を進めていく。 本当は関わりたくなかったし行きたくもなかったが、足が勝手に動いていたのだ。
そして、その喧嘩を見て一番最初に目に映ったもの――――
それは、色折結人という少年が頭から血を流して、その場にぐったりと座り込んでいる光景だった。
当時、彼は首に黄色い布を巻いていた。 綺麗な黄色で染まっている布が、今は彼の血によって少し赤く染まってしまっている。
そんな彼の姿は、今でも北野の脳裏に焼き付けられていた。 そしてその光景を見て、居ても立っても居られなくなる。
気付いた時には、北野の足は彼のもとへと近付いていた。
「色折くん!」
「・・・え?」
まだ意識があるようで、ぼーっとした表情をしながら顔だけをこちらへ向けてくる。 幸い彼と喧嘩をしていた不良らは、もう既に去っていた。
「大丈夫!?」
「・・・」
必死に彼の安否を確認する。 だが――――彼は、何も返事をしなかった。 だけど北野は“無理もない”と思った。
だって彼は――――北野のことを、知らないのだから。
色折結人。 彼は小学校の頃から、校内では有名だった。 とても優しくて人思いで、たくさんの友達によく囲まれていた。 そう――――北野とは正反対の人生を送っていたのだ。
そんな彼とは一度も同じクラスになったことがなく、もちろん会話もしたことがない。 だから、こんな影の薄い自分のことは知らなくても当たり前だと思った。
きっと、見知らぬ人に自分のことを心配されても、彼にとっては迷惑なだけだろう。 それも頼れる大人ではなく――――子供なのだから。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。 今は、彼の出血を止めることの方が大切だ。 このまま放っておくと危ないことになる。
北野はバッグからタオルを取り出し、それを急いで彼の頭に巻きこれ以上の出血を防いだ。
「色折くん、立てる? 俺の家まで、来てほしいんだ」
こういうことを言っても、迷惑だと分かっている。 知らない人の家へ来るよう急に言われて、不審に思わない人はいない。 だが今は、そう思われてもいいと思った。
この時の北野は、とにかく彼を助けたい一心だったから。 そして――――思っていた通りの答えが、彼から返ってきた。
「・・・いや、いいよ」
そんなことは言われなくても分かっている。 だけど――――
「ごめん! 迷惑かもしれないけど、このままだと色折くんが危ないんだ! お願いだから、手当てをさせて」
そう言うと、北野の必死さを受け止めてくれたのか、それとも面倒だから早く済ませてしまおうとでも思ったのか、何も言わずにただ頷いてくれた。
彼は立つことはできたが、自分の力で歩くことはできなかった。 だから彼の身体を支えつつ、自分の家まで運んだ。
そして居間まで連れて行き、暖炉の近くにあるソファーに座らせる。
「ちょっとここで待っていて。 すぐ戻るから」
この部屋を不思議そうに見回している彼に対し、北野はそう言ってこの場から離れた。 救急箱を取りに行くために。 両親は仕事で、まだ帰ってきてはいなかった。
そこで一人になり、冷静になって考える。
―――・・・やっぱり、迷惑だったかな。
―――そうだよね。
―――こんな俺に助けられても、嬉しくもなんともないからね。
手当てをした後、ちゃんと謝ろう。 『無理にここまで運んできてごめん』と。 そう思い、救急箱を手に取って彼のいる居間まで戻った。
「大丈夫? じっとしていてね。 すぐに終わるから」
消毒液を取り出し、先程救急箱を取ってくる際に水で濡らしてきたタオルを、彼の傷に当て汚れを落とした。 そして傷口を消毒しガーゼを当て、包帯で頭全体を巻く。
彼の服を見る限りかなり汚れていたため、きっとアザとかも酷いのだろう。 だが血は滲み出てはいないため、手当てはしなくても大丈夫だろうと思った。
「・・・思い出した」
「え?」
突然彼は、そう言って北野の顔をじっと見てきた。 相手の顔をこんなに近くで見るのは初めてのため、しばらく目を離さない彼に対し北野は恥ずかしくなって思わず目をそらす。
「・・・もしかして、北野くん?」
「え、どうして・・・」
突如自分の名を呼ばれ、驚いてもう一度相手のことを見た。 その時の彼は――――傷だらけで苦しいことを感じさせない程の、優しい笑顔でこちらを見ていた。
そう――――いつもたくさんの友達に見せているような笑顔を、今北野に向かってしてくれている。
「やっぱり、北野くんなんだ」
「ッ・・・」
家へ入る前に、表札でも見たのだろうか。 または今は制服なため、彼と同じ学校ということもあり北野という名を少しでも憶えてくれていたのだろう。
だからこのことについては、別に北野は何とも思わなかった。 何も疑問に思わなかったからだ。 だが次に彼は――――予想外の言葉を、口にした。
「・・・北野流星くん、だっけ? いつも保健係や保健委員をやってんだろ? 俺にも手当てをしてくれるなんて、優しい奴なんだな」
「え・・・」
その言葉を耳にし、驚きのあまり言葉が詰まってしまった。 どうして自分のことを知っているのだろうか。
彼のことなら有名でよく噂されているから、北野には彼の情報が自然と耳に入ってくる。 そんな彼に対し、自分のことは流せる程の情報もなく噂すらもならないはずだ。
なのに、どうして――――
「本当に金持ちなんだな。 ひっろいなー、この部屋! ちゃっかり暖炉もあるし。 ・・・立派な家だな、羨ましいぜ」
彼は、今まで北野と出会ってきた人たちとは違った。
その違いは――――明らかだ。
「北野って、呼んでもいい? 俺のことは、ユイでいいから。 みんなもそう呼んでいるし」
そこで彼は一度大きく深呼吸をし、言葉を続けた。
「借り、できちゃったな。 絶対に、この借りは返すからさ」
そう言って、眩しい程の笑顔をこちらへ見せてきた。 だけど北野は――――そんな彼に、聞いてしまったのだ。
「その・・・ユイ、は・・・。 俺のこと、嫌な風に思っていないの・・・?」
「?」
恐る恐るそう尋ねると、彼は一瞬ぽかーんとした表情を見せた。 だがそしてまた、すぐ笑顔になる。
「え、何を言ってんの? 北野は北野じゃん。 それを何で、嫌な風に捉えなくちゃなんねぇんだよ。 俺はそのまんまの北野、結構気に入っているぜ」
―――気に入っている・・・?
その言葉に対し、北野は何かを言おうとした。 だが、言い返したい言葉が見つからない。
反論したらいいのか、それともここは素直に受け止めたらいいのか、この時の北野には分からなかった。 そう――――彼は今まで北野と出会ってきた人たちとは違う。
その違いは、北野のことを差別しないで接してくれているということだった。
そんな彼に、今の話を続けるわけにもいかず別の話題を口にする。
「・・・喧嘩、強いんだね」
どうして彼は血を流して傷だらけなのに、喧嘩が強いと思ったかって? それは、不良らの会話から推測したのだ。
『痛いな、憶えていろよ』と相手が言葉を放ったということは、きっと彼が勝ったのだろう。 彼を褒めるようにそう言ったのだが、彼はその言葉を否定した。
「強い? 俺が? んなわけねぇよ。 見てみろよ、この様。 俺、傷だらけだろ?」
そう言って、自虐的に笑った。 だがそんな彼を、北野は更に否定する。
「強いよ! だって、相手に勝ったんでしょ? 勝ったなら、ユイは強いよ」
彼のことを“ユイ”と呼び捨てにする緊張も交えて、その言葉を口にした。
「・・・あんな、北野。 喧嘩は無傷で勝たないと、強いって言えねーの。 分かる? 無様な姿になりながら戦って勝っても、強いとは言わねぇ」
「・・・そう、なの?」
そう口にし、何かを考えているのか彼は少しの間黙り込んだ。
―――・・・変なこと、言っちゃったかな。
北野は喧嘩のことなんて無知なため、これ以上反論することができずに口を噤む。 やはり、喧嘩についてはよく分からない。
そして彼はふと我に返ったかのように急に顔を上げ、北野に向かって言葉を発した。
「じゃあ、悪い! これ以上いたら迷惑だろうから、俺もう帰るわ」
「え? あ、うん・・・」
「今日はありがとな。 北野は、手当てが上手いんだな」
「あ、ありがとう・・・。 あ、待って!」
居間から出ようとするのを呼び止め、救急箱に入っている湿布を何枚か取り出し彼の目の前に差し出した。
「これ、使って! ・・・その、アザとかに」
そう言うと、彼は照れたような顔をしながら笑って礼を言う。
「あぁ、ありがとう」
その笑顔に、北野も自然と微笑み返した。
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