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第十一章「あなたの人生を委ねてほしい」

第53話 修羅の前夜

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 次の日、豪華で美味しいディナーをご馳走になって、素敵な夜景を堪能できる部屋で夜を過ごし、至り尽せりの誕生日を過ごした。

 しかも今回、壱嵩さんだけでなく葉月さんや瑛太さんからもお祝いのメッセージが届いて、思わぬサプライズをもらった気持ちだった。

「スゴく嬉しい……生まれてきて良かった」
「そんな大袈裟な。明日花さんはまだ二十歳になったばかりなんだよ。まだまだ楽しいことはたくさんあるよ」

 壱嵩さんはそういうけれど、逆に言えば壱嵩さんに会うまでは死んだような日々だったのだ。

「私……一番の幸せは壱嵩さんに出会えたことだと思う。これからもよろしくね」
「こちらこそ。ちなみに、明日花さんは結婚式はちゃんとしたい派? もしこだわりがなかったら、新婚旅行を兼ねて南国で挙げたいんだけど」
「南国? は、ハワイとか?」
「そこまでの予算がないかも。でも沖縄とか、奄美、屋久島とか?」

 海が綺麗な島で挙式なんて素敵だ——と、思いつつ、私は飛行機が大の苦手だった。

 閉塞的な空間に大きな騒音、揺れ。
 一時間足らずのフライトでも限界だったのだ。とても長時間耐えられるものではない。

「私は父や葉月さん達に祝ってもらえたら、それだけでいいよ。でもウェディング姿はお母さんの仏壇に備えてあげたいかな」
「——分かった、そうしようか。俺さ、できれば明日花さんのドレス姿を何着か見たいんだよね。かしこまった披露宴はしなくても、写真はたくさん撮ろう」

 指を絡めてくる彼に、私は静かに頷いた。
 朧げだった未来予想図が少しずつ形になっていく。

「——ちなみに、俺の母が何を言っても、俺は明日花さんと結婚するから。その事実だけは絶対に変わらないから安心して」
「え?」

 不穏な言葉に思わず疑問符を漏らしてしまった。

 たしか統合失調症だった気がするが、そんなに症状が良くないのだろうか?
 幻覚や幻聴が聞こえたり、忘れっぽくなったり、まともに会話のキャッチボールができなくなると聞いたことがあるが、彼のお母さんがどの程度の状況なのかは全く教えてもらえなかった。

「そもそも今の状況がどうのこうのじゃなくて、母親として欠落した人だったから。逆に調子がいい時の方が恐いんだ。もし明日花さんに暴言でも吐いたりしたら、俺は正常ではいられないかもしれない」
「そんなこと気にしないで。私は——否定的な言葉には慣れているから。大丈夫」

 でも出来れば好きな人の家族には良く思われたい。

「いや、そんな言葉に慣れないで。たとえ発達障害について無知な人間の言葉だとしても、許されることじゃない。あぁ、俺が昔の明日花さんのそばにいたら、そいつらのことをぶん殴ってやるのに」

 思わぬ暴力的な言葉に驚いてしまったが、壱嵩さんならやりかねないと想像してしまった。

「そう言ってくれてありがとう。でも、今でも十分幸せだから大丈夫だよ」

 もう前みたいに卑屈になるのはやめた。
 昔の私と違って、ちゃんと私という人間を見て、肯定してくれる人がいる。その人の期待を裏切らないためにも、背筋を伸ばして生きていきたい。

「明日、壱嵩さんのお母さんに……報告しよう」

 こうして私は、彼と共に大きな困難を乗り切るために手を取り合ったのであった。


 ———……★
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