忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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    *


 暗闇の中に懐かしい灯りが見える。
 そうだ、あれは……。

 子供の頃、父が遅くまで作業をする灯りが漏れていた。

 ベッドに潜って、何だか怖くなってしまった夜も、急に寂しくて心細くなった夜も、灯りを見て、すぐそこに父がいると思うだけで、僕は何も怖くなかった。

 でも、いつからかその灯りは消えてしまった。

 どれだけ怖くても、どんなに願っても、部屋の灯りがともることはなかった。
 あの時はたくさん泣いたな……。

 もう、長い間、思い出すことはなかったのに。
 なぜ、いまごろになって、思い出したのかな……。


    *


「ん……んん……」

 ふと目覚めると、僕は自分のベッドに横になっていた。
 薄暗い部屋。半開きの扉から居間の灯りが漏れている。

 まだ夢を見てるのかな……いや、台所で何かを作っている音がする……マイカかな。
 段々と意識がはっきりしてくる。

「あれ?」

 ん? 変だな、どこも痛くない……。
 腰を触ってみるが、どこにも傷がなかった。

「え? どういうこと……?」

 起き上がって背中を触っていると、
「あ! シチリ、良かったです。目が覚めたんですね」と、マイカが部屋に入ってきた。

「うん、ごめんね。気を失ってたみたいで……重かったでしょ?」
「ううん、ちゃんと自分の足で歩いてましたよ。私は支えただけで……あ、お薬あったので塗っておきました。……どうですか、具合は?」

「不思議と全然痛くないよ。ありがとう」

 マイカはほっと胸をなで下ろす。

「良かったです! 一応、夕食を作ったのですが……食べられそうですか?」
「うん、すぐ行く」

「じゃあ、用意してますね」
「ありがとう」

 マイカはパタパタと台所へ向かう。
 僕はベッドから起き上がり、居間に向かおうとして、ふと、麻袋に目が留まった。

 そうだ、渡さなきゃ――。
 麻袋を手に取り、僕は傷のことはすっかり忘れて居間に向かった。


「マイカ……」
「今日はチキンスープにしてみました。栄養たっぷりで体にいいですよ」

「うん、美味しそう」
「さ、座って下さい」

「あのさ、マイカ。ずっと渡そうと思ってたんだけど……これ、渡しそびれちゃってて」

 背中に隠していた麻袋をそっとマイカに差し出した。

「え……わ、私にですか?」
「うん……町で見かけて、きっと、その……君に似合うと思ったから」

 マイカはそっと麻袋の口紐を解き、白いブラウスと水色のスカートを取り出した。

「わぁ……可愛いです」

 ぱっと明るくなったマイカの顔を見て、体から力が抜けた。

「僕はあまり詳しくないんだけど、王都から届いたばかりの洋服なんだって」
「そんな……、高かったんじゃありませんか?」

「ううん、お店の人に安くしてもらったし、収入も増えたから全然平気だよ」
「シチリ……」

 マイカは洋服をぎゅっと抱きしめた。

「ありがとうございます、とっても嬉しいです!」

 満面の笑みを浮かべるマイカ。
 この顔が見られただけで、もう何もいらないや。

「さぁ、お楽しみは食べたあとにしようか」
「はい! じゃあ、ちょっと部屋に置いてきますね」

 嬉しそうに洋服を抱えて、マイカは自分の部屋に行った。
 ふふ、やっと渡せたなぁ、喜んでくれて良かった。

 それにしても、僕の背中は……。
 マイカは薬を塗ったと言っていた。こんなに早く治ることなんてあるんだろうか?

 指先で傷口を探す。
 やっぱり、傷はどこにもない――。

 チキンスープを見つめながら、僕はヘンリーさんのことを思い出していた。

「あのぉ……シチリ、待ちきれなくて着てしまいました。その、どうでしょうか……?」

 部屋から戻ったマイカは洋服に着替えていた。
 思わず見蕩れてしまいそうになる。 

「うん……すっごく似合ってる!」
「ほんとですか⁉ 良かった……へへ」

 少し照れながらスカートを揺らす仕草が、悶えそうなほど可愛かった。


    *


 約束の日になり、僕は古書店を訪れた。

「ごめんくださーい……ヘンリーさん、シチリです……」

 店内に入り声を掛けると、奥から「こっちだ」と声が聞こえた。
 本に囲まれたデスクまで行くと、ヘンリーさんがジロリと目だけ僕に向けた。

「来たか」
「はい、今日はありがとうございます」

「……どれ、ここじゃ狭い。着いてきなさい」
「あ、はい」

 ヘンリーさんは読んでいた本を置いて立ち上がると、店奥の扉から居住スペースに向かった。

「店と繋がってるんですね」
「ああ、今じゃ珍しいかもしれんが、古い店はどこも同じような造りさ」

「へぇ、そうなんですねぇ……」

 リビングに通されると、
「そこに座っててくれ」と言って、ヘンリーさんはどこかに行ってしまった。
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