9 / 36
9
しおりを挟む*
暗闇の中に懐かしい灯りが見える。
そうだ、あれは……。
子供の頃、父が遅くまで作業をする灯りが漏れていた。
ベッドに潜って、何だか怖くなってしまった夜も、急に寂しくて心細くなった夜も、灯りを見て、すぐそこに父がいると思うだけで、僕は何も怖くなかった。
でも、いつからかその灯りは消えてしまった。
どれだけ怖くても、どんなに願っても、部屋の灯りがともることはなかった。
あの時はたくさん泣いたな……。
もう、長い間、思い出すことはなかったのに。
なぜ、いまごろになって、思い出したのかな……。
*
「ん……んん……」
ふと目覚めると、僕は自分のベッドに横になっていた。
薄暗い部屋。半開きの扉から居間の灯りが漏れている。
まだ夢を見てるのかな……いや、台所で何かを作っている音がする……マイカかな。
段々と意識がはっきりしてくる。
「あれ?」
ん? 変だな、どこも痛くない……。
腰を触ってみるが、どこにも傷がなかった。
「え? どういうこと……?」
起き上がって背中を触っていると、
「あ! シチリ、良かったです。目が覚めたんですね」と、マイカが部屋に入ってきた。
「うん、ごめんね。気を失ってたみたいで……重かったでしょ?」
「ううん、ちゃんと自分の足で歩いてましたよ。私は支えただけで……あ、お薬あったので塗っておきました。……どうですか、具合は?」
「不思議と全然痛くないよ。ありがとう」
マイカはほっと胸をなで下ろす。
「良かったです! 一応、夕食を作ったのですが……食べられそうですか?」
「うん、すぐ行く」
「じゃあ、用意してますね」
「ありがとう」
マイカはパタパタと台所へ向かう。
僕はベッドから起き上がり、居間に向かおうとして、ふと、麻袋に目が留まった。
そうだ、渡さなきゃ――。
麻袋を手に取り、僕は傷のことはすっかり忘れて居間に向かった。
「マイカ……」
「今日はチキンスープにしてみました。栄養たっぷりで体にいいですよ」
「うん、美味しそう」
「さ、座って下さい」
「あのさ、マイカ。ずっと渡そうと思ってたんだけど……これ、渡しそびれちゃってて」
背中に隠していた麻袋をそっとマイカに差し出した。
「え……わ、私にですか?」
「うん……町で見かけて、きっと、その……君に似合うと思ったから」
マイカはそっと麻袋の口紐を解き、白いブラウスと水色のスカートを取り出した。
「わぁ……可愛いです」
ぱっと明るくなったマイカの顔を見て、体から力が抜けた。
「僕はあまり詳しくないんだけど、王都から届いたばかりの洋服なんだって」
「そんな……、高かったんじゃありませんか?」
「ううん、お店の人に安くしてもらったし、収入も増えたから全然平気だよ」
「シチリ……」
マイカは洋服をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとうございます、とっても嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべるマイカ。
この顔が見られただけで、もう何もいらないや。
「さぁ、お楽しみは食べたあとにしようか」
「はい! じゃあ、ちょっと部屋に置いてきますね」
嬉しそうに洋服を抱えて、マイカは自分の部屋に行った。
ふふ、やっと渡せたなぁ、喜んでくれて良かった。
それにしても、僕の背中は……。
マイカは薬を塗ったと言っていた。こんなに早く治ることなんてあるんだろうか?
指先で傷口を探す。
やっぱり、傷はどこにもない――。
チキンスープを見つめながら、僕はヘンリーさんのことを思い出していた。
「あのぉ……シチリ、待ちきれなくて着てしまいました。その、どうでしょうか……?」
部屋から戻ったマイカは洋服に着替えていた。
思わず見蕩れてしまいそうになる。
「うん……すっごく似合ってる!」
「ほんとですか⁉ 良かった……へへ」
少し照れながらスカートを揺らす仕草が、悶えそうなほど可愛かった。
*
約束の日になり、僕は古書店を訪れた。
「ごめんくださーい……ヘンリーさん、シチリです……」
店内に入り声を掛けると、奥から「こっちだ」と声が聞こえた。
本に囲まれたデスクまで行くと、ヘンリーさんがジロリと目だけ僕に向けた。
「来たか」
「はい、今日はありがとうございます」
「……どれ、ここじゃ狭い。着いてきなさい」
「あ、はい」
ヘンリーさんは読んでいた本を置いて立ち上がると、店奥の扉から居住スペースに向かった。
「店と繋がってるんですね」
「ああ、今じゃ珍しいかもしれんが、古い店はどこも同じような造りさ」
「へぇ、そうなんですねぇ……」
リビングに通されると、
「そこに座っててくれ」と言って、ヘンリーさんはどこかに行ってしまった。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。
――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?
追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※序盤1話が短めです(1000字弱)
※複数視点多めです。
※小説家になろうにも掲載しています。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

魔力無しの黒色持ちの私だけど、(色んな意味で)きっちりお返しさせていただきます。
みん
恋愛
魔力無しの上に不吉な黒色を持って生まれたアンバーは、記憶を失った状態で倒れていたところを伯爵に拾われたが、そこでは虐げられる日々を過ごしていた。そんな日々を送るある日、危ないところを助けてくれた人達と出会ってから、アンバーの日常は変わっていく事になる。
アンバーの失った記憶とは…?
記憶を取り戻した後のアンバーは…?
❋他視点の話もあります
❋独自設定あり
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付き次第訂正します。すみません

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる