ただの孤児だった私がなぜか女侯爵家の跡継ぎになってしまいました。あと、イケおじな使用人達が有能すぎるのですが……?

雉子鳥 幸太郎

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第二章

エイリスヴェルダ

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 ――スノウホロウ領。

 伯爵家の応接室に、賑やかな笑い声が響いている。
 部屋の中には、メリル伯爵と主立った荘園主達がプリシラを囲んでいた。

「めでたきことよ! 大物も大物! 他国の皇子を釣り上げるとはなぁ!」
「プリシラ様の美しさの前では仕方のないことです」
「「わははは!!」」

 プリシラからランボルト皇子の一件について報告を受けたメリルは、すぐに荘園主達を屋敷に集め、内輪の宴を開いた。

 メリルからしてみれば皆の同意があったとはいえ、家門の象徴たるホワイトファングを献上した手前、いち早く朗報を報せたかったのであろう。

 プリシラがワイングラス片手に、メリルの横顔を眺めながらそんなことを考えていると、荘園主の一人が誰に言うわけでもなく独りごちた。

「……しかし、ウィルギスとスノウホロウ領の地勢を見ると……よからぬ考えが浮かんできますなぁ」

 その瞬間、しんと室内が静まり返る。
 恐らく全員が頭の中に、王都を挟むウィルギス皇国とスノウホロウ領を思い描いたはずだ。

 緊張感を帯びた沈黙を破ったのは、プリシラの愛くるしい声だった。

「私とランボルト皇子との婚約が決まれば、いずれがひとつになる日が来るのかも知れませんね」

 プリシラの言葉に、荘園主達が息を呑んだ。

「お嬢様……」
「ふはは! やはりプリシラ様には敵いませぬなぁ」
「メリル様、我ら地の果てまでお供いたしますぞ」

 メリルはプリシラに目を向ける。

「よいのだな、プリシラ?」
「ええ、もちろん。私の望みはスノウホロウ家の繁栄ですもの」
「よく言った、ではランボルト皇子の申し出を正式に受け入れよう」
「ありがとうございます、お父様」

 優雅に微笑むプリシラの脳裏には、リリィ・ウィンローザへの対抗心が渦巻いていた。


    §


 王国でも一二を争う豊穣な大地に恵まれた公爵領。
 その領内の中心に位置する城塞の如き屋敷が、エイリスヴェルダ公爵邸であった。

 邸内の執務室で慣れない事務仕事に勤しんでいた次期公爵のフィリオは、大きなため息と共に席を立った。

 広い半円系のバルコニーに出て風に当たり、緑豊かな庭園を眺めながら、フィリオは舞踏会で見たリリィのことを思い浮かべる。

 ――初めてだった。

 剣技大会で優勝した時も、次期当主として認められた時も、初めてエイラム王に謁見した時でさえも感じたことのない、あの胸が躍るような感覚……。

 何の理由も無く、ただ純粋に彼女が欲しいと感じた。
 気づくと、この手で抱きしめたいと願っていた。

 これを恋と呼ぶのだろうか。
 だとすると、皆が溺れる理由がわかる。

 フィリオは空を見上げた後、眼下の庭園に目を戻す。
 そして、また大きくため息をついた。

「フィリオ坊ちゃま――」
 と、背後から声が聞こえた。

「レイブン……いい加減、その呼び方はやめてくれないか」

 頭を掻くフィリオの困り顔を見て、長身で白髪の執事が目を細めた。

「私もそう長くないのですから、もう少し我慢なさってください」
「縁起でもないことをいうな、ったく……で? どうした?」

「実は、ウィルギスで動きがあったようでして」
「ウィルギス……確かか?」

「はい、報告では内乱の可能性あり、と……」
「内乱だと? ははっ、ありえんな。あの国は皇帝一強だ」

「仰るとおりでございますが、情報源は当家の諜報員からのものです」
「……」

 当家の諜報員の情報となると話は別だ。
 エイリスヴェルダの陰に生きる彼らは、信頼を失うことを最も恐れる。

 ――信憑性は高い。
 これは何かが始まるきっかけか……。

 皇帝は存命中のはず……内乱が起きたのだとすれば、皇帝の身に何かがあったと考えるべきか?
 崩御ならば第一皇子の即位が進められるはず……なぜ、即位の話が出ない?

 下位皇子達の反乱か? それとも……。

「アーガスは?」
「王家はすでに偵察を向かわせたようですが、アイフォレスト家に動きはありません」
「チッ、リロイは様子見か……」
「フィリオ坊ちゃま、これは内外に力を示す絶好の機会かと」

「フンッ、言われずともわかっているさ――」

 フィリオは自ら両頬を挟むように叩き、気合いを入れる。

「ウィルギスに向かう、部隊を編成しろ」
「はっ、すでに準備は整っております」

 恭しく礼を執るレイブン。
 フィリオは「さすがだな」と言い残し、早足で部屋を後にした。
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