ただの孤児だった私がなぜか女侯爵家の跡継ぎになってしまいました。あと、イケおじな使用人達が有能すぎるのですが……?

雉子鳥 幸太郎

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第二章

ヴィリアの封書

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 モルガン卿の邸宅のテラスで、私はどこまでも広がる大海原を眺めていた。
 すると、そこにモルガンがワインとグラスを持ってやってきた。

「どうだい? なかなかの眺めだろう?」
「ええ、とっても綺麗です」

 モルガン卿はソファに腰を下ろし、テーブルに置いたグラスにワインを注ぐ。

「飲むか?」
「では、お言葉に甘えて、少しだけ……」

 軽くモルガン卿とグラスを合わせ、ワインに口を付けた。
 少しタンニンが強い気がするが、不快ではない。
 むしろ、それが良いアクセントになっているような気がした。

「ん……美味しい」
「だろ? まだ若いワインだが、最近のお気に入りなんだ。この角が取れていない感じが良くてな」

 モルガン卿はグラスを持ち上げ、くるくると回した。
 そしてグイッと飲み干すと、真っ直ぐに私を見る。

「若さは素晴らしい。だが、思いも寄らぬ暴走をすることがある」
「……私のことでしょうか?」

「いや、ちょっと気になる噂を耳にしてな……まだ確かな情報ではないが、ウィルギスの第三皇子が亡くなった」
「えっ⁉」

 ウィルギスの皇子……あの宴に来ていたのは第四皇子だったか。
 友好条約は大丈夫かな……混乱が起きなければいいのだが……。

「表向き、事故だという噂だが……子飼いの情報屋の一人が、殺したのは第四皇子だと言っている」
「まさか……そんな……」

 ランボルト皇子が?
 銀髪の少年の大人びた表情を思い出す。

「あくまでも噂だ。だが、何事も用心するに越したことはない。いつ条約が破棄されるとも限らん」
「そうですね……条約が破棄されれば、また戦争に……」
「物資のルートは開拓してある。もし戦争になった場合は、真っ先にウィンローザ領へ食料を届けよう」
「モルガン卿……」
「気にするな、俺はもう君の庇護者なんだからな」

 パチリとウィンクをして、モルガン卿が席を立った。

「ああ、それと……これを渡しておく」

 白い封書だった。

「帰ってから開けてくれ、ヴィリアからの手紙だ」
「ヴィリアの……⁉」
「まだ、君がいない頃のヴィリアが書いたものさ。いつか、自分の後継者が現れたら渡してくれと頼まれていた」

 ただの白い封書が意味を持つ。
 かけがえのない宝物のように思えた。

「……」
「これでヴィリアとの約束は果たせたな……。リリィ、来てくれてありがとう」

「モルガン卿……私こそ、ありがとうございます」
「まぁ、困ったことがあったら、いつでも相談してくれ」

 照れくさそうに頭を掻き、モルガン卿は笑みを浮かべる。

「さぁ、辛気くさい話はここまでだ、ぱぁっとやろう! ほら、ルーカス、お前も飲め!」
「わ、私ですか?」

 私の後ろに控えていたルーカスにモルガン卿が突然声を掛ける。
 困惑した表情を浮かべるルーカスに、私は大丈夫だと目で合図を送った。

「では、お言葉に甘えて」

 侍女が運んで来たワイングラスを手に取り、ルーカスがモルガン卿に向かって頭を下げる。
 そしてクイッと一気にグラスを空けた。

「はは、良い飲みっぷりだな。そうそう、思い出したぞ? お前、ステノ舞踏団のプリンシバルだっただろ? どこかで見た顔だと思ってたんだ」
「……ご存じでしたか」

「当然さ、我が領から出た有名人だからな。お前が来てから侍女達もキャアキャアうるさくて敵わん」
 モルガン卿は甲高い笑い声を上げた。

「もう昔の話です」
「そうだな……随分と時が流れてしまった。ステノ舞踏団はなくなってしまったが、ここがお前の故郷だということに変わりはない。これからは近況報告がてら顔を見せてくれると嬉しいんだが……」

 ルーカスが私に答えを求めるように目を向けてきた。

「では、モルガン卿、ルーカスを連絡役としましょう。半年に一度、こちらに向かわせます」
「話が早くて助かるよ。いやぁ、これで侍女達に面目が立つ」
「なるほど、それが理由でしたか……」

 私が小さくため息をつくと「い、いや、もちろんそれだけじゃないぞ? 新たな舞踏団設立に関して意見をもらいたいと思ってな……はは、あはは!」と、モルガン卿は取り繕うように酒を呷った。

「そういうことでしたら、いくらでも力になります」
「う、うむ、頼んだぞ! よし、酒だ酒、どんどん飲んでくれ!」

 モルガン卿が手を叩くと、大勢の給仕達が豪華な料理と酒を運んで来た。
 眉を下げて笑うルーカスと目が合い、私も苦笑を返した。
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