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第一章
星明りの下で
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「ん……んん……」
目が覚めるとまだ外は暗かった。
「あぁ、寝ちゃってたのね……あれ? ルーカス……?」
誰も居ない。
しんと静まりかえった室内。
ベッド脇のサイドチェストには、侍女を呼ぶベルが置かれていた。
私はベルを鳴らして侍女を呼んだ。
すぐに侍女が部屋を訪れる。
「何か御用でしょうか?」
「私の使用人を見なかった?」
「あの御方でしたら……先ほどお出かけに」
こんな時間にどこに行ったのだろう。
生まれ故郷だって言ってたし、思い出の場所とか?
でも、それなら普通に教えてくれそうだし……。
そっとしてあげた方がいいのかな。
変なことに巻き込まれてなきゃいいんだけど……。
「……どこに行ったかわかる?」
§
侍女に案内されたのは、劇場の跡地だった。
「ここに?」
「はい……安全のため、お二人の行動は見守るよう命じられておりますので」
モルガン卿の指示か。当然よね。
「ここからはひとりで行かせてくれる?」
「では、私共は離れた場所でお待ちしております」
「そうしてくれると助かるわ、ありがとう」
侍女達にそう告げた後、私は劇場跡に入った。
中は瓦礫が散らばっている。
閉鎖されてから、かなり時間が経っているようだった。
奥に入るとパッと視界が広がった。
天井は崩れ落ち、見上げると無数の星が瞬いていた。
劇場の中心に残されたステージの上に、ルーカスが立っていた。
「ルーカス……」
私の声にルーカスが驚いた顔を向ける。
「リリィ? どうしてここに……」
私はルーカスの元へ向かった。
ステージに上がり、周りを見渡す。
「凄い……綺麗ね」
「ああ、昔はちゃんと天井があったんだ。でも、今の方がロマンチックだね」
空を見上げながらルーカスが言った。
少しだけ寂しそうな横顔に、私の胸がキュッと痛んだ。
「ごめんなさい、邪魔するつもりは無かったの。ここは……ルーカスにとって特別な場所?」
訊ねると、ルーカスは無言で私に手を差し出した。
その手を取り丁寧に礼をすると、ルーカスも礼を返す。
星明りの下、二人でステップを踏む。
「……本当に上手になったね」
「先生がいいのかな?」
静かに笑みを浮かべ、ルーカスは口を開いた。
「ここはね、私が王立劇場舞踏団に入る前に居た舞踏団があったんだ」
「そうなの?」
「ああ、当時は結構人気があった」
ルーカスが悪戯っぽく笑う。
「そうだと思う。ルーカスは格好いいもん」
「ははは、ありがとうリリィ」
「もうその舞踏団はなくなっちゃったの?」
「ここを見る限りそうみたいだ……。私は王立劇場舞踏団に移籍したからね、辞めた後のことは良くわからない」
「そっか……」
ルーカスが足を止めた。
「ここに来たのは……心の整理をしたかったんだ。ここはヴィリアと初めて踊った場所だから」
「え?」
「綺麗だった……一瞬で心を奪われてしまった。今でも、あの時のヴィリアの笑顔が頭から離れない」
そう言って、じっとステージの床を見つめている。
そして、ゆっくりと両膝をつき、その場にうずくまった。
「ルーカス……」
「離れない……」
ぽつりと呟き、ルーカスは頭を掻きむしるように両手で抱えこんだ。
「離れないんだ、離れないんだよリリィ……! こんなにも苦しいのに、もう、彼女には逢えない! この朽ち果てた劇場が、あの頃の煌びやかな姿に戻らないように……二度とヴィリアは戻らない! この美しい想い出が、ずっと……ずっとずっとずっと! 私の胸を焦がし続けるんだ! 今も、これからも! ずっとだ……!」
私はぎゅっとルーカスを背中から抱きしめた。
震えている。
ヴィリアへの愛が深さが、そのまま悲しみとなっているのだろう……。
私は力いっぱい、きつく、ルーカスがどこかへ行ってしまわないように願いながら抱きしめた。
「ルーカス、ヴィリアは戻らないよ。でも、ひとりで苦しまないで……私もずっとヴィリアを探してる。いつだって……みんなだって、きっとそうだよ。好きだった気持ちと同じだけ、悲しさを抱えてるはずだもの」
「リリィ……」
「あの笑顔、あの声、あの手で……もう一度逢えたら、話ができたら、抱きしめてもらえたら……。でも、それは叶わない。だから、私は探してる……」
「……探す?」
「そう、私の知らないヴィリアを探すの。それが私の生きる理由だから」
大袈裟だとは思わない。これが本心だった。
彼女に出会わなければ、今の自分はなかったから。
「……ずっと不思議だったんだ、ヴィリアが、なぜ新しい主人を残そうとしたのか……。でも、何となくわかったような気がするよ」
ルーカスは立ち上がり、優しい笑みを浮かべながら、もう一度私に手を差し伸べた。
「踊っていただけますか、ご主人様」
「……ええ、よろこんで」
目が覚めるとまだ外は暗かった。
「あぁ、寝ちゃってたのね……あれ? ルーカス……?」
誰も居ない。
しんと静まりかえった室内。
ベッド脇のサイドチェストには、侍女を呼ぶベルが置かれていた。
私はベルを鳴らして侍女を呼んだ。
すぐに侍女が部屋を訪れる。
「何か御用でしょうか?」
「私の使用人を見なかった?」
「あの御方でしたら……先ほどお出かけに」
こんな時間にどこに行ったのだろう。
生まれ故郷だって言ってたし、思い出の場所とか?
でも、それなら普通に教えてくれそうだし……。
そっとしてあげた方がいいのかな。
変なことに巻き込まれてなきゃいいんだけど……。
「……どこに行ったかわかる?」
§
侍女に案内されたのは、劇場の跡地だった。
「ここに?」
「はい……安全のため、お二人の行動は見守るよう命じられておりますので」
モルガン卿の指示か。当然よね。
「ここからはひとりで行かせてくれる?」
「では、私共は離れた場所でお待ちしております」
「そうしてくれると助かるわ、ありがとう」
侍女達にそう告げた後、私は劇場跡に入った。
中は瓦礫が散らばっている。
閉鎖されてから、かなり時間が経っているようだった。
奥に入るとパッと視界が広がった。
天井は崩れ落ち、見上げると無数の星が瞬いていた。
劇場の中心に残されたステージの上に、ルーカスが立っていた。
「ルーカス……」
私の声にルーカスが驚いた顔を向ける。
「リリィ? どうしてここに……」
私はルーカスの元へ向かった。
ステージに上がり、周りを見渡す。
「凄い……綺麗ね」
「ああ、昔はちゃんと天井があったんだ。でも、今の方がロマンチックだね」
空を見上げながらルーカスが言った。
少しだけ寂しそうな横顔に、私の胸がキュッと痛んだ。
「ごめんなさい、邪魔するつもりは無かったの。ここは……ルーカスにとって特別な場所?」
訊ねると、ルーカスは無言で私に手を差し出した。
その手を取り丁寧に礼をすると、ルーカスも礼を返す。
星明りの下、二人でステップを踏む。
「……本当に上手になったね」
「先生がいいのかな?」
静かに笑みを浮かべ、ルーカスは口を開いた。
「ここはね、私が王立劇場舞踏団に入る前に居た舞踏団があったんだ」
「そうなの?」
「ああ、当時は結構人気があった」
ルーカスが悪戯っぽく笑う。
「そうだと思う。ルーカスは格好いいもん」
「ははは、ありがとうリリィ」
「もうその舞踏団はなくなっちゃったの?」
「ここを見る限りそうみたいだ……。私は王立劇場舞踏団に移籍したからね、辞めた後のことは良くわからない」
「そっか……」
ルーカスが足を止めた。
「ここに来たのは……心の整理をしたかったんだ。ここはヴィリアと初めて踊った場所だから」
「え?」
「綺麗だった……一瞬で心を奪われてしまった。今でも、あの時のヴィリアの笑顔が頭から離れない」
そう言って、じっとステージの床を見つめている。
そして、ゆっくりと両膝をつき、その場にうずくまった。
「ルーカス……」
「離れない……」
ぽつりと呟き、ルーカスは頭を掻きむしるように両手で抱えこんだ。
「離れないんだ、離れないんだよリリィ……! こんなにも苦しいのに、もう、彼女には逢えない! この朽ち果てた劇場が、あの頃の煌びやかな姿に戻らないように……二度とヴィリアは戻らない! この美しい想い出が、ずっと……ずっとずっとずっと! 私の胸を焦がし続けるんだ! 今も、これからも! ずっとだ……!」
私はぎゅっとルーカスを背中から抱きしめた。
震えている。
ヴィリアへの愛が深さが、そのまま悲しみとなっているのだろう……。
私は力いっぱい、きつく、ルーカスがどこかへ行ってしまわないように願いながら抱きしめた。
「ルーカス、ヴィリアは戻らないよ。でも、ひとりで苦しまないで……私もずっとヴィリアを探してる。いつだって……みんなだって、きっとそうだよ。好きだった気持ちと同じだけ、悲しさを抱えてるはずだもの」
「リリィ……」
「あの笑顔、あの声、あの手で……もう一度逢えたら、話ができたら、抱きしめてもらえたら……。でも、それは叶わない。だから、私は探してる……」
「……探す?」
「そう、私の知らないヴィリアを探すの。それが私の生きる理由だから」
大袈裟だとは思わない。これが本心だった。
彼女に出会わなければ、今の自分はなかったから。
「……ずっと不思議だったんだ、ヴィリアが、なぜ新しい主人を残そうとしたのか……。でも、何となくわかったような気がするよ」
ルーカスは立ち上がり、優しい笑みを浮かべながら、もう一度私に手を差し伸べた。
「踊っていただけますか、ご主人様」
「……ええ、よろこんで」
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