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第一章

辺境伯の使い 1

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 凱旋パーティーからの帰り、馬車の中で向かいに座るロイドに訊ねた。

「ねぇ、あの本、大事なものなんじゃないの? 本当にあげちゃって良かったの?」
「うん、大丈夫だよ」
「でも、何か凄い貴重なものだって……」

 ロイドは身を乗り出し、クスッと笑う。

「心配いらないよ。肝心な情報は消してあるしね」
「え⁉ そ、そんなことして平気⁉」
「問題無いよ。学院でも内容を理解してたのは僕だけだし、それに……ちょっと危険な魔術も書かれていたからね、そういうものは権力者に渡さないほうがいい」
「まあ、ロイドがそういうなら間違いないんだろうけど……」

「それより、収穫があったよ」
 ロイドの声のトーンが僅かに下がった。

「え?」
「あの後、僕に接触してきた貴族の中で面白いことを言う人がいた」

 面白いこと? と、その前に貴族達がロイドに接触……っていつの間に……。

「――モルガン・ロッソーニ辺境伯」

 アルフレッドの資料にあった名前だ。
 モルガン領はレイセオン王国の最南端にある。
 王都から見れば辺境だが、実際は他国との交易が盛んなモルガン領の方が貿易都市として栄えているらしい。

「正確には、彼にいくつかの商会を任されているシュタインっていう若者なんだけど、彼がヴィリアと辺境伯との間に交流があったと言ってたんだ」
「ヴィリアが?」

 ――何かが変だ。
 ヴィリアは社交界を去ってから、森の中の侯爵邸から出ていないはずだけど……。

「気になるよね? だって、僕も初耳だし、アルフレッドは知ってるのかなぁ……」


    §


 侯爵邸に戻った私とロイドは、アルフレッドに辺境伯のことを訊ねてみた。

「モルガン辺境伯……?」
「うん、ヴィリアが何度か来てたらしいよ。何か知らない?」

 アルフレッドは顎に人差し指の背を当て、
「私も初耳ですね……。しかし、侯爵邸に隠居してからは会われていないはずです。私の目を盗んで会うとも考えにくいですし、それは不可能です」きっぱりと言い切るアルフレッド。

「じゃあ辺境伯に会って、直接聞いてみる?」
「そう簡単なことではありません。相手は南海の覇者、海運王です。いくらウィンローザ侯爵家といえども、そう簡単に会うことなど……」
「遊びにおいでってさ」

「はい?」「え?」
 珍しく、私とアルフレッドの息が合った。

「だから、その辺境伯がリリィを食事に招待したいんだって」
「何でそれを先に言わんのだっ!」

 珍しく感情を露にしたアルフレッドがロイドに詰め寄る。

「いやぁ、ごめんごめん。すっかり忘れちゃってたよ。明日、シュタインベックくんが訪ねてくるそうだから、返事はその時ってことになってる」
「……はぁ。わかった、すぐに用意を始めよう」
「アルフレッド、大丈夫?」
「ご心配なく――こういう時のために私がいるのですから」

 アルフレッドはそう言い残すと、音も無く部屋を出て行った。
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