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第一章

賢者と呼ばれた男

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『あ、あれは……ロイド・ヴァレンタインか⁉』
『まさか、そんなはずは……』
『賢者がなぜここに……』

 ロイドの名を聞いた貴族達がどよめき、場が騒然となった。

「ははは、これは参りましたね……」
 隣でリロイが額に手を当て、呆れたような声を漏らす。

「な、何かありまして?」
 恐る恐る訊ねると、リロイがため息交じりに答えた。

「ロイド・ヴァレンタインと言えば、大賢者ホトの再来とまで言われた現代の賢者ですよ? 数年前に、魔導学院から姿を消したと聞いていましたが、まさか使用人とは……。ウィンローザという家は一体、どうなっているのです……?」
「け、賢者⁉ あ、ええ……ま、まあ、博識というか、頼りになるというか……」

 嘘⁉ ロイドってそんなに凄い人だったの……?
 もう、アルフレッドもジョンもルーカスも、肝心なことは何も教えてくれないんだから!

「その様子だと、彼が何を持って来たのかも知らないようですね」
「うぐっ……」

 私が言葉に詰まっていると、ロイドが献上品の説明を始めた。

「本日、当家がお持ちしたものはこちらでございまーす」

 ロイドが掛けられた紫色の布を剥ぎ取ると、一冊の古びた本が置かれていた。
 それを見たプリシラが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「あら、本? 素敵ですわねぇ」
「ええ、本です」と、ロイドが短く答える。
「……ずいぶんと古そうだな」

 アーガスが呟くように言うと、陛下がロイドに訊ねた。

「ロイドとやら、それは一体どのような書物なのだ?」
「はい、エイラム陛下。これは写本です。現存するのはこの一冊のみかと」
「そうか、貴重な本のようだな。ウィンローザ家の献上品、しかと受け取った」
「おやおや、ホトの写本はお気に召しませんでしたか……」

 ロイドが残念そうに肩を落とす。

『ホ、ホトの写本だと⁉』
『ま、まさか……実在したとなれば大問題だぞ⁉』

 突然、一部の貴族達が騒ぎ始めた。
 その様子に、アーガスが戸惑うような表情を見せる。

「ロイド殿、その、申し訳ないがホトの写本というのは、どういったものなのか教えてくれないか?」
「ええ、勿論ですアーガス殿下。これは大賢者ホトが残した魔導書『隠秘淵叢いんぴえんそう』の写本です。生前ホトが発見した秘術や世の理、魔術論などが記された書物ですね」

「ふむ……しかし、そのような貴重なものをウィンローザ家は手放すというのか?」
 陛下が言うと、ロイドはあっけらんと答える。

「ええ、その通りです、陛下。ああ、それともうひとつ、当家から聖クリストフ金貨二〇〇〇枚を献上いたします」

 ――会場がざわめく。

『せ、聖クリストフ金貨……二〇〇〇だと……⁉』
『レイセオン金貨何枚分だ?』
『治水工事予算に匹敵するぞ⁉』

 ますます私に注目が集まっていくのがわかった。
(ちょ……何なのよ、そのクリストフ金貨って!)

「また随分と羽振りの良い……はは、何か裏があるかと勘違いしてしまいそうだな」

 陛下が冗談めかして言うと、
「ぜひ、王国の発展に役立てていただければとも仰っています。まぁ、金は無くなればまた稼げば良いだけですから」と、ロイドが返す。
(ちょ⁉ 何を勝手に! そんなこと言ってないわよ!)

「ふはは! そうかそうか、ならば、ありがたく頂くとしよう」

 陛下の目が一瞬、私の方を向いたような気がした。

「ウィンローザ家の現当主はリリィと言ったな?」
「はい、陛下。リリィ・ウィンローザ侯爵でございます」

 ロイドが答えると、陛下は侍従に耳打ちをした。

 すぐに侍従が私の下へやって来て、
「どうぞ、こちらへ」と、陛下の前へ連れて行かれてしまった。

 全員の視線が私に集まる。
皆、好奇心に満ちた目を向けているが、その中でたった一人、プリシラ・スノウホロウ伯爵令嬢だけは、嫌悪感を隠そうともせずに私を睨んでいた。

「そなたがリリィか……」
「お初にお目にかかります、エイラム陛下。リリィ・ウィンローザにございます」

 膝を折り、礼をすると、陛下は目を細めて笑みを浮かべた。

「うむ、献上品、ありがたく受け取るとしよう――」

 そう静かに言ったあと、おもむろに立ち上がり、皆に向かって声をあげた。

「諸君! 永らく不在であったウィンローザ侯爵が戻った。聡明な賢者をも従える彼女ならば、王国のさらなる発展に尽力してくれるであろう。皆、若き女侯爵を讃えよ!」

 一斉に拍手が鳴り響く。
 見ると、リロイも満足そうに笑って手を叩いていた。

 私と目が合ったロイドが片目を瞑る。

 作戦的には成功なんだけど……もっと地味な方法はなかったのかしら。
 そう考えながら、私は丁寧に拍手に応えた。
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