上 下
15 / 32
第一章

ウィンローザ家の金庫番

しおりを挟む
 アルフレッドとロイドが邸内の廊下を並んで歩いている。

「予算はどのくらい必要かな?」

 世間話でもするようにロイドが尋ねると、アルフレッドは前を向いたまま、
「そうですねぇ……今回の主賓は王太子ですが、ウィルギスから王族が参加する可能性もあります。リリィ様に恥はかかせられませんので、最低でも金貨二〇〇〇枚は欲しいところです……頼めますか?」と答えた。

「二〇〇〇かぁ~……」
「おや、厳しいですか?」

「ううん、大丈夫、ちゃ~んと約束は覚えてるから」

 史上最年少で王立魔導学院を首席で卒業。
 古今東西、ありとあらゆる学問を修め、大賢者ホトの再来とまで言われた男。

 ウィンローザ侯爵家の金庫番――ロイド・ヴァレンタイン。
 彼もまた、ヴィリアを慕って集まった一人であった。

「じゃ、アルフレッドも頑張って」
「ええ、では後ほど――」

 ロイドは後ろ手に組み、鼻歌を歌いながら図書室へ向かった。



    §



 王都の一等地にある大きなリージェンシー様式の白い建物。
 近くに住む住人や商人達も、古くからある建物ということ以外、ここが誰の所有物で、誰が住んでいるのかも知らなかった。

 ただ、定期的に外観の手入れはされているようで、街の美観を損ねるようなことはない。
 むしろ住人達からは、街の景観向上に一役買っているとさえ思われている。

 そんな建物を訪れ、艶のある木の扉を開くロイドの姿があった。

「まぁ⁉ あなたがここに住んでいるのかしら?」

 近所に住む年配の女性が、ロイドに声を掛ける。
 ロイドは嫌な顔一つせずに、女性に向き直って笑みを作った。

「いいえ、マダム。年に何度か空気を入れ換えに来ているだけです」
「あら、そうなの? それはご苦労様だわねぇ……」

 好奇心に目を輝かせながら女性が近づいてくる。

「ねぇ、ここはどなたが所有なさっているの? やっぱり、この場所なら有名な御方かしら?」
「マダム、残念ですが……僕にはお答えする権限がありません」
 ロイドは申し訳なさそうに眉を下げた。

「あらやだ、困らせてしまったわね、ごめんなさいねぇ……気にしなくていいのよ、その綺麗なお顔を上げてちょうだい」
「ありがとうございます、マダム」
「いいのよ、じゃあ、お仕事頑張ってね」

「はい、では――」
 ロイドは建物の中に入り、扉の鍵を閉めた。


「さてと……」

 慣れた様子で廊下を進み、大きな暖炉のある部屋に入った。
 暖炉に手を入れ、隠しスイッチを押すと、ガコンッというくぐもった音が響く。

 上着をソファの背に掛け、シャツの袖を捲ったロイドが、部屋の壁に備え付けてある書棚を押す。すると、書棚が動いて奥に地下へ続く階段が現れた。

 迷わず階段を下りるロイド。
 コツ、コツ、と革靴の音が響く。

 階段を下りきった所には両開きの大きな扉があった。
 扉を押し開けると、広い部屋の奥の壁に、大きな肖像画が掛かっているのが目に入る。

 ロイドは真っ直ぐにその肖像画の下まで歩いた。

「……やあ、久しぶりだねヴィリア」

 そこには、若き日のヴィリアの肖像画が掛けられていた。
 ロイドは近くの木箱に腰を下ろし、肖像画に語りかける。

「初めてアルフレッドにここを見せてもらった時はね……ここには、まだ、何も置かれていない棚が並んでいるだけだったんだよ?」

 ロイドはクスッと笑って、近くの棚に置かれた革袋を手に取った。
 手の平の上で革袋を逆さにすると、色とりどりの宝石が出てくる。

「……僕はね、こんなものいくら集めても、君がいなきゃ何の意味も無いって思ってたけど……悔しいな、アルフレッドが正しかったみたいだ。でも、まさか、君が可愛らしい女の子を拾ってくるなんてね……」

 宝石を袋に戻し、立ち上がったロイドは、涙ぐんだ目で肖像画を見上げる。

「――ほら、見てヴィリア、僕、頑張ったんだ」

 ロイドが振り返り、両手を広げる。

 目の前に広がるのは、巨大な倉庫――。
 背の高い物品棚が十列以上、部屋の端から端まで続いている。

 そして、その棚には無数の、絵画、美術品、宝石、金塊、書物などが所狭しと並べられていた。

「……リリィのことは心配しないで」

 ロイドはそう呟き、肖像画のヴィリアに目を細めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自分の完璧に応えられない妻を売った伯爵の末路

めぐめぐ
恋愛
伯爵である彼――ボルグ・ヒルス・ユーバンクは常に、自分にとっての完璧を求めていた。 全てが自分の思い通りでなければ気が済まなかったが、周囲がそれに応えていた。 たった一人、妻アメリアを除いては。 彼の完璧に応えられない妻に苛立ち、小さなことで責め立てる日々。 セーラという愛人が出来てからは、アメリアのことが益々疎ましくなっていく。 しかし離縁するには、それ相応の理由が必要なため、どうにかセーラを本妻に出来ないかと、ボルグは頭を悩ませていた。 そんな時、彼にとって思いも寄らないチャンスが訪れて―― ※1万字程。書き終えてます。 ※元娼婦が本妻になれるような世界観ですので、設定に関しては頭空っぽでお願いしますm(_ _"m) ※ごゆるりとお楽しみください♪

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...