7 / 32
第一章
爵位継承 1
しおりを挟む
リロイ・アイフォレストは、家の付き合いでエスコートをした令嬢と別れ、ホール奥に用意されたアイフォレスト公爵家専用の貴賓室に入った。
「ふぅ……」
大きなソファに座り、一つに束ねていた翡翠色の髪をほどき、軽く頭を振る。
「お直しいたします」
「頼む」
側近が手早くリロイの髪を結い直す。
「まさか、ウィンローザ家とはね……いまさら亡霊が何をしに舞い戻ったのやら」
「さあ……しかし、ヴィリア卿の美しさは耳にしておりましたが、彼女の立ち振る舞いは……天使のようでもあり、悪魔のようにも見えました」
「彼女ではなく、リリィ卿、だよ」と、リロイは側近をたしなめた。
「あ、これは失礼しました!」
低頭する側近に、リロイは「わかればいい」と手を振る。
「しかし、あの美しさは認めざるを得ないですが、孤児を養子に……しかも、侯爵位を継がせるなど、他家がどう思われるか……それに、いくら侯爵とはいえ、宰相殿に対してあのような振る舞いが許されるのでしょうか?」
「まあ、先王とはいえ……王印の押された授爵状がある以上、彼女は正式な侯爵ということになる。しかも、建国より国を陰から支えたウィンローザ家ときたもんだ。現王でさえ、おいそれと手は出せないだろうな……」
「例の元暗部の執事……ですか?」
「あくまで噂だがね、あの家には色々と謎が多い」
リロイはリリィ・ウィンローザの立ち振る舞いを思い返し、
「なぜ今になって社交界に現れたのか……ふふ、楽しくなってきたね」と、頬を緩ませた。
§
――数時間前。
豪奢なシャンデリアの下、煌びやかなホールでは、大勢の着飾った貴族達が噂話に花を咲かせていた。
もっぱら話題は、ウィンローザ家の新当主である私の話だ。
『ご覧になりましたか?』
『ええ、素敵な御方でしたわ』
『今年の社交界は面白くなりそうだね』
『誰があのご令嬢を落とすのか……』
『どうせ御三家かその親族に決まっているさ……おっと、見ろ、噂をすれば、だな』
ホール中央に集まったのは、今年、社交界デビューを迎える各家の若人達。
見渡す限り、やや緊張気味な者が6割、したたかに周囲を観察している者が2割、そして、他人事のように自由に振る舞う上位貴族達が2割……。
この後は、中二階から宰相が登場し、成人の祝辞を述べる予定になっている。
『どこのご令嬢だ?』
『あんな美しい女性を見たことがない……』
『ウィンローザ女侯爵だそうだ』
皆が噂する声は届いていたが、私は何も気にならなかった。
この日のために、事前にアルフレッドと何度も何度もシミュレーションを重ねた。
考えられる誹謗中傷は、全てこの頭に入っている。
集まった貴族家の顔、名前、家族構成、所属派閥、弱み……。
アルフレッドが集めた情報の全てが――。
「ふぅ……」
大きなソファに座り、一つに束ねていた翡翠色の髪をほどき、軽く頭を振る。
「お直しいたします」
「頼む」
側近が手早くリロイの髪を結い直す。
「まさか、ウィンローザ家とはね……いまさら亡霊が何をしに舞い戻ったのやら」
「さあ……しかし、ヴィリア卿の美しさは耳にしておりましたが、彼女の立ち振る舞いは……天使のようでもあり、悪魔のようにも見えました」
「彼女ではなく、リリィ卿、だよ」と、リロイは側近をたしなめた。
「あ、これは失礼しました!」
低頭する側近に、リロイは「わかればいい」と手を振る。
「しかし、あの美しさは認めざるを得ないですが、孤児を養子に……しかも、侯爵位を継がせるなど、他家がどう思われるか……それに、いくら侯爵とはいえ、宰相殿に対してあのような振る舞いが許されるのでしょうか?」
「まあ、先王とはいえ……王印の押された授爵状がある以上、彼女は正式な侯爵ということになる。しかも、建国より国を陰から支えたウィンローザ家ときたもんだ。現王でさえ、おいそれと手は出せないだろうな……」
「例の元暗部の執事……ですか?」
「あくまで噂だがね、あの家には色々と謎が多い」
リロイはリリィ・ウィンローザの立ち振る舞いを思い返し、
「なぜ今になって社交界に現れたのか……ふふ、楽しくなってきたね」と、頬を緩ませた。
§
――数時間前。
豪奢なシャンデリアの下、煌びやかなホールでは、大勢の着飾った貴族達が噂話に花を咲かせていた。
もっぱら話題は、ウィンローザ家の新当主である私の話だ。
『ご覧になりましたか?』
『ええ、素敵な御方でしたわ』
『今年の社交界は面白くなりそうだね』
『誰があのご令嬢を落とすのか……』
『どうせ御三家かその親族に決まっているさ……おっと、見ろ、噂をすれば、だな』
ホール中央に集まったのは、今年、社交界デビューを迎える各家の若人達。
見渡す限り、やや緊張気味な者が6割、したたかに周囲を観察している者が2割、そして、他人事のように自由に振る舞う上位貴族達が2割……。
この後は、中二階から宰相が登場し、成人の祝辞を述べる予定になっている。
『どこのご令嬢だ?』
『あんな美しい女性を見たことがない……』
『ウィンローザ女侯爵だそうだ』
皆が噂する声は届いていたが、私は何も気にならなかった。
この日のために、事前にアルフレッドと何度も何度もシミュレーションを重ねた。
考えられる誹謗中傷は、全てこの頭に入っている。
集まった貴族家の顔、名前、家族構成、所属派閥、弱み……。
アルフレッドが集めた情報の全てが――。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる