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第一章

ウィンローザ家の使用人 3

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「はぁ~、お腹空いたぁ……」

 厨房にあるテーブルの椅子に座り、ぐで~っと突っ伏した。
 頬をテーブルに付けながら、フライパンを振るジョンを眺める。

「ははは! ロイドに絞られたのか?」
「うん……いつもの倍くらい」

 あの後、ロイドはいつも以上に熱が入ったのか、予定以上に授業を進め、たっぷりと宿題まで出してきた。悪魔は綺麗な顔をしているというが……あれは本当なんだなと私はひとり頷く。

「ほい、できたぞー、こんな簡単なものでいいのか?」

 ジョンが皿を私の前に置いた。
 皿の上には私の大好きなオムレツが乗っている。このぽてっとしたフォルムを見ると、思わず小躍りしそうになってしまう。

「やったぁ~! これこれ、いっただきまーす!」
 ふわとろのオムレツをはむっと頬張ると、ぎゅっとほっぺが痛くなった。

「くうぅ~……お、おいしい……!」
「そんだけ喜んでもらえりゃ、作ったかいがあるな」

 腕組みをしたジョンが、少し垂れた目を細くして笑った。
 ふわっとしたくせ毛が大型犬みたいで可愛いが、その鍛えられた腕には無数に付いた古傷の痕が見える。今でこそ、こんな優しげな顔をしているが、ジョンは元冒険者で世界中に点在する迷宮を探検していたそうだ。

「ねぇ、ジョンは色んな料理を知ってるでしょ? 何が一番美味しかった?」
「そうだな……色々あるが、この国でヴィリアに出会ってから初めて気付いたことがある」
「え、何なに?」と、私は身を乗り出す。

「何を食べるかより、誰と食べるか――それが味の秘密なんだ」
「えー、嘘だよ、だって、このオムレツなら一人で食べても美味しいもん」
「ははは、そっかそっか、ま、俺のは特別だからな」

 満足そうに笑って、ジョンは後片付けを始める。

「リリィ、食い終わったらジジイにさっさと食えって言っといてくれるかぁー?」
「うん、わかった。ごちそうさまー、ありがとね」
「おぅ」

 厨房を出た私は、中庭を通ってアルフレッドのところへ向かう。
 と、その時、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。

「雨だ……」

 中庭の真ん中に立って、灰色の雨雲を見上げた。
 じっと、空から降る雨粒を見つめる。

 無数の雨粒が白い線になって流れていく。
 まるで流星群みたい。


 ――知りたい。
 ヴィリアが何に笑って、何に悲しんで、何に心を躍らせたのか。

 なぜ、社交界を去ったのか――。
 結局、最後まで照れくさくて、ヴィリアのことをママとは呼べなかった。

 でも、心の中ではずっとそう呼んでいたんだよ……。
 ママ……もう一度、逢いたいな。

 目を閉じて地面に横になり、全身で雨を受け止めていると、スッと視界が暗くなったのを感じる。
 ゆっくり目を開けると、大きな蝙蝠傘と不機嫌そうなアルフレッドの顔がそこにあった。

「まったく……こんなところで何を遊んでいるのですか、風邪を引きますよ」
「ごめんなさい」

「……さぁ、戻りましょう」
「うん」

 アルフレッドが差し出した手を握る。
 あの時のヴィリアと同じ、あたたかくて優しい手だった。
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