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35 憧憬
しおりを挟むクリス先生は、孤独な離れの生活の唯一の光だった。
先生が来るのは決まって15日だったから、幼いながらにその日を指折り数えていた。
当日は待ちきれなくて、朝から離れの窓を見ては、その白衣姿を探して、待ち焦がれる。
その白衣も、その紺碧の髪も、持ち歩いている黒革の鞄も、全てに憧れを抱いた。
10年もの間、ずっと。
先生は私に優しさを教えてくれた。
私がどんなに悪態をついても、どんなに捻くれても、クリス先生は優しく接してくれる。
フレディから受けた酷い仕打ちも聞いてくれるし、怪我や風邪も治してくれる。
辞書の読み方を教えてくれるし、文字の書き方を教えてくれる。
そして、必ずバスケットいっぱいのお菓子と果実を持って来てくれる。
私を「リーゼ」という愛称で呼び、帰り際に頭を撫でて、来月必ず来ると約束してくれる。
クリス先生が来なくなったら死のうと思っていたけど、そんなことはなかった。
「フレディは前と全然違って、すごく良くしてくれるの。
レイアは優しくて、私を綺麗にしてくれるの」
すると、いつもの優しい笑顔をくれる。
「本当に良かったね、これで僕も一安心だよ」
そう言われて嬉しい反面、少し切なくなった。
ずっと私の心配をしていて欲しい。
これからも毎月来て欲しい。
そんなことを考えてしまうのに、口には出せない。
クリス先生を困らせたくはない。
「うん……」
そんな情けない返事しか出来ない。
「それで今日の調子はどう?」
「あ、えっと、頭が痛くて、お腹が痛くて、なんか月のもの?が来てるんだって、血が出てるの」
先生の前になると、子供っぽく話してしまう。
甘えている自覚はあった。
「そう、じゃあ診察をしようか」
そう言って、クリス先生はフレディとレイアを見る。
「悪いけど、外してくれないか?」
すると、フレディはやけに鋭い目つきをしていた。
ああ、その顔は懐かしいな……なんて思う。
私に敵意を向けているような顔だった。
それが今、なぜかクリス先生に向いている。
「私はエリーゼ様の執事です。
エリーゼ様の指示無しに、席を外すわけにはいきません」
まるで忠実な執事のそれは、クリス先生の顔を驚愕させた。
クリス先生だって、私を虐め罵倒するフレディをこれまでに何度も見てきている。
だから、この受け答えのおかしさを正しく理解していた。
「ごめんなさい、フレディ。
ここは席を外してくれると助かります」
したい話がたくさんあった。
フレディのこと、レイアのこと、私のこと。
そして、クリス先生の見解を聞きたかった。
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