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22 針子のラウラ

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【サンダース商会のスーザン】


「はぁ……」


アイネリス家の敷地から出て、自然と大きなため息が出た。


カエデの並木道をジーモンと重苦しい雰囲気でしばらく歩いている。


アイネリス家のエリーゼ様の執事から打ち合わせが入ったと聞いた時、てっきりエリーゼ様の体調が回復したのだと思った。


しかし、離れのあの部屋とひょろひょろの子供の姿を見て、気分が良い訳がなかった。


アイネリス家には何度も足を運んでいる。


アイネリス卿の服も、ソフィア様の服も、アレクサンドラ様の服も、シャルロッテ様の服も何度も作ってきた。


本邸に出入りし、それぞれの豪勢な部屋で採寸や打ち合わせを行なってきた。


アイネリス卿からは、次女は病気がちで部屋から出られないため、服は必要ないと言われていた。


それなのに……


「ねぇ、ジーモン。
あの子は、栄養失調みたいだった……」


そう呟くと、ジーモンは大きく溜息を吐いて小声で話し出す。


「スーザン、あまり気にしては駄目だ。
あの家は大口取引先だ。
たとえ虐待の事実を知ってしまったとして、それが公にでもなったらどうなる?
あの家が顧客から外れたら、うちはお終いだ。
だから、絶対に何もするな」


「わかってる、わかってるわよ。
……だけど、あんまりじゃない。
あの子が着ていた服は、下のお嬢さんのお古だわ。
うちが1年前に作った服だったもの。
それがぴったり着れるくらいだなんて、どうかしてるわ」


シャルロッテ様が12歳の時に作った服、それを15歳のエリーゼ様が着れているのがおかしい。


「……確かに、あの服はそうだ。
出自が訳ありなんだろう、他の娘と容姿が違った。
表向きには病弱だって話だったが、あんなところに住んでたわけだから、どう見たって……虐待だろうな」


「それが今になって、服を与えるなんて……
急にどこかに嫁がせるつもりなのかしら」


「さぁな、でもあの家の娘ならブランドみたいなものだ。
どこからだって、引く手数多だろう。
高く引き取ってくれるところに、引き渡すんだろうな」


「そうよね……その嫁ぎ先が良いところだと良いわね」


あんなに痩せた子供をどこに嫁がせるというのだろうか。


エリーゼ様の行く末が不安でしかなかった。








重い空気のまま、あっという間に城下町の仕立て屋サンダースに到着する。


ーーカランカラン


ドアベルを鳴らして、仕立て屋サンダースのドアを開けた。


「「オーナー、おかえりなさいませ」」


「ええ、ご苦労様」


活気のある売り子たちに挨拶をしていく。


この子達を路頭に迷わせる訳にはいかないわ、しっかりしないと。


ジーモンと共に、店の奥の工房のドアを開けた。


ーーギィィ


「戻ったわ」


「「オーナー、おかえりなさいませ」」


そこで作業していた数名の針子たちが顔を上げる。


その中央にジーモンが立ち、パンと手を叩いた。


「みんな、一旦手を止めて聞いてくれ。
アイネリス家のエリーゼ様の服のオーダーが入った。
明日からスーザンが図面を引く。
だが、その……エリーゼ様は幼少期から病弱なので、身体のサイズがとても小さいんだ。
このことを顧客は知られたくないとのことなので、サイズに関する周辺情報はすべてこの工房の社内秘とする。
エリーゼ様の身体の情報は、たとえうちの売り子にも家族にも話しては駄目だ。
もし話したら、うちの信用が失墜して店が潰れる可能性があるため、解雇処分とする。
報告は以上だ、作業に戻ってくれ」


ジーモンがそう告げると、針子たちは頷き作業に戻った。


しかし、その中でひとりだけ顔を強張らせる者がいたことに気づいてしまった。


栗色の髪を左右に三つ編みに結っている、針子のラウラだ。


彼女は最近針子になったばかりの新人で、仕事は簡単なものしかできないが、とても丁寧な仕事ぶりで評価していた。


普段は大人しい彼女が、ジーモンの話で表情を強張らせていき、今は小さく震えてすらいる。


「ラウラ、どうしたの?」


ひっ、と彼女は声を上げた。


その反応は普通じゃなかった。







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