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17 生きる

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バスローブに身を包み、お風呂上がりのお茶をもらい、ボディークリームを塗ってもらう。


下着も今まで身に付けていたのは女児用だったらしく、新品のシルクの下着を付けてもらった。


良い香りと良い生地に包まれて温まる、すべてが生まれて初めての経験だった。


ーーガチャ


レイアと共に脱衣所から出ると、フレディはモップで廊下の掃除をしていたらしい。


そして、私を見るなりカランとモップの柄を落として目を瞠った。


「……エリーゼ様……」


その低い声は、静かな廊下に溶けるように響く。


バスローブというものを初めて着た私は、上機嫌で少し得意げに話しかけた。


「フレディ、エステはすごく楽しかったです。
明日もレイアにお手入れしてもらう約束をしました」


フレディは手袋を内ポケットに仕舞って、こちらに真っ直ぐ歩み寄ると、私の目の前に立つ。


何だかじっと見られているようで、急に恥ずかしくなった。


「あ、あの。
レイアはエステの素晴らしい技術を持っていました。
とても良くしてもらいましたよ」


そのエメラルド色の淡い瞳は、静かに私を映している。


「……フレディ?」


どうしてだろう。


こんなに長いこと目が合っているのに、フレディは何も言わない。


気まずくて何か言おうとした時、不意に左頬が温かさに包まれた。


「っ……良かったです」


少しだけ眉を寄せたフレディは、私の輪郭に沿うように頬を撫でる。


「エリーゼ様から楽しいという言葉が聞けて、その笑顔が見れて……本当に良かったです」


その切なる声が、じんわりと鼓膜を揺らした。


手のひらの温度が温かくて心地よい。


さっき感じたのと同じ、優しい手だった。


……ああ、そっか。


そして私はようやく、フレディの気持ちが解った。


「フレディは本当に……私に生きて欲しいんですね……」


フレディの顔は、決して私を嘲笑う顔なんかじゃなかった。


この澄んだエメラルドグリーンの瞳は、本当のことを言っている。


それは、許されたいとかエゴだとかそういうものじゃない。


私の幸福を心の底から喜んでいる顔でしかなかった。


「どこまでもお供致します」


見上げると視線が絡みあう。


通った鼻筋、整った眉、肩から流れる一本に結ったエメラルドグリーンの長い髪。


昨日私を階段から突き落としたその手で、私の頬を優しく撫でる執事。


呪魔法が解けたからだったとしても、そうじゃなかったとしても、フレディは本当に変わった。


人は変わることができる。


だったら、私だって……!


「私……とりあえず生きてみます。
たとえこの家で要らない子だったとしても、両親に嫌われていたとしても。
フレディやレイアに勇気をもらったから、私も希望を見つけて生きたいです」


その目が優しく頷く時に、私の人生が動き出す。


フレディが掃除した廊下に、大きな窓から日の光が差していた。



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