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他愛の無い日常 そして別れ
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ミサキ:エルナ…作詞については、もうちょっと勉強した方が良いんじゃないかな…
エルナ:うーん…どう捻れば良いか分からないんだよね
最近のミサキは作詞にも挑戦していたけど、はっきり言ってそのセンスはイマイチだった。あまりにもありきたりなワードや、逆に変に難しい言葉が並んでいるだけなのだ。
ミサキ:でも歌は凄い上手いよ。ネットに上げた動画にも良いコメントついてるし。素人だからよく分からないけど、プロとしてもやっていけそう…
彼女の歌は私からすれば、芸能界に通用するレベルに達している様に聴こえる。その内、本気で歌手デビューを目指す様になるのかな…
エルナ:たまには一緒に美味しいもの食べに行こうよ。何かいい店知ってる?
ミサキ:地上居住区の端っこに、ラーメン屋があるよ。
エルナ:らーめん…食べた事ないかも
ミサキ:気に入ってくれるといいな
ーー
人々の大半が空に住む様になって、地上の扱いは大きく変わった。今では地上に住む人々が空中居住区に入る為には、面倒な手続きを経て許可証を発行してもらわないといけない。
ミサキ:ねぇ、エルナ。地上で暮らす事に、抵抗は無かったの?
エルナ:私は楽しみにしてたけど、ママは本当に嫌がってたな。多分地上の事を、汚染された場所だって思い込んでるんだよ
この世界の歴史として誰もが学ぶ事だが、かつての人間達は戦争を繰り返していた。核兵器なども使用されたせいで地上は汚染されてしまい、人々は空に住む為の居住区の建設を急いだ。
エルナ:地上は綺麗になったのに、空から見たらゴミ捨て場でしか無いんだよね
空に住む人々の中には、未だに地上を汚れていると思っている人もいる。ゴミの埋め立て地同然に扱われている場所も多く、結果的に環境が悪化している土地も多い。
ミサキ:正直私も地上は好きじゃ無いけどね。いつか空に住むのが夢なんだ
空中に建設された居住区は、整備が行き届いて綺麗な場所である。そこで暮らしていれば、便利な制度の恩恵を受ける事もできる。
ミサキ:…居住区の端っこにいい景色が見える場所があるの。今度一緒に行こうよ
エルナ:うん。楽しみだね
ーー
地上居住区の建物の並び方は、かなり雑然としている。木造の住宅が無秩序に建ち並ぶ場所など、空中居住区にはある訳がない。
ミサキ:この町並みも、もう見慣れたな…
最初は汚くて嫌な町並みだと感じていたけど、もうすっかり慣れてしまった。それでも、空中居住区で暮らしてみたいという思いは変わらない。
エルナ:ラーメンは写真でしか見た事無いんだよね。楽しみだなぁ
そんな町並みだけどエルナが隣にいるというだけで、そんなに悪く無い気がしてくる。今は夕方、エルナと一緒にラーメン屋に向かっている最中だ。
エルナ:060とは全然違うよ。あっちの方が綺麗だったけど、012の人たちの顔を見れば、活気があるって分かるもん
ミサキ:…060の情勢は、年々悪化してるからね
エルナは、すっかりこの町を気に入ったみたいだ。彼女が暮らしていたのは崩壊寸前のエリアだったから、当然と言えるかもしれないけど
エルナ:だいぶ歩いた気がするけど….本当に端っこにあるんだね
ミサキ:もうすぐ着くよ。気に入ってもらえるといいな
ーー
エリア012地上居住区の端に、今の時代には少ないラーメン屋である「麺屋」がある。私達がたどり着いた頃には、既に日が暮れそうになっていた。
エルナ:いやいや麺屋って…そのまま過ぎるでしょ…
やはりというか、エルナが早速ツッコミを入れた。地上にはシンプルな名前の店は、まだまだあるよ。
ミサキ:早速入ろうか
エルナ:うん、やっぱり寒いし。小さい店だけど、お客さん割といるみたいだね
既に12月に入り、エリア012はとっくに冬を迎えていた。空中居住区にも季節はあるが管理されているため、人間にとって快適な気温が保たれている。
しかし地上居住区は、そうした管理システムの庇護の外にある。快適な気温にしてくれる訳がないし、天災が発生する事もある。
そんなエリア012の気温は、他のエリアの地上と比べてもかなり下がる。まだこのエリアの寒さに慣れていないエルナと一緒に、麺屋に入った。
ーー
エルナ:…熱くない?このお店
ミサキ:カウンター席と厨房の距離が近いから、しょうがないね。上着は脱いだ方がいいね
ラーメン屋に入ったら、まずは食券を買うところからだ。エルナは分かっていなかったので、ちゃんと教えなくちゃ
エルナ:これにカードを読み込めば良いの?
ミサキ:うん。地上と言っても、流石にクレジットには対応してるからね
エリア012の地上では共通クレジット以外にも、日本円が通貨として使用されている。他のエリアから来た人は驚くみたいで、エルナも例外では無かった。
エルナ:初めてだし、取り敢えずラーメンで良いのかな…替え玉って何?
ミサキ:替え玉はおかわりの事だね。結構濃厚だし、まずはラーメンで良いと思うよ。
この麺屋のラーメンは豚骨ラーメンで、超濃厚なスープ。しかしスープには臭みは無く、大変香ばしいのが特徴になっている。
エルナ:ラーメンの食券を買ったよ。ミサキは…チャーシュー麺?
ミサキ:ここのチャーシュー、結構美味しんだよ。チャーシューだけでも、後から頼めるからね
私達はカウンターで食券を渡して、ラーメンの完成を待った。エルナも、少々キツイ店内の匂いにもう慣れたみたいだ。
ーー
エルナ:これが…豚骨ラーメン…!
ミサキ:食べてみて、本当に美味しいから
ここの豚骨ラーメンの具材はチャーシューと青ネギのみと、かなりシンプルだ。スープへのこだわりがかなり強い店主なので、あくまで主役の引き立て役という事みたい。
エルナは白く濁ったスープを見て、早速驚いていた。彼女は細いストレート麺のラーメンを、割と勢いよく食べ始めた。
エルナ:すごい…味が濃い
ミサキ:どうかな?
エルナ:こってりしてるんだけどまろやかで…とにかく美味しい!
ミサキ:ふふ…良かった
エルナはすぐに豚骨ラーメンを美味しいって言ってくれた。私のオススメの一品、気に入ってくれて良かった…
ーー
エルナ:美味しかった~
ミサキ:チャーシューも美味しかったでしょ
ラーメンを食べ終わった私達は、冬空の下を歩いていた。早く家に帰りたいという気持ちもあったが、今日はどうしてもエルナと一緒に行きたい場所があった。
エルナ:あ…雪が降ってきた!
ミサキ:うん。綺麗だね…
あの夜景を見せれば、きっとエルナも驚くだろう。そう思いながら、私とエルナは坂を登って目的地へ急いだ。
ーー
エルナ:ここは…わぁ…すごい夜景…!
ミサキ:すごいでしょ。011の居住区が見えるけど、建物が邪魔してるから地元の人でも知ってる人は少ないんだよ。
フェンスの向こう側に広がるのは、無数の柱、その上に建てられた011の居住区。雪が降る空から煌々と暮らしの光が放たれている景色だった。
ミサキ:こんな風に居住区を見上げられる場所は、世界の中でも少ないと思うよ。
エルナ:うん…綺麗…
私達は雪が降る空の下で、しばらく言葉を発する事なく空中居住区を見つめていた。ここにしか無いものも多いが、空にあってここに無いものも間違いなく多いのだ。
ミサキ:私ね、やっぱりこんなところで終わりたくない…
エルナ:ミサキ?
ミサキ:ここは結局、下層民が暮らす場所。ここにいたって選べる選択肢は少ないの…私は自分の力で未来を選び取りたい
エルナ:そう、だね…
また、沈黙が続き、静かに雪が降る時間が続いていた。次に言葉を紡ぎ始めたのは私ではなく、エルナの方だった。
エルナ:私ね、歌う事を仕事にしたいって…本気で思っているの
ミサキ:…でも、ここにいたら
エルナ:だからね、すぐじゃないけどね…ママに頼んで別のエリアに引っ越したいって思っているの
ミサキ:!…そうなの
エルナはしっかりした目標を持って空へ向かおうとしている。ただここから離れたいと思っている私とは、全然違うんだ…
エルナ:それじゃ、そろそろ帰ろっか…今日も泊まっていて平気かな
ミサキ:うん。大丈夫…
そうして私達は帰路についたけど、頭の中ではエルナの言葉が残り続けていた。私の将来の夢は…このエリアから出て…何が出来るのかな?
ーー
それからの時間は、何だかあっという間に過ぎていった気がする。お正月や新学期や…その間も、私には何が出来るんだろうって考え続けていた。
そして9月、エルナと出会った季節に…
エルナ:ミサキ、私ね…近いうちにエリア019に引っ越すの
ミサキ:エリア…019、最も発展しているエリアね!
エリア019はただ単に人口が多いエリアでは無く、旧世代の文化の保護にも力を入れている。019でアーティスト活動をしている人も、プロアマ問わず多い。
エルナ:そこのアカデミーに転校して、歌唱レッスンも本気でして、歌手としてのデビューで目指すの。
ミサキ:すごいね…
エルナ:それから、私の歌の動画もすごい評価されてるの!プロみたいってコメントも貰ったよ!
ミサキ:…やったね!エルナなら歌手として絶対成功できるよ!
ほとんどの人間は漠然とした夢を抱えたまま、叶えられずに終わる。しかしエルナは、自分のやりたい事の為にはどうすれば良いのか、ちゃんと考えていたのだ。
エルナ:この事は直前まで秘密にしておいてね。騒ぎにしたくないから…
ミサキ:分かってるよ。それにしても…やっぱりエルナはすごいなぁ…
ーー
カリン:ええ?!エルナちゃん転校しちゃうの⁉︎
カオリ:そんなぁ~歌が綺麗だなぁって思ってたのに~
転校直前、やっと情報が伝わったクラスメイト達は、大袈裟に驚いていた。あんたら転校して来たばかりの時に質問攻めしたきり、興味無くしてたでしょ…
クリス:エリア019…空中居住区で暮らすんだな…頑張って
エルナ:うん。ありがとね
ここに居るみんなも、自分は「下層」の存在だって嫌でも理解している。それでもクリスさんは、ちゃんと送り出してあげたのだ。
クリス:ミサキは大丈夫か?寂しくって泣き出しそうだな
ミサキ:泣いたって別にいいじゃない…
私がエルナと仲が良いのは、みんなが知っている事だ。きっと見送りの日になったら、泣いちゃうんだろうな…
ーー
9月30日、予定通りにエルナがエリア012を去る日がやって来た。彼女はクラスメイトへの最低限の別れの挨拶は既に済ませていたみたいで、駅まで見送りに来ているのは私と家族だけだった。
ハヤト:うちの娘と、あれ程までに仲良くして下さって…ありがとうございます
スズネ:ミサキが学校で友達を作って…本当に大きくなったね
学校で友達を作って大きくなったって…余計なお世話。まぁ、今まではエルナほど仲が良い子もいなかったのは事実だけど…
ヘレナ:いえいえ…うちの子も心細かったでしょうから…ありがとうございます
ノア:そろそろ行かないと
ヘレナさんとノアさんはリニアの車両に乗ったが、まだ時間はある。私の父さんと母さんも少し離れた場所に移動したので、私とエルナの二人きりだ。
エレナ:これで、普通には会えなくなるね…
ミサキ:うん。寂しいなぁ…
駄目だ…やっぱり泣いちゃそうだな…離れ離れになりたくないなぁ…でも、ちゃんとけじめとして、エルナに伝えなきゃいけない事がある。
ミサキ:私ね、少しエルナの事を羨ましいって思ってたよ
エルナ:そう…なの?
ミサキ:だって、才能があるだけじゃなくて、ちゃんと自分の夢のためにはどうすればいいかって…その為に頑張れるって…私からしたら十分すごい事なんだよ?
エルナ:ミサキ…
紡がれるはずの言葉が、しばらく止まってしまった。もうリニアの発車時刻が迫っていて、残された時間が少ない事も明白だった。
ミサキ:エルナっ!019から…私に歌を届けてっ!
もう私は、泣く事を我慢なんてしなかったし、出来なかった。泣き出してしまった私を、エルナは優しく撫でていた。
エルナ:うん。世界中に私の歌を届けられる様な…すごいアーティストになるから!
ーー
エルナ:絶対、いつか、ミサキにまた会いに来るから
ミサキ:大丈夫。待ってるよ、ここで
エルナは涙を隠しながら、リニアの客室車両に乗り込んだ。その1分後に発車のベルが鳴り、車両の扉が閉まった。
ーー
エルナをここから019へと運んでいくリニアが発車した。私はそのリニアを、見えなくなるまで目で追っていた。
ミサキ:再会の約束は、果たせるのかな…
"また会おう"なんて子供じみた約束が果たされる日なんて来るのだろうか。エルナとはこれっきりなんて可能性は、幾らでもあり得る。
ミサキ:結局私は、何になるんだろう。何が出来るのかな…
自分は結局何者にもなれないままこの世界から消えていくんじゃないか。
そんな不安を、感じていた。
エルナ:うーん…どう捻れば良いか分からないんだよね
最近のミサキは作詞にも挑戦していたけど、はっきり言ってそのセンスはイマイチだった。あまりにもありきたりなワードや、逆に変に難しい言葉が並んでいるだけなのだ。
ミサキ:でも歌は凄い上手いよ。ネットに上げた動画にも良いコメントついてるし。素人だからよく分からないけど、プロとしてもやっていけそう…
彼女の歌は私からすれば、芸能界に通用するレベルに達している様に聴こえる。その内、本気で歌手デビューを目指す様になるのかな…
エルナ:たまには一緒に美味しいもの食べに行こうよ。何かいい店知ってる?
ミサキ:地上居住区の端っこに、ラーメン屋があるよ。
エルナ:らーめん…食べた事ないかも
ミサキ:気に入ってくれるといいな
ーー
人々の大半が空に住む様になって、地上の扱いは大きく変わった。今では地上に住む人々が空中居住区に入る為には、面倒な手続きを経て許可証を発行してもらわないといけない。
ミサキ:ねぇ、エルナ。地上で暮らす事に、抵抗は無かったの?
エルナ:私は楽しみにしてたけど、ママは本当に嫌がってたな。多分地上の事を、汚染された場所だって思い込んでるんだよ
この世界の歴史として誰もが学ぶ事だが、かつての人間達は戦争を繰り返していた。核兵器なども使用されたせいで地上は汚染されてしまい、人々は空に住む為の居住区の建設を急いだ。
エルナ:地上は綺麗になったのに、空から見たらゴミ捨て場でしか無いんだよね
空に住む人々の中には、未だに地上を汚れていると思っている人もいる。ゴミの埋め立て地同然に扱われている場所も多く、結果的に環境が悪化している土地も多い。
ミサキ:正直私も地上は好きじゃ無いけどね。いつか空に住むのが夢なんだ
空中に建設された居住区は、整備が行き届いて綺麗な場所である。そこで暮らしていれば、便利な制度の恩恵を受ける事もできる。
ミサキ:…居住区の端っこにいい景色が見える場所があるの。今度一緒に行こうよ
エルナ:うん。楽しみだね
ーー
地上居住区の建物の並び方は、かなり雑然としている。木造の住宅が無秩序に建ち並ぶ場所など、空中居住区にはある訳がない。
ミサキ:この町並みも、もう見慣れたな…
最初は汚くて嫌な町並みだと感じていたけど、もうすっかり慣れてしまった。それでも、空中居住区で暮らしてみたいという思いは変わらない。
エルナ:ラーメンは写真でしか見た事無いんだよね。楽しみだなぁ
そんな町並みだけどエルナが隣にいるというだけで、そんなに悪く無い気がしてくる。今は夕方、エルナと一緒にラーメン屋に向かっている最中だ。
エルナ:060とは全然違うよ。あっちの方が綺麗だったけど、012の人たちの顔を見れば、活気があるって分かるもん
ミサキ:…060の情勢は、年々悪化してるからね
エルナは、すっかりこの町を気に入ったみたいだ。彼女が暮らしていたのは崩壊寸前のエリアだったから、当然と言えるかもしれないけど
エルナ:だいぶ歩いた気がするけど….本当に端っこにあるんだね
ミサキ:もうすぐ着くよ。気に入ってもらえるといいな
ーー
エリア012地上居住区の端に、今の時代には少ないラーメン屋である「麺屋」がある。私達がたどり着いた頃には、既に日が暮れそうになっていた。
エルナ:いやいや麺屋って…そのまま過ぎるでしょ…
やはりというか、エルナが早速ツッコミを入れた。地上にはシンプルな名前の店は、まだまだあるよ。
ミサキ:早速入ろうか
エルナ:うん、やっぱり寒いし。小さい店だけど、お客さん割といるみたいだね
既に12月に入り、エリア012はとっくに冬を迎えていた。空中居住区にも季節はあるが管理されているため、人間にとって快適な気温が保たれている。
しかし地上居住区は、そうした管理システムの庇護の外にある。快適な気温にしてくれる訳がないし、天災が発生する事もある。
そんなエリア012の気温は、他のエリアの地上と比べてもかなり下がる。まだこのエリアの寒さに慣れていないエルナと一緒に、麺屋に入った。
ーー
エルナ:…熱くない?このお店
ミサキ:カウンター席と厨房の距離が近いから、しょうがないね。上着は脱いだ方がいいね
ラーメン屋に入ったら、まずは食券を買うところからだ。エルナは分かっていなかったので、ちゃんと教えなくちゃ
エルナ:これにカードを読み込めば良いの?
ミサキ:うん。地上と言っても、流石にクレジットには対応してるからね
エリア012の地上では共通クレジット以外にも、日本円が通貨として使用されている。他のエリアから来た人は驚くみたいで、エルナも例外では無かった。
エルナ:初めてだし、取り敢えずラーメンで良いのかな…替え玉って何?
ミサキ:替え玉はおかわりの事だね。結構濃厚だし、まずはラーメンで良いと思うよ。
この麺屋のラーメンは豚骨ラーメンで、超濃厚なスープ。しかしスープには臭みは無く、大変香ばしいのが特徴になっている。
エルナ:ラーメンの食券を買ったよ。ミサキは…チャーシュー麺?
ミサキ:ここのチャーシュー、結構美味しんだよ。チャーシューだけでも、後から頼めるからね
私達はカウンターで食券を渡して、ラーメンの完成を待った。エルナも、少々キツイ店内の匂いにもう慣れたみたいだ。
ーー
エルナ:これが…豚骨ラーメン…!
ミサキ:食べてみて、本当に美味しいから
ここの豚骨ラーメンの具材はチャーシューと青ネギのみと、かなりシンプルだ。スープへのこだわりがかなり強い店主なので、あくまで主役の引き立て役という事みたい。
エルナは白く濁ったスープを見て、早速驚いていた。彼女は細いストレート麺のラーメンを、割と勢いよく食べ始めた。
エルナ:すごい…味が濃い
ミサキ:どうかな?
エルナ:こってりしてるんだけどまろやかで…とにかく美味しい!
ミサキ:ふふ…良かった
エルナはすぐに豚骨ラーメンを美味しいって言ってくれた。私のオススメの一品、気に入ってくれて良かった…
ーー
エルナ:美味しかった~
ミサキ:チャーシューも美味しかったでしょ
ラーメンを食べ終わった私達は、冬空の下を歩いていた。早く家に帰りたいという気持ちもあったが、今日はどうしてもエルナと一緒に行きたい場所があった。
エルナ:あ…雪が降ってきた!
ミサキ:うん。綺麗だね…
あの夜景を見せれば、きっとエルナも驚くだろう。そう思いながら、私とエルナは坂を登って目的地へ急いだ。
ーー
エルナ:ここは…わぁ…すごい夜景…!
ミサキ:すごいでしょ。011の居住区が見えるけど、建物が邪魔してるから地元の人でも知ってる人は少ないんだよ。
フェンスの向こう側に広がるのは、無数の柱、その上に建てられた011の居住区。雪が降る空から煌々と暮らしの光が放たれている景色だった。
ミサキ:こんな風に居住区を見上げられる場所は、世界の中でも少ないと思うよ。
エルナ:うん…綺麗…
私達は雪が降る空の下で、しばらく言葉を発する事なく空中居住区を見つめていた。ここにしか無いものも多いが、空にあってここに無いものも間違いなく多いのだ。
ミサキ:私ね、やっぱりこんなところで終わりたくない…
エルナ:ミサキ?
ミサキ:ここは結局、下層民が暮らす場所。ここにいたって選べる選択肢は少ないの…私は自分の力で未来を選び取りたい
エルナ:そう、だね…
また、沈黙が続き、静かに雪が降る時間が続いていた。次に言葉を紡ぎ始めたのは私ではなく、エルナの方だった。
エルナ:私ね、歌う事を仕事にしたいって…本気で思っているの
ミサキ:…でも、ここにいたら
エルナ:だからね、すぐじゃないけどね…ママに頼んで別のエリアに引っ越したいって思っているの
ミサキ:!…そうなの
エルナはしっかりした目標を持って空へ向かおうとしている。ただここから離れたいと思っている私とは、全然違うんだ…
エルナ:それじゃ、そろそろ帰ろっか…今日も泊まっていて平気かな
ミサキ:うん。大丈夫…
そうして私達は帰路についたけど、頭の中ではエルナの言葉が残り続けていた。私の将来の夢は…このエリアから出て…何が出来るのかな?
ーー
それからの時間は、何だかあっという間に過ぎていった気がする。お正月や新学期や…その間も、私には何が出来るんだろうって考え続けていた。
そして9月、エルナと出会った季節に…
エルナ:ミサキ、私ね…近いうちにエリア019に引っ越すの
ミサキ:エリア…019、最も発展しているエリアね!
エリア019はただ単に人口が多いエリアでは無く、旧世代の文化の保護にも力を入れている。019でアーティスト活動をしている人も、プロアマ問わず多い。
エルナ:そこのアカデミーに転校して、歌唱レッスンも本気でして、歌手としてのデビューで目指すの。
ミサキ:すごいね…
エルナ:それから、私の歌の動画もすごい評価されてるの!プロみたいってコメントも貰ったよ!
ミサキ:…やったね!エルナなら歌手として絶対成功できるよ!
ほとんどの人間は漠然とした夢を抱えたまま、叶えられずに終わる。しかしエルナは、自分のやりたい事の為にはどうすれば良いのか、ちゃんと考えていたのだ。
エルナ:この事は直前まで秘密にしておいてね。騒ぎにしたくないから…
ミサキ:分かってるよ。それにしても…やっぱりエルナはすごいなぁ…
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カリン:ええ?!エルナちゃん転校しちゃうの⁉︎
カオリ:そんなぁ~歌が綺麗だなぁって思ってたのに~
転校直前、やっと情報が伝わったクラスメイト達は、大袈裟に驚いていた。あんたら転校して来たばかりの時に質問攻めしたきり、興味無くしてたでしょ…
クリス:エリア019…空中居住区で暮らすんだな…頑張って
エルナ:うん。ありがとね
ここに居るみんなも、自分は「下層」の存在だって嫌でも理解している。それでもクリスさんは、ちゃんと送り出してあげたのだ。
クリス:ミサキは大丈夫か?寂しくって泣き出しそうだな
ミサキ:泣いたって別にいいじゃない…
私がエルナと仲が良いのは、みんなが知っている事だ。きっと見送りの日になったら、泣いちゃうんだろうな…
ーー
9月30日、予定通りにエルナがエリア012を去る日がやって来た。彼女はクラスメイトへの最低限の別れの挨拶は既に済ませていたみたいで、駅まで見送りに来ているのは私と家族だけだった。
ハヤト:うちの娘と、あれ程までに仲良くして下さって…ありがとうございます
スズネ:ミサキが学校で友達を作って…本当に大きくなったね
学校で友達を作って大きくなったって…余計なお世話。まぁ、今まではエルナほど仲が良い子もいなかったのは事実だけど…
ヘレナ:いえいえ…うちの子も心細かったでしょうから…ありがとうございます
ノア:そろそろ行かないと
ヘレナさんとノアさんはリニアの車両に乗ったが、まだ時間はある。私の父さんと母さんも少し離れた場所に移動したので、私とエルナの二人きりだ。
エレナ:これで、普通には会えなくなるね…
ミサキ:うん。寂しいなぁ…
駄目だ…やっぱり泣いちゃそうだな…離れ離れになりたくないなぁ…でも、ちゃんとけじめとして、エルナに伝えなきゃいけない事がある。
ミサキ:私ね、少しエルナの事を羨ましいって思ってたよ
エルナ:そう…なの?
ミサキ:だって、才能があるだけじゃなくて、ちゃんと自分の夢のためにはどうすればいいかって…その為に頑張れるって…私からしたら十分すごい事なんだよ?
エルナ:ミサキ…
紡がれるはずの言葉が、しばらく止まってしまった。もうリニアの発車時刻が迫っていて、残された時間が少ない事も明白だった。
ミサキ:エルナっ!019から…私に歌を届けてっ!
もう私は、泣く事を我慢なんてしなかったし、出来なかった。泣き出してしまった私を、エルナは優しく撫でていた。
エルナ:うん。世界中に私の歌を届けられる様な…すごいアーティストになるから!
ーー
エルナ:絶対、いつか、ミサキにまた会いに来るから
ミサキ:大丈夫。待ってるよ、ここで
エルナは涙を隠しながら、リニアの客室車両に乗り込んだ。その1分後に発車のベルが鳴り、車両の扉が閉まった。
ーー
エルナをここから019へと運んでいくリニアが発車した。私はそのリニアを、見えなくなるまで目で追っていた。
ミサキ:再会の約束は、果たせるのかな…
"また会おう"なんて子供じみた約束が果たされる日なんて来るのだろうか。エルナとはこれっきりなんて可能性は、幾らでもあり得る。
ミサキ:結局私は、何になるんだろう。何が出来るのかな…
自分は結局何者にもなれないままこの世界から消えていくんじゃないか。
そんな不安を、感じていた。
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