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第10章 第8話 来るべき厄災
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「暇だよ…」
「私は暇じゃない」
現実世界で桃香は大量の本を積んで退屈そうにしていた。鼎はこれからアナザーアースにログインしようとしていた。
「だってあれからアナザーアースにログインできてないし~」
「ブラックエリアで賭場なんかやってたんだし、しょうがないと思う」
鼎に正論を言われた桃香は、積んでいた本を不機嫌そうに読み始めた。この日の鼎はアナザーアースで活動しているバーチャルアイドルのスキャンダルについて調べて欲しいという依頼を受けていた。
「そう言えばペルタチャンは何とかなりそうなの?」
「ユーザーデータは巴に渡したよ。返信も来た」
『ユーザーデータから何とか復元できそう…だけど、現実世界での居場所が分からないと…』
巴はアナザーアースにある研究室で、ペルタのデータを解析していた。既に自我は残されていなかったが、所謂“魂”までは壊れていなかった。
「テロ組織もいなくなってブラックエリアも壊滅して…つまらない仮想現実になっちゃったね」
「平和な仮想現実の間違いでしょ」
ブラックエリア襲撃事件の後、テロ組織はアナザーアースから一時的に撤退した。残念ながら構成員を捕縛する事は出来なかったが、ひとまず平和は戻ったと言える。
ーー
バーチャルアイドルのスキャンダルの調査を終えた鼎は、アカデミーブロックの研究室に立ち寄った。巴に余裕があったら来て欲しいとメッセージが送られてきたのだ。
「調子はどう?」
「いつも通りデータの解析で忙しいよ」
巴はいつもと変わらない様子で、大量に並べられたデータをチェックしていた。鼎は目の前にいる小柄な女性の頭脳が、自分より遥かに優れていると確信していた。
「愛莉の様子は?」
「まだ時間がかかると思う」
ユーザーデータを改竄されていた愛莉の記憶は、まだ戻っていない。ログアウトも出来ないので、現実世界の体は眠り続けている。
「そう言えば鼎はエリア007に戻らないの?」
「帰りを待ってる人もいないし」
巴も鼎も、特に故郷に帰りたいと望んではいなかった。2人とも既に家族はいないし、後に残したいと思うものもないのだ。
「鼎も目を通しといて」
「エリア666…管理用ジオフロントの負荷値のグラフね」
「普段見ない人には分からないと思うけど、明らかに異常なレベルで負荷がかかってるって事」
「ふーん…私に出来る事はないんでしょ」
現実世界の鼎は身体能力は高くないし、ジオフロントに関する専門知識も持っていない。鼎は今回の件で、自分が役立つ事は無いと思っていた。
「何が起こるか、私にも分からない。一応身構えて置いて」
「分かった」
鼎はそう答えて、取り敢えず動向を見守ろうと思った。だがエリア666にこれから起こる出来事は、誰にも予想できなかった。
ーー
「巴さんは本当にエリア666を心配しているのですね」
「今まで見た事の無い数値ですので…」
巴はエンシャント財団代表である秋亜の家に招かれていた。秋亜はエリア666に起きている異常について、巴の意見を聞きたくなったのだ。
「何かしら、大きな災害が起こる可能性を考えるべきです」
「災害…」
「ジオフロントに管理されているエリアは、災害対策を機械任せにしています」
「機械に何か不具合があれば、大量の犠牲者が出るかもしれない…という事ですわね」
秋亜もエリアで災害が起きた時に大惨事になる可能性がある事を把握した。少しでも被害を減らす為に、住民の避難誘導を行う必要がある。
「では、現地にいる財団職員に情報を伝えますね」
「そうした方がいいでしょう。何事もないとは思いますが…」
ーー
エリア666にいた財団職員は本部からの連絡を受けて、すぐに退避する準備を進めた。同時に市民に対しても避難勧告を出したが、このエリアではエンシャント財団の影響力はあまりなかった。
「いま忙しいんだ。避難なんてしてる暇は無い」
「これから買い物なんだ」
住民の殆どが避難勧告に従わず、いつも通りに過ごしていた。だがディアルート家のサリアンは、支持者と共に避難する事にした。
「貴方達の指示に従います。病院にいる重病人の搬送も手伝ってください」
「分かりました」
サリアンに頼まれた財団職員達は、すぐに医師や看護師と協力して重病人の搬送を開始した。搬送はスムーズに進み、協力した医療関係者達とサリアンとその支持者達はエリア015に避難した。
「患者はこちらの病院に搬送してください」
「こちらの医療設備も整っていますね…ありがとうございます」
エンシャント財団によって搬送がスムーズに進んだ事により、患者の容体が悪化する事は無かった。サリアンと支持者、医療関係者達はエリア666ジオフロントの異常な負荷値が消失するまで、エリア015に留まる事になった。
「来ましたが…何を手伝えばいいですか?」
「昏睡状態の患者の身元確認をお願いしますわ」
秋亜に頼まれた巴は医療関係者に、患者の身元を確認した。その中に“ペルタ・フォン・アルタイル”という名前を見つけた。
「この子が昏睡状態になった原因は?」
「不明です…仮想現実にログインしている最中にこの状態になったという事しか分かっていません」
アナザーアースにあるのはデータと化した魂だけだが、まだ希望はある。ペルタを目覚めさせる事が出来るかもしれないのだ。
「サリアンさん、エリア666から避難したのはここにいる人達だけでしょうか?」
「ええ…他の大多数の市民は、普段通りに過ごしているみたいです」
ーー
既に時刻は20時になっていたが、エリア666ではいつも通りの日常が続いていた。一方で管理用ジオフロントの負荷は、既に限界に近づいていた。
「これは子供の誕生日プレゼントなのでラッピングをお願いします」
「全くあのハゲ課長のせいで…」
ささやかな幸せがある事もストレスにまみれた日常が続く事も、誰も疑っていなかった。彼らが暮らしている場所の地下が、もうすぐ終焉をもたらすとも知らずに。
ーー
軌道エレベーターに建設されたシティOIは中層圏に位置している。そこから見下ろすかつて青かった星の地表の殆どは、灰色の活動圏に覆われている。
「ナガレ…本当にエリア666は…」
「うん、とんでもない事になる。かなりの数の人間が死ぬよ」
シティOIの端にある古い展望台で、2人の少女がエリア666の方角を見ていた。キーリアはさほど嫌そうな表情をせず、ナガレの指示に従っていた。
「これが本当に正しい事なの?」
「倫理については知らないけど、アナザーアースの本来の用途だよ」
ナガレは楽しそうに上の星空と下の地表を眺めていた。これから地上で起きる悲劇に期待している様に。
ーー
「な、何だ!」
突如エリア666を襲ったのは大きな震動だった。遂に管理用ジオフロントが限界に達してしまったのだ。
「いつまで揺れるんだ?!」
地面の揺れは収まらず、金属の上に建てられた活動区域が割れ始めた。それどころか、地盤の下にある金属まで割れてしまった。
エリア666にいた誰もが世界の滅亡を確信した。実際には世界は滅ばなかったが、彼らは1人残らず死に至る事になる。
エリアの地上に強烈なプラズマが発生し、次の瞬間には爆風が吹き荒れた。高音のプラズマが地上で既に発生していた火事で着火した事によって、エリア666の地上を吹き飛ばす爆発が起きたのだ。
高層階にいた人々は、地上で死んだ者よりも数秒間だけ長く生きる事が出来た。彼らはパニックに陥って、何処かへ逃げようと走った。
だがエネルギー貯蔵庫のタンクも破壊されて、流出した粒子が人々を襲った。粒子は人体の内部から破壊して、肉体が変色した人々はあっという間に死んでいった。
爆風と有毒粒子によってエリア666の住民は死滅した。生命が死に絶えた後も、爆風が地上を薙ぎ払い続けた。
隣のエリアの住民は、破滅の一部始終を見せられる事になった。だがエリア665とエリア667のジオフロントは正常に機能して防衛システムが働いたので、彼らは驚くほど無事だった。
ーー
エリア666を襲った大惨事は、すぐに中継が開始された。現実世界だけじゃなくて、アナザーアースでも中継映像が流れた。
「何…あれ…」
「どうなっている?!」
世界中の人々が、突然の悲劇に言葉を無くしていた。エリアを破壊する大規模な爆発など、誰も予想していなかったのだ。
「巴…こんなの本当に予想できてたの?」
「…最悪のケースとして、予想してた」
巴はジオフロントを狙ったテロが発生した場合も想定していた。だが彼女は事態は想定していたが、凄惨な光景は予想できていなかった。
ーー
(ジオフロントへの過負荷で、こんな事になるなんて…)
家で本を読んでいた桃香は、鼎からのメッセージを読んでモニターにニュースを表示した。凄惨な中継映像を見て、彼女も言葉を無くしていた。
(そうだ、ハンター達は…リアルでの連絡先は教えてもらってたから…)
桃香はすぐに賭場の仲間が使っているSNSのアカウントに無事か確かめる為の投稿をした。尤もエリア666からログインしていたのなら、とっくに手遅れなのだが。
『賭場の皆、無事?』
……
『桃香か!?今忙しいんだよ!』
意外とすぐに返信が来て、桃香はとりあえずほっとした。桃香は今何処にいるのか、彼に聞いてみる事にした。
『エリア013!今はテリトリーに侵入したチンピラと戦ってる最中だ!』
治安の悪さで特に有名なのが、エリア013だった。仮想現実でもブラックエリアの賭場にいる連中にはピッタリかも知れない。
『そういえば桃香は何処にいるんだ?』
『エリア003』
『へぇ、リアルじゃ見かけないと思ったらそんな栄えたエリアで暮らしてるんだな』
『表向きにはボク学生だから』
取り敢えず賭場の仲間の無事を確認できて、桃香はほっとしていた。さらに彼女は、アカウントの凍結解除を運営に問い合わせている事を彼らに伝えた。
『まあこのご時世、アナザーアースを使えないのは不便すぎるからな』
『リアルでもそんな感じなら、ブラックエリアから足を洗う気も無いんでしょ?』
『そりゃそうだろ…おい、中継映像見てみろ』
『え…?』
ーー
ようやく爆風が落ち着いたエリア666には、もはや生命の気配は感じられなかった。後に残されていたのは、灰色になったエリアの跡地だけだった。
不毛の地になったはずのエリア666だったが、立体映像が表示され始めた。それは何処かの街並みの様にも見える映像だった。
ーー
「すごい綺麗な星空~」
「そうだね…」
アナザーアースでデート中の男女が、タワーの上で空を見上げて星を眺めていた。だが普段のアナザーアースの星空とは違う事に気づいていない。
「ホントにリアルだよね」
「…あれ、映像じゃないのか?」
男性の方がアナザーアースの夜空の違和感に気づいた。その星空に、映像とは違うリアリティがある気がしたのだ。
「ねぇ、何でアナザーアースなのに他のエリアが見えるの?」
「そういうイベント…?いやスケジュールにはそんな予定無かったはずだ」
タワーから見える夜景は、いつの間にかアナザーアースのものではなくなっている。まるでいつの間にか現実世界に移動してしまったみたいだ。
ーー
『爆風が収まったエリア666に何か映像の様なものが浮かび上がっています!』
『何でしょう…あれは…?』
まだエリア666の中継映像は報道され続けていた。破壊されたエリアの上空に立体映像が現れて、アナウンサーも困惑していた。
ーー
「あれは…」
「…アナザーアースの街並みですわね」
粉微塵になって吹き飛んだ市民とエリアの代わりに現れたのは、アナザーアースの街並みの立体映像だった。とっくに電気設備が破壊されているのに、立体映像は確かにそこにあった。
サリアンも秋亜も中継映像を見ていたが、彼女達もその映像にリアリティを感じる事が出来なかったのだ。間違いなく現実の出来事なのだが、彼女達の想像の範疇を超えていたのだ。
ーー
シティOIではキーリアやナガレ、テロ組織の構成員達が中継映像を見ていた。彼らの多くがアナザーアースの立体映像が現れた事に衝撃を受けていた。
「何が起きてるの…?」
「やっと…始まったね」
ナガレは不敵な笑みを浮かべながら、アナザーアースの立体映像を眺めていた…
「私は暇じゃない」
現実世界で桃香は大量の本を積んで退屈そうにしていた。鼎はこれからアナザーアースにログインしようとしていた。
「だってあれからアナザーアースにログインできてないし~」
「ブラックエリアで賭場なんかやってたんだし、しょうがないと思う」
鼎に正論を言われた桃香は、積んでいた本を不機嫌そうに読み始めた。この日の鼎はアナザーアースで活動しているバーチャルアイドルのスキャンダルについて調べて欲しいという依頼を受けていた。
「そう言えばペルタチャンは何とかなりそうなの?」
「ユーザーデータは巴に渡したよ。返信も来た」
『ユーザーデータから何とか復元できそう…だけど、現実世界での居場所が分からないと…』
巴はアナザーアースにある研究室で、ペルタのデータを解析していた。既に自我は残されていなかったが、所謂“魂”までは壊れていなかった。
「テロ組織もいなくなってブラックエリアも壊滅して…つまらない仮想現実になっちゃったね」
「平和な仮想現実の間違いでしょ」
ブラックエリア襲撃事件の後、テロ組織はアナザーアースから一時的に撤退した。残念ながら構成員を捕縛する事は出来なかったが、ひとまず平和は戻ったと言える。
ーー
バーチャルアイドルのスキャンダルの調査を終えた鼎は、アカデミーブロックの研究室に立ち寄った。巴に余裕があったら来て欲しいとメッセージが送られてきたのだ。
「調子はどう?」
「いつも通りデータの解析で忙しいよ」
巴はいつもと変わらない様子で、大量に並べられたデータをチェックしていた。鼎は目の前にいる小柄な女性の頭脳が、自分より遥かに優れていると確信していた。
「愛莉の様子は?」
「まだ時間がかかると思う」
ユーザーデータを改竄されていた愛莉の記憶は、まだ戻っていない。ログアウトも出来ないので、現実世界の体は眠り続けている。
「そう言えば鼎はエリア007に戻らないの?」
「帰りを待ってる人もいないし」
巴も鼎も、特に故郷に帰りたいと望んではいなかった。2人とも既に家族はいないし、後に残したいと思うものもないのだ。
「鼎も目を通しといて」
「エリア666…管理用ジオフロントの負荷値のグラフね」
「普段見ない人には分からないと思うけど、明らかに異常なレベルで負荷がかかってるって事」
「ふーん…私に出来る事はないんでしょ」
現実世界の鼎は身体能力は高くないし、ジオフロントに関する専門知識も持っていない。鼎は今回の件で、自分が役立つ事は無いと思っていた。
「何が起こるか、私にも分からない。一応身構えて置いて」
「分かった」
鼎はそう答えて、取り敢えず動向を見守ろうと思った。だがエリア666にこれから起こる出来事は、誰にも予想できなかった。
ーー
「巴さんは本当にエリア666を心配しているのですね」
「今まで見た事の無い数値ですので…」
巴はエンシャント財団代表である秋亜の家に招かれていた。秋亜はエリア666に起きている異常について、巴の意見を聞きたくなったのだ。
「何かしら、大きな災害が起こる可能性を考えるべきです」
「災害…」
「ジオフロントに管理されているエリアは、災害対策を機械任せにしています」
「機械に何か不具合があれば、大量の犠牲者が出るかもしれない…という事ですわね」
秋亜もエリアで災害が起きた時に大惨事になる可能性がある事を把握した。少しでも被害を減らす為に、住民の避難誘導を行う必要がある。
「では、現地にいる財団職員に情報を伝えますね」
「そうした方がいいでしょう。何事もないとは思いますが…」
ーー
エリア666にいた財団職員は本部からの連絡を受けて、すぐに退避する準備を進めた。同時に市民に対しても避難勧告を出したが、このエリアではエンシャント財団の影響力はあまりなかった。
「いま忙しいんだ。避難なんてしてる暇は無い」
「これから買い物なんだ」
住民の殆どが避難勧告に従わず、いつも通りに過ごしていた。だがディアルート家のサリアンは、支持者と共に避難する事にした。
「貴方達の指示に従います。病院にいる重病人の搬送も手伝ってください」
「分かりました」
サリアンに頼まれた財団職員達は、すぐに医師や看護師と協力して重病人の搬送を開始した。搬送はスムーズに進み、協力した医療関係者達とサリアンとその支持者達はエリア015に避難した。
「患者はこちらの病院に搬送してください」
「こちらの医療設備も整っていますね…ありがとうございます」
エンシャント財団によって搬送がスムーズに進んだ事により、患者の容体が悪化する事は無かった。サリアンと支持者、医療関係者達はエリア666ジオフロントの異常な負荷値が消失するまで、エリア015に留まる事になった。
「来ましたが…何を手伝えばいいですか?」
「昏睡状態の患者の身元確認をお願いしますわ」
秋亜に頼まれた巴は医療関係者に、患者の身元を確認した。その中に“ペルタ・フォン・アルタイル”という名前を見つけた。
「この子が昏睡状態になった原因は?」
「不明です…仮想現実にログインしている最中にこの状態になったという事しか分かっていません」
アナザーアースにあるのはデータと化した魂だけだが、まだ希望はある。ペルタを目覚めさせる事が出来るかもしれないのだ。
「サリアンさん、エリア666から避難したのはここにいる人達だけでしょうか?」
「ええ…他の大多数の市民は、普段通りに過ごしているみたいです」
ーー
既に時刻は20時になっていたが、エリア666ではいつも通りの日常が続いていた。一方で管理用ジオフロントの負荷は、既に限界に近づいていた。
「これは子供の誕生日プレゼントなのでラッピングをお願いします」
「全くあのハゲ課長のせいで…」
ささやかな幸せがある事もストレスにまみれた日常が続く事も、誰も疑っていなかった。彼らが暮らしている場所の地下が、もうすぐ終焉をもたらすとも知らずに。
ーー
軌道エレベーターに建設されたシティOIは中層圏に位置している。そこから見下ろすかつて青かった星の地表の殆どは、灰色の活動圏に覆われている。
「ナガレ…本当にエリア666は…」
「うん、とんでもない事になる。かなりの数の人間が死ぬよ」
シティOIの端にある古い展望台で、2人の少女がエリア666の方角を見ていた。キーリアはさほど嫌そうな表情をせず、ナガレの指示に従っていた。
「これが本当に正しい事なの?」
「倫理については知らないけど、アナザーアースの本来の用途だよ」
ナガレは楽しそうに上の星空と下の地表を眺めていた。これから地上で起きる悲劇に期待している様に。
ーー
「な、何だ!」
突如エリア666を襲ったのは大きな震動だった。遂に管理用ジオフロントが限界に達してしまったのだ。
「いつまで揺れるんだ?!」
地面の揺れは収まらず、金属の上に建てられた活動区域が割れ始めた。それどころか、地盤の下にある金属まで割れてしまった。
エリア666にいた誰もが世界の滅亡を確信した。実際には世界は滅ばなかったが、彼らは1人残らず死に至る事になる。
エリアの地上に強烈なプラズマが発生し、次の瞬間には爆風が吹き荒れた。高音のプラズマが地上で既に発生していた火事で着火した事によって、エリア666の地上を吹き飛ばす爆発が起きたのだ。
高層階にいた人々は、地上で死んだ者よりも数秒間だけ長く生きる事が出来た。彼らはパニックに陥って、何処かへ逃げようと走った。
だがエネルギー貯蔵庫のタンクも破壊されて、流出した粒子が人々を襲った。粒子は人体の内部から破壊して、肉体が変色した人々はあっという間に死んでいった。
爆風と有毒粒子によってエリア666の住民は死滅した。生命が死に絶えた後も、爆風が地上を薙ぎ払い続けた。
隣のエリアの住民は、破滅の一部始終を見せられる事になった。だがエリア665とエリア667のジオフロントは正常に機能して防衛システムが働いたので、彼らは驚くほど無事だった。
ーー
エリア666を襲った大惨事は、すぐに中継が開始された。現実世界だけじゃなくて、アナザーアースでも中継映像が流れた。
「何…あれ…」
「どうなっている?!」
世界中の人々が、突然の悲劇に言葉を無くしていた。エリアを破壊する大規模な爆発など、誰も予想していなかったのだ。
「巴…こんなの本当に予想できてたの?」
「…最悪のケースとして、予想してた」
巴はジオフロントを狙ったテロが発生した場合も想定していた。だが彼女は事態は想定していたが、凄惨な光景は予想できていなかった。
ーー
(ジオフロントへの過負荷で、こんな事になるなんて…)
家で本を読んでいた桃香は、鼎からのメッセージを読んでモニターにニュースを表示した。凄惨な中継映像を見て、彼女も言葉を無くしていた。
(そうだ、ハンター達は…リアルでの連絡先は教えてもらってたから…)
桃香はすぐに賭場の仲間が使っているSNSのアカウントに無事か確かめる為の投稿をした。尤もエリア666からログインしていたのなら、とっくに手遅れなのだが。
『賭場の皆、無事?』
……
『桃香か!?今忙しいんだよ!』
意外とすぐに返信が来て、桃香はとりあえずほっとした。桃香は今何処にいるのか、彼に聞いてみる事にした。
『エリア013!今はテリトリーに侵入したチンピラと戦ってる最中だ!』
治安の悪さで特に有名なのが、エリア013だった。仮想現実でもブラックエリアの賭場にいる連中にはピッタリかも知れない。
『そういえば桃香は何処にいるんだ?』
『エリア003』
『へぇ、リアルじゃ見かけないと思ったらそんな栄えたエリアで暮らしてるんだな』
『表向きにはボク学生だから』
取り敢えず賭場の仲間の無事を確認できて、桃香はほっとしていた。さらに彼女は、アカウントの凍結解除を運営に問い合わせている事を彼らに伝えた。
『まあこのご時世、アナザーアースを使えないのは不便すぎるからな』
『リアルでもそんな感じなら、ブラックエリアから足を洗う気も無いんでしょ?』
『そりゃそうだろ…おい、中継映像見てみろ』
『え…?』
ーー
ようやく爆風が落ち着いたエリア666には、もはや生命の気配は感じられなかった。後に残されていたのは、灰色になったエリアの跡地だけだった。
不毛の地になったはずのエリア666だったが、立体映像が表示され始めた。それは何処かの街並みの様にも見える映像だった。
ーー
「すごい綺麗な星空~」
「そうだね…」
アナザーアースでデート中の男女が、タワーの上で空を見上げて星を眺めていた。だが普段のアナザーアースの星空とは違う事に気づいていない。
「ホントにリアルだよね」
「…あれ、映像じゃないのか?」
男性の方がアナザーアースの夜空の違和感に気づいた。その星空に、映像とは違うリアリティがある気がしたのだ。
「ねぇ、何でアナザーアースなのに他のエリアが見えるの?」
「そういうイベント…?いやスケジュールにはそんな予定無かったはずだ」
タワーから見える夜景は、いつの間にかアナザーアースのものではなくなっている。まるでいつの間にか現実世界に移動してしまったみたいだ。
ーー
『爆風が収まったエリア666に何か映像の様なものが浮かび上がっています!』
『何でしょう…あれは…?』
まだエリア666の中継映像は報道され続けていた。破壊されたエリアの上空に立体映像が現れて、アナウンサーも困惑していた。
ーー
「あれは…」
「…アナザーアースの街並みですわね」
粉微塵になって吹き飛んだ市民とエリアの代わりに現れたのは、アナザーアースの街並みの立体映像だった。とっくに電気設備が破壊されているのに、立体映像は確かにそこにあった。
サリアンも秋亜も中継映像を見ていたが、彼女達もその映像にリアリティを感じる事が出来なかったのだ。間違いなく現実の出来事なのだが、彼女達の想像の範疇を超えていたのだ。
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シティOIではキーリアやナガレ、テロ組織の構成員達が中継映像を見ていた。彼らの多くがアナザーアースの立体映像が現れた事に衝撃を受けていた。
「何が起きてるの…?」
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