Welcome to Another Earth

八神獅童

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第2章 第2話 現実の桃香は

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『いやーメッセージでも良いかなと思ったんだけど、やっぱり電話にしたよ。今どこにいるの?』

「データセンターにいる。家に帰ってから映像付きで話そう」

『データセンター?!じゃあ静かにしなきゃ…』

(ふぅ…いきなり電話がかかって来るなんて)

データセンターとは比べ物にならない程頼りになる相手からの連絡を受け取った鼎は、家に急いだ。こうして現実でも会えた事に驚いていると同時に、色々話したいとも思っていた。

ーー

『家に着いた。通話は映像付きで良いかな?』

『映像付きって言っても、ボクはアバター使うよ』

鼎は桃香との通話に使うカメラのセッティングを始めた。彼女は桃香に現実の自分を見せる事に決めていた。

『ボクはいつでも通話できるけど…本当にボクに顔見せるの?ボクは仮想現実のアバター使うけどいいの?』

『一応、女性だって事を証明しておきたいからね』

鼎は桃香に協力してもらう為に、信頼を勝ち取りたかった。その為なら、素顔を晒す事には何の抵抗も無かった。

ーー

『いや…何というか、アナザーアース内と比べると普通だね』

「普通で悪かったね…仮想現実で美人の姿になってもいいでしょ」

現実世界の鼎の髪はかなりの癖毛で、はっきり言ってしまえばボサボサ頭だった。顔についても美人とは言いがたいもので、これと言った特徴も無かった。

「そっちも現実じゃ猫耳なんて生えてないし、フツーの顔なんじゃないの?」

『いやいや、ボクは現実でもとても美しい顔で男にも女にも言い寄られて…』

「はぁ…」

『そんな本気で呆れなくても…』

鼎は、どんだけナルシストなんだと思って、桃香に驚きながらも、お互いの事を少しずつ明かすべきだと考えていた。最早、ブラックエリアに関わっているから協力は控えるべきという問題では無い。

「私はエリア007で暮らしてるの」

『007…確かジャパンの文化遺産がある所だよね』

桃香は世界遺産には興味があり、大々的に観光資源として押し出されていない所がある事も知っていた。彼女は人が多くてゴチャゴチャした所は好みでは無かったので、007は好きな土地だった。

『神社を見に行ったりしたかな。静かで暮らしやすそうな所だよね』

「桃香は何処に住んでるの?もっと栄えてるエリア?」

『エリア003だよ』

「003って、デカいソーラーパネルがある所だよね」

エリア003には全域の電力を賄える、花を象った巨大ソーラーパネルが存在する。ソーラーパネルが存在する雪月花区は観光名所として、特に有名な場所である。

『ボクが住んでいる所からもよく見えるよ。ソーラーパネルがある窪地の近くの街に住んでるんだ』

「毎日見てると飽きるでしょ」

『そうなんだよ。特に年末年始は観光客が本当に沢山来るから、何処もかしこも混むし…』

「別のエリアに引っ越したくなる…って程じゃないの?」

桃香は少しの間黙って、別のエリアで暮らしている自分を想像してみた。やっぱり自分が他の土地で暮らしているというのを考えるのは、難しかった。

『それはないかな。やっぱり003は好きな土地だし』

「…他のエリアに移住するのも、結構大変だからね」

それぞれ住んでいる場所が分かったので、桃香はどんな暮らしをしているのか聞いてみる事にした。生まれ育った環境によって、本当はどんな性格かある程度分かるからだ。

『鼎サンは現実の方はどんな所に住んでるの?』

「アパート、一人暮らしするには十分」

『ボクは大きい家で悠々自適に暮らしてるよ!一緒に住む?移住は大変だけど、大きい家に住めれば…』

「ちょっと待って、他の家族はどうしてるの?」

桃香が相当な金持ちである可能性は分かったが、親はどうしているのかが気になった。自分の子供に好きにやらせているという事は放任主義なのか、或いは子供への関心を失っているのか…

『鼎サンの家族はどうしてるの?』

「もう…いない」

『そっか、ボクも家族とは仲良くないんだよね…』

「…あなたは現実だと何してるの?私はアナザーアースで探偵の仕事してるから、現実は基本休憩時間だけど」

鼎の両親は既に亡くなっていて、いるのは遠縁の親戚だけだった。親戚からの援助も特に無かったので、贅沢な暮らしはとても出来ない。

『一応、学校に通ってるよ』

「え…大人じゃないの…というか、もっとアウトローな奴だと思ってた」

『ブラックエリアでドンパチやってても、リアルだと普通の人ってのは良くあるよ。ボクは普通じゃないけど』

「確かにそうね…」

現実で困ってるから、ブラックエリアで働いている人もいる。認識を改めなければいけないと、鼎も理解していた。

『ボクは生活に困ってる訳じゃ無いけどね。ブラックエリアじゃないとできない事があるから』

「あんな犯罪の温床じゃないとできない事って何?」

画面に映る桃香のアバターは、また黙ってしまった。鼎は、相手のことを考えずに次々質問した自分の事を反省しながら、桃香の言葉を待った。

『…食べ物の話題が良いな。鼎サンは普段どんなもの食べてるの?』

「冷凍食品、インスタント食品、ストアで買った惣菜」

『ボクは喫茶店で美味しいカレーを食べて来たよ』

「ちょっと写真見せて欲しいな…」

桃香が食べたカレーは、黒っぽくサラリとしたシンプルなカレーだった。見た感じの具材は、豚肉と玉葱だけに見えるが…

『見た目じゃ分からないけど、他にも色んな野菜を煮込んでるみたいなんだ。すごくコクがあって美味しいんだよ』

「喫茶店のカレーね…私が気づいてないだけで、近所に美味しい店あるのかも」

鼎は現実だとあまり食事に関心が無いタイプだった。仮想現実だと食べ物の味は再現できていても、実際に腹を満たせる訳では無いので、現実に戻って食事をする必要がある。

『ホント鼎サンも気をつけてね。ずっと飲まず食わずでアナザーアースにログインしっぱなしで、病院に搬送された奴もいるんだから』

「分かってる…健康には気をつけないとね」

ーー

『ブラックエリアじゃないと成し遂げられない事って、何?』

「またその話に戻るのかい…」

桃香は自分の目的については、あまり喋りたくなかった。自分の身体のコンプレックスに直結する話になってしまうからだ。

「ボクは現実のボクが嫌いなんだ。だから、仮想現実の方が居心地が良いし、やりたい事も見つかるんだ」

『それで仮想現実を気に入っているのね…でもなんでブラックエリアに出入りしてるの?アナザーアースのルールを守る気は無いの?』

「ルールを守って仮想現実を満たすだけじゃ、ボクは満たされない。仮想現実から戻れば、望まない身体に逆戻りだもん」

『望まない身体…ひょっとしてアナザーアースで女の子のアバターを使ってる理由は身体の性別が…』

「それ以上は口にしないで」

桃香にとってそれは、どうしても触れて欲しくない事だった。鼎も今は、これ以上踏み込むべきでは無いと、即座に理解した。

ーー

『あの技術が手に入れば…思わぬ形で望みが叶うかもしれないんだ』

(まさか、仮想現実での出来事が反映されるとか…)

桃香が何をしようとしているのか、今の鼎には見当もつかなかった。この時代においても、仮想現実での出来事を現実世界に完全に反映させる事など出来なかったからだ。

『まぁ、ブラックエリアでの目的はまだナイショという事にしておくよ』

「いつかは、教えてもらうから」

ブラックエリアで何かとんでもない事をしでかすつもりなら、桃香の事を放っておく訳にはいかなかった。一応、鼎にも"正義の探偵"としての矜持があったのだ。

『そう言えば、気分転換したい時にはどうしてる?』

「散歩」

『ボクも気晴らしに近くの公園に行く事はあるよ。いくら見飽きててもあのソーラーパネルはやっぱり綺麗だし』

「近所の景色って、意外と飽きないよね」

結局、鼎と桃香の話題は、他愛の無いものへと変化していった。それぞれのエリアの見所や、結局007には見所があまり無いという話になった。

『たまにソーラーパネルの根本の桜雪庭苑にも行くんだよね。桜咲いてなくても、暖かくて落ち着くよ』

「あそこ、結構高い入園料取られるんじゃ…」

桜雪庭苑は003の名所だが、入園するのは裕福な人ばかりである。桃香が裕福な家で生まれ育った事は、何となく察する事が出来たが…

『ブラックエリアで色々売買してるうちに、金持ちになったんだよ。ぼったくり商品を何も知らずに買ってくれる人がいると、嬉しいねぇ!』

「それは聞きたくなかった…」

『たまに連絡つかない時は、桜雪庭苑でネットから離れてると思ってよ』

「ネットから離れる…私もたまにはやった方が良いかも」

鼎は現実世界で、画面越しではあるが桃香と会話できて、なぜか嬉しくなっていた。彼女はアナザーアース外での、人間関係に乏しい状態にあったのだ。

ーー

『愛莉が現実で昏睡状態に陥ってるの。救出するのは私1人じゃ無理だから手伝ってくれない?』

「ブラックエリア関係だったら、出来る事があるかもしれないけど…現実だと何処に住んでるか分かる?」

『エリア013』

「あの治安が悪いところね…そろそろ仕事もあるから、続きはまた今度にしない?」

『それもそうだね、また明日…かな?』

「近い内にまた話そう。愛莉チャンの件は早くしないと手遅れになりそうだから…じゃあね」

通話が終わり桃香はアナザーアース、ブラックエリアへと向かう。

(友達みたいなの、初めてだな…愛莉チャンの事もちゃんと協力しようかな)

桃香は、鼎の事を自分が今まで会った事のないタイプの人だと認識していた。

だからこそ、これからも彼女に協力したいと思い始めていた。
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