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ヤクザの影 003セントラルステーションにて
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8011年6月16日、俺はエリア003の中央駅…セントラルステーションにて、アルバイトをしていた。高校を卒業した俺は洋食店で働くだけでなく、アルバイトをして金を稼いでいた。
(この駅にも色んな店があるよな…)
セントラルステーションは、様々なエリアへ向かう為の高速鉄道に乗る事もできる駅である。多くの人が行き交うこの駅には、様々な種類の店があった。
(帰る前に、色々見てみるか)
俺は折角なので、セントラルステーションの中を見て回る事にした。アルバイトの為に訪れた事は何回かあったが、店を見て回った事は無かったのだ。
(ここのOLDstarは広めだな…)
ここに出店しているOLDstarの店舗は、092に出店していたものと比べて広かった。中央駅である以上、多くの客足を見込めるからだ。
(色んなエリアの人が、店を出してるんだな…)
駅の構内には別のエリアから来た人の出店も多かった。見た事のない雑貨や、不思議な意匠が施されたアクセサリーなど、興味を惹く物は多々あった。
(やっぱり…怪しい雰囲気の奴らもいるよな)
人通りが少ない所には、柄の悪そうな男達がいた。そうした人達の近くには、怪しげな店が数多く開いていた。
「おい!何見てんだよ!」
「すいません…」
男の一人が俺に対して怒鳴ってきたので、俺はすぐにその場を立ち去った。ああいったものには、これ以上関わる必要はない。
俺は怪しい雰囲気の場所を出て、人通りが多い所に戻って来た。そろそろ帰ろうと思って駅を出ようとしたら、何かを運搬している男達が地下に向かっているのを見かけた。
(いかにも怪しい雰囲気だな…)
セントラルステーションの地下街はガイドマップにも載っていたが、評判はあまり良くなかった。まるでスラム街のような場所で、この土地に慣れていない観光客が、スリの被害に遭ったという話も良く聞いていた。
(行ってみよう…今日は盗られても困る物は持ってないし)
この日は駅にアルバイトに来ていただけなので、現金以外に貴重品は持っていなかった。俺は思い切って、地元の人間以外は近寄らない地下街へと行ってみる事にした。
俺はまず地下道へと行ってみたが、この時点で臭かった。吐瀉物の臭いが漂う地下道を訪れた時点で、俺は帰りたくなった。
(とは言え、一度は見てみたい…)
ラノベの主人公達は、この様な目には何度も遭っている。そう思って臭いを我慢しながら、俺は地下道を進み続けた。
(何だか、賑やかになって来た…)
地下道の先に光が見えて来ると、人々の声が聞こえ始めた。どうやらこの先の地下街は、かなり活気がある場所の様だ。
(意外と明るい雰囲気だな…)
セントラルステーションの地下街には、地上には無いような店がいくつもあった。串焼き屋もあれば、ラーメンを売っている屋台もあった。
(いい匂いだ…折角だし、食べてみるか)
俺は「龍麟」という看板を立てていたラーメンの屋台に立ち寄ってみた。大学生と思われる2人の男が、既にラーメンを食べていた。
「隣、いいですか」
「いいですよ…」
屋台だから仕方ないが、席は三つしか無く間隔も狭かった。丸刈りでは無い方の男に念の為聞いてみたが、いいと言ってくれたので座る事にした。
「何だ?ここに慣れて無いのか?」
「少し前からこの近くに住んでいますが…ここに来るのは初めてです…」
丸刈りの方の男が俺に聞いて来たので、素直に答えた。顔は厳ついが、そこまで怖い人では無さそうだった。
「三浦先輩よくそんな風に知らない人に絡みにいけますね…」
「木村が大人しすぎるだけだろ」
2人の男が会話をしている横で、俺はラーメンを頼む事にした。拉麺(ラーメン)は1種類だけで、他のメニューは叉焼麺(チャーシューメン)や大蒜(にんにく)、玉子(たまご)などだった。
「ラーメンを一つ」
俺は他のものは頼まず、無難にラーメン一杯を頼んだ。ここのラーメンがどれほど美味しいかは、まだ分からないからだ。
この屋台のラーメンは、昔ながらの醤油ラーメンだった。物凄く美味しい訳ではないが、安心感を感じられる味だった。
(具材はチャーシューと大蒜…それから玉子か)
具材も奇抜では無く、堅実かつシンプルなものだった。特別な品では無かったが、俺は醤油ラーメン自体が好きだったので、美味しく食べる事ができた。
「ここのラーメン、美味かっただろ」
「はい、中々美味しかったです」
俺は三浦先輩と呼ばれていた男に、ラーメンの感想を聞かれた。そこそこ美味しく食べれた俺は、正直な感想を伝える事にした。
「気をつけてくださいね。ここ、スリの他にも恐い話を聞きますし…」
「スリへの注意喚起は知ってますが…」
木村と呼ばれていた男は、俺に対しても丁寧に接していた。木村は話を続けようとしていたが、三浦が割って入って来た。
「この辺で人身売買が行われてるって噂か?」
「あれって…」
三浦は人身売買の噂についての話題を口にしようした時に、俺は先程の男達を見かけた。ただでさえ暗い地下街の中の、さらに暗い場所へと運び込もうとしている様だ。
「人を売ろうとしてるんじゃないか?」
「なんだって…」
三浦は最初は驚いていたが、すぐに後を追い始めた。俺も続こうとしたが、木村は躊躇している様子だった。
「ちょっと待って下さい!本当に行くんですか?!」
「行くだろ!俺もお前も何のために空手やってんだよ?!」
そう言われた木村は仕方なさそうに、俺達の後をついて来た。どうやら、三浦達は空手をやっているらしかった。
追った先にいた男達は椅子に座って、何やら話し込んでいる様子だった。どうやら取引についての話をしているらしかった。
「これは017に送るんだったな」
「ああ、買い手の男は病的なロリコンらしいぜ」
俺は男達の話を聞いていたが、中々動き出す事ができなかった。男達は話をしながらも、時折ケースの方を見ているからだ。
「ああ…薬と12歳の少女を依頼するなんて、普通じゃねぇよな」
「このガキの値段は安くても仕方ねぇよ。顔も大して可愛くないし。問題は俺達への報酬だよ…労働と対価のバランスが崩れてやがる…」
やはり、017に送るケースの中身は人間である事が確定した。今にも飛び出して行きそうな三浦を、木村が必死に抑えている。
「まぁ、このガキも薬吸わせたらすぐに興奮したからな。ロリコンの物になれたら、それはそれで幸せなんじゃね?」
「おいビースト。いつまで騒いでいるんだ」
男の片方をビーストと呼んだ男は、彼らの上司の様だった。男達は途端に大人しくなって、ケースを再び運び始めたのだ。
「追いかけるぞ。あいつらを倒してケースに閉じ込められている子を助ける」
「三浦先輩、相手は銃を持っています」
飛び出そうとする三浦を、木村が冷静に説得していた。今すぐ助けたい気持ちは、俺も三浦と同じだった。
「じゃあこのまま見て見ぬ振りか?」
「匿名で通報する」
「この人の言う通りです。脱出しましょう」
説得を受けた三浦と一緒に、俺達はその場を脱出した。逃げる時も見つからない様に慎重に動きながら、出口へ向かった。
「匿名のメッセージにこの動画を添付しました。これで警察もすぐに動くと思います」
「おお…すげぇな」
木村は不審な男達を追いかけ始めた時から、動画撮影機能をオンにしていたようだ。男達とケースだけで無く、俺達が通った道もしっかりと写っていた。
「しかし本当に疲れましたね…」
「本当に恐ろしかった…」
木村と三浦、そして俺は一気に疲労感に襲われた。ヤクザのアジトに潜入していた以上、何があってもおかしく無かったのだ。
「そうだ。お前の名前は?」
「エドガーです。この位置にある洋食店に住み込みで働いているんだ」
「洋食店ですか…」
三浦に名前を聞かれたので、俺は名前を名乗ると同時に、地図を見せて自分が住んでいる洋食店の位置を示した。木村も洋食店と聞いて、興味が湧き始めたようだ。
「今度練習帰りに寄ってみるぜ」
「その時は、よろしくお願いします」
三浦と木村は俺が働いている洋食店に、来てくれるようだ。既に夕方だったので、今回は2人ともそのまま帰る事にしていた。
「俺は三浦だ。また会おうな」
「僕は木村です…あなたが働いている洋食店には、近いうちに行きます」
「うん。またね」
俺は三浦達と別れた後は、真っ直ぐ家に帰る事にした。通報した結果、ヤクザのアジトがどうなったか、気になっていたのだ。
「ただいま」
「おかえり。地下街に行ったんだね」
エドワードさんに聞かれたので、地下街の屋台でラーメンを食べた事や、三浦や木村と知り合いになった事を話した。流石に、ヤクザのアジトに潜入した事は伝えなかった。
その晩、俺は最新のニュースを見ていると、ヤクザに関するニュースを見つけた。エリア003における、大規模なヤクザへの摘発だった。
人身売買を行おうとしていたヤクザ達は逮捕されて、エリア017へと輸送されそうになっていた少女は救出された。他にも誘拐した少女達を利用して、児童売春を行なっていた違法風俗店の摘発が9件もあった。
「でも…まだ全て解決したわけじゃない」
12歳の少女を購入しようとした買い手の男は、エリア017に居るらしく、これから捜索が行われるとの事だった。買い手の元に送られる前に救出された少女も、薬を飲まされていたせいでまだ入院しているらしい。
ニュースでは、大規模摘発の決め手となった映像も公開されていた。やはり、木村が撮っていた映像が捜索開始の口実となった様だ。
婆ちゃんからは、俺の事を心配するメッセージが来ていた。いつでも帰って来ていいという内容だったが、俺は大丈夫だと返信した。
カエデからも、被害者の少女達を心配するメッセージが届いていた。カエデによると被害者達は、エリア013で行方不明になっていた少女らしい。
(救出されたからと言って、被害者の心の傷が治る訳じゃないからな…)
児童売春の被害者となった少女達が健やかな人生を取り戻すのは、不可能に近い。こうした少女達がまた売春を強要されない為にも、精神面でのケアが重要だった。
「うまいぞコレ!」
「地下街の食べ物みたいに味が濃すぎないので、食べやすいです」
6月20日の夜、地下街の屋台で出会った三浦と木村が洋食店にやって来た。三浦はオムライスを頼み、木村はカレーライスを頼んでいた。
「もっと繁盛しててもいいのに…」
三浦と木村は美味いと言っていたが、俺にとってはそこそこと言ったところだった。もっと美味しいレストランもあるし、客が少ないのはしょうがないだろう。
「空手部って大変なんですか?」
「すげぇキツイぞ…」
「本当に疲れますよね…」
三浦達は元々空手を習っていたが、大学の空手部にも入部しているらしい。三浦達がいる部での練習は、かなり厳しいみたいだった。
「エドガー君は空手の前に基礎体力を…」
「分かっています…」
最近は俺も運動を再開して、木村達と一緒に軽くジョギングをしている。基礎的な体力が無いと、いくら空手を習っても活かしづらいからである。
「またなエドガー」
「体力をつける事も無理をしないで下さい。自分のペースでやって行けばいいんです」
「うん、じゃあね」
三浦達は会計の後、俺に挨拶をして洋食店を去って行った。彼らと共にヤクザのアジトに忍び込んだ事は、誰にも言っていない。
その日の夜、俺は自身の小説にこの前の地下街での出来事を、書き加えていた。あの様な体験はもう二度としたく無いが、小説の要素としては最適だった。
(事実は小説よりも奇なり…ってか)
以前書いていた官能小説にも人身売買の要素を出した事があるが、それは読者の性欲を満たすための描写だった。現実での人身売買は被害者のその後の人生の悲惨さもあって、とても凄惨なものなのだ。
(自分達には関係ないって、思わない事が大事だよな)
関係ないからと見て見ぬ振りをするのではなく、自分に出来る事を探す事が大事である。具体的な行動を取れなくても、他の人から情報を聞いて現状を知るだけでも意味はあると俺は考えている。
(奴隷市場の解放…サイドストーリーとしては、丁度いいな)
俺は奴隷の解放をテーマにした番外編を書き終えた。番外編ではあるが、かなり力の入ったシナリオになっていた。
(取り敢えずシャワーを浴びて来よう)
俺は深刻なテーマを扱う部分を書いて疲れていた。取り敢えずシャワーを浴びて、寝る支度を始める事にした。
(爺ちゃんに友達が出来たってメッセージ送っとこう)
俺は爺ちゃんに、三浦や木村と知り合った事についてメッセージを送った。爺ちゃんからの返信を見た後、俺は眠りについた。
(この駅にも色んな店があるよな…)
セントラルステーションは、様々なエリアへ向かう為の高速鉄道に乗る事もできる駅である。多くの人が行き交うこの駅には、様々な種類の店があった。
(帰る前に、色々見てみるか)
俺は折角なので、セントラルステーションの中を見て回る事にした。アルバイトの為に訪れた事は何回かあったが、店を見て回った事は無かったのだ。
(ここのOLDstarは広めだな…)
ここに出店しているOLDstarの店舗は、092に出店していたものと比べて広かった。中央駅である以上、多くの客足を見込めるからだ。
(色んなエリアの人が、店を出してるんだな…)
駅の構内には別のエリアから来た人の出店も多かった。見た事のない雑貨や、不思議な意匠が施されたアクセサリーなど、興味を惹く物は多々あった。
(やっぱり…怪しい雰囲気の奴らもいるよな)
人通りが少ない所には、柄の悪そうな男達がいた。そうした人達の近くには、怪しげな店が数多く開いていた。
「おい!何見てんだよ!」
「すいません…」
男の一人が俺に対して怒鳴ってきたので、俺はすぐにその場を立ち去った。ああいったものには、これ以上関わる必要はない。
俺は怪しい雰囲気の場所を出て、人通りが多い所に戻って来た。そろそろ帰ろうと思って駅を出ようとしたら、何かを運搬している男達が地下に向かっているのを見かけた。
(いかにも怪しい雰囲気だな…)
セントラルステーションの地下街はガイドマップにも載っていたが、評判はあまり良くなかった。まるでスラム街のような場所で、この土地に慣れていない観光客が、スリの被害に遭ったという話も良く聞いていた。
(行ってみよう…今日は盗られても困る物は持ってないし)
この日は駅にアルバイトに来ていただけなので、現金以外に貴重品は持っていなかった。俺は思い切って、地元の人間以外は近寄らない地下街へと行ってみる事にした。
俺はまず地下道へと行ってみたが、この時点で臭かった。吐瀉物の臭いが漂う地下道を訪れた時点で、俺は帰りたくなった。
(とは言え、一度は見てみたい…)
ラノベの主人公達は、この様な目には何度も遭っている。そう思って臭いを我慢しながら、俺は地下道を進み続けた。
(何だか、賑やかになって来た…)
地下道の先に光が見えて来ると、人々の声が聞こえ始めた。どうやらこの先の地下街は、かなり活気がある場所の様だ。
(意外と明るい雰囲気だな…)
セントラルステーションの地下街には、地上には無いような店がいくつもあった。串焼き屋もあれば、ラーメンを売っている屋台もあった。
(いい匂いだ…折角だし、食べてみるか)
俺は「龍麟」という看板を立てていたラーメンの屋台に立ち寄ってみた。大学生と思われる2人の男が、既にラーメンを食べていた。
「隣、いいですか」
「いいですよ…」
屋台だから仕方ないが、席は三つしか無く間隔も狭かった。丸刈りでは無い方の男に念の為聞いてみたが、いいと言ってくれたので座る事にした。
「何だ?ここに慣れて無いのか?」
「少し前からこの近くに住んでいますが…ここに来るのは初めてです…」
丸刈りの方の男が俺に聞いて来たので、素直に答えた。顔は厳ついが、そこまで怖い人では無さそうだった。
「三浦先輩よくそんな風に知らない人に絡みにいけますね…」
「木村が大人しすぎるだけだろ」
2人の男が会話をしている横で、俺はラーメンを頼む事にした。拉麺(ラーメン)は1種類だけで、他のメニューは叉焼麺(チャーシューメン)や大蒜(にんにく)、玉子(たまご)などだった。
「ラーメンを一つ」
俺は他のものは頼まず、無難にラーメン一杯を頼んだ。ここのラーメンがどれほど美味しいかは、まだ分からないからだ。
この屋台のラーメンは、昔ながらの醤油ラーメンだった。物凄く美味しい訳ではないが、安心感を感じられる味だった。
(具材はチャーシューと大蒜…それから玉子か)
具材も奇抜では無く、堅実かつシンプルなものだった。特別な品では無かったが、俺は醤油ラーメン自体が好きだったので、美味しく食べる事ができた。
「ここのラーメン、美味かっただろ」
「はい、中々美味しかったです」
俺は三浦先輩と呼ばれていた男に、ラーメンの感想を聞かれた。そこそこ美味しく食べれた俺は、正直な感想を伝える事にした。
「気をつけてくださいね。ここ、スリの他にも恐い話を聞きますし…」
「スリへの注意喚起は知ってますが…」
木村と呼ばれていた男は、俺に対しても丁寧に接していた。木村は話を続けようとしていたが、三浦が割って入って来た。
「この辺で人身売買が行われてるって噂か?」
「あれって…」
三浦は人身売買の噂についての話題を口にしようした時に、俺は先程の男達を見かけた。ただでさえ暗い地下街の中の、さらに暗い場所へと運び込もうとしている様だ。
「人を売ろうとしてるんじゃないか?」
「なんだって…」
三浦は最初は驚いていたが、すぐに後を追い始めた。俺も続こうとしたが、木村は躊躇している様子だった。
「ちょっと待って下さい!本当に行くんですか?!」
「行くだろ!俺もお前も何のために空手やってんだよ?!」
そう言われた木村は仕方なさそうに、俺達の後をついて来た。どうやら、三浦達は空手をやっているらしかった。
追った先にいた男達は椅子に座って、何やら話し込んでいる様子だった。どうやら取引についての話をしているらしかった。
「これは017に送るんだったな」
「ああ、買い手の男は病的なロリコンらしいぜ」
俺は男達の話を聞いていたが、中々動き出す事ができなかった。男達は話をしながらも、時折ケースの方を見ているからだ。
「ああ…薬と12歳の少女を依頼するなんて、普通じゃねぇよな」
「このガキの値段は安くても仕方ねぇよ。顔も大して可愛くないし。問題は俺達への報酬だよ…労働と対価のバランスが崩れてやがる…」
やはり、017に送るケースの中身は人間である事が確定した。今にも飛び出して行きそうな三浦を、木村が必死に抑えている。
「まぁ、このガキも薬吸わせたらすぐに興奮したからな。ロリコンの物になれたら、それはそれで幸せなんじゃね?」
「おいビースト。いつまで騒いでいるんだ」
男の片方をビーストと呼んだ男は、彼らの上司の様だった。男達は途端に大人しくなって、ケースを再び運び始めたのだ。
「追いかけるぞ。あいつらを倒してケースに閉じ込められている子を助ける」
「三浦先輩、相手は銃を持っています」
飛び出そうとする三浦を、木村が冷静に説得していた。今すぐ助けたい気持ちは、俺も三浦と同じだった。
「じゃあこのまま見て見ぬ振りか?」
「匿名で通報する」
「この人の言う通りです。脱出しましょう」
説得を受けた三浦と一緒に、俺達はその場を脱出した。逃げる時も見つからない様に慎重に動きながら、出口へ向かった。
「匿名のメッセージにこの動画を添付しました。これで警察もすぐに動くと思います」
「おお…すげぇな」
木村は不審な男達を追いかけ始めた時から、動画撮影機能をオンにしていたようだ。男達とケースだけで無く、俺達が通った道もしっかりと写っていた。
「しかし本当に疲れましたね…」
「本当に恐ろしかった…」
木村と三浦、そして俺は一気に疲労感に襲われた。ヤクザのアジトに潜入していた以上、何があってもおかしく無かったのだ。
「そうだ。お前の名前は?」
「エドガーです。この位置にある洋食店に住み込みで働いているんだ」
「洋食店ですか…」
三浦に名前を聞かれたので、俺は名前を名乗ると同時に、地図を見せて自分が住んでいる洋食店の位置を示した。木村も洋食店と聞いて、興味が湧き始めたようだ。
「今度練習帰りに寄ってみるぜ」
「その時は、よろしくお願いします」
三浦と木村は俺が働いている洋食店に、来てくれるようだ。既に夕方だったので、今回は2人ともそのまま帰る事にしていた。
「俺は三浦だ。また会おうな」
「僕は木村です…あなたが働いている洋食店には、近いうちに行きます」
「うん。またね」
俺は三浦達と別れた後は、真っ直ぐ家に帰る事にした。通報した結果、ヤクザのアジトがどうなったか、気になっていたのだ。
「ただいま」
「おかえり。地下街に行ったんだね」
エドワードさんに聞かれたので、地下街の屋台でラーメンを食べた事や、三浦や木村と知り合いになった事を話した。流石に、ヤクザのアジトに潜入した事は伝えなかった。
その晩、俺は最新のニュースを見ていると、ヤクザに関するニュースを見つけた。エリア003における、大規模なヤクザへの摘発だった。
人身売買を行おうとしていたヤクザ達は逮捕されて、エリア017へと輸送されそうになっていた少女は救出された。他にも誘拐した少女達を利用して、児童売春を行なっていた違法風俗店の摘発が9件もあった。
「でも…まだ全て解決したわけじゃない」
12歳の少女を購入しようとした買い手の男は、エリア017に居るらしく、これから捜索が行われるとの事だった。買い手の元に送られる前に救出された少女も、薬を飲まされていたせいでまだ入院しているらしい。
ニュースでは、大規模摘発の決め手となった映像も公開されていた。やはり、木村が撮っていた映像が捜索開始の口実となった様だ。
婆ちゃんからは、俺の事を心配するメッセージが来ていた。いつでも帰って来ていいという内容だったが、俺は大丈夫だと返信した。
カエデからも、被害者の少女達を心配するメッセージが届いていた。カエデによると被害者達は、エリア013で行方不明になっていた少女らしい。
(救出されたからと言って、被害者の心の傷が治る訳じゃないからな…)
児童売春の被害者となった少女達が健やかな人生を取り戻すのは、不可能に近い。こうした少女達がまた売春を強要されない為にも、精神面でのケアが重要だった。
「うまいぞコレ!」
「地下街の食べ物みたいに味が濃すぎないので、食べやすいです」
6月20日の夜、地下街の屋台で出会った三浦と木村が洋食店にやって来た。三浦はオムライスを頼み、木村はカレーライスを頼んでいた。
「もっと繁盛しててもいいのに…」
三浦と木村は美味いと言っていたが、俺にとってはそこそこと言ったところだった。もっと美味しいレストランもあるし、客が少ないのはしょうがないだろう。
「空手部って大変なんですか?」
「すげぇキツイぞ…」
「本当に疲れますよね…」
三浦達は元々空手を習っていたが、大学の空手部にも入部しているらしい。三浦達がいる部での練習は、かなり厳しいみたいだった。
「エドガー君は空手の前に基礎体力を…」
「分かっています…」
最近は俺も運動を再開して、木村達と一緒に軽くジョギングをしている。基礎的な体力が無いと、いくら空手を習っても活かしづらいからである。
「またなエドガー」
「体力をつける事も無理をしないで下さい。自分のペースでやって行けばいいんです」
「うん、じゃあね」
三浦達は会計の後、俺に挨拶をして洋食店を去って行った。彼らと共にヤクザのアジトに忍び込んだ事は、誰にも言っていない。
その日の夜、俺は自身の小説にこの前の地下街での出来事を、書き加えていた。あの様な体験はもう二度としたく無いが、小説の要素としては最適だった。
(事実は小説よりも奇なり…ってか)
以前書いていた官能小説にも人身売買の要素を出した事があるが、それは読者の性欲を満たすための描写だった。現実での人身売買は被害者のその後の人生の悲惨さもあって、とても凄惨なものなのだ。
(自分達には関係ないって、思わない事が大事だよな)
関係ないからと見て見ぬ振りをするのではなく、自分に出来る事を探す事が大事である。具体的な行動を取れなくても、他の人から情報を聞いて現状を知るだけでも意味はあると俺は考えている。
(奴隷市場の解放…サイドストーリーとしては、丁度いいな)
俺は奴隷の解放をテーマにした番外編を書き終えた。番外編ではあるが、かなり力の入ったシナリオになっていた。
(取り敢えずシャワーを浴びて来よう)
俺は深刻なテーマを扱う部分を書いて疲れていた。取り敢えずシャワーを浴びて、寝る支度を始める事にした。
(爺ちゃんに友達が出来たってメッセージ送っとこう)
俺は爺ちゃんに、三浦や木村と知り合った事についてメッセージを送った。爺ちゃんからの返信を見た後、俺は眠りについた。
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