カナナの黙示録

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チャプター9

チャプター9

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「今から三分ほど前―― 正確には、みなさま方の世界時間で二分四十三秒ととゼロ六秒前のことですが―― みなさまの首都トウキョウは完全に機能を停止し、その後、消失しました」
 ヨルドは言った。とてもあっさりとした声で。
「周辺のヨコハナ市、チマ市、カイタマ市、コウツ市、オラワワ市、イサナヅ市―― そのほか首都圏内の主要四十六都市も、すべて同時に消失しました。トウキョウ消失に巻きこまれた人口は、概算で二千七百七万五千と四百と推定されます。そしてこれ以外にも隣接する七十九市町がほぼ同時に消失していますので、それらすべてをあわせたカントウ諸県の人口損失は三千二百万を少し上回る程度と推定されます」
「…程度って―― それ、おい――」
「それってつまり―― トウキョウはもう、ほんとに無いってこと?」
 震える声で、あたしは言った。
「はい。そうです。なくなりました」
「じゃ、そこにいた姉貴―― あたしの姉さんは―― どう、なったの?」
「残念ながらわたくしにも、特定個人の安否情報を収集するほどの余力はありません。ですからあくまでひとつの推論として申し上げますと――」ヨルドが事務的な口調で答える。「よほど特別な幸運にめぐまれた例外事象―― 簡単に言えば、奇跡がそこで起こっていない限り―― おそらくカナナのお姉様も、都市消失に巻きこまれたと考えるのが合理的でしょう」
「それってもう―― 死んだってこと?」
 かさかさに乾いた声で、あたしは言った。
「はい、おそらくは。と、このように申し上げるのは、非常に酷なことだとは理解していますが。わたくしはあまり、カナナに嘘を言える立場にはありませんので――」
 だれもみんな誰ひとり、何も言えなかった。
 ただもうひたすら、黙るしかなかった。

「今から五十一分ほど前に急激に加速した黒化現象は、世界規模での広がりをみせ―― 現時点までに、中国連邦の首都圏および人口集積地のシャンナン州、エンヤン市とグホン市を含めた沿岸都市群の97%、ロシマ連邦の首都圏とサンペトロ副首都圏の大部分、南アジアインディナ連邦の全域、黒海連邦共和国のすべて、アタビア連邦首長国の七つの都市圏のすべて――  またユーロ連邦では、最後にのこったブリタニア州の主要都市ロンドンとの通信が、さきほど一分前に完全に断絶しました。同時に、太西洋をへだてた北アメリカでは、百六十一の主要都市と、二千百二十九の小自治体が、もうすでに消失、存在を停止したものと推定。南米のリオ大都市圏では、市街で混乱と暴動がひろがって多数の死者が出ている模様。またアムリカ大陸、オセオニア大陸と周辺諸島部は、すでに完全に消失が完了したものと推定。いかなる人間活動も、もうそこでは観測されていません」
 淡々と読み上げられるヨルドの報告。消失、全滅、通信断絶、混乱、暴動、騒乱、壊滅。 
「ただひとつ、比較的ポジティブな情報としましては―― 本ゲームの最重要サーバークラスタが立地している台南民国の首都周辺は、現在まだ十分な都市機能をとどめていること。この地域が消失するまでの残り時間は、最短で七十二分、最長で百七分程度と推定。ですからこの点は我々にとって非常に幸運な材料として作用すると思います」

「おい。ふざけんな… そんなののどこが幸運だ…」
 アルウルがうめいた。けれどその声にはぜんぜん力がない。

「――さいごにみなさまの日本地域の詳細をいくつか追加いたします。現時点において、国土面積に占める消失地域の割合は八十七パーセント。一分間におよそ一%の割合で、この面積は今も増大しつづけています。カナナとカトルレナさんが現在滞在しているヒノシマ県ヒノシマ市、および、アルウルさんが滞在されているオキワナ県ナナ市の二都市に関しては、現在のところ、まだ都市機能の存在が確認されています。この二地点に関しては今後もひきつづき九十分から九十六分程度、今のままの状態を維持できるだろうと計算されています」
「け、計算ってなんだよ? なんでそこだけ無事なんだ?」
「理由は明確。この二地点は、わたくしども暗黒界が、最重要防衛拠点として能動的に防衛を続けているからです」
「能動的に防衛? なんだそりゃ?」

「今から二十六分前、近隣時空を回遊していた暗黒界所属の四つの別動隊に、この二都市の拠点防衛支援をわたくしヨルドが要請し、この要請は即座に許諾されました」
「じっさいどうなってるの? ヒノシマのあたりでは? 何がほんとに起こってるの?」
 カトルレナが震える小声できいた。
「おそらく具体的な詳細は、お知りににならない方がよいだろうとは思います。不要な恐怖心をかきたてる結果しか生まないと思いますので。」ヨルドがさらっと答えた。「現在みなさまが利用されているダイブスペースの周辺地域はきわめて重点的にわたくしの同胞の悪魔部隊が死守を続けています。ひとまずは安全と言ってよいでしょう。しかしそれも、今後の九十分間に限っては。という前提のお話ですが」


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 誰も何も話さなかった。いつもはつまんない冗談ばっかり言ってるアルウルも―― いつもだったらメンバー全員のアイテムストックとか戦闘の方針とか、ゲームの細かいところまでチェックしたがるカトルレナも―― いつもアルウルにからんでバカアホ言ってるあたしも―― あとついでにルルコルルも――
 気の遠くなるほど長い長い吊り橋みたいな場所をなんとかなんとか渡りきり――
 あたしたちはまた、わりとちゃんとした足場のあるところにたどり着いた。ここから先もあいかわらず、古びた線路の道が続いてる。
 ここにきてもまだ、みんなやっぱり無言だった。
 誰も何も言わない。というか、言えない。
 足取りは重く、ダンジョンの中はさっきよりさらに温度が下がってる。吐く息が白い。足もとから冷気がくる。かなり際どい崖ギリギリを線路が通ってる箇所もあって、そういうところはけっこうわりと緊張しながら通った。線路が分岐して別れてるところでは、カトルレナが攻略マップを出してきて無言で道を確認し――

「見て! なにかいる、あそこ!」
 カトルレナが短く叫んだ。

 ドドドッという重い地響き。なにかでっかい影が通路のむこうからもう全力で突進してきてる。
 あたしは反射的にワンドを高くかまえ、『ファイアブレス』のスペルを詠唱。赤の炎がほとばしる。その押し寄せてくるごっつい何かが、瞬時に炎のベールに包まれた。続けてあたしはもう一発、こんどはさらに上位の魔法を発動し――



「イヴォドゥ・ゴアっていう名前になってるね。たしかこれ『イーガの砦』で出てたサンドゴーレムの、もう2ランクぐらい強いヤツだ」

 カトルレナが戦闘レコードを見ながらひとりごとみたいにしゃべった。
「けど、そんなのここのステージの登場モンスターリストにはぜんぜん入ってない。これもたぶんバグかな。じっさいのイヴォドゥ・ゴアって、さっきのあれよりは、もっとずっと上のレベルのモンスターだったと思うし」
 カトルレナはモンスターアーカイブのページをひらいてまだブツブツ言ってる。
「そう言えば、その前に出てきた目玉のヤツも、イビルアイ・ロードって名まえのわりにはめちゃくちゃよわかったな。」
 ダガーをブンブン適当に振ってアルウルが言う。
「ロードってつくやつは、たいていもうちょっとは手こずるんだけど。ぜんぜんつまんなかったな。素振りの練習にもならねーって言うか」
「まあでも、楽でいいじゃない。逆にバグってめちゃくちゃ強くなってるとかだと、やばいでしょう」
 モンスターアーカイブをうしろからのぞき見しながら、あたしも久しぶりに言葉をしゃべった。そうやって言葉にしてみると、なんかちょっと、ホッとしたというか。ああ、あたしもまだ消えたりしてなくてちゃんと生きてるんだな。っていう、変に素朴な感想が浮かんだ。
「カナカナはさぁ、おまえいっつもそれだなぁ」
「それって何?」
「『まあでも、楽でいいじゃない』。何百回そのセリフきいたか」
「む。そんなにいつも言ってないでしょ」
「楽すること以外、おまえなーんも考えてないだろ?」
「そんなことない。あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ」
「うぉ??」
 あたしの蹴りをまともにくらってアルウルがよろめく。そっちは足場のない奈落――
「あ、ごめん!」
 あたしはとっさに手をのばす。
 アルウルがそれを何とかつかむ。ひっぱる。踏みとどまる。
「う~、やばかったやばかったー」
「お、おまえな~、場所とか考えて行動しろよ! おれ今死ぬところだったぜ??」
「ごめ~ん! もうやりませ~ん。。」


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 まあでも、そして、ようやくついに―――
 『エレベータ跡』っていう場所まできた。

 かなり大きな広場みたいな場所で、線路が全部で二十本くらいに枝分かれしている。それぞれの線路が、さいごはまっすぐむこうの壁に行き当たり―― そして壁にはでっかいボロボロに錆びた鉄扉が横一列にザザッとならんでる。線路と同じ数の、全部で二十くらいの扉。線路はさいご、そこに引きこまれて終わってる。
 なるほど、これがエレベーター、か。ここってたぶんヒトだけじゃなく、鉱石つんだトロッコごと昇降させる装置なんだろう。でもこれ、『エレベーター跡』っていうだけあって、今はほんとには機能してないっぽい。壊れて扉がとれちゃってる箇所とか、半びらきのままで固まって放置されてるヤツもけっこうある。
「なんかここ、やばいくらい寒いね。おしっこ行きたくなっちゃった」
 あたしは震えながら言った。吐く息が、もうほんとに白い。
「ねえ、これって一回ログアウトしてトイレ行ったらダメ? まじめにちょっと、トイレ行きたい」
「ま、べつにいいんじゃね? ちょっとくらいだったら問題ないだろ。ここで待っててやるよ」
 アルウルがつまらなそうに言って、顔の前に浮かべた攻略マップに目をむける。
「じゃ、わたしもちょっと行ってこようかな」
 カトルレナが寒そうに息を吐きながら言った。
 あたしはかるく左手をふる。
 空中に緑表示のメニューリストが立ちあがる。
 上から六番目の『ユーティリティー』を選択。そこのいちばん下、『ログアウト』のボタン。いつものようにそれを左手の指で――

「いけません!」

 いきなり魔法きた!
 電撃魔法ショックボルトが左手をたたく。そのせいで間違えて「ウィンドウ・テンプレート」っていうボタンが押されて全然関係のない『どのテンプレートを選びますか?』の表示が空中に出た。

「あ、あんたいきなり、なにすんのよ??」
 ヨルドの方をふりむく。ヨルドはちょっと上のほうで空中静止して、なにかピリピリしたマジな金色オーラを発している。
「ログアウトはいけません。いまもどるのは非常に危険です」
「危険って何? ちょっとトイレ行くだけでしょ?」
「今行くと、ログアウトしたが最後、二度とこちらに戻れなくなる可能性が高いのです」ヨルドがあたしの肩まで降りてきた。「接続回線自体がきわめて不安定です。ゲームサーバの基幹システムが多数のダメージを受けていつダウンしてもおかしくない状況。いまここでログアウトは無謀です。ステージクリアまでは、接続を継続しなければなりません」
「言ってることはわからなくはない… けど、じゃ、トイレはどうすれば?」
「そうよ! さっきからずっと我慢してて、けっこうもうつらいんだから!」 あたしもカトルレナと一緒になって反論。
 だけどヨルドはこう言った。とても淡々としたドライな声で。
「それは我慢して頂くしかありませんね。もし仮に我慢できずに○○するようなことがあったとしても―― けれどそれは、ちょくせつお二人の命に関わるほどの何かではないですよね?」
「あんたね! 乙女には命より大事なことの二つや三つくらいいくらでもあんのよ。トイレのことは、ばっちりその一つなんだから!」
「あまり理性的な発言とは思えませんが」
「理性とかどうでもいい! とにかくトイレは大事って言ってんの」
「まあでも、まあ待て、カナカナよ」
 アルウルが横から背中をポンッと叩いた。
「なによ? いま大事な話してんのよ?」
「いいから聴け」
「だから何?」
「いや、だからさ。その、トイレの話」
「トイレの何?」

「や、だから。これってゲームなわけだろ? 別にそのカナカナのキャラクタが、リアルにここでトイレするわけじゃない。だろ?」
「あたり前でしょ。そんなゲームあったら嫌だわ」
「だからさ、その―― じっさいゲームに参加してる他のメンバーには、リアルでお前がどこで何してようが、じっさい何もわかりゃしないじゃん。おまえが半分よだれたらして半狂乱でゲームしてようが、何かを漏らしてやってようが。やってる本人以外には、ぜんぜん知るよしもない。だろ?」
「何よ。じゃ、このままここで漏らせってこと?」
「や、べつに絶対そうしろと命令してるわけじゃ――」
「ここってリアルだとダイブカフェなわけだよ? そこで漏らして、出るときどうすんのよ? 清算のときとか? 恥ずかしすぎて店員さんの顔見れないよ!」
「まあでも、世界が消えるかどうかの瀬戸際だろ? 料金精算がどうとか、どっちでもいいじゃん。カフェ自体も営業できてるか微妙だし」
「とにかく! お漏らしは論外。ま、そりゃ、カトルレナはいいかもしれない、自宅の部屋にダイブスペースあってさ。そこなら多少何しても誰にもバレないし」
「よくないって! 家でも嫌だよ、そんなのは。なに言ってんのカナカナは!」

 ピシッッ…

「何?」「なんだ??」
 その場の全員が動きを止める。

 ビシッッ…

 また、同じ音。一回目より大きい。音と同時に足もとの地面も、まわりの空気も全部が同時に震える。
「なんだ? 地震?」「なんだろう?」
「わかんないけど――なんかやばい感じするね…」

 バシュッ

「あ??」「な――??」

 アルウルが地面に膝をつく。
 貫通した! 斜め上からの熱線魔法。まるで散弾銃みたいに何十本もの熱線が同時に降ってきて―― そのひとつがまともに貫通! アルウルの肩の下! HPゲージが一気に減っていきなり赤色表示に。

「みなさん! 防御姿勢を!」

 金属の板をムリヤリ叩き割るような嫌な大音響がして、頭上の闇がはじけとぶ。
 そこにあった闇が、まるでもろい黒のガラスみたいにバラバラに砕けて飛び散った。
 そのむこうから冴えわたる青のギラギラした光が一気にこっちに押しよせてきた。クールを通りこして残酷なくらい青い光。その光の渦の中を、またあいつらが。あのバケモノ――
 サクルタス。
 いきなり頭上にひらけた青光りする空間の彼方から、流星みたいにこっちにぐんぐん降りてくる。
「なに? なんで?? ここって一パーティー単位のイベントステージなんでしょ? 他のパーティーは同時にはぜったい入れない仕様じゃ…?」
「みなさん! もっと一か所に集まってください! 防御壁を構築します!」
 ヨルドが叫んで、同時に緑に発光した。
「申し訳ありません。この襲撃はわたくしにも予想外でした」
 ヨルドが律儀にあやまった。拡大していく緑の光の魔法陣を小さな体で支えながら。
「あまりにも乱暴な手法。ここ以外の多数の時空にも負の干渉を与えかねない禁忌的な手法です。もはやなりふりかまわず、ということですね」

 もう来た! 
 つっこんできた! サクルタス一体!

 ガッッ
 
 緑の壁が、それを阻んだ。
 青と緑のエネルギーがばちばち火花をあげてぶつかって――

「忌々しい悪魔め。どこまでも我々の仕事の邪魔をするか」

 サクルタスが歯ぎしりする。緑の光の防壁のむこう。形の上では、そいつは今でもアサシンのガントのシェイプをとってる。けど、あれはもう絶対に誰がどう見てもプレイヤーじゃない。全身からほとばしる青白い炎。その眼にやどった底なしの殺意。

「はい。最大限、邪魔をさせて頂きます。あなた方の好きにはさせません」

 冷静そのものでヨルドが答えた。す、すごい。あの小さな小さな体であの本気のバケモノを押し返してる。あたしたちの頭上で、とんでもない力と力が衝突。周囲の空間がねじれて、そこにある空気がブルブルと震えた。足もとの小石もその余波をうけてカタカタ震えてる。あたしの髪も静電気をうけたみたいに逆立つ。なんか皮膚まで、ビリビリチクチク、電気が刺すみたいに。

 衝撃。
 同時に立ちのぼる盛大な土ぼこり。

「みなさま防御を。いま二体目が接地しました!」

「接地って何? 魔法結界、破られたってこと??」
「やばいカナカナ! 一体がそっちに!」
「み、見てるけど! けど、あんなのどうやって防ぐのよ??」

  キインンッ  

 うわっ??
 カトルレナが、まともに剣で受けた! 
 歌姫ヘスキアの――
 いや、
 ちょっと前まではスキアだった青光りするバケモノが、
 悪魔みたいな長い長い鋭い爪を(天使なのに!)もうムチャクチャに振り回し、
 バシバシガシガシ一方的に切りこんでくる。
 カトルレナはそれを、ロングソードでいなしてかわして。 

「くっ、速い。速すぎる。こんなの絶対まともにやってもムリだ。勝てないよこれ。カナカナは逃げて! はやく!」
 こっちに叫んだカトルレナ。けど、その一瞬が隙になった。
 折れた。カトルレナの剣。 
 根元から真っぷたつ。
 そこを逃さずバケモノの鉤爪が、
 カトルレナの脇腹をえぐる――かと見えたけど。

 だけど何かが防いだ。受けとめた。

「ダグ??」

 全身を覆う長い黒衣。ふりみだした赤の長髪。
 最初の頃の少女ビジュアルのダグが、とつぜんそこにポップアップ。

「わたくしが支えます。ヨルド様。他の者を連れて先へ行ってください」
 
 口から赤黒い血をダラダラ流し、ダグがすごい形相で言った。両腕をいっぱいに広げてバケモノの体を抱きすくめてる。もうムリヤリ力づくでそいつのこと押さえつけて――
 けど、けど、爪が、まともに貫いてる! バケモノの放った突きの一撃。ダグのお腹から背中までをまっすぐ突き通って。 
「ダグ! いけません! なぜまた表に出てきたの。それ以上力を使うと本当に消えてしまう」
 ヨルドがむこうで叫んでる。けど、ダグを支える余裕はない。そっちはそっちの防戦で手いっぱい。もう全力で殺しに来てるガント(だったはずのモノ)の拳の百連撃をギリギリうけとめ、押し返し、
「ヨルドさま。先に進んでください。この空間は、わたくしがこれから閉鎖します」
「閉鎖? や、やめなさいダグ! それではおまえも消えてしまう」

「ヨルドさま、」ダグが、唇の端で笑った。「以前戦ったジェヌバ・ディタの攻防戦では、わたくしの力不足のために、あと少しのところで護れませんでした。護れるはずだった世界を、さいごは護りきれませんでした。もう二度と、あのような気持ちを味わいたくない。同じ失敗をしたくはないのです」
「なにを言っているのダグ。やめなさい。消えてしまう!」

「ヨルド様、」
 光の渦が、ダグの体をつつみこむ。光、と言っていいのだろうかそれを――
黒の輝き。黒だけど―― なんだか不思議に綺麗に光るその何かの光。ダグの体からどんどんどんどん湧き出してきて――
「一度くらい、不出来なわたくしにきちんと護らせてください。わたくしの使命を、ここで完遂させてください。それがわたくしの希望です」

「バカな!? 空間閉鎖??」

 サクルタスが動揺してる。その、歌姫のシェイプのバケモノが。
「ありえない。それをやったら、おまえ自身も消滅するのよ??」
 そいつが体をひねる。よじる。
 突き立てた爪を引き抜き、また刺す。刺し貫く。何度も何度も。
 大量の血が噴き出す。それでもダグは放さない。いちど掴んだ敵の体を。
「…わかりましたダグ。それがおまえの希望なら」
 沈痛な声でヨルドが言った。

「みなさん。聴いてください。いまから下の階層に退避します。左から四番目のシャフトから一気におりてください! 間違えないで。左から四番目です!」
 ヨルドが全部に叫んでる。もう一体のサクルタスと全力で組みあいながら。
「まもなくダグがここを閉鎖します。巻きこまれないように移動を! わたくしがギリギリまでここを支えます。その間にはやく移動を。さあはやく!」

「わ、わかったわよわかったわよ。とにかく移動すればいいんでしょ?」

 あたしはもう意味ぜんぜんわからないながらもとにかく言われた通りにムチャクチャ走る。そこの地面に倒れてるアルウルの首根っこをつかんで、なんとかそいつを引きずって――
 うしろで何かが爆発した。石とかいっぱい飛んでくる。けど、とりあえずそういうのはいま完全無視だ。多少のダメージはどうでもいい!
 とにかく、左から四つ目のシャフト。
 おっきな赤錆びた鉄扉をめざしてめざして――

「うあぁ??」

 閃光と爆風。
 誰かが撃った熱魔法の余波でおもいっきり前に吹き飛ばされた。地面の上をゴロゴロ転がって転がる。その勢いでムリヤリなんとか鉄扉の前まで辿り着く。もう一回だけちょっぴり戻って、途中の地面に落っことしてしまったアルウルの体を、またずるずるとこっちに引きずってきた。

 シュッ
 
 鋭い金色の矢が、いきなり地面につきささった。
 なにこれ魔法? あいつらここまで狙い撃ち??

 けど、そうじゃなかった。それは光の速さで飛んできたヨルド。
 地面にあふれる金色の光。そこにヨルドが立ちあがる。
「みなさん、降りてください! 今のうちに!」
「降りるっていっても、」
 カトルレナが左腕を押さえながら言った。そっからけっこう流血してる。かなりのダメージを受けてるっぽい。
「どうやって降りれば? このエレベーターって稼働してないんでしょう?」
「そのままシャフトに飛びこんでください!」
「え、けど、それって落下死するんじゃないの??」
「するかもしれませんが、今はそのリスクは無視します。さあはやく!」
「無視って? え、それってやっぱり死ぬってこと??」
「着地時にわたくしが全力でサポートしますから。はやく! もう時間がありません」

「やれやれ。もうこれ、やけくそだねこれ」

 強気にちょっぴり苦笑いしながら、さいしょにカトルレナがとんだ。
 底の見えないシャフトの暗闇のはるか下へ、白の軌跡を長く残して――

「じゃ、僕も行きます」

 ニコッと笑ってルルコルル。まともに綺麗にまっすぐジャンプ。見る見る奈落の暗闇に落ちていく。

「じゃ、さいごはあたし―― って、あ、やばいやばいやばい! 来てる来てる来てる! そこよけてヨルド!」

「え?」
 ヨルドがわずかに動揺を見せた。まっすぐそいつが飛んでくる。まるで全身刃物みたいに――

「な――に??」

 サクルタスがうめいた。
 誰かが受けた。受けとめた。
 血にまみれた腕。ダガーをガッシリ握りしめ。
 あいつが―― いつものバカのあいつが。
 さっきまで瀕死で地面にヘバッてたはずの。

「…行けよカナカナ。なにを――とまってるんだっ」

 バケモノのくりだす嵐のような攻撃をぜんぶ二本ダガーで受けとめ――
 一歩も退かずに、こっちを見ずに。
「行け、カナカナ! ここで俺が止めてる間に」
 アルウルが口から血をとばして言った。胸の傷からドバドバ血が流れ出てる。
「や、やばいってあんたそれ。HP、もうほとんど残ってないじゃない??」
「しょせんはゲームだ。ノープロブレム。最後くらい楽しもうぜ?」
 ちょっぴり笑ってアルウルが言った。
 キックと拳の連撃のあいまにバケモノがなにかの魔法を詠唱―― その発動のギリギリで、アルウルがダガーで押し返す。魔法はキャンセル。青光りするキツい目を見開いて、そのバケモノが大きく吠えた。そのあとふたたびキックの連撃。速すぎる! チートもさすがにここまでやるのは―― 

 それなのに、アルウルはぜんぶ綺麗に完全に防いでる。なにこれすごい。こんな攻防見たことない! もはやどっちも人間じゃないよ。。あ、あいつってば、ほんとはほんとは、こんなにすっごい本気のゲーマーだったの??

「おいッ! バカカナ! なにぼさっと見てる。行けっ。ムダにお前がここで死んだら、世界がそこで終わるだろ」
「でも。でもっ、」
「いいから行け! おいヨルド、このバカを引きずっていけ。はやく!」
「カナナ、行きましょう。ここは彼にまかせて。もうここは閉鎖されます。今から六カウント後、ダグがここの座標を閉鎖します。急いで!」
「けど! けど! だけどアルウルが…」
 涙で視界がくもる。膝がふるえて、ちゃんとまともに立っていられない。

「バカやろッ! 行けって言ってんだよ! 行けよこのバカ! 世界最大のバカ野郎!!!」

 アルウル最後の全力の蹴りが――
 あたしをそこから吹き飛ばした。
 飛ばされたあたしは、あたしは――
 そのままいきなりシャフトの中へ―― まっすぐ深い奈落にむかって――

 そのあと頭上で、
 炸裂。
 炸裂した。
 なにかが弾けて、光の粒子が――

 そのあと全部が真っ白になった。すべてが白に――
 


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