鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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2章

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―なんで、いい子な顔しているの?
誰かが里桜に問いかけた。

―本当は、鈴なんて嫌いな癖に。

まるで、里桜が必死に隠しているものを見透かすような、その言葉に里桜は必死に耳をふさぎ声から逃げるように走り出す。


すると、ふと、見ている景色が変わった。

(ああ、夢か…)
いつもは、夢と現実との区別なんてつかないのに、今ははっきりとこれが夢だとわかった。

だって、現実ではありえない人物がそこにはいたのだから。

その人は里桜の叔母であり、そして…、鈴の母親だった。



 日本にいることが少ない里桜の伯母は、アメリカの出版社に勤めるキャリアウーマンだった。
 叔母はとても綺麗な妖艶な美女だった。
叔母の名は鈴音といって、里桜の母である薫と双子の間柄だった。
そう、鈴と里桜は本当は双子ではなかった。
母と叔母が双子だったのだ。


「姉さんわがまま過ぎるのよ! 
鈴を振り回さないで!」
「振り回すつもりはないわ。あなたには感謝してる。
でも、やっぱり私には鈴が必要なの」

子供そっちのけで怒鳴りあう親たち。 
夢なのにとてもリアルなその場面は、小さい頃本当にあった出来事だった。
その日、風邪で休んでいた里桜は二人の騒動を、そっと物陰から見守っていた。

大声でお互い一歩もひかずに大喧嘩をする2人姉妹。
そんな中鈴が帰宅すると、鈴の存在に気付いた薫が鈴に駆け寄った。

「お帰りなさい、鈴っ、今帰ったの?」
鈴音が手を伸ばすと、鈴はびくりと大きく身体をはねさせて、薫の背後に隠れた。
「どうして…鈴」
「鈴、2階に行っていて。良い子だから。大丈夫よ。絶対母さんが鈴を守ってあげるから」
「う、うん…」
 鈴は薫の言いつけを守り、急いで2階へ駆け上がった。

「鈴っ!」
「姉さん! 約束は守って。鈴は里桜の弟なの。それ以上でもなく以下でもない。私の家族なの」


(俺は…、弟なんていらなかったよ。
〝三人〟で暮らしたかったんだよ)


その日の晩から3日間、鈴は高熱に魘されていた。



同様に、里桜も、まるでシンクロしたように高熱にかかっていた。

…本当の、双子じゃないのに。



 イイ子でいなくちゃ、イケナイ。
誰よりも、優しくしないと、イケナイ。

誰よりも、鈴ヲ見守ってあげなくちゃ、イケナイ。
だって、必要とされていないのは…。
薫が望んでいるのは、鈴で幸せな家族を壊したのは…間違いなく、自分だから。
本当の邪魔者は、ほかでもない自分なのだから。




ぼんやりと、目を開く。
里桜が目が覚ませば、そこは診察室で、隼人が鈴を優しく抱き上げていた。
まるで宝物のように、愛しそうに鈴を見ている。


「…里桜、起きちゃった…?ごめんね…今鈴を運ぼうと…」
「…と…う…さ…」

里桜は離れていく隼人のズボンを、ギュッと握る。

「里桜…?」
「イカナイデ…父さん…!」

里桜にしては珍しく大声でそう呼び止めた。

「里桜?私は隼人だよ?父さん呼ぼうか?」
「……はやとさ…」
ふらりとまた里桜はベッドに突っ伏して、眠りについた。

「寝言…?里桜までどうしたんだ…?いったい…」
念のため兄貴に連絡しておくか、と隼人は鈴を自室のベッドに運んだ後疾風に双子たちの異変についてのメールを送った。





「そうか…、」

目覚めた時、里桜は自分の部屋にいた。隼人が運んでくれたのだろうか。
それとも晴臣が運んでくれたのだろうか。
普段の日常と違い隣に、鈴はいなかった。


ふと、思い出すのは夢の記憶。

「鈴は…」

鈴は里桜の本当の弟じゃない。
母・薫の双子の姉・鈴音の子供だ。
本当は従兄弟で双子なんかじゃなかった。

それに…

「俺は…、鈴のこともあの人のことも忘れてた…」


どうして忘れていたんだろう。今の今まで。
昔の、嫌だった自分をどうして忘れてしまったのだろう…。

つぅ…、と里桜の頬に涙が伝う。
自分が泣いているのか、それとも鈴も泣いているのだろうか…。
どうして自分も泣いていれば鈴も泣いていると思ってしまうんだろう。

「双子じゃないのに…、」
涙は呟きと共に地面に消えた。





「学校へ行った?」

翌朝。
隼人は、台所で味噌汁を作る里桜に訊き返した。
里桜は薫のエプロンを着けて、朝ご飯の支度をしていたところだった。


「メールが入ってて。
電話したら電車の音も聞こえたから、大丈夫か訊いたんだけど、鈴は大丈夫しか云わないから。俺、支度したら学校行くから様子見て来るよ。昨日が昨日だしね」


隼人は里桜の言葉に眉間に皺を寄せ苛立たしく舌打ちを打つ。
普段冷静な隼人のらしくない仕草。
それに引き替え、里桜は随分と落ち着きを見せている。

「隼人、さん…」
「ん…?」
「…もしも、鈴が…、鈴が…いなくなったら…」


―いなかったら、愛してくれる?
…チガウ。ソウジャナイ。


「…もしも、鈴が…隼人さんを愛していなかったら…」

モシモ、アナタモ身代わり、なら。
貴方も、あの人の、身代わり、だったら・・・。


「貴方を嫌いになっていたら…」
「里桜…」

冷たい隼人の声にハッと里桜は口を閉ざす。


「なんでも、ない…です…じゃあ…」

そういって、里桜は隼人の顔も見ずに鞄を持つと、外へ飛び出した。


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