鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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2章

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ピルルルル。
不意に、電子音が部屋に響いた。
柊の携帯のようで、めんどくさそうに柊は携帯に出る。

「はい…、なんですが…」

柊は苛々とした口調で電話に出た。
苛々しているのに、すぐに切らないところ、相手はよっぽどの人物なのだろう。
しばらく電話先と話した後、柊は肩を落とし、


「すいません…、家の用事ができ、これから帰らなくてはいけなくなりました」と帰り支度を始めた。

柊の家は代議士だ。
息子である柊がどう影響しているのか知らないが、柊は度々家に呼び戻される。


「まだ仕事終わっていないのに、申し訳ありません」
「いいよ…。光の家だって大変なんだし、さ」
「会長も無理はなさらないでくださいね…」
「ん、俺は平気だよ。平気平気」
「だとよ。ほら、邪魔者は帰った帰った」

疾風はしっしと手を払い、柊を追い払う。
柊が帰ってしまえば、生徒会室には、疾風と里桜の二人きりになる。
それが嬉しいんだろう。

柊は、疾風を睨むと疾風にしか聞こえない低い小さな声で、

「里桜に手出したら、殺しますよ?」と呟く。
疾風は威嚇する柊に、にやにやと笑うだけだ。
当然疾風が、色々里桜に悪戯をしてきたことを柊は知らない。
知っていたら、今頃本格的に拳を交えていたかもしれない。


「では…、また明日…」

柊は苦々しく呟いて、生徒会室のドアを出た。
残ったのは、里桜と疾風の二人きり。
疾風の顔はついゆるんでしまう。

 疾風は兄弟になったあの日から、里桜とは度々お互いの家でもよくあっているのだが、恋する男はどんな時でも、好きな人間と傍にいたいものらしい。


 俺様を気取っているわりに、妙に乙女な疾風だった。
俺様、と隼人の前では言い張るが、本当はヘタレなんじゃないか…と自分が情けなくなることが疾風にはある。

弟はあんな涼しい、エッチなんて興味ありませんなんて顔しながら、鈴とやりまくっているらしいのに、自分ときたら…。

未だに、里桜への告白はしていない。
ヘタレ狼であった。


 鈴と隼人が結ばれてから。
疾風の中で密かに決めた決め事がある。
それは、里桜に過度なエッチないたずらはしない事、だ。

 今まで、里桜を脅しご主人様と称し、色々エッチな事を仕掛けていた疾風であったが、この間の失恋で泣きじゃくる里桜を見て、心を入れ替えたらしい。
本気で、里桜を守ってやりたい、と思ったのだ。

(無理している里桜が頼れる存在になりたい…)

なので、精一杯の理性を総動員し、あまりに節度のないことはしないように心掛けている。
あくまで、〝今は〟だけれど。



その証拠に、あれから、里桜に不埒な真似はしていなかった。
疾風は、机にある資料に目を向けると、それを手に取り、椅子に腰かける。

「里桜」
「なに、せんせい」

尖ったような口調で里桜は返事をする。
今まで疾風にはつんつんした態度であったが、ここ最近は以前にもまして、酷い。

不埒な真似を以前よりも抑えているのに…、と、今まで里桜にしたことなどすっかり忘れ、疾風は少し落ち込んだ。


まぁ、里桜も里桜で、以前とは違った理由でこういった態度をとっているのだけれど。


(鈴が…変なこと言うから…)
そっとパソコンから視線をあげて、里桜は疾風を見つめる。
最近思い出すのは、鈴の言葉だった。

〝兄ちゃんはひとりじゃないよ? 傍に守ってくれる人居るよ? ちゃんと見てあげてよ。たとえば、ほら、隣に…〟

あの時、優しく抱きしめてくれた疾風。
泣いていた自分を慰めてくれたのは、まぎれもない、あんなにも嫌っていた疾風だった。

(変に意識しちゃうじゃないか…馬鹿…)

ここの所、里桜は少し変だ。
ぼけ~と、疾風を見つめている時があるし、疾風の事を思い出すと顔が赤らんだり胸の動悸が酷くなったりする。

隼人を思っていた時はこんなこと一度だってなかった。
隼人を思っていた時は…ただ見つめるだけで良かった。
だって、隼人はずっと鈴が好きだって気づいていたから。
諦め見ているだけで、満足していた。

こんなに胸が痛くなったり赤らんだり自分が変になったことはない。
だから、この疾風への感情は恋ではない、と里桜は自分に言い聞かせている。

(それに…先生は、鈴が、好きなんだから…さ。…鈴がすきだって、俺を慰めたときもいってたし。可愛い猫が好きって、いっていたし…)

自分は、けして、可愛い猫ではないと思う。
鈴も猫、というよりかは兔にちかいと思うけど。
里桜は、せいぜい、生意気な猫だ。


「里桜?」
「な…なに?用がないなら帰ってくれる?」
「用が…ってなぁ…。俺は生徒会顧問様、だぜ?」
「だから?仕事なら俺たち生徒会で全部処理してるし…。必要書類があれば俺たちでやってますし」

また、口では素直じゃない事ばかり言っている。

そんな里桜に、疾風は顔を顰め、

「可愛くない奴」
と零す。

はぁ、とこれ見よがしにため息をつくと、疾風は席を立つ。
その溜息に、里桜の胸は痛み、咄嗟に顔を俯かせた。

(可愛くない…)
そんなの、知っている。
コンプレックスの塊で、暗くて、素直じゃないのが自分なんだから。

可愛くない。
どんなに頑張ったって、鈴みたいに、里桜は可愛くなれないんだから。

(俺は、可愛いウサギには、なれない…)
しゅん、と、もし里桜に獣耳でもあったなら、ペタリと伏せられていただろう。
そんな落ち込んだ里桜に対し、疾風は優しく髪を撫でた。

「里桜」
「せんせ…?」
「お前の髪…サラサラだな…」

優しい疾風の手に里桜はうっとりと目を瞑りそうになり、必死に首を振る。

「き、着易く触らないでくれます?」
「いやだ」
「俺だって、嫌です」

むっと膨れっ面をする里桜。
上目目線で反抗し膨れている様は…、どこか子供っぽい。


「た、頼むからそういう顔は、あまりしないでくれるか…」
「…え…?」
「俺の理性を試しているつもりか?このやろう…」

ぐしゃぐしゃ、と髪を混ぜられる。
疾風へ反撃として里桜も、疾風の胸をポカポカと叩いた。


ひとしきり、そんな戯れが続いただろうか。

「柊も言っていたが、里桜、最近仕事しすぎなんじゃないか」

胸元を叩いていた里桜の手を取って、疾風は真剣な顔で里桜の顔をのぞいた。
手を取られた里桜は動くこともままならず、困ったように疾風を見上げる。


「そんなこと、ない…」
「あるだろ…。夏休み返上、どころか、最近寝ている時間だってないらしいじゃないか」
「だって俺は生徒会長だから…」

生徒会長だからなんて、嘘だ。
本当は、ただ自分の感情から逃げているだけだ。


「何かした方が、落ち着くんだ…」
「なにか、ねぇ…」

隼人の事をまだ引きずっていると思われるその発言に、疾風としては複雑な心境である。

出来れば、早く吹っ切れてほしい。
そして、今度は自分にその瞳を向けてほしい。

けれど、焦りは禁物である。
ただでさえ、直感で前向きに進む鈴と違い、色々と後ろ向きに考えてしまう里桜は、答えを急がせればきっとまた無理をしてしまう


「そうそう、今度、隼人の後輩がこの学園にくるんだと」
「…?後輩?」
「ああ…なんか、保険医らしいな…」
「保険医、ねぇ…。
興味ない。鈴に近づかなければいいよ、」
「ほんと、お前はほんと、鈴以外興味ないな…」
「だって、俺は鈴のお兄ちゃん、だから…」
「少しさ…過保護なんじゃねーのか」
「……」

疾風の言葉に、里桜は口を噤む。
過保護。今まで何度も鈴の友人に言われてきた言葉である。里桜の過保護ともいえるバリアで、鈴に近づけないものも多いらしい。


「先生には、関係ないでしょ」
「関係ないってなんだよ、関係ないって」
「そのまんまの意味です」
「俺はお前の兄で担任だぞ?」
「義理の兄、ただの担任、じゃん。関係ない」
「言うじゃねェか…里桜」
疾風の瞳が妖しく光る。
(あ…、)

この瞳をするとき、少し前までは決まって里桜にセクハラ紛いの、エッチなことをしていた。
そう、里桜の顎を無理やりとって、口づけて、服を脱がして…、

「里桜」
「…っ、」

低く掠れた甘い声に、ぞくり、と期待するかのように身体が震えた。
ぎゅっと、目を瞑って、やってくる疾風の手を待つ。

しかし…

待てど暮らせど、疾風は、里桜の身体に触れない。

(あれ…?)
可笑しい。
少し前まで、服を脱がしていやがっても里桜を泣かせていたのに。


「せ、せんせ…?」
「あん…?なんだよ…」
「えっと…しないの?」
「は?」
「え、エッチなこと…。最近しないよね…っ」
「ああ…まぁ…。最近は…なぁ…」

(もしかして、飽きたのかな…)
疾風が自分に変な事をしなくなったのはいつだろうと思い…、鈴と隼人が結ばれた日だったことを思い出す。

(鈴の代理、だから…。鈴が隼人さんと結ばれたから、もう俺なんて用済みなのかな…)
ずき、と胸が痛む。

触られなくて嬉しい筈、なのに。
何故か、寂しい。


「ま、まぁ、里桜が抱いてほしいっておねだりしたら、抱いてやってもいいぜ」
「死ね!だれが抱いて欲しいなんて…!」

悩んでいる自分の事など裏腹に、へらへらと笑える疾風が憎い。
自分が悩んでいることなど、疾風にとって、笑ってしまうくらいの事だったのか。
気分を害した里桜は、再びパソコンに意識をやる。

「明日うちに来るんだろ?」

明日。
里桜達は、疾風の家に引っ越すことになっている。
里桜達の母が妊娠の為、実家に帰ったのを機に、妊娠中に早めに引っ越そう、ということになったのだ。

今は、引っ越し手伝いの為、晴臣はじめ、疾風も隼人も里桜の家に立ち寄っている。


「里桜は、俺と一緒の部屋にしような」
「は…?」
「だって、鈴は隼人のところいくだろうしな。
いやぁ~、里桜と一緒のへやかぁ、楽しみ楽しみ…。なにして貰おうかなぁ。弟殿に」

悦に入っている疾風をよそに、里桜は醒めた視線を送る。

「俺は、認めないよ」
「は?」
「俺は、まだ認めてないから…。みんなのこと。特に、先生がお兄さんっていうの」
「…は…はぁ?なんだって、そんな…」
「別に、俺一人認めなくったってどうでもいいかもしんないけど…」
「おいおい…へそ曲がりが…」
「じゃあ、俺が欲しいものをくれたら、認めてあげる」
「欲しいもの…?なんだ…?」
「それをいったら、意味ないでしょ。考えて、正解だったら、俺も認めてあげるよ。せんせ…?」

ふふっと微笑んで里桜はパソコンの蓋を閉めた。
どうやら、仕事が終わったらしい。

「一緒に帰るか…?」

テレを隠して、精一杯普通に誘う疾風に対し、里桜は涼しい顔をして、いいえ、と断ると鞄を持って生徒会室を出た。

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