鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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2章

頑張るハニーと禁欲狼

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 夏の日差しがきつくなり、肌をじりじりと焼くような初夏。
何をしなくても自然に汗は流れていく暑さで、人々は連日の真夏日にぐったりとしている。
制服は夏物になり、生徒たちは半そでから健康的な肌を見せていた。

夏。ぐったりするほどの、初夏。

 里桜と疾風の両親たちが妊娠を告げ、鈴と隼人が長年の思いを添い遂げ、結ばれて数日。
いつの間にか季節は、夏休みとなっていた。
学生にとっては、つかの間の長期休みであるが、生徒会で忙しい里桜に、あまり休みはない。

自主性を重んじる学校なので、イベントごとは教師ではなく生徒主体となって動くことになり、主に生徒会がすべての総括をして運営を担うことになる。

秋には、文化祭、スポーツ大会など一大イベントが控えている。
そのための準備として、夏休み返上は仕方ないことだった。

 里桜自身、最初は鈴を守るために生徒会長に立候補したのだが、今ではその仕事にやりがいを感じており生徒会の仕事もそこまで苦ではない。
そんな訳で、今日も里桜は蝉の声をBGMにパソコンとにらめっこしていた。


「会長…、そろそろ、休憩なされては…?
ここ最近、ずっと仕事されてますし」
「…ああ、もう少し…、ね…」
「あまり無理はしないでくださいね…。あなたはすぐ他人の分まで肩代わりしようとしますから…。小峰なんかに適当にやらせておけばいいんです」
 穏やかな顔で気遣いの言葉をかけるのは、この学校の生徒会副会長。
柊光(ひいらぎひかる)だ。

高校に入ってからの付き合いだが、柊は里桜の友でもあり、よき相談相手の一人だ。

甘えたな鈴に比べて、同じ年なのに落ち着きを払ってニコニコといつも笑顔を絶やさない柊は、長男である里桜からするとつい頼ってしまう男だった。

 いかにも真面目そうないでたちの彼は、親は代議士であり近所でも有名な豪邸に住んでいる。
トレードマークの眼鏡は、彼のインテリ系の顔をよりひきたたせていた。
里桜は柊が取り乱したことなど見たことがない。
高校生なのにいつも落ち着きどっしりと構えているのだ。


「来年になれば、僕らも受験、ですね…」
「そうだな…」
「会長は、大学はどうするのです?
もう弟くんとは同じ大学もいけないでしょう」
鈴と詳しい進路の話はしていないが、おそらく大学は別だろう。
学力も得意分野も将来なりたいものについても、鈴と里桜では全く違っていた。

「うん…、色々悩み中。
家も今バタバタしてるしね…。もう少し落ち着いたら、色々考えようと思う」
「ああ、弟が生まれるんでしたっけ?新しいお父さんとの」
「うん」

鈴のほかに、新しい弟が出来る。
しかも、半分血の繋がらない〝弟〟。

鈴などすっかり新しいお父さんである、晴臣に慣れていたが、里桜はまだ晴臣を親だと認められなかった。
自分の居場所を奪われたような気分になっているのかもしれない。

今の今まで、鈴と母親の薫を守っていたのは里桜だった。
守っていた、というよりも守らなきゃ、となかば自分の使命のように思っていたから余計お役ごめんとなり宙ぶらりんな気持ちになっているのだ。

ずっと、里桜はこの年まで、二人を中心とした生活を送っていたのだ。
ブラコン、マザコン、とからかわれるくらい。

 そんな中で鈴も母も、いつの間にか二人とも大切な人を見つけて、もう里桜などに守られなくても十分独り立ちしてしまっている。

自分一人が変化についていけず立ち止まったままなのだ。
晴臣を〝お父さん〟と呼んであげるさえ出来ない。
鈴は、照れながらも、晴臣を喜ばせようとお父さんと呼んでいるのに、自分は認める事ができない。


 隼人と鈴の関係も、そうだ。
二人がお互いを思っているのもわかっているし、自分が失恋したのもわかっている。
ちゃんと気持ちに整理はつけたはずだった。
鈴に結ばれておめでとう…と告げたあの日から。

なのに、まだ二人の関係を素直に祝福できない自分もいた。
はたしてそれは、唯一無地の双子の弟を奪われたからなのか、はたまた、ずっと長い間恋していた男が自分じゃない人間と結ばれたからなのか。


(くっらい性格。だから駄目なんだよな…)

沈みそうになる思考を抑え込み、度が入っていない眼鏡をかけなおす。


「会長」
「ん?なに」
「なにかあれば…僕に相談してくださいね。僕は会長が誰よりも大切なんですから」
「…ありがと…、光」

里桜にとって、人に甘えられない里桜が甘えられる数少ない人間の一人だった。
人が良さそうな彼は、周りからも頼りにされているし、教師からの覚えもいい。

ただし、一人を除いては。


「会長」
「ん?」
ふと、里桜の耳元に、柊の吐息がかかった。
柊は、いすに座っている里桜を背後から抱きしめるように首元に手を回している。

「光…?」

きょとん、と、柊の顔を見上げる里桜に柊はそっと、己の手を重ねると、「ここ、間違えてますよ…」と囁いた。

甘さを含む声に、これが女の子だったらときめくんだろうな~、と里桜はどこか冷静な思考で考える。

「くすぐったいよ、光」
「感じちゃいます?」
「へ?」
「もっと、くすぐったいことしましょうか…?」
「ひか…」
「なにやってんだ、エロ狐が…」

不機嫌全開の声で、二人を止めたのは生徒会顧問の疾風だった。
疾風はつかつかと歩み寄り、里桜から柊を引きはがす。

柊は、あらかじめ疾風がくることをしっていたのか、動揺することもなく涼しい顔をしている。

「随分ですね?先生」
「俺がいないところで、さかってんじゃねぇよ…」
「先手必勝でしょう?」

柊は里桜に背を向け、疾風ににやり、と含んだ笑みを向ける。
その笑みは、穏やかと言われるいつもの副会長スマイルと違い、どこか腹黒いものを感じさせる。

柊の本性は実際は真っ黒であり二重人格で時に非道だ。
厄介な事に、この柊も里桜のことを好いているらしい。
隙あらば、あの手この手で里桜に迫っているんだから、疾風としては落ち着かない。
鈴に似て自分のことは無頓着で恋愛音痴な里桜なので、疾風と同じく柊もまたその気持ちは通じていないようだった。

「それに、鈴にもようやく恋人が出来たようですしね…。
どこの誰だが知りませんが、よくやったと言いたいですね…。これで、ブラコンの里桜も少しは鈴以外の人間を見るようになりますから…」
「ブラコン脱却しても、お前はおよびじゃねぇよ」
「そっくりそのまま返しますよ、〝せんせ〟」


バチバチと火花を散らす両者。
里桜は、二人の会話についていけず、一人パソコンを打っていた。

鈴は可愛いけど天然で鈍感だと里桜自身はいうのだが、里桜の方だってかなりの鈍感だ。
タイプは違えど、ちゃんと必要とされているのに。
コンプレックスが故、周りにまで目が向かない里桜だった。

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