鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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1章

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「ん…、」

そっと、瞼を開ける。
けだるい身体。倦怠感で身体を動かすのが酷く、おっくうだ。
里桜はふぅ…、とため息を零しながら、布団をめくり身体を起こす。


「ここは…」

あたりを身渡し…見慣れない部屋に呆然と固まる。

「起きたか…」
「せん…せい…、」

疾風の顔を見た途端、昨夜の痴態が蘇る。
疾風の手を求めてしまった自分。
そんな自分を見て、疾風はどう思ったか…。

ちらり、と疾風を盗み見ると、疾風は至っていつもと同じ、飄々とした顔をしていた。
からかう風でもない。


「いま…何時…?」
「9時。まだ寝ててもいいぜ」
「いい…帰る…鈴が待っているし…、」

そういって、里桜はベッドから降りる。
しかし降りた途端、疾風が里桜の腕をつかんだ。

「先生…?」
「里桜、」

真剣な疾風の顔に、ドキリと胸が跳ねる。


「里桜、今まで黙っていたが…お前に言わなきゃいけねぇ事が多々ある」
「言わなきゃ…いけない、こと…?」
「鈴の事だ…」
「鈴の…?」
「そう…、あいつの、事…。お前、鈴が誰を好きか…知っているか?」
「鈴が…、誰を好きか…」

そんなもの、知っている。
鈴は、昔から、隼人さんが好きだった。
ずっと、見てきたから、わかる。

毎日のように貰ったストラップを大事にして、あのストラップを隼人さんの代わりにして。
自分はもらえなかったストラップ。
欲しいのにもらえないストラップ。

まるでそれは、隼人の愛そのものだった。


 どんなに欲しがっても、鈴にはあげられて、里桜にはあげられないもの。


「そんなの…。でも…」
「俺も、知っている…。ずっと見てきたからな…」
「ずっと…?」
「お前は知らないかもしれない。でも、俺は陰でお前たちの事、ちゃんと見ていた。
お前らは隼人ばかり見ていて俺には気づかないようだったけどな…」
「そう…なの…、」

そういえば。
ふと、里桜は疾風と初めて性的な悪戯されるきっかけになった日を思い出す。

あの時、疾風は鈴に劣るも、可愛らしい顔をした男の子の相手をしていた。
それに…、疾風は何かと里桜の前では、鈴の話を出しては可愛いと言っている。

(…鈴が…、好きなのかな…。可愛い猫が好みのタイプって言っていたし…。)

鈴が手に入らないから、双子の自分を代わりにしたんじゃないか…?
鈴は、隼人しか見ていないから…。

「ずっと、本当に見てきたの…?」
「ああ。だから、お前たちがこの学校に入学してきたときは驚いた。

ずっと好きで、まさかこんな近くにくるとは思わなかったから。
…制服姿を見て…その、むらむらした……。自分でもこんなに理性がないなんて思わなかった。でも…近くで見ると俺の想像以上に可愛くて…ーーー」
「むらむらって…、」
「これでも、ちゃんと大人なんでいきなり襲いかかる様な真似はしなかったけどな」
「当たり前だろ…」

鈴は貞操の危機だったのか…。鈴は可愛いもんな。

俺と剛がいなかったら、今頃先生とこうして変なことしているのは鈴だったかもしれない…。

すっかり、疾風がずっと見てきたのは鈴だと思い込んでいる里桜はそんなずれた考えにいたっている。

 逆に、里桜にずっと見ていた…といった疾風はすっかり自分の気持ちを伝えたものと思い、らしくなく顔を赤らめ、言葉を探している。

「そ、その…だな…」

(みんな、鈴ばかり、なんだな…)

隼人も、疾風も。
みんな、鈴ばかり。

『里桜なんか、大嫌いだ』
昔言われたあの言葉が、里桜の心を後ろ向きにむしろ向きにしていく。
愛されるのは、鈴だけ。鈴だけしか愛される資格はない。
自分は鈴の代わりなだけ。



「せんせいは…」
「あ…?な、なんだ…」
「鈴のこと、好きなんですか?」

掴まれた腕をそのままに、里桜は疾風を見上げた。


「あ…好きに決まっているだろ?何言ってんだ…?」
「そう…ですよね…、」

疾風の答えに、里桜の顔がくしゃり、と歪む。


(…何故だろう、〝先生〟が俺より鈴が好きなことなど知っていた筈なのに…。
たまに、優しくしてくれるから…。昨日みたいに、してくれるから…俺…)


疾風が言ったのはけして恋愛感情ではない。

単純に〝好き〟か〝嫌い〟かで言っているのだ。しかし、勘違いをした里桜は言葉をそのまま受け止めて。

(…、先生も隼人さんも、鈴が好きなんだ…)


「それでな…、俺は鈴が誰を好きかも知っているが、お前も誰が好きか知っているんだよ」
「…っ!」
「お前ら双子が互いに思い合っている奴も…な…。好きなんだろう?隼人のこと」

好きなんだろ、隼人のこと。
疾風の言葉に、里桜はぎゅっと唇をかみしめる。

好き。
好きだ。

ずっと見てきた。

隼人の視線が、鈴にしかいかないことを知っていたのに。



ずっと、ずっと…。

鈴には悪いと思いつつ、ずっと隼人の姿を追っていた。


「…、でも隼人はお前を好きじゃない。
わかるか?隼人が好きなのは、鈴、だ」
「そんなの…っ」

改めて人に言われると、泣きたくなる。
見ないふりしていた事実を突き付けられた気がして。

両想いの二人に恋慕している自分が、愚かだと言われている気がして。


「昨日、あいつらは寝たらしいぜ」
「…え…、」
「セックスした、って言っているんだ。隼人と鈴が」
「セックス…、」

鈴と…、隼人が…?
ずっと、幼い頃から一緒にいた二人が…?

「嘘…、だって…、鈴は…まだ」
「鈴はまだ子供だって?鈴だって、男だろ、好きな相手と出来るんだ、ぱっとやっちゃったんじゃねぇの…」
「…だって、」

だって…。
二人が例え両想いでも、そんな性的なことはしないとどこかタカをくくっていた。
鈴は抱かれたりしない…と。

(隼人さん…!)
この裏切られたような気持ちはなんだろう。
裏切られた、など、二人はただ愛し合っているだけなのに。
どうして…

どうして、こんなにも…。

「鈴は、あいつが大好きだからな。そして、あいつも…」
「俺…だって…」
「あ…?」
「俺だって、好きだ!ずっと、好きだったんだ!
ずっと…あのキーホルダーが欲しかった!
俺を見てくれない隼人さんが…欲しかった…!俺だって…、」


好き、だなんてずっと鈴にも隼人にも言わない。
この気持ちは…叶わないこの気持ちは墓場まで持っていく。

そう思っていたのに…

「俺だって隼人さんが好きなんだ!どうしてみんな鈴ばっかり…。
俺だって…」
「里桜!」


 掴まれていた疾風の腕を払い、部屋から出て行った。

二人が寝たと聞かされて、気持ちがぐしゃぐしゃになっていた。

嫉妬?恨み?両想いになった二人へのやり場のない感情?

こんな醜い感情嫌なのに。
ボロボロと、涙が溢れ止まらない。
湧き出た感情はすぐに消えそうもない。


 結局、そのまま疾風が住んでいた家から、自宅に帰った里桜は、玄関先にある男ものの靴を見て顔を顰めた。

昨日隼人が履いていた靴。
つまり、隼人が家にいる。

何故?
―鈴と寝たから…?
鈴を抱いたから、家まで送ったの?

「隼人…、さん…」

ふらふらとした足取りでリビングへと向かうと、ちょうど、廊下に出てきた隼人と鉢合わせた。

「あれ…里桜…?」

機嫌良さそうな隼人の姿。
里桜の姿を見つけると、にっこりとほほ笑んだ。

「隼人…さん…」
「ん…?なにかな…?」

里桜に合わせ、少ししゃがんでくれる隼人。
首筋にちらりと見えたキスマーク。

昨日、隼人は鈴を送った。ということは…そのキスマークをつけたのは…

(鈴…と…)

「どうしたんだい…里桜…つっ!」

隼人が何か言う前に、背伸びをして、その口を自分の唇で塞ぐ。
衝動的に…、その唇にキスがしたかった。
せめて、そう、最後くらい…。
一度でいいから、欲しかったのだ。
隼人が鈴を好きでもいいから。

一度くらいキスは、好きな人としたかった。


カタン、と隼人の後ろで、小さな音がした。

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