鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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1章

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「お母さんが変な事云うから!」
「あら里桜冗談よ~って、でも鈴は小さい時から『隼人兄ちゃんのお嫁さんになるの』って、そりゃもう金魚のフンみたいに隼人さんにくっ付いて~」
「そういえば、薫さんが鈴に『男の子はお嫁さんになれない』って云ったら、鈴泣き出して大変でしたね…」

昔を懐かしむ隼人に里桜も昔を思い浮かべる。
大好きだと素直に隼人に口にでき、甘える鈴に対し、里桜は何も告げることなくただ側にいるだけだった。




いまも。
腕の中にいる存在に、幸福そうに笑う隼人を里桜は何も言わずに見ていた。
静かに、ただ見つめていた。


「馬鹿、そんな目であいつらをみんじゃねぇよ…」

里桜の視界が覆われる。
大きな手で。

「辛くなるだろ…」

優しい、その口調。
一瞬、隣にいるのが誰だったか忘れるほど普段とかけ離れた口調だった。

意地悪な疾風なのに…いきなりどうしたのだろうか。
ラブラブな二人を見せないようにするなんて。


「あいつら、見たくないだろ…。」
「……」
「見たくなければ見なければいい。
お前は俺のことだけ考えてればいいんだよ。

余計なことは考えんな」
「…うん…」
「よし」

疾風は里桜の目元を覆っていた手を外し、里桜の頭を撫でた。
里桜は眼を瞑り、大人しく疾風の手を受けていた。


※※
 隼人と鈴を見送ったのち、疾風と里桜も母親たちに別れを告げて、タクシーを待つ。
行先は、ここから一番近い疾風のアパートだ。

里桜も、一度だけ、連れて行かれたことがある。
一人暮らしにしては、部屋数も多く収納スペースも多い部屋だった。

聞けば、そのアパートは〝小早川〟の所有のもので、疾風は大学時代から借りているらしい。




「生徒会なんて、嘘ついて…、」
「ああ?こうでも言わなきゃ、お前一人で帰ったじゃねぇか。

母親にああいっとけば、優等生の里桜ちゃんは、断ることはできないだろ?」
「…」
「ほら、行くぞ」

二人の元へ、タクシーが一台やってくる。

疾風は里桜を押し込んで、タクシーの運転手に目的地を告げた。


(俺のことだけ考えろなんて、キザな男。
ほんっと、真面目で俺たち兄弟に分け隔てなく優しくしてくれる隼人さんと大違いなんだから。
でも、俺が落ち込んでいる時先生はいつも気づいてくれるんだよな。さっきも)



「里桜」
「…っ」

里桜の肩に重みがかかった。
視線を横にやれば、疾風が里桜の肩に頭をおき、身体を預けていた。



「せんせい…」
「ついたら、教えろ…。酒飲んだんだ、ねみぃ…」
「眠いって…」
「少しの間、我慢しろ…」
「我慢って…」

狭い室内、こうやってよりかかられては、逃げ場はない。
しかたなく、里桜は疾風をそのままにしておいた。



 (なんで、先生は、俺のことからかってくるんだろう)

疾風の端正な顔を見つめながら、里桜は思う。

(俺なんて…からかっても面白くもなんともないのに…)

自分は鈴と違って可愛くもなければ、素直でもない。


(嫌いだからこんなからかってくるのかな。
俺のこと…。先生も俺のこと、オマケで優しくしてくれるのかな。)

チクリ、と胸が痛む。
覚えのある、胸の痛み。

昔、鈴と里桜と仲のいい友達がいた。
その人は、鈴と里桜を連れ出し、沢山危険な場所や楽しい場所へと二人を招いてくれた。

鈴は、自分が知らない場所へ連れて行ってくれるその子が好きだったし、里桜もその子の人柄に魅かれ一緒に遊んでいた。


ある日、その子が川へ遊びに行こうと二人を誘った。
その日は、台風が近づいていて川は増幅していた。
しかし、そのときは見事な快晴で、その子は、二人に台風は離れたから大丈夫だと言い募った。



小さい頃から心配性な里桜は、もちろん反対した。
なにかあっては困ると思っただけでけして意地悪じゃない。危険だと止めただけだ。
なのに。


「里桜はいつもそればっかだよな。真面目クンっていうかさー」
「俺は鈴だけと遊びたいのに、いつも金魚のふんみたいにくっついてくるし」
「鈴と違って可愛くもないのに」
「本当に双子なの?顔は似ているけど、全然違うじゃん。鈴は可愛いし大好きだけど、俺里桜は嫌いだ」


友達は、吐き捨てて、鈴の腕を引っ張った。



「兄ちゃんを悪く言うな。
僕、兄ちゃんを悪くいうやつと一緒にいたくない」
「…なんだよ、里桜なんか、里桜なんか鈴のおまけの癖に!里桜なんか…」

(里桜なんか…)

「大嫌いだっ!」


ーーー
ーーーーーーーーーーーー

「おい…、おい…」
「っ…、」
「どうしたんだ?ボーとして…。」
「あ…、」

視線には疾風のドアップがある。
いつの間に疾風が起きていて、里桜の顔を覗きこんでいた。


「…、なんでも…ない」
「ほんと…か…」
「…うん…」
「そうか」
 そっと、里桜の肩に疾風は腕を回した。

疾風も、里桜のことを疎ましく思っているかもしれないのに。
自分は鈴のおまけでしかないのに。

里桜はそのまま、疾風に体を預けて目を瞑る。

どこか疾風の腕は安心した。
いつも変なことしかしない、疾風なのに。


「―里桜、」

低い、疾風の声。
心地よく、耳に染みわたるその声。

同時に、心地よい睡魔が襲ってくる。


「…してる……」

ぽそり、と零した疾風の言葉。
睡魔で薄れゆく意識の中、里桜は安心したように笑みを浮かべ、疾風の身体に己の身体を預けたまま、眠りについてしまった。
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