鬼畜狼と蜂蜜ハニー

槇村焔

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1章

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『今度の休み相手の家族と食事会だから、2人共遅れないでよ!?』

突然の妊娠・結婚発表・そして、その日のうちに相手家族とのお食事会。
あまりの展開の早さに里桜の気持ちは追いつかない。
鈴も同じように混乱はしたが、里桜に比べたら母の結婚を受け入れようとはしていた。

「母ちゃんの相手誰かな…ねえ、にいちゃん」
「父さんが死んでもう長いから、母さんに彼氏が居ても可笑しくないよ」

そう、可笑しくはない。そう自分に言い聞かせているのに。
母が見知らぬ他人に取られてしまうようで嫌だった。
自分達には、母しか親はいないのに、その母が再婚、だなんて。

もし、母が再婚したら、自分たちはどうなるんだろう。
やはり新しくできた子供に夢中になり、自分たちのことなど見向きもしないようになってしまうのではないか。


 そもそも、結婚前に未亡人の母に手を出して妊娠だなんて、どこのどいつだ。
再婚ですら唐突なのに、結婚を飛び越えて自分たちに弟か妹ができるなんて…ーー。


「僕達の知ってる人かな…優しい人なら良いな」

「……」

「にいちゃん?にいちゃんってば」

そうだねとは、けして里桜には言えなかった。
たやすく受け入れられない部分もあるのだ。
返事をしない里桜に、鈴はむぅ、とむくれる。

そこへ…


「おはよー」

前方から、自転車に跨った高橋剛たかはしつよしが手を振ってやってきた。
高橋剛。
鈴に思いをよせる友人の1人である。

 スポーツ刈りで少し目つきの悪い高橋は、背が大きくがっちりとした体躯で声もでかい。
制服はいつもボタンはとめず、前ははだけさせている。
ちょっと不良っぽい出で立ちなので、周りからは距離を置かれがちだが、実際の彼は熱血漢で仲間思いのいい兄貴分である。


 高橋は実家はこれまた特殊で、彼はやくざの息子である。

 ヤクザの息子ということで、最初は里桜も、高橋を毛嫌いしていた。
高橋という人となりを知らず、ヤクザの息子というだけで危険だと判断し、鈴を近づけなかったのである。
しかし、これには鈴も反対し里桜の言うことも聞かなかった。

「剛君は剛君だよ?なんでにいちゃんまで、そんなこと言うの?
そんな風に人をイメージで決めつけちゃ駄目だよ」

鈴は人となりをよくみている。
お馬鹿さんと言われようが、人間の本質を捉え、自分が本当に付き合ってもいい人間なのか自分で見極める力もあった。

 高橋も鈴を恋愛対象として想う一人であるが、唯一の例外として鈴の隣にいることを里桜は許していた。
ヤクザの息子だが曲がったことが嫌いな、気のいい高橋は里桜とも今ではいい友達になっている。

高橋はヤクザの息子のくせに、鈴には大変ヘタレな性分で、鈴に長年告白もできていない。

もちろん、里桜は高橋に対しても「鈴に手を出すな、」と釘を指してはいたものの、高橋がヘタレであり鈴が鈍感であるがため長年関係は友達のままだ。



「剛、おはよう」

鈴がにこにこしながら駆け寄ると、剛は破顔し自転車から降りた。
高橋は、まるで主人にあった犬のように顔が緩んでいる。
しっぽがあれば、ぶんぶんと振っているだろう。
でれりと緩んだその顔は…、不良という言葉からほど遠い。
その図は、わんことぽけぽけ飼い主の図であった。
ほんわかした剛と鈴の空気に里桜は、ふい、と顔を背けた。


 里桜の些細な行動に高橋はおや…?と首を傾げる。
鈴と違って、高橋はヘタレだが人間の感情に聡い。


「鈴、どうした?里桜と喧嘩か?」
「違うよ」
「お母さんがおめでたで再婚するんだとさ」

里桜がやけっぱちに言うと、高橋は驚愕に目を見開いた。


「そうか薫さんが再婚…えっおめでたって云ったか!?
薫さん、おめでたで再婚?」
「うん」
「……あの薫さんを射止めた男が居たのか!?」

母は気が強いし、亡くなった父を思っていたが、母はまだ若い。
まだ妊娠も出来る年頃でもあるし、何より美人だ。

鈴と似て。
強気で勝気で思い込みが激しい母だが、真っ直ぐで優しく懐も厚い。子持ちであるが一人の女として、魅力は充分で看護師である母に癒やされている男も少なくないという。


「それ母ちゃんに云わない方が良いよ?
いくら剛がヤクザの跡取り息子でも、母ちゃん許さないから」
「そ…そうだな」

高橋は、薫の怒ったときの顔を思い出し、ぶるぶると震えた。

やくざの息子であり、抗争などで危険な目にあっている高橋でも、薫の剣幕には勝てない。
天音家では母である薫が一番強いのだ。

「再婚で妊娠…ってええええ?薫さん、妊娠してんの?相手は誰だよ」
「知らない。今度、食事会があって、その時まで秘密だって。でも凄いいい人だって言ってたよ。
それと、相手にも子供がいるみたい。俺たちより上だって」
「子供…?それって、男か?女か?一緒に住むとか、そんなことしないよな?
そこで、恋に芽生えたりとか…、うわー考えただけで嫌だ。でも、鈴を見て落ちない人間がいるか?
こんな可愛い子が1つ屋根の下にいて、何もしない男がいるか?いや、いないだろう…」

一人問答する高橋に、里桜も渋い顔をする。

「鈴。どんなに再婚相手の子供がいい人でも、自分の部屋にあげるんじゃないぞ。男でも、女でも、だ」
「なんで?」
「なんででも!
ケーキとかに釣られて部屋に招いたら最後、美味しく食べられるのは鈴なんだからな」
「??ケーキ食べるんじゃないの?なんで、俺が食べられるのさ?へんな剛ー」

鈴がケラケラ笑うと、剛は「鈍感」といってガックリと肩を落とした。

「ま、俺が日々餌付けしとけばいいか。ってことで、鈴。今度の連休、ケーキショップ行かないか?駅前の」
「駅前のって、最近できたところだよねー!行きたかったんだー!行く行くー!」
「剛、あまり鈴にケーキ食べさせないでよ。鈴、いつも食べ過ぎて夕食たべれなくなるんだから…」
「兄ちゃん、余計なこと言わない!って、携帯鳴ってるよ?」



指摘されて、どきりと里桜の胸が跳ねた。
この着信音が流れるのはたった1人。

鈴にいわれて、里桜は鞄から携帯を取り出す。
ディスプレイには『先生』の文字。
その文字を見た瞬間、先ほどよりも胸の鼓動は増した。



「先生?小早川からか?」

ディスプレイには、先生としか書かれていないのに、まさしく当人を言い当てられて動揺する。
すぐに里桜は、携帯をポッケに入れ、「ちょっと寄るとこ有るから、鈴、剛と教室行ってて」と別れを告げる。



「にいちゃんは?」
「雑用頼まれてた」

里桜はそういって、2人と別れ鞄を小脇に駆け出した。
目指すは、数学準備室だ。


 未だにピロピロとなり続ける携帯電話。
どうやら、里桜が出るまで切ってくれないらしい。

里桜は、校舎の隅までいくと辺りに誰もいないのを確認し、携帯の通話ボタンを押した。


「もしもし…」
「おせぇ、何コールかけたと思ってやがる」

電話の主は、低い声で不機嫌そうにそう零す。

「出なかったらきればいいじゃないですか!」
「ああ?んだと?こら」


傲慢なその、態度。

 その人、小早川疾風こばやかわはやて
この学校の数学教師であり、里桜のクラスの担任であった。

そして、

「ご主人様の命令にたてつくとはいい度胸だな、おい」

里桜にとっての…、ご主人様、でもある。


「おい、里桜、」
「…なに?」
「今どこだ…?家でたか?」
「校舎、だよ。もう学校…」
「んじゃ、早くきやがれ。逃げんじゃねーぞ」
「ちょ…」


ちょっと待て、そう里桜が言い終わらぬうちに、疾風は電話を切ってしまった。
里桜は苦々しく舌打ちをすると、携帯をポッケにしまい、指定された場所へとかけだした。
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