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生死を彷徨っていたナトルシュカが、意識を取り戻したのは、子供との戦いに敗れてから4日たった日のことだった。

ナトルシュカが意識を取り戻し辺りを見回すと、ナトルシュカの隣には、布団に突っ伏し眠っているサティウィンの姿があった。

「サティ…」
ずっと、ナトルシュカを看病してくれていたのだろう。
目覚める前、ナトルシュカは暗闇の意識の中で何度もサティウィンの声を聞いた。
真っ暗で何もない世界で、その声だけが唯一の音であった。
自分を呼ぶ声をずっと聞いていたくて、ナトルシュカはずっと声を追っていた。
その声さえ追っていれば、この深い暗闇も抜け出せる…。
その一心でナトルシュカは暗闇の中、声を求め彷徨っていた。


「何度も、俺の名を呼んでくれましたね…。サティ…」
ナトルシュカの手は、サティウィンに握られている。
サティウィンは寝息を立て完全に寝入っているのに、その手は離れることはなかった。
ナトルシュカは、サティウィンの手を握り返し、ゆっくりと息を吐いた。

(生きているんだな…)
生きている。
斬り付けられた痛みで全身に痛みが走ったが、それ以上にサティウィンの温もりを感じ、歓喜する自分がいた。
生きている。
それだけのことが、今は凄く嬉しい。

(自分の心臓が動いているのを感じても、生きている心地がしなかった。
だけど、貴方のぬくもりが俺に生を感じさせてくれた。ちゃんと、生きている…と。
貴方は、いつだって、俺を生かしてくれる…。こんな、俺を…)

「サティ…」
眠る彼の名を呼ぶ。
暗闇の中では声にならなかった言葉が、今は言葉になって愛しい人に告げることができた。

 真っ暗な暗闇の世界。 
暗闇は、きっと死の世界だったのかもしれない。
死の世界で、サティウィンがナトルシュカを呼び続け、ナトルシュカはその声を追い続けた。

もし、途中でサティウィンがナトルシュカを呼ぶのをやめたら。
ナトルシュカがサティウィンの後を追うのをやめていたら。
おそらく、あのままナトルシュカは死の世界の住人になっていたかもしれない。
一生、あの暗闇で迷い続け、この世界に戻ってくることもなかった。
サティウィンがナトルシュカの生を信じ、待っていてくれたから、ナトルシュカは意識を取り戻せたと思うのだ。


(俺はいつだってサティウィン様に生かされている。
どれだけ恩を返しても返しきれないくらい、サティウィン様は俺に色々なものを与えてくださった。
愛を語ることすらできない自分を、サティウィン様は愛してくださった…。俺ができるのは、ただサティウィン様に忠誠を誓い、サティウィン様を守るだけ。
サティウィン様の危害を加えるものがあるのならば、俺は命をかけてでも、それを排除しなくてはいけない…。
たとえ、それがとんでもない化物だったとしても…。
サティウィン様の幸せを守るためならば…)

あの不気味な華を、成長してしまう前に、排除する。
それが、今考える中でナトルシュカにできることだった。
あの不気味な華が完全に成長してしまうまえに、華を消す。
ゾルフがなにかを仕掛けてくる前に、こちらからあんな華、燃やしてしまえばいい。
ゾルフ1人であれば、ナトルシュカでも倒すことができるだろう。
あの厄介な華さえなければ。

(排除できれば…だが…)
もし、失敗した場合は最悪、今度こそゾルフに殺されるだろう。
今回はたまたま生き残ることができたものの、次回があるとは思えない。生き残ったことが、奇跡なのだ。

次は間違いなく殺される。
もしくはあの子供のように、負けたら心を奪われ傀儡にされるかもしれない。
サティウィンを愛したことすら忘れ、ただ華のためだけに生きる傀儡に。
考えただけで気がおかしくなりそうだ。

(華に気に入られれば、この手のぬくもりを忘れるのか…
もし、俺が傀儡にされ、サティウィンを忘れた時…この国は…)

「んん…ナトル…シュカ…」
サティウィンが小さく身じろぎ、双眸を開いた。

「おはようございます…。サティウィン様」
目覚めたサティウィンにナトルシュカが小さく言葉をかけると、サティウィンの眠気眼はカッと見開いて、ナトルシュカを見つめた。

「ナトルシュカ…」
ナトルシュカの姿を視界に映した瞬間、サティウィンの瞳が潤みはじめる。


「良かった…。ちゃんと、意識が戻って…。もし、ナトルシュカが…って思ったら…」
「すみません…看病をしていただいたようで…」
「すまないと思うなら、もうこんな怪我2度とするな…。私を心配させるな…。それから…」

言葉では強気なことを言っていても、サティウィンの目から流れる涙は止まらない。
ナトルシュカは身体を起こし、サティウィンの涙を止めるように目元にキスを降らせた。


「もう、貴方を悲しませることはいたしません。
無茶はしないと誓いますから…」

投げかけられた甘い言葉にサティウィンはうっとりと頷きかけたが、「嘘だ…」とすぐにナトルシュカの言葉を否定した。

「嘘…」
「そういって、ナトルシュカはいつも嘘ばかりだから…。
前も同じことを言っていた」
「そうでしたか…」
「そう!」

ナトルシュカの記憶なんてあてにならないんだから…。そんな言葉でもう騙されないんだから。
サティウィンは、ジロリと疑い眼でナトルシュカを見つめる。
ナトルシュカはサティウィンの反応に参ったな…と宙を仰いだ。


「ナトルシュカの記憶なんてあてにならないんだ」

じとりとした目でサティウィンは恨み言を吐く。
そんな姿も、たまらなく愛しくて。
ナトルシュカはそんなサティウィンの不安までも包み込むように、正面から抱きしめた。

「たとえ、この記憶をなくしても、貴方のことだけは忘れません…」
「ナトルシュカ…」
「たとえこの先…なにがあろうとも…」

たとえ、華を排除できずゾルフの言う通り、華の傀儡になったとしても。
心を奪われ、感情がなくなり生きる屍になったとしても。
自分が愛するこの腕の存在だけは忘れはしない。
絶対に、この人を忘れることなんてない。
ナトルシュカは自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、腕の中の存在を確かめるように、強く抱きしめた。
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