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『ええ。みせてあげましょう。
素晴らしい力を。
怖がる必要はありません。
ただ力が手に入るだけなのですよ…。
素晴らしい力をね…』
華を見せられた後。
ナトルシュカは、ゾルフに王都から離れた市街地・寂れた裏通りへと連れられた。
大国であるロズラリア帝国であるが、貧富の差は大きい。
王都から離れたこの裏通りは、ナトルシュカが物心つく前から、ならず者の溜まり場所となっていた。
奴隷商から逃げてきた奴隷、親に捨てられた子供、コロッシアムから脱走した罪人など、身分を持たぬものの逃げ場になっていた。
時折見かける人影は覇気がなくぼんやりと座っているか、その瞳に憎しみを滾らせ、狂気に呑まれているかであった。
ナトルシュカが独房に入る前もけして栄えていたわけではなかったが、ここまで寂れてはいなかった。
活気はなかったが、人々の表情はここまで暗く悲観的でもなかったように思う。
ゾルフという男がいつの間にか王宮の中心へ入り込んだように、国の内部もナトルシュカが独房に入っていた数年で随分と変わってしまったのかもしれない。
(王の心労は、こんなところにあったのかもしれないな…)
王ももちろん、気苦労が多かっただろうが、それを間近で見ていたサティウィンも心配は尽きなかっただろう。
よく王宮を抜け出して、お忍びと称して町へ出掛けて民の暮らしを視察していたから、おそらく国の変化にはすぐに気づいたはずだ。
ナトルシュカの前ではそんな素振りを少しも見せることはなく、気丈に振舞っていたけれど、きっと心を深く痛めていただろう。
小さな頃から誰よりも優しい人だったから。
自分を犠牲にしてまでも、王の血筋であることを誇りに思っていたし、民を大事にしていたから。
(…俺があの人に拾われたのも、そういえばこんな場所だったな…。
今にも空腹で死にそうだった俺に、あの人は手を差し伸べてくれていた…)
ナトルシュカが生まれた場所も、この裏通りのように寂れた何もない場所であった。ナ
トルシュカは、幼い頃に親をなくし、兄弟も殺されてその何もない街にいた。
何もない街にいた、1人ぼっちだったナトルシュカに、サティウィンは居場所を作り、愛を与えてくれた。
不器用で、臆病な自分に、彼は献身的な愛情を注いでくれた。
けれど…
(大変な時に俺は支えてやることもできなかった…。俺は貰ってばかりいたのに…)
自分がしたことといえば、サティウィンの愛を拒絶しただけ。
サティウィンの将来のためだといいながら、サティウィンを泣かせただけだった。
誰よりも美しく、誰よりも聡明な彼を支えたい。
そのためならば、どれだけ他人の咎められようが、忌み嫌われようがいいと思っていたのに。
どうすれば、サティウィンが幸せになれるのだろう。
どうしたら、与えられた愛を返すことができるのか…ーー。
ー私の幸せをお前が決めるな。
そう、サティウィンに叫ばれた時、ナトルシュカは何も言い返すことができなかった。
ただ、笑ってほしい。幸せでいてほしい。
そのためならば、自分の命すら惜しくない。
サティウィンのために。サティウィンの笑顔が見たいから。
たったそれだけのために、行動しているのに。
良かれと思ったことは、いつだって裏目に出て、結果的にサティウィンを泣かせてばかりで、幸せにすることなどできなかった。
(いっそ、出逢わなければ…。いや、出逢わなければ、今の俺はなかった。
サティにあんな風に愛されなければ…、俺も、ここの住人のようになっていたかもしれない…。)
寂れた裏通りに連れられて、数刻がたっただろうか。
内戦でもあったのか、建物が崩壊し、ガレキまみれになっていた。
ところどころに血は飛び散っており、戦いの爪痕を色濃く残していた。
何体かの屍は倒れたまま、道に放置されている。
供養もされてない死体は、恨めしげにこちらを見ているようだっった。
「…もうつきましたよ。カリファ!」
ゾルフが呼びかけると、瓦礫の影から10歳くらいの子供が姿を現した。
裏通りにすむ子供だろうか。
服はボロボロで、肌は真っ黒に焼けていた。
身長はナトルシュカの半分ほどしかなく、目元は窪んでいて、痩せ細ろえていた。
「ナトルシュカ様、この子と、戦ってくださいませんか?」
ゾルフはそういうと、ナトルシュカへ子供の背を押す。
「子供だぞ…」
「ええ。子供ですね。」
「子供と戦えというのか?」
「はい。しかし、貴方はこの子供に指一本触れることはできないでしょう。この子供は特別だから」
「特別…?」
「ええ」
目の前にいる子供は、一見どこにでもいるような子供である。
ただ、ロクに食べ物を食べていないようで、その肉体は骨と皮しかないくらいに貧相な体をしていた。
こんな身体では、動くだけで精一杯なのではないか。
病にでも侵されているような病的な体つきを前に、到底、剣を振るうことなどできなかった。
(この国にいる子供がこんなに飢えているのか…。)
躊躇うナトルシュカに、ゾルフは「躊躇う必要などありまえんよ」
と、憐れむナトルシュカを、見透かしたように言った。
「この子は華に好かれたから、だから華から力を貰えたのです。華は強いものが好きでしてね。それに、絶望を好む」
「絶望…」
「あの華は絶望の華ですからね。
この子は幸せですよ。華に気に入られて。
もう何も怯えることはないのだから…。
希望などくだらないことを考えずにすむのだから。
生というしがらみを捨て、憎むことも苦しむこともなくなった。
この子はもう何も怖いことはない…。何も怯えることもない…超人になったのです。そう、生きる傀儡のように」
ゾルフは、焦げ茶色の少年の髪を撫でた。
よくよく少年を見れば、目の色に生気がなく虚ろだった。
目の焦点は、ぼんやりと宙を見据えている。
魂が抜けてしまった人形のようだ。
(生きる傀儡…まさか…)
「華に力を貰うと、死ぬのか…?」
「すぐには、死にませんよ。
ただ、心が失われるだけです…。
何を恐れることはなく、ただ華の意思通りに動く。
死ぬ恐怖すらない、華のためだけに生きるモノへと変わるのです。
素晴らしいとは思いませんか?」
夢物語を語るように、ゾルフはうっとりと呟く。
昨日、独房で男と話していなければ、けして信じることはなかっただろう。
たかが華ひとつで人が変わるなど。華に意識を奪われるなど。
昨日あの男と話さなければ、あの華を何の疑いもなく受け取って子供のように華に心を奪われてしまっていたかもしれない。
「……その子供は…」
「この子は、ここで出逢いました。
この子はたった1人でここでずっと生きていたようですよ。
産まれてからずっと、貧困に喘いでいたようでね…。
この国を強く憎んでおりました。
そう、強く強く、生きることに絶望するまでに…。
そんな絶望した少年に、華は力を授けたのです。
すべてを壊せる、夢のような力を…」
「こんな子供に…」
「華が力を授けられるのは、華に受け入れられたもののみ。
この少年は、その絶望感を華に受け入れられたんでしょうねぇ…。
国を崩壊させる力をわけてあげましょうと言った時、彼は迷うことなく私の手をとってくださいましたよ」
生きる傀儡。
ゾルフの言葉通り、少年は何の反応も示さなかった。
本当に心まで抜き取られたように、ぼんやりとしている。
そこには何の感情も見られなかった。
この裏通りで1人で生きていたと言う少年。
こんな瓦礫だらけの場所で、誰にも頼らず生きていくのはどれほど大変だっただろう。
おそらく、この裏通りの現状を見て見ぬ振りをする王家に、憤りを感じたに違いない。
その憎しみを抱いた心を、この男は利用したのだ。
少年の心と引き換えに。
「人の心をなんだと」
「さぁ…。そんなのどうだっていいじゃありませんか…。人が死のうが生きようが。国が滅びようが、歴史が失われようが…。私には何も関係ない。どれだけの犠牲があろうとも。私の目的はただ1つ」
「何が目的なんだ…。国の崩壊か?王にでもなるつもりか…?」
「そんなくだらないこと…。
ただ私はあの華を咲かせてみたいだけですよ」
「…華…?そんなの既に咲いて…」
先ほど見せられた華は、いくつも黒い小さな華をつけていた。
そう言うと、ゾルフはあれはまだ成長途中だといった。
「あんな小さな華ではありません…。
あの華はもっと成長するのですよ。美しい大輪を咲かせるのです。
元々、あの華は紫色の華でした。
それが、年月をかけて黒ずんでいきました。
あの華が本当に真の美しい華を咲かせるのはもう少しなのです…。
華に対してこんな言い伝えが有ります。
『蒼き目が災いになりて
英雄が消え、絶望の華咲く』
蒼き目の災いというのは、おそらくこの国の災いの姫であるララール様のことでしょう。
そして、英雄というのは貴方だ」
「俺を消すだと…?
おかしな話だな…?
お前は俺に華の力をやると言っていたが…」
「それは…」
ゾルフの笑みが一瞬、消える。
が、またすぐに表情を戻すと。
「おしゃべりも過ぎたようです。早速戦っていただきましょうか」
ゾルフは腰に身につけていた剣を、子供に投げ渡した。
「…嫌だと言ったら…」
「そうですね…。
今すぐにでも、王家を滅ぼしましょうか。
手始めに、貴方の愛する王子様からでも…」
「…貴様…」
「貴方の答え次第では、私はこの国に手は出しません。
私はただ、華を成長させたいだけなのですから…
それだけですよ」
(華の成長のため…本当に…?)
あの華を咲かせることに、どうしてゾルフは固執しているのか…。
「先ほどの貴方の問いですが…。
私も何度か貴方を直接殺そうと刺客を差し向けたのですよ。ですが、ことごとく憚れてしまった。不思議ですね。
まるで誰かに守られているようでしたよ…。
だから、考えを変えたのです。貴方に直接手を下さずに、華に捧げ、その力を華の為に使っていただこうと。
なんせ、貴方はこの国の英雄と呼ばれるほどお強い方ですからね…。華の力になればこれほど心強いものはない。
貴方は、力を受け取るだけでいいのです。後は華が貴方を勝手に動かすのだから」
ナトルシュカが素直に応じなければ、この子供とともに、ゾルフはこの国を滅ぼすらしい。
果たして、華の力はどれほどのものなのだろうか…。
こんな子供に、国1つ滅ぼすほどの力があるのだろうか…。
「貴方が勝てば、貴方にもあの王子からも手をひきましょう。ただし、貴方が負ければ…、貴方にはおとなしくあの華を受け取っていただく。貴方さえ受け入れれば、あの王子にも手を出しません。貴方さえ頷けばいいのです」
「俺が勝てば…、あの方にもこの国にも手を出さないでもらおうか…?そして、即刻、この国から出て行け」
「ええ。いいですよ。しかし、負ければ…わかってますね…?」
負ければ、華に支配される。
心も奪われて。
もし、心までも奪われたら、サティウィンへの恋心までなくなってしまうのだろうか。
サティウィンのことなど忘れ、華にその生命を奪われてしまうのか…。
「なに、きっと気に入られますよ。
英雄と名高い貴方なら…。そして、華を成熟させてくださる…」
さぁ、はじめましょうか?
ゾルフの言葉が合図だったように、子供がナトルシュカに飛びかかった。
『ええ。みせてあげましょう。
素晴らしい力を。
怖がる必要はありません。
ただ力が手に入るだけなのですよ…。
素晴らしい力をね…』
華を見せられた後。
ナトルシュカは、ゾルフに王都から離れた市街地・寂れた裏通りへと連れられた。
大国であるロズラリア帝国であるが、貧富の差は大きい。
王都から離れたこの裏通りは、ナトルシュカが物心つく前から、ならず者の溜まり場所となっていた。
奴隷商から逃げてきた奴隷、親に捨てられた子供、コロッシアムから脱走した罪人など、身分を持たぬものの逃げ場になっていた。
時折見かける人影は覇気がなくぼんやりと座っているか、その瞳に憎しみを滾らせ、狂気に呑まれているかであった。
ナトルシュカが独房に入る前もけして栄えていたわけではなかったが、ここまで寂れてはいなかった。
活気はなかったが、人々の表情はここまで暗く悲観的でもなかったように思う。
ゾルフという男がいつの間にか王宮の中心へ入り込んだように、国の内部もナトルシュカが独房に入っていた数年で随分と変わってしまったのかもしれない。
(王の心労は、こんなところにあったのかもしれないな…)
王ももちろん、気苦労が多かっただろうが、それを間近で見ていたサティウィンも心配は尽きなかっただろう。
よく王宮を抜け出して、お忍びと称して町へ出掛けて民の暮らしを視察していたから、おそらく国の変化にはすぐに気づいたはずだ。
ナトルシュカの前ではそんな素振りを少しも見せることはなく、気丈に振舞っていたけれど、きっと心を深く痛めていただろう。
小さな頃から誰よりも優しい人だったから。
自分を犠牲にしてまでも、王の血筋であることを誇りに思っていたし、民を大事にしていたから。
(…俺があの人に拾われたのも、そういえばこんな場所だったな…。
今にも空腹で死にそうだった俺に、あの人は手を差し伸べてくれていた…)
ナトルシュカが生まれた場所も、この裏通りのように寂れた何もない場所であった。ナ
トルシュカは、幼い頃に親をなくし、兄弟も殺されてその何もない街にいた。
何もない街にいた、1人ぼっちだったナトルシュカに、サティウィンは居場所を作り、愛を与えてくれた。
不器用で、臆病な自分に、彼は献身的な愛情を注いでくれた。
けれど…
(大変な時に俺は支えてやることもできなかった…。俺は貰ってばかりいたのに…)
自分がしたことといえば、サティウィンの愛を拒絶しただけ。
サティウィンの将来のためだといいながら、サティウィンを泣かせただけだった。
誰よりも美しく、誰よりも聡明な彼を支えたい。
そのためならば、どれだけ他人の咎められようが、忌み嫌われようがいいと思っていたのに。
どうすれば、サティウィンが幸せになれるのだろう。
どうしたら、与えられた愛を返すことができるのか…ーー。
ー私の幸せをお前が決めるな。
そう、サティウィンに叫ばれた時、ナトルシュカは何も言い返すことができなかった。
ただ、笑ってほしい。幸せでいてほしい。
そのためならば、自分の命すら惜しくない。
サティウィンのために。サティウィンの笑顔が見たいから。
たったそれだけのために、行動しているのに。
良かれと思ったことは、いつだって裏目に出て、結果的にサティウィンを泣かせてばかりで、幸せにすることなどできなかった。
(いっそ、出逢わなければ…。いや、出逢わなければ、今の俺はなかった。
サティにあんな風に愛されなければ…、俺も、ここの住人のようになっていたかもしれない…。)
寂れた裏通りに連れられて、数刻がたっただろうか。
内戦でもあったのか、建物が崩壊し、ガレキまみれになっていた。
ところどころに血は飛び散っており、戦いの爪痕を色濃く残していた。
何体かの屍は倒れたまま、道に放置されている。
供養もされてない死体は、恨めしげにこちらを見ているようだっった。
「…もうつきましたよ。カリファ!」
ゾルフが呼びかけると、瓦礫の影から10歳くらいの子供が姿を現した。
裏通りにすむ子供だろうか。
服はボロボロで、肌は真っ黒に焼けていた。
身長はナトルシュカの半分ほどしかなく、目元は窪んでいて、痩せ細ろえていた。
「ナトルシュカ様、この子と、戦ってくださいませんか?」
ゾルフはそういうと、ナトルシュカへ子供の背を押す。
「子供だぞ…」
「ええ。子供ですね。」
「子供と戦えというのか?」
「はい。しかし、貴方はこの子供に指一本触れることはできないでしょう。この子供は特別だから」
「特別…?」
「ええ」
目の前にいる子供は、一見どこにでもいるような子供である。
ただ、ロクに食べ物を食べていないようで、その肉体は骨と皮しかないくらいに貧相な体をしていた。
こんな身体では、動くだけで精一杯なのではないか。
病にでも侵されているような病的な体つきを前に、到底、剣を振るうことなどできなかった。
(この国にいる子供がこんなに飢えているのか…。)
躊躇うナトルシュカに、ゾルフは「躊躇う必要などありまえんよ」
と、憐れむナトルシュカを、見透かしたように言った。
「この子は華に好かれたから、だから華から力を貰えたのです。華は強いものが好きでしてね。それに、絶望を好む」
「絶望…」
「あの華は絶望の華ですからね。
この子は幸せですよ。華に気に入られて。
もう何も怯えることはないのだから…。
希望などくだらないことを考えずにすむのだから。
生というしがらみを捨て、憎むことも苦しむこともなくなった。
この子はもう何も怖いことはない…。何も怯えることもない…超人になったのです。そう、生きる傀儡のように」
ゾルフは、焦げ茶色の少年の髪を撫でた。
よくよく少年を見れば、目の色に生気がなく虚ろだった。
目の焦点は、ぼんやりと宙を見据えている。
魂が抜けてしまった人形のようだ。
(生きる傀儡…まさか…)
「華に力を貰うと、死ぬのか…?」
「すぐには、死にませんよ。
ただ、心が失われるだけです…。
何を恐れることはなく、ただ華の意思通りに動く。
死ぬ恐怖すらない、華のためだけに生きるモノへと変わるのです。
素晴らしいとは思いませんか?」
夢物語を語るように、ゾルフはうっとりと呟く。
昨日、独房で男と話していなければ、けして信じることはなかっただろう。
たかが華ひとつで人が変わるなど。華に意識を奪われるなど。
昨日あの男と話さなければ、あの華を何の疑いもなく受け取って子供のように華に心を奪われてしまっていたかもしれない。
「……その子供は…」
「この子は、ここで出逢いました。
この子はたった1人でここでずっと生きていたようですよ。
産まれてからずっと、貧困に喘いでいたようでね…。
この国を強く憎んでおりました。
そう、強く強く、生きることに絶望するまでに…。
そんな絶望した少年に、華は力を授けたのです。
すべてを壊せる、夢のような力を…」
「こんな子供に…」
「華が力を授けられるのは、華に受け入れられたもののみ。
この少年は、その絶望感を華に受け入れられたんでしょうねぇ…。
国を崩壊させる力をわけてあげましょうと言った時、彼は迷うことなく私の手をとってくださいましたよ」
生きる傀儡。
ゾルフの言葉通り、少年は何の反応も示さなかった。
本当に心まで抜き取られたように、ぼんやりとしている。
そこには何の感情も見られなかった。
この裏通りで1人で生きていたと言う少年。
こんな瓦礫だらけの場所で、誰にも頼らず生きていくのはどれほど大変だっただろう。
おそらく、この裏通りの現状を見て見ぬ振りをする王家に、憤りを感じたに違いない。
その憎しみを抱いた心を、この男は利用したのだ。
少年の心と引き換えに。
「人の心をなんだと」
「さぁ…。そんなのどうだっていいじゃありませんか…。人が死のうが生きようが。国が滅びようが、歴史が失われようが…。私には何も関係ない。どれだけの犠牲があろうとも。私の目的はただ1つ」
「何が目的なんだ…。国の崩壊か?王にでもなるつもりか…?」
「そんなくだらないこと…。
ただ私はあの華を咲かせてみたいだけですよ」
「…華…?そんなの既に咲いて…」
先ほど見せられた華は、いくつも黒い小さな華をつけていた。
そう言うと、ゾルフはあれはまだ成長途中だといった。
「あんな小さな華ではありません…。
あの華はもっと成長するのですよ。美しい大輪を咲かせるのです。
元々、あの華は紫色の華でした。
それが、年月をかけて黒ずんでいきました。
あの華が本当に真の美しい華を咲かせるのはもう少しなのです…。
華に対してこんな言い伝えが有ります。
『蒼き目が災いになりて
英雄が消え、絶望の華咲く』
蒼き目の災いというのは、おそらくこの国の災いの姫であるララール様のことでしょう。
そして、英雄というのは貴方だ」
「俺を消すだと…?
おかしな話だな…?
お前は俺に華の力をやると言っていたが…」
「それは…」
ゾルフの笑みが一瞬、消える。
が、またすぐに表情を戻すと。
「おしゃべりも過ぎたようです。早速戦っていただきましょうか」
ゾルフは腰に身につけていた剣を、子供に投げ渡した。
「…嫌だと言ったら…」
「そうですね…。
今すぐにでも、王家を滅ぼしましょうか。
手始めに、貴方の愛する王子様からでも…」
「…貴様…」
「貴方の答え次第では、私はこの国に手は出しません。
私はただ、華を成長させたいだけなのですから…
それだけですよ」
(華の成長のため…本当に…?)
あの華を咲かせることに、どうしてゾルフは固執しているのか…。
「先ほどの貴方の問いですが…。
私も何度か貴方を直接殺そうと刺客を差し向けたのですよ。ですが、ことごとく憚れてしまった。不思議ですね。
まるで誰かに守られているようでしたよ…。
だから、考えを変えたのです。貴方に直接手を下さずに、華に捧げ、その力を華の為に使っていただこうと。
なんせ、貴方はこの国の英雄と呼ばれるほどお強い方ですからね…。華の力になればこれほど心強いものはない。
貴方は、力を受け取るだけでいいのです。後は華が貴方を勝手に動かすのだから」
ナトルシュカが素直に応じなければ、この子供とともに、ゾルフはこの国を滅ぼすらしい。
果たして、華の力はどれほどのものなのだろうか…。
こんな子供に、国1つ滅ぼすほどの力があるのだろうか…。
「貴方が勝てば、貴方にもあの王子からも手をひきましょう。ただし、貴方が負ければ…、貴方にはおとなしくあの華を受け取っていただく。貴方さえ受け入れれば、あの王子にも手を出しません。貴方さえ頷けばいいのです」
「俺が勝てば…、あの方にもこの国にも手を出さないでもらおうか…?そして、即刻、この国から出て行け」
「ええ。いいですよ。しかし、負ければ…わかってますね…?」
負ければ、華に支配される。
心も奪われて。
もし、心までも奪われたら、サティウィンへの恋心までなくなってしまうのだろうか。
サティウィンのことなど忘れ、華にその生命を奪われてしまうのか…。
「なに、きっと気に入られますよ。
英雄と名高い貴方なら…。そして、華を成熟させてくださる…」
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