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洗脳・パラセクト

 貴方に私が渡せるものは、たった一つしかありません。
何も持っていないおれが、唯一お渡しできるもの。
ただ、ひとつ。
たったひとつ。
この命だけが、おれが、貴方にお渡しできるものなのです。

 そういって、お前は私に微笑んだ。とても、残酷な笑みで。
お前は何度も私に誓った。貴方だけは守る、命にかけても守ってみせる、と。
永遠にも似た、真摯な言葉でそれでいて残酷な言葉で。何度も私に、誓った。

お前を愛している私のことなんて、考えもせずに。
誰よりも私が愛しているお前は、誰よりも残酷な言葉を吐く。
お前が好きで好きでたまらない、私のことなんてちっとも思ってくれなくて。
お前は、私にいうんだ。

 貴方を守ることができたのなら、この命、惜しくはありません。
貴方を守るためならば、俺は悪魔に魂を売っても構わない。
貴方をお守りすることが、俺の役目であり幸せなのです、と。

私は、その言葉を聞くたびに心が痛むのに。
お前は、私の気持ちに応えてくれることなどなくて、いつも真剣な顔をして、駄々をこねる子供に言い聞かせるように私に言う。

貴方を愛すことはできません。
ですが、一生、この身をかけて貴方をお守りします。
全身を矢で刺されても、心臓を撃ち抜かれても、貴方だけはお守りします。
俺は、なにがあっても貴方を守ると約束します。
貴方が、なによりも誰よりも大切だから。
誰よりも、貴方をお慕いしているから。
だから、貴方は誰よりも聡明で慕われる王になってください。
誰よりも、強く輝いている王でい続けてください。

俺は全てからあなたをお守りしますから。
だから。
貴方は何も不安に陥ることなく、貴方の道を進めばいい。
貴方に振り抱える災難は、すべて俺が盾となり守ってみせます、と。
貴方の未来は、俺が切り開きます。


 残される私のことなんて、ちっとも思ってくれないで、お前はいつもそればかり。

 私は大事に守られるような愛を望んでいた訳じゃない。
私が望むのは、たった1つのこと。
守られるよりも、もっと叶えてほしい願いがあるのに。
私に忠実なお前なのに、そのたった1つの望んだことは絶対に叶えてくれない。
私の望みは、たった1つのことなのに。
たった1つしか、望んでいないのに。

いつだって、お前は、私の願いを叶えてはくれないんだ。
そう、いつだって、お前は…ーーーーー。




■□□1■□□
=狂王誕生=
 けたたましい熱気を帯びた声が、あたりに響き渡る。
今、まさに始まろうとしている戦いに、人々は誰しも興奮し、目を血走らせ、胸躍らせていた。
人々を興奮させ、時を忘れさせるこの場所の名前は、闘技場・コロッシアム。
国の財をかけて建設されたコロッシアムの建物には、今日も人と人との隙間などないほど、沢山の人々がつめかけていた。



「さぁ、次の対戦者はこいつだー」
司祭の派手な言い回しに、観客は煽られ、わっと歓声をあげた。
ギラギラと輝く太陽の下、建物内に集まる人々でコロッシアム内は異様な熱気に包まれている。

コロッシアムが開かれている、この国の名はロズライア帝国。
3大陸の中の1つに属するロズラリア帝国は、南に位置する大国である。
資源豊かな国で、温厚な気候にも恵まれている。
貧富の差はあるものの、表立っての反乱はここ数年起きていない平和な国であった。

 ロズラリアの民といえば、普段は温厚で慎ましやかな性格をしている。
豊かな資源におごることなく、人々は労働し、街の広場にはいつも笑い声が響き渡り、活気づいていた。

そんな温厚な民であるが、このコロッシアムが開催されている時は、普段の温厚さがウソのような熱狂ぶりをみせる。
コロッシアムが開催している間だけは犯罪も起こらないと言われるくらいで、仕事を放り出したり食事を抜いてでも、コロッシアムで行われている試合を一目見ようと、やってくるものも少なくはなかった。

税に苦しむ民衆が反旗を翻さないようにと、開催されたコロッシアムでの催しであったのだが、今ではこの国でなくてはならない人気になっていた。
今や、ロズラリア帝国の一番の娯楽になっていると言っても過言ではない。
コロッシアムの異常な人気は、既に王をも超えるほどで、王の一存ではコロッシアムを取りやめることはできないほどになっていた。



 コロッシアムで闘うのは、大半が罪を犯した罪人である。
罪人同士が己の命を懸けたコロッシアムの戦いは、時に目を覆いたくなるほどの残虐な殺し合いになるのだが、血塗られた罪人に対し同情するものはほとんどいない。
人の命をかけた戦いも、観客にとってはただの見世物になっている。家畜同様、いや、それ以上に罪人の地位はこの国では低かった。
罪人になった瞬間、その命さえもとても軽いものに扱われていた。
罪人が死のうが、生きようが、このコロッシアムの闘技場では悲しむ人間などいないのだ。


「さぁ、お次はこのコロッシアム一番の覇者の登場だ~!
貴族殺しのナトルシュカ!」

 コロッシアム中央に位置するリングの上、観客の視線の先には、一人の男が身体の三分の二はある大きな大剣を手に佇んでいた。
男の武器といえば手に持っている剣だけで、上半身は鎧一つ身につけていない。
下半身にいたっても大層な武器などなく、薄いボロの布きれ一枚だけである。

日に焼けた褐色の肌には、幾重にも深い傷が刻まれていた。
痛ましいほどの傷ではあるが、そのガッチリとした均整のとれた体つきの前では、傷すらも彼の筋肉美を彩どる飾りとなっていた。
鍛えられた逞しい男らしい身体は神話に出てくる英雄のように、美しい。
闘いを知らぬ貴族の身体と比べると、その肉体は大人と子供ほど違う。どれだけ貴族が着飾ったところで、リングに立っている男の武人さながらの色気は出ないだろう。
凛々しく精悍な男らしいその顔つきは、若いのに数々の修羅をくぐり抜けたような貫禄がある。
口を閉ざしているのに、瞳だけで周りを威圧してしまいそうな…見えない威圧感を纏っていた。

 リングにたつ男の目の前には、檻に入れられた獰猛な獣がぐるぐる…と、牙を向いている。狭い檻の中、3匹の獣たちは檻の外の人間を見て、憎しみに金色の毛を逆立てていた。
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