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2章
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□ー鈴sideー□
風呂上がり。
ホカホカと湯気を纏わせながら、茶の間に行くと母さんが古いアルバムを見ていた。
俺が角の方に座っていると手招きしながら、近くにくるように言い、俺は言われた通りに母さんの隣に腰を下ろす。
「ほら、この写真。鈴と里桜の小さかった時の写真よ。直人パパの取り合いで大変だったんだから…。
それからこっちが、鈴に泣かされてる里桜の写真。あの頃からあの子、鈴に欲しいもの取られてたのよね。それで昔はよく泣いてたわね…」
母さんは、写真を見つめながらしみじみ呟いた。
アルバムには、沢山の俺と兄ちゃんの写真がある。
そして、死んでしまった兄ちゃんの本当の父親・直人さんの写真もあった。
そこには仲睦まじい家族写真がある。
母さんたちは、俺が養子でもわけ隔てなく愛してくれた。
だから、写真の俺はカメラに向かってどの写真も笑みを浮かべている。
「あのさ、…訊いて良い?」
「どうぞ?」
「母さんは、本当は俺の叔母さんなんだよね。
俺の本当の母親は…母さんのお姉さん、鈴音さんなんだよね。
俺は捨てられたんだよね」
母さんは昔から嘘が下手だ。
というか、嘘をつけないタイプだから、オブラートに言うことはなくストレートに物事を言う。
俺に問に対しても誤魔化すことなく淡々と、「そうね」と答えた。
「邪魔になったから、って。そんな姉さんにキレて、私があんたを我が子にしたの。
子供をなんだと思ってるんだ、って。あのときは、本気で姉さんにキレたわ。
ただの道具にしか思ってないなら、私が大切に育てるって」
「…道具」
「姉さんね、ずっと好きな人がいたのよ。
だけど、そいつも別の人が好きで…。
どうしてもそいつを手に入れたかった姉さんはそいつを無理矢理襲って…ーってこんな話子供にしたくないんだけどね」
母さんは肩を竦めアルバムを机においた。
「姉さんはね、あんたが4歳位の頃までは一人で育てていたのよ。誰に頼ることもなく。
だけど…1人で無理がたたったんでしょうね。
次第にその苛立ちがあんたにいってしまったみたいなの。
姉さんは、すぐ自分を追い詰める弱い性格だったから。
あのままじゃ駄目だって、私が保護して、姉さんも姉さんであんたのこといらないって言ったのよ。里桜と双子として育てたのは、あんたとたまたま同じ誕生日だったから。凄い確率よね。
姉さんと私、同じ日に子供産んじゃうなんてね」
母さんは、皮肉に顔を歪ませた。
『貴方が…邪魔なのよ…!!貴方がいると、私は…!』
いつぞや見た去っていく女の人を追いかける小さい頃の俺。
あれは、やっぱり実際あった出来事だったんだ。
『私はいつも笑顔の鈴ちゃんが大好きなの』
鈴音さんはよく俺にそう言っていた。
かわいいかわいい鈴ちゃん。泣かないで鈴ちゃん。大好きよ、鈴ちゃん。
愛情が歪なものになった、きっかけはなんだったのだろう。
昔のことを考えても答えなんてでないけれど、小さい頃の俺の一番は鈴音さんで、世界の中心は鈴音さんで、とにかく鈴音さんに愛してもらいたかった。
4歳の誕生日、小さなケーキを買って貰えた。
だけど、俺は嬉しさのあまり玄関で転んでしまって、ケーキを台無しにしてしまった。泣き続ける俺に鈴音さんは
『いつまでも泣く鈴ちゃんは、ママ嫌い』
そう冷たい視線を向けた。
俺は鈴音さんに嫌われたくなくて、必死に泣くのをやめて笑顔を浮かべた。
いい子でいれば、泣かなければ、わがままを言わなければ、ずっとママは俺を愛してくれる。
お父さんなんていなくても、ずっと側にいてくれる。
嫌わないでいてくれる…そう愛情に飢えていた。
『姉さんに、この子あげるわ。もう面倒見きれないの…
この子は、私にとって邪魔なの。この子がそばにいるとーーー不幸になる』
そういって、さっていく鈴音さんを、俺は必死でおいかけた。
待って、いかないで。いい子にするから。
悪いこと、絶対にしないから。
〝おとうさん〟なんて、いらないから。
なにも欲しがらないから。
なんにも、いらないから。
貴方が嫌がるのなら、声だっていらない。
貴方が嫌がるのなら、笑い声だってあげない。
なにもいらない。
なにもほしくない。
あなただけ、側にいてくれたら。
だから。お願い。
側にいてーーーーー。いらないなんて、言わないでーー。
縋るように伸ばした手は、なにもつかめず虚空を切った。
あとに残ったのは、絶望と虚しさだけ。
「鈴…鈴ってば…」
「あ…」
「急にトリップしないでよ。びっくりしたじゃない」
「いろいろ思い返して。鈴音さんのこと。俺は愛されてなかったんだなぁ…って」
思い出すのは悲しい記憶だけ。
実の母親に愛された記憶がないって悲しいものだな…。
そう思っていた俺に
「あいつがあんたをどう思っていたかは知らないわ。でもね、鈴覚えておいて。
貴方は私の自慢の息子なのよ。母さんが落ち込んだとき、あんたはいつも笑顔でいてくれた。辛いときも悲しいときも、あんたいると元気になれた。あんたはいらない子じゃない。
大事な…私の自慢の息子なんだから」
母さんはそういい、俺の髪をくしゃりとなでた。
「母さんはちゃんとあんたを愛してるわ。もちろん、里桜もね」
「兄ちゃんも…」
「そうよ。あんたが悲しければみんな悲しむし、あんたが困っているときは力になってあげたいと思う。そういう、誰かを思う気持ちって純粋な愛って言うんじゃないかしら?」
自信を持ちなさい。
母さんはの声は泣きたくなるくらい優しくて。
「販促だよ。そんな優しい言葉」とうるむ瞳を抑えれば、母さんは「お母様はいつも優しいのよ」と胸を張った。
それから母さんとはいろいろ話し合った。
小さい頃のこと、死んでしまった直人さんのこと。それから兄ちゃんのこと。
「ねぇ母さん、聞いていい?俺の本当の父親ってまだ生きてるの」
「生きてるわよ。ちゃんと」
「その人、どんな人?母さんも知ってる人だよね…?」
「知りたい?」
知りたい。
たとえ愛されてなくても。やっぱりどんな人が自分の父親なのか見てみたい部分がある。
「そこにいるでしょ、そいつがあんたの父親」
母さんがくいっと顎をしゃくった先には、ポスターが2枚貼ってある。1枚目は、ベテラン俳優で叔母様たちのアイドルであり視聴率の王様・上条貴博が犬を抱いている写真。
そしてもう1枚が、ふわふわ天然王子様と名高い神凪春文のポスターだった。
「ま、まさかふわふわ王子様が俺の父親…」
「そっちじゃない。もう1つのほう」
「犬?犬が俺の…」
「変なギャグ言ってんじゃないの。上条よ上条」
「…上条…貴博?」
上条貴博って超人気俳優で、年齢不詳で、毎クールドラマに出てるあの…
「そう。そいつがあんたの父親なのよ」
驚く俺に母さんは至極自然にあっけらかんと言い放った。
流行の流れが早い芸能界で、今だにトップを走り続ける男。
それが、上条貴博でそんでもって、俺の父親…ー。
この大人気スターが?
じっとポスターを見つめていると、ピンポンピンポンとけたたましいチャイムの音が鳴り響いた。
「誰か来たのかしら?おばあちゃん、出てくれるー?」
襖をあけて、玄関近くの部屋にいる祖母に母さんが叫んだ。
母さんに言われなくとも、ばあちゃんは玄関に向かっていたようで
「まあ、里桜!?」
玄関が開き、中から現れた兄ちゃんに喜びの声をあげた。
「こんばんは、本日『あっしー』で来ました、長男の疾風です」
兄ちゃん、先生と来てくれたんだ。
心配させちゃったかな。
ちゃんと謝らないと。
そう思い、茶の間の襖から顔を出し…次の瞬間、俺は立ち上がり茶の間から出て家の裏扉へ駆け出した。
ちらりと扉から見えたのは、兄ちゃんと先生だけじゃなくて隼人さんもいたから。
隼人さんのこと、ちゃんと考える。
そう先程まで思っていたのに。
姿を見てしまうと、それまで決意したことが呆気なく崩れさってしまった。
隼人さんと会うのが、怖い。
嫌われたら嫌だ。
朝、隼人さんのキス嫌がってしまった。
そのことで隼人さんが、傷ついてもう俺なんていらない…って思ってしまったら…。
恐怖から走って走って、走り着いた先。
ばあちゃん家から少し離れた寂れた工場にたどり着くと、俺はようやく歩みを止めた。
はぁはぁ…と肩で大きく呼吸をしながら、空を見上げると星が瞬いている。冷たい風が頬にあたって気持ちがいい。
綺麗な星を見ていると、死んでしまった直人さんのことを思い出した。
『鈴ちゃんのお星様へのお願いは何かな?』
『お願いは言っちゃいけないの。だって、鈴悪い子じゃないから…。
我儘言ったら、ママに怒られるの』
『我儘とお願い違うよ、鈴ちゃん。お願いだったら口に出して良いんだ。君が何を望んでいるのか、どうしたいのか、きちんと自分の意志でこれからは伝えていいんだよ。
君はこれから、自分の意志でなんでもできるんだから。我慢しなくていいんだ。楽しいと思うことは楽しいと口にすればいいし、辛かったらいえばいい。そうやって色んなことを理解して、人は少しずつ人を好きになるんだよ』
『でも、そんなお願い言ったら、嫌われる。お願いばかりの僕なんて嫌いになるよ』
そういった俺に、直人さんは…ーーー。
はっと顔をあげると、目の前には息を切らした隼人さんの姿があった。
隼人さん?そう呼びかける前に俺は隼人さんの腕の中にすっぽり収まってしまう。
隼人さんはぎゅっと俺を抱きしめると、ただ一言俺に「ごめん」といった。
「それは、俺との付き合いをやめようの“ごめん”なの?」
「違う…!」
「じゃあなんの…」
「鈴にいろいろ秘密にしてきたことがある。私は昔、色んな人間と付き合ってきた。
鈴も知ってる春彦に…社長令嬢。男も女も。
未成年は手は出さなかったが、男に身体を売る人間とお金だけの付き合いもしたことがあったし、社長夫人の愛人みたいな同義に反したこともしていた。こんな私は…君の理想の王子様じゃないかもしれない。でも…」
隼人さんは腕の中にいる俺を強く抱き返し
「君が好きなんだ。君に嫌われたくないんだ」と悲痛な面持ちで呟いた。
「君のことが昔から、好きだった。君がうんと小さい頃から。君が思うずっとまえから。
ずっと君だけを。君だけを欲しいと思っていた。
だけど、君と私との間には年齢の問題がある。
もし、好きになっても私との付き合いに後悔したら?
そもそも10以上年離れた私と恋愛なんてしてくれるんだろうか…。君はこんな私なんて受け入れてくれない…。けして、君と私は結ばれることはない。
そんなことを考えて自暴自棄になって、学生時代は荒れに荒れ、廃れた交友関係を送っていたんだ…」
隼人さんが話す過去の恋愛話は、おおよそ春ちゃんから聞いていたとおりだった。
男だけじゃなく女の人とも、沢山恋愛をしてきた。
時に相手の気持ちなど考えず、別れを告げた恋もあったらしい。
酷い男だと泣かれたこともあったそうだ。
優しい王子様じゃない。隼人さんはそう何度も口にした。
『だけど、鈴ちゃんは許せないんじゃないの?
一途な君にとって先輩のしていた『過去』が』
『君はどうしたい?』
俺は、どうしたいのか。
どうなっていきたいのか。
目を閉じ少し考えて、ゆっくり双眸を開いた。
「王子様じゃないんだよね。隼人さんは。俺の王子様じゃないんだ」
「鈴」
「一人の…ちゃんとした人間なんだよね。怒ったり悲しんだり…ただ優しいだけの王子様じゃないんだ」
俺は、俺だけに優しい王子様が好きなんじゃない。
不器用でもなんでも、俺だけを好きになってくれる隼人さんが好きなんだ。
「一発頬を殴らせて…それでチャラにするよ…。
隼人さんは大人だもん。モテるし今まで、そういう付き合いがなかったほうがおかしいもんね。これからも浮気するなら許せないけど…。
でも、春ちゃんと付き合ってたの、秘密にしてたのは許せないから…だから、一発殴らせてくれるなら許してあげるよ」
強張っていた隼人さんの顔に笑みが広がっていく。
俺の言葉通り隼人さんは俺に頬を差し出し、俺はそこに渾身の一撃を与えた。
「…好きだよ、隼人さん。だから、これからは隼人さんに包み隠さず我儘も、聞きたいことも言うよ。春ちゃんが言ってたんだ。
隼人さんの相手は大人じゃないと務まらないって。
だから、俺隼人さんが呆れないように早く大人になるから。隼人さんが、安心して俺を好きになってくれるような大人に絶対なるから。なんでも話し合えるような…理解してあげるようなそんな大人になるから。
だから、もう少し待ってて」
「鈴こそ、いいの?私こそ、君が想像しているようなスマートな大人じゃないかもしれないのに…。とても卑怯な大人かもしれない。君が知らない部分が、まだまだあるかも…」
隼人さんの言葉を、キスで封じる。
言葉はいらない。今はただ、隼人さんを感じたかった。
隼人さんの言うように、知らない部分がまだまだあるかもしれない。俺が見ている隼人さんは、隼人さんの一部で全部じゃないかもしれない。それでも、もっと知っていきたい。
彼のことをもっと理解していきたかった。
お願いばかりの僕なんて嫌われるよ。そう言っていた俺に、直人さんはこう言っていた。
『嫌われてもいいから、“変えたい”と思った時に、人は本音でぶつけあえるんじゃないかな。みんなに好かれなくてもいいじゃないか。誰か1人、君を理解してくれる人がいるのならば。本気でぶつかれる人間が、たった1人いれば、とても幸せなことだよ。自分を隠し続けると、とても窮屈で呼吸がしづらくなるよ』と。
急に全てを変えるのは無理かもしれない。でも、少しずつ前に進みたい。
隼人さんが、もっと俺のこと好きになってくれるように。俺も大人になっていきたい。
隼人さんとの口づけが深くなる。
俺は隼人さんの背に腕を回し、自分から積極的に舌を絡めた。
「キスがうまくなったね…」
キスの合間、耳朶を軽く含まれ微笑される。
「隼人さんが何度もするから…」
「そうだね…。私のせいだ」
クスクスと笑い俺のシャツをはだけさせる。
汚れるから…と、隼人さんは自分の膝の上に俺を乗せる。
「今日は、お互いの顔、見ながらしようか?鈴」
「…恥ずかしいよ…」
「大丈夫。私に任せて。腰、少しあげられる?」
そろそろ、と腰をあげると俺の後孔を隼人さんはぐるりと指でなぞった。
「そろそろ、ここも緩んできたよね…。鈴、ちゃんと私のものになる気はある?」
まるで熱で浮かされたように、隼人さんの言葉にコクリと頷く。
隼人さんは俺の言葉に、「イイコだね、鈴」と頭を撫でた。
□
風呂上がり。
ホカホカと湯気を纏わせながら、茶の間に行くと母さんが古いアルバムを見ていた。
俺が角の方に座っていると手招きしながら、近くにくるように言い、俺は言われた通りに母さんの隣に腰を下ろす。
「ほら、この写真。鈴と里桜の小さかった時の写真よ。直人パパの取り合いで大変だったんだから…。
それからこっちが、鈴に泣かされてる里桜の写真。あの頃からあの子、鈴に欲しいもの取られてたのよね。それで昔はよく泣いてたわね…」
母さんは、写真を見つめながらしみじみ呟いた。
アルバムには、沢山の俺と兄ちゃんの写真がある。
そして、死んでしまった兄ちゃんの本当の父親・直人さんの写真もあった。
そこには仲睦まじい家族写真がある。
母さんたちは、俺が養子でもわけ隔てなく愛してくれた。
だから、写真の俺はカメラに向かってどの写真も笑みを浮かべている。
「あのさ、…訊いて良い?」
「どうぞ?」
「母さんは、本当は俺の叔母さんなんだよね。
俺の本当の母親は…母さんのお姉さん、鈴音さんなんだよね。
俺は捨てられたんだよね」
母さんは昔から嘘が下手だ。
というか、嘘をつけないタイプだから、オブラートに言うことはなくストレートに物事を言う。
俺に問に対しても誤魔化すことなく淡々と、「そうね」と答えた。
「邪魔になったから、って。そんな姉さんにキレて、私があんたを我が子にしたの。
子供をなんだと思ってるんだ、って。あのときは、本気で姉さんにキレたわ。
ただの道具にしか思ってないなら、私が大切に育てるって」
「…道具」
「姉さんね、ずっと好きな人がいたのよ。
だけど、そいつも別の人が好きで…。
どうしてもそいつを手に入れたかった姉さんはそいつを無理矢理襲って…ーってこんな話子供にしたくないんだけどね」
母さんは肩を竦めアルバムを机においた。
「姉さんはね、あんたが4歳位の頃までは一人で育てていたのよ。誰に頼ることもなく。
だけど…1人で無理がたたったんでしょうね。
次第にその苛立ちがあんたにいってしまったみたいなの。
姉さんは、すぐ自分を追い詰める弱い性格だったから。
あのままじゃ駄目だって、私が保護して、姉さんも姉さんであんたのこといらないって言ったのよ。里桜と双子として育てたのは、あんたとたまたま同じ誕生日だったから。凄い確率よね。
姉さんと私、同じ日に子供産んじゃうなんてね」
母さんは、皮肉に顔を歪ませた。
『貴方が…邪魔なのよ…!!貴方がいると、私は…!』
いつぞや見た去っていく女の人を追いかける小さい頃の俺。
あれは、やっぱり実際あった出来事だったんだ。
『私はいつも笑顔の鈴ちゃんが大好きなの』
鈴音さんはよく俺にそう言っていた。
かわいいかわいい鈴ちゃん。泣かないで鈴ちゃん。大好きよ、鈴ちゃん。
愛情が歪なものになった、きっかけはなんだったのだろう。
昔のことを考えても答えなんてでないけれど、小さい頃の俺の一番は鈴音さんで、世界の中心は鈴音さんで、とにかく鈴音さんに愛してもらいたかった。
4歳の誕生日、小さなケーキを買って貰えた。
だけど、俺は嬉しさのあまり玄関で転んでしまって、ケーキを台無しにしてしまった。泣き続ける俺に鈴音さんは
『いつまでも泣く鈴ちゃんは、ママ嫌い』
そう冷たい視線を向けた。
俺は鈴音さんに嫌われたくなくて、必死に泣くのをやめて笑顔を浮かべた。
いい子でいれば、泣かなければ、わがままを言わなければ、ずっとママは俺を愛してくれる。
お父さんなんていなくても、ずっと側にいてくれる。
嫌わないでいてくれる…そう愛情に飢えていた。
『姉さんに、この子あげるわ。もう面倒見きれないの…
この子は、私にとって邪魔なの。この子がそばにいるとーーー不幸になる』
そういって、さっていく鈴音さんを、俺は必死でおいかけた。
待って、いかないで。いい子にするから。
悪いこと、絶対にしないから。
〝おとうさん〟なんて、いらないから。
なにも欲しがらないから。
なんにも、いらないから。
貴方が嫌がるのなら、声だっていらない。
貴方が嫌がるのなら、笑い声だってあげない。
なにもいらない。
なにもほしくない。
あなただけ、側にいてくれたら。
だから。お願い。
側にいてーーーーー。いらないなんて、言わないでーー。
縋るように伸ばした手は、なにもつかめず虚空を切った。
あとに残ったのは、絶望と虚しさだけ。
「鈴…鈴ってば…」
「あ…」
「急にトリップしないでよ。びっくりしたじゃない」
「いろいろ思い返して。鈴音さんのこと。俺は愛されてなかったんだなぁ…って」
思い出すのは悲しい記憶だけ。
実の母親に愛された記憶がないって悲しいものだな…。
そう思っていた俺に
「あいつがあんたをどう思っていたかは知らないわ。でもね、鈴覚えておいて。
貴方は私の自慢の息子なのよ。母さんが落ち込んだとき、あんたはいつも笑顔でいてくれた。辛いときも悲しいときも、あんたいると元気になれた。あんたはいらない子じゃない。
大事な…私の自慢の息子なんだから」
母さんはそういい、俺の髪をくしゃりとなでた。
「母さんはちゃんとあんたを愛してるわ。もちろん、里桜もね」
「兄ちゃんも…」
「そうよ。あんたが悲しければみんな悲しむし、あんたが困っているときは力になってあげたいと思う。そういう、誰かを思う気持ちって純粋な愛って言うんじゃないかしら?」
自信を持ちなさい。
母さんはの声は泣きたくなるくらい優しくて。
「販促だよ。そんな優しい言葉」とうるむ瞳を抑えれば、母さんは「お母様はいつも優しいのよ」と胸を張った。
それから母さんとはいろいろ話し合った。
小さい頃のこと、死んでしまった直人さんのこと。それから兄ちゃんのこと。
「ねぇ母さん、聞いていい?俺の本当の父親ってまだ生きてるの」
「生きてるわよ。ちゃんと」
「その人、どんな人?母さんも知ってる人だよね…?」
「知りたい?」
知りたい。
たとえ愛されてなくても。やっぱりどんな人が自分の父親なのか見てみたい部分がある。
「そこにいるでしょ、そいつがあんたの父親」
母さんがくいっと顎をしゃくった先には、ポスターが2枚貼ってある。1枚目は、ベテラン俳優で叔母様たちのアイドルであり視聴率の王様・上条貴博が犬を抱いている写真。
そしてもう1枚が、ふわふわ天然王子様と名高い神凪春文のポスターだった。
「ま、まさかふわふわ王子様が俺の父親…」
「そっちじゃない。もう1つのほう」
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「変なギャグ言ってんじゃないの。上条よ上条」
「…上条…貴博?」
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「そう。そいつがあんたの父親なのよ」
驚く俺に母さんは至極自然にあっけらかんと言い放った。
流行の流れが早い芸能界で、今だにトップを走り続ける男。
それが、上条貴博でそんでもって、俺の父親…ー。
この大人気スターが?
じっとポスターを見つめていると、ピンポンピンポンとけたたましいチャイムの音が鳴り響いた。
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母さんに言われなくとも、ばあちゃんは玄関に向かっていたようで
「まあ、里桜!?」
玄関が開き、中から現れた兄ちゃんに喜びの声をあげた。
「こんばんは、本日『あっしー』で来ました、長男の疾風です」
兄ちゃん、先生と来てくれたんだ。
心配させちゃったかな。
ちゃんと謝らないと。
そう思い、茶の間の襖から顔を出し…次の瞬間、俺は立ち上がり茶の間から出て家の裏扉へ駆け出した。
ちらりと扉から見えたのは、兄ちゃんと先生だけじゃなくて隼人さんもいたから。
隼人さんのこと、ちゃんと考える。
そう先程まで思っていたのに。
姿を見てしまうと、それまで決意したことが呆気なく崩れさってしまった。
隼人さんと会うのが、怖い。
嫌われたら嫌だ。
朝、隼人さんのキス嫌がってしまった。
そのことで隼人さんが、傷ついてもう俺なんていらない…って思ってしまったら…。
恐怖から走って走って、走り着いた先。
ばあちゃん家から少し離れた寂れた工場にたどり着くと、俺はようやく歩みを止めた。
はぁはぁ…と肩で大きく呼吸をしながら、空を見上げると星が瞬いている。冷たい風が頬にあたって気持ちがいい。
綺麗な星を見ていると、死んでしまった直人さんのことを思い出した。
『鈴ちゃんのお星様へのお願いは何かな?』
『お願いは言っちゃいけないの。だって、鈴悪い子じゃないから…。
我儘言ったら、ママに怒られるの』
『我儘とお願い違うよ、鈴ちゃん。お願いだったら口に出して良いんだ。君が何を望んでいるのか、どうしたいのか、きちんと自分の意志でこれからは伝えていいんだよ。
君はこれから、自分の意志でなんでもできるんだから。我慢しなくていいんだ。楽しいと思うことは楽しいと口にすればいいし、辛かったらいえばいい。そうやって色んなことを理解して、人は少しずつ人を好きになるんだよ』
『でも、そんなお願い言ったら、嫌われる。お願いばかりの僕なんて嫌いになるよ』
そういった俺に、直人さんは…ーーー。
はっと顔をあげると、目の前には息を切らした隼人さんの姿があった。
隼人さん?そう呼びかける前に俺は隼人さんの腕の中にすっぽり収まってしまう。
隼人さんはぎゅっと俺を抱きしめると、ただ一言俺に「ごめん」といった。
「それは、俺との付き合いをやめようの“ごめん”なの?」
「違う…!」
「じゃあなんの…」
「鈴にいろいろ秘密にしてきたことがある。私は昔、色んな人間と付き合ってきた。
鈴も知ってる春彦に…社長令嬢。男も女も。
未成年は手は出さなかったが、男に身体を売る人間とお金だけの付き合いもしたことがあったし、社長夫人の愛人みたいな同義に反したこともしていた。こんな私は…君の理想の王子様じゃないかもしれない。でも…」
隼人さんは腕の中にいる俺を強く抱き返し
「君が好きなんだ。君に嫌われたくないんだ」と悲痛な面持ちで呟いた。
「君のことが昔から、好きだった。君がうんと小さい頃から。君が思うずっとまえから。
ずっと君だけを。君だけを欲しいと思っていた。
だけど、君と私との間には年齢の問題がある。
もし、好きになっても私との付き合いに後悔したら?
そもそも10以上年離れた私と恋愛なんてしてくれるんだろうか…。君はこんな私なんて受け入れてくれない…。けして、君と私は結ばれることはない。
そんなことを考えて自暴自棄になって、学生時代は荒れに荒れ、廃れた交友関係を送っていたんだ…」
隼人さんが話す過去の恋愛話は、おおよそ春ちゃんから聞いていたとおりだった。
男だけじゃなく女の人とも、沢山恋愛をしてきた。
時に相手の気持ちなど考えず、別れを告げた恋もあったらしい。
酷い男だと泣かれたこともあったそうだ。
優しい王子様じゃない。隼人さんはそう何度も口にした。
『だけど、鈴ちゃんは許せないんじゃないの?
一途な君にとって先輩のしていた『過去』が』
『君はどうしたい?』
俺は、どうしたいのか。
どうなっていきたいのか。
目を閉じ少し考えて、ゆっくり双眸を開いた。
「王子様じゃないんだよね。隼人さんは。俺の王子様じゃないんだ」
「鈴」
「一人の…ちゃんとした人間なんだよね。怒ったり悲しんだり…ただ優しいだけの王子様じゃないんだ」
俺は、俺だけに優しい王子様が好きなんじゃない。
不器用でもなんでも、俺だけを好きになってくれる隼人さんが好きなんだ。
「一発頬を殴らせて…それでチャラにするよ…。
隼人さんは大人だもん。モテるし今まで、そういう付き合いがなかったほうがおかしいもんね。これからも浮気するなら許せないけど…。
でも、春ちゃんと付き合ってたの、秘密にしてたのは許せないから…だから、一発殴らせてくれるなら許してあげるよ」
強張っていた隼人さんの顔に笑みが広がっていく。
俺の言葉通り隼人さんは俺に頬を差し出し、俺はそこに渾身の一撃を与えた。
「…好きだよ、隼人さん。だから、これからは隼人さんに包み隠さず我儘も、聞きたいことも言うよ。春ちゃんが言ってたんだ。
隼人さんの相手は大人じゃないと務まらないって。
だから、俺隼人さんが呆れないように早く大人になるから。隼人さんが、安心して俺を好きになってくれるような大人に絶対なるから。なんでも話し合えるような…理解してあげるようなそんな大人になるから。
だから、もう少し待ってて」
「鈴こそ、いいの?私こそ、君が想像しているようなスマートな大人じゃないかもしれないのに…。とても卑怯な大人かもしれない。君が知らない部分が、まだまだあるかも…」
隼人さんの言葉を、キスで封じる。
言葉はいらない。今はただ、隼人さんを感じたかった。
隼人さんの言うように、知らない部分がまだまだあるかもしれない。俺が見ている隼人さんは、隼人さんの一部で全部じゃないかもしれない。それでも、もっと知っていきたい。
彼のことをもっと理解していきたかった。
お願いばかりの僕なんて嫌われるよ。そう言っていた俺に、直人さんはこう言っていた。
『嫌われてもいいから、“変えたい”と思った時に、人は本音でぶつけあえるんじゃないかな。みんなに好かれなくてもいいじゃないか。誰か1人、君を理解してくれる人がいるのならば。本気でぶつかれる人間が、たった1人いれば、とても幸せなことだよ。自分を隠し続けると、とても窮屈で呼吸がしづらくなるよ』と。
急に全てを変えるのは無理かもしれない。でも、少しずつ前に進みたい。
隼人さんが、もっと俺のこと好きになってくれるように。俺も大人になっていきたい。
隼人さんとの口づけが深くなる。
俺は隼人さんの背に腕を回し、自分から積極的に舌を絡めた。
「キスがうまくなったね…」
キスの合間、耳朶を軽く含まれ微笑される。
「隼人さんが何度もするから…」
「そうだね…。私のせいだ」
クスクスと笑い俺のシャツをはだけさせる。
汚れるから…と、隼人さんは自分の膝の上に俺を乗せる。
「今日は、お互いの顔、見ながらしようか?鈴」
「…恥ずかしいよ…」
「大丈夫。私に任せて。腰、少しあげられる?」
そろそろ、と腰をあげると俺の後孔を隼人さんはぐるりと指でなぞった。
「そろそろ、ここも緩んできたよね…。鈴、ちゃんと私のものになる気はある?」
まるで熱で浮かされたように、隼人さんの言葉にコクリと頷く。
隼人さんは俺の言葉に、「イイコだね、鈴」と頭を撫でた。
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イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

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