鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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2章

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■■■

保健室を出て、無駄とわかりつつ鈴へ電話をかける。
が、やはり鈴は出ない。着信拒否にされているんだろうか。

「…くそ…っ」
「お~お~、焦っているねェ…。我が愚弟よ…」
「兄さん…」

焦る隼人の前に、にやけ顔の疾風が現れた。

「…何故、ここに」
「俺は教師、学校にいるのは普通。
おかしいのは、部外者のお前が学校にいることだ。
おおかた、不安になって学校まで鈴の後追ってきたんだろ…」
バレバレだと疾風がいえば、隼人はバツが悪そうに「春彦に…」と呟く。

「春彦…?ああ、お前が一時期ご執心だった、後輩。
確かその後輩って、お前が怪我させた、あの後輩だよな…?」

隼人は疾風の言葉に返答せず

「鈴は、母親…薫さんの元に行っているようです」と返し、廊下を足早に歩いていく。


「へぇ…、浮気がばれてさしずめ『私実家に帰ります』状態か?」
「茶化すだけなら、私はもう行きますよ。
鈴が捕まえられなくなりますので…」
「だめだ。どうせ、車使う気だろ?」
「ええ。薫さんの家は田舎なので、交通機関を使うより車を使った方が早いですからね」
「待て待て、今のお前には運転任せられねぇよ。
目血走っているし、ちょっと落ち着けって」
「私は落ち着いてます」
「落ち着いてねぇって…」

頑固な隼人は、疾風のいう事も聞かず、一刻も早く鈴の元へ向かおうと学校の駐車場に止めてあった車へと向かう。


「待てって。俺が半分運転してやるから」
「兄さんが…?」
「昨日、寝てないんだろ…?里桜からメールがあってな。
鈴が、昨日体調不良、それから隼人も心配して昨日は寝てないみたいだって。
ま、ここは優しいお兄様に任せろよ。
少し待ってろ。職員室に書類出してくるから…」

疾風はそういうと、また校舎へと戻る。

(…素直に甘えるか)
 隼人は、少し冷静さを取り戻し、疾風を待つために車に乗った。
疾風が駐車場へ戻ってきたとき。傍らに里桜を伴っていた。


「薫さんっとこっていったら、里桜がいた方がいいだろ…
道案内もあるし」
「…ごめん、里桜。巻き込んでしまって…」
「いえ…大丈夫です。俺も鈴の行方、気になっていましたから…」

疾風は後ろの席に乗り込み、里桜は助手席に座る。
隼人に疲れがみえたら、運転はすぐに疾風に変わるらしい。


「にしても、なんで急に薫さんのところなんか…ホームシックか…鈴のやつ…。まさか本当に浮気に耐えかねて…か…?」
「兄貴…、」

むす、っとした顔で、疾風を咎める隼人。
誰彼かまわずいうな…ということだろう。

「鈴は甘えたいんだと、思います…」
「甘える…?」
「鈴は…、〝ここにいてもいいんだと…〟甘えたいのだと思います…。母さんの子でいていいんだ…と…」
「…薫さんの子…?どういう意味…」

疾風が尋ねたところで、ぐん、と引っ張られるように身体が後ろに仰け反った。
車が前触れもなく急スピードで発進したのである。


「…おい、はや…」
「黙っていた方がいいですよ…、舌かんで死にますから…」

隼人の眼鏡の奥の瞳が、ギラリと光る。

「…は…?」
「死にたくなかったら、口閉じて、舌噛まないようにしてくださいね…」
「隼人…おまえ安全運転を…っ!」

疾風の言葉も空しく、車はもうスピードを上げていく。
さながら、ジャットコースターでも乗っているかのように。

「お前、交通いは…」
「速度はジャストです…。これから高速でさらにあげますよ…、待っていてくださいね…鈴…」


ふふふ…と不気味に笑う、隼人。
こうなってしまえば、最早兄である疾風にさえ手が負えない。

(隼人がいつも冷静沈着って言ってるやつに見せてやりたいね。
愛想つかされて必死になってるところなんて、全然クールな王子様って柄じゃねぇ。ま、人間らしくて俺はこっちの隼人のほうが好きなんだがよ…)

 疾風は心の中で悪態をつきつつも、仲違いした弟たちを思い心配するのだった。

 
 途中、疾風に運転を変わってもらいつつ、数時間かけて薫の実家のある田舎へとたどり着いた。
緑溢れる田園風景。
民家はポツポツ立っているものの、周りには商業施設もなく人も車も数える程度である。

「しっかし、すっごい田舎だなー。
目立ったもんはあそこにある車くらいか」

目に止まった赤いミニクーパーを見つめながら疾風は「いいなぁ、あの車。俺もあんな車もう一台欲しいんだよな」と物欲しげに呟く。
疾風の言葉に隼人も視線を小窓に移し車をみとめると、途端顔は険しくなり、シートベルトを外し走行中の車のドアのロックを外した。
慌てて疾風が急停車すると、隼人はそのまま一秒も惜しいとでもいうように車から出る。


「お、おい隼人…」
「すみません、先に行っていてください」
「先って…お前はどこいくつもりだ?」
「先生、隼人さんも多分心の準備が必要なんじゃないのかな。
鈴凄く怒っているだろうし。鈴に会うまで少し1人にしてあげようよ」

里桜の説得により、疾風はしぶしぶ車を発進させる。
隼人は疾風たちが乗った車が見えなくなるのを確認してから、道端に止まっていた赤いミニクーパーに近づいた。
近づいてきた隼人に対し、運転席のリアウインドーが開かれた。


「なにか御用ですか?」
車に乗っていたのは、つい先程鈴をこの田舎に連れてきた仁で、そんな仁を隼人は冷めた目で見下ろしていた。

この男に会うのは直接会うのは“二度目”のはず、だった。
初めてあったのは、里桜に告白されて逃げた鈴を捕まえたとき。
そして、今が二度目。
けれど、隼人は仇敵にでも出会ったかのように、鋭い視線で男を睨んでいる。


「なぜ、貴方がここにいるんです?」
「私はここにドライブにきただけですが…。なんですか貴方」
「とぼけたって無駄ですよ。ジン…。
私が記憶力がいいこと、貴方は覚えているでしょう?」

隼人が無表情で淡々と告げると仁は「まいったね」と呟いて、宙を仰いだ。

「そんなに、睨まないで貰えるか…」
「目つきが悪いもので」
「嘘つけ」

この男は変わらない。
仁は懐かしさに目を細めた。

「久しぶりだな……。
その顔だと、お前も俺を覚えているんだろう?」
「ええ、忘れたことありませんよ。
あんたは、私が殺したいほどに憎んでいる人なんですから……」

会いたくなかった。出来ればもう二度と。
会ってしまえば最後、またあの時の感情が溢れてしまうから。

隼人はぎゅっと拳を握ると、目の前の男を睨みつけた。


「そう睨むな。
出会ってしまったものは仕方ないだろう。
そういう“運命”なんだよ。いい加減理解しろよ。
俺ももっと一度ちゃんとした形で会って話したかった」
「私は貴方と話すことなんてありません。
二度と会いたくなかった」
「二度と会いたくなかったか。それは辛いね。
だが、俺達はまた会ってしまった。昔のように…。
何度も繰り返す、呪いのように……。」
「……」

「俺もできればお前たちに会いたくなかったよ。だってお前たちに会えば、嫌でも昔の悪夢を繰り返してしまうんだから…。
だけど…」

仁は隼人を見上げると
「お前があいつを好きなように、俺もあいつのこと、好きなんだよ。ずっと昔、前世のころから…。何度出会ってもあいつに惹かれてしまう。今度こそ幸せにしてやりたいと思ってしまうんだ」

それまで浮かべていた笑みを消し真剣な表情で隼人を見据えた。


「お前があいつを泣かせるなら、俺はお前を許さない」
「…鈴は私のものですよ…」
「そういって、お前は何度あいつを泣かせてきた?
お前のせいで、何度あいつを苦しめてきたと思ってる。
今だけじゃない前世でも、だ」
「……」
「鈴を泣かせるなら、俺はお前から鈴を奪うつもりだ。
あいつは、前世からの俺の恋人なんだから…。あいつが俺を呼ぶ限り俺は何度だって、あいつの側にいてやる。
あいつを愛せないお前には渡せない。俺はお前からあいつを守るよ」


言い切る仁の瞳は強い意志が宿っている。
何年経とうと変わらない強い瞳。
その瞳に、どれほど憧憬を抱いただろう。
そして、どれほど憎んだだろう。
どれほど…ーーー。
隼人は仁に背を向けながら

「今の鈴は、心も身体も私のものですよ。
貴方のものになる前に、何度も彼を抱きました。
他の男のものにならぬよう、何度もその身体に私のものを刻んだんです。昔のように。

今更、貴方には渡せない。貴方の出る幕はないんですよ」

そう吐き捨てて、車から去っていく。


「昔のように…って、お前また同じことを繰り返すつもりじゃないだろうな…」
硬い声で聞き返した仁に、返ってくる言葉はなかった。
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