鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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2章

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 ガタガタと揺れる振動と、ブルルルと少し大きめな車の排気音で、意識が浮上する。
瞳を開ければ、既に日は落ちてあたりは暗くなっていた。

「やば…。もうこんな時間」
「よく寝てたな。寝不足か?グースカこっちの気もしらず、眠りこけて。どうすんだ、俺が誘拐犯だったら」
「ジンさんは俺のこと、誘拐なんてしないでしょ。モテそうだし。あ…」
誘拐で思い出した。
俺、昔本当に誘拐されそうになったことがあったんだった。
その時は兄ちゃんが凄く心配して、俺が見つかったときはあの普段泣かない兄ちゃんがボロボロ泣いて俺を抱きしめてくれたっけ。
あれを堺に、兄ちゃんの心配性も、過保護もひどくなったんだよなあ。
昨日あんな風に心配させちゃったしなぁ…と鞄からスマホを取り出すと、怒涛の数の兄ちゃんと隼人さんの着信マークがあった。


「やば…。滅茶苦茶心配されてる…。剛に言ってきたのになぁ。えっと、“俺は大丈夫、ちょっと、母ちゃんのところ言ってくる、”と」
慣れないスマホのタップに四苦八苦していると、ジンさんが「お前が不安になることなんてないくらい、お前はちゃんと愛されてるじゃないか」と、視線は前を向いたまま、俺に投げかける。


「心配っていうか…、俺がしっかりしてないから…」
「しっかりしてないのはさておき、それだけ大事だから心配するんだろ…。羨ましいぞ。そんな相手がいて。お前が思うほど、邪険にされてないと思うぞ。でなければ、そんな連絡よこさないだろうし。いなくなってせいせいしたと思われるだけ」
「ジンさんにはいないの?心配してくれる人」
「いっただろ、俺は一人だって」
「寂しくないの?」
「随分ストレートに聞くんだな」
「だって、気になるんだもん。ジンさんのこと…。初めて会った時から…」
「そりゃあ、愛の告白か?」
「愛のって…そんなんじゃないし…」

 俺が好きなのは隼人さんなんだから。
まるで、自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
前世の恋人なんてからかうジンさんじゃなくて、俺の恋人は、昔から好きだったいつも優しい大人の隼人さん。
でも…
ちらりと、運転しているジンさんのほうへ視線を向ける。
薄くて形のいいジンさんの唇。

隼人さんじゃない人と、キス、しちゃったんだよなぁ。
不可抗力じゃないにせよ、隼人さんが他人としていたら嫌なこと俺もしちゃったんだ。
これってやっぱり浮気になるのかな?

「なんだ、また口がへの字だぞ」
「ジンさんのせい!勝手にキスなんてするから…」
「挨拶だと思えばいいだろ。外国じゃあんなの」
「ここは日本ですー!ったく、こんな古い車、燃費も悪いだろうに。ガタガタしてるし」
「それは、田舎道に入ったからだ。随分とお前の母親は田舎にすんでるんだな」

 車窓から見える景色は、田んぼが広がっている。
外灯も数メートル先にポツリポツリとあるくらいで、人も歩いていなかった。
懐かしい景色に、スンと鼻を鳴らせば草木のいい匂いがした。
俺が来たかったのは、母さんの実家。
実家に戻っている母さんに、俺の本当の父さんのことを聞いて見たかったから。父さんだけじゃない。俺を捨てた母親のことも。
きちんと聞いて、改めて自分がどうしたいか考えたかったから。
このまま家族として兄ちゃんや母さんのもとにいるべきか、それとも別の道を探してみるか。
一度いろんなことを整理したかった。静かな田舎だったら、自分の考えもまとまると思ったから。


「着いたぜ」
 ジンさんは、母さんの実家近くの空き地に車を停めると「後は一人でいきな」と助手席のドアロックを解除した。

「俺一人じゃ絶対迷子になるところだったから良かったよ。ありがとう。ここまで送ってくれて」
「いんや、俺もいい気分転換になった。いい機会だから、しばらくここらをブラつく。お前は一人で帰れるな?」
「うん。帰りは新幹線にでも乗って帰るよ」
「どうするべきか、答えが出るといいな」
「うん。ありがとう。ジンさん。
兄ちゃんとも、母さんとも、隼人さんともみんなと落ち着いて話してみる。だからまたジンさんと…」

言葉の途中でぎゅるるる…と、盛大にお腹の音がなった。
「凄い音だな、獣でも腹に飼ってるのか?」
ケラケラと笑いこけるジンさんに、「だって朝から何も食べてないし」と頬を膨らませ反論すれば、ジンさんは更に笑みを深めた。

 ジンさんが車を止めてくれた空き地の数キロ先に母さんの実家がある。ジンさんは、正確に俺を送り届けてくれたんだけど、俺はドがつくほどの方向音痴で。
歩いて数分、ものの見事に迷子になっていた。こんなことならば、母さんに詰問されるのを承知でジンさんに実家前まで送って貰えばよかった。

「うわー、どっちだったっけ?
見渡す限りの木と田んぼで目印ないよー」

焦っても仕方がない。
俺は母さんに、母さんの実家に来ていることを電話し迎えに来てもらうことにした。電話をした母さんは方向音痴の俺が1人でこんな田舎まできたことに、テンパって「そこを動くんじゃないわよ」っと何度も念おしした。


 母さん待っている間、暇だったので忠告もすっかり忘れ、俺は道端にいた蛙を追いかけていた。

「ケロケロ~冒険好きなのは、ケロケロ~」
変な節をつけて、陽気に歌う俺。
「ケロケロ~ってあんたねぇ…」
「母さん!」
「まぁったく、あんたはこんな時でものんきなんだから……。昨日も、体調不良で倒れたんでしょう?大丈夫なの?わざわざこんな田舎まできて、私に会いたかったの?」
ヨシヨシと優しく頭を撫でる母さんに、俺はぎゅっとしがみつく。
母さんはそんな俺に苦笑し、「ママが恋しくなっちゃったの?」と抱きしめ返してくれた。
俺と同じくらいの母さんの身長。
もう子供じゃないのに、抱きしめられた腕に安堵し涙が溢れそうになる。そんな自分を知られたくなくて、母さんの胸に顔を埋める。





「俺、母さんに言いたいこととききたいこと、あって。電話じゃなくて、ちゃんと直接聞こうと思って」
「……話か。
そうね。里桜から鈴がこっちに来てるって聞いた時、私も鈴に話さなきゃと思っていたのよね。あんたの本当の母さんと父さんのこと」
 きっと、俺がここにきた理由も母さんにはお見通しだったんだろう。伊達に母親をやってきたわけじゃない。
俺の両親のことを聞こうと口を開きかけたところで、ぎゅるるる…と再び俺のお腹の虫が盛大に主張しはじめる。
「話の前にご飯がいいなぁ…。俺、そういえば朝から飲み物しか口に入れてないや」
「全く。あんたはなにかあると、すぐそっちに集中しちゃうんだから…。おばあちゃん、あんたの分も夕飯作って待ってるわよ。つもる話は後にしましょう」
母さんは、そういって俺の手を引いておぼろげだった母さんの実家へ俺を案内した。



 夕食後。
母さんと話を…と思ったのだが、ばあちゃんがお風呂を沸かしておいてくれたので先にお風呂に入ることになった。
ばあちゃんの家の風呂場は、とても木造風呂でとても通気性がいい。冬は隙間風が入り寒くて凍りそうになるくらいだ。今が夏で良かった。
新しい新居の高機能のお風呂も好きだけど、ばあちゃん家のお風呂もなかなか趣があっていい。

 ふぅ…とお風呂のお湯の心地よさにため息を零しながら、天井を仰ぐと、天井にできた大きな黒カビを見つけた。

「あれが怖くて、小さい頃大泣きしたっけ…ーー。それで、泣いてたら兄ちゃんが隼人さんに叱られるぞって怒ったっけ。懐かしいなぁ。母さんと、兄ちゃんと、ここで遊んでーー。その頃から、俺は隼人さんが好きで。兄ちゃんと、隼人さんと、母さんと…俺の周りはずっと変わらないでいくんだと思ってた」

一人呟いて、口元スレスレまで浴室へ身体を沈める。

『鈴ちゃん、君はどうしたいの?』
春ちゃんの言葉がぼんやりと頭に浮かぶ。
俺は、どうしたいんだろう。
隼人さんと、どうなっていきたいんだろう。
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