鬼畜狼と蜂蜜ハニー《隼人編》

槇村焔

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2章

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 □隼人side□
お久しぶりですね。先輩。
隼人が過去に付き合っていた後輩は、相も変わらず大学時代と変わらない妖艶な笑みを隼人へと向けた。
美人と称される後輩は、特定の相手を作らないことで有名で、とっかえひっかえ相手を変えては大学内で有名になっていた人間であった。
真面目なインテリくんと揶揄される隼人ではあるが、実際のところ、大学時代は後輩のことを言えないくらい相手に不自由したことはなく、付き合っていた人間は多数いた。
女も男も。
大学時代はそれこそ手当たり次第で、その中の一番相性がよく後腐れしない付き合いをしていたのが後輩である宮根春彦であった。

 男女ともにモテるのに、本気で誰かと付き合ったことがない。
それが春彦と隼人の共通点であり、互いに身体は重ねたものの、そこに愛情なんてない廃れた関係であった。
相手がどこで何をしていようが、誰といようが何とも思わない。束縛もせず干渉もしない、互いに利害が一致した時にだけ会う自由な関係。
 大学とともに自然と関係は消滅していたので、隼人も合うのは数年ぶりのことであった。


「何年ぶりですかね…。先輩が大学を卒業して以来?
3年は立ちますよね?お元気でしたか?
僕のことちゃんと覚えていますよね?」

 鈴と別れて、隼人と二人きりになると春彦は隼人の肩に腕をおき、顔を寄せながら隼人に問いかけた。
前触れもなく恋人のような距離へとつめてきた春彦に、隼人は表情を変えず
「覚えていますよ。貴方とは、大学時代一番続いていましたから。」抑揚のない口調で返す。
鈴と一緒にいたときと比べ、その表情は感情が抜け落ちたように無表情である。
これが、いつもの隼人なのだ。


「大学の頃なんて俺たちがただのセックスしているだけの間柄なんて知らない人たちが理想の恋人だなんて囃し立ててましたっけ?実際、僕は貴方の何も知らなかったのにね…。ねぇ先輩」

くすり、と笑う春彦に隼人は冷めた視線を向ける。
隼人の視線に気づいた春彦は「やっぱり僕の知っている先輩ですね」と隼人の肩においていた腕を外した。
隼人は何も言わず、ただ春彦のことを見つめている。
数年ぶりだというのに、懐かしいと思うこともなければ、今何をしているかも問うこともない。
その瞳は、ただただ春彦のことに関して無関心であった。


「あんたはいつだって他人に興味のない、冷めた視線をしてた。
全てを諦めたような、全部スマートにできるくせに何をやっても楽しそうじゃない。人生に悲観して絶望している。
家が問題あるわけじゃない。借金をしているわけでもない。
なのにあんたはいつだって、自分の人生を憂いているようだった。
あんたのそんな闇を近くで見るのが、俺の楽しみだったんだよ?先輩」
「……」
「あんたみたいな人間が、どうして若くして人生に悲観しているのかーー。あんたと一緒にいるとき、僕は何度もあんたを知ろうとあんたを観察してました。でも、あんたは僕の前ではけして、本心を見せなかった。今みたいに冷たい目で見てましたよね。抱き合ったときも」

春彦の手が、隼人の頬に触れる。
が、その手はすぐに隼人に叩かれた。
叩かれたというのに春彦は、ニッコリと食えない笑みを浮かべ対象的に隼人のほうが罰の悪そうな表情になった。

「ほら、さっきまで無表情だった先輩が、こうだ。今までだったら、僕の好きにさせてましたよね?僕がどれだけ先輩に触ってもこんな風に手を払うこともなかった」
「それで、用というのは?今更ーー」

今更、また大学の頃と同じ付き合いをしようと思っているのか。
わざわさ鈴がいる時に声をかけてきたのは、鈴に昔の自分たちの関係をバラす口止めのためか?
警戒しながら伺えば、春彦はけろりとした表情で「なにか誤解してます?」といたずらっぽく笑う。

「安心してください。別にまた貴方と付き合いたいわけじゃない。言ったでしょう、俺だって貴方と同じように人に執着心がないって。大学の頃から先輩に恋心なんて抱いてない。

あんたとはただ、相性がよくて気兼ねなく付き合えてたからつきあっていただけだってね…。
ただ、あるのは、感心だけです。
何事にもどうじない無感情だったあんたが…鈴ちゃんと一緒のときは違う表情を見せていた。
大学の時も謎だった。あんたがどうして鈴ちゃんに対してだけ、そんな表情を見せるのか。

そして、今も…ーー。ねぇ、先輩。鈴ちゃんの前では聞けませんでしたが、付き合っているんですか?鈴ちゃんと…」

 隼人は口を開かない。
ただ、反論もしない隼人に、春彦は“ソレ”が答えだとわかったのだろう。春彦は隼人に驚愕した表情をする。

「びっくりしました。貴方は、人を愛せない人だと思ったから」
「ずいぶんですね。私だって人間ですよ。人くらい好きになります」
「そうですか?本当に?鈴ちゃん以外興味ないって顔してるのに?」

畳み掛けるように告げられて、隼人はむすりと口を結んだ。
大学時代、隼人に口で勝てた試しがなくいつも言いくるめられる春彦であったが、今はあの頃と逆転したように、隼人の歯切れは悪かった。

 話がそれだけなら…と帰ろうとする隼人を春彦は呼び止めると
「どうして、鈴ちゃんなんですか?」本題とばかりに話を切り出す。

「確かに鈴ちゃんは可愛いけど…、鈴ちゃんは純粋で子供っぽくて…あんたとは釣り合わないんじゃないんですか?
あんたは…僕と一緒で、本当は相手を束縛したいタイプでしょ?
だけど、鈴ちゃんは子供すぎて、そんな愛重荷に感じてしまいそうだ…。
彼はまっすぐで人を疑うことなんてなくて。いつだって、素直で良い子であろうとする。そんな子が、僕や先輩みたいな、心に欠陥があるような相手とはやっていけると思えない。
先輩と、とても釣り合っているとは思えないよ」
「……」
「鈴ちゃん双子なんだよね?彼のお兄さん、昔あったことあるよ。落ち着いている彼のほうが先輩にあってると思う。
双子なら子供の鈴ちゃんよりも、そっちのほうがいいんじゃないの?顔だって似たような感じでしょ?
きっと、鈴ちゃんよりも先輩を理解できるはずだ」

春彦の言葉に
「双子なら、ね…」と、ひとりごちると
「彼らは双子ではありませんから…」隼人は静かな声で返した。


「え?」
「鈴と里桜は血のつながった兄弟ではないんですよ。
鈴は、捨てられた子なのですよ」
「捨てられた子…」
「そう。きっと、本人は忘れているはずだ…っと薫さんは言っていましたけどね。鈴にとって昔の…母親との記憶は、きっといい思い出ではなくトラウマものですから…。」


昔、里桜と鈴の母親である薫から聞かされた二人のこと。
双子だと言うのに、似ていないわけ。
薫の実の子は里桜だけであり、鈴は本当の子ではない。
薫から告げられた事実は、当人の鈴や里桜は知らない。
昔、二人になにがあったかも。
鈴も里桜も忘れてしまっているようだった。


「忘れたくなる思い出なら忘れられたほうが幸せだ。思い出せないのなら、それが一番幸せなんですよ。嫌な記憶をずっと胸にしまっていなくてもいい。鈴はそのままでいいんです。過去を知らず、ずっと今のままで…。子供のままでいい。釣り合っていようがいまいが関係ない。鈴が私の隣にいてくれるのならば…」
「今のままで、いてほしい。それが先輩ののぞみなんだ?

先輩、昔から言ってたよね。
何もかも忘れて自由になりたい、って。先輩も鈴ちゃんみたいに嫌な過去でもあるの?忘れたいと思っていること、あるの?
それで、そんなに人を愛せなくなってしまったんですか?」
「人を人間失格みたいに…」
「充分失格だと思いますよ。何人の女を泣かせてきたと思ってるんですか。僕、あんたの女に一度入院までさせられたんですよ」
「そんなこともありましたね…」
「ありましたね、ってまったく…ーー。
僕があの後どれだけ大変だったか…」
つらつらと春彦から語られる大学時代の苦労話に、「記憶力がいいですね」としらっと答える。
「やっぱり先輩は血も涙も無い人間ですね」と恨めしげに春彦は隼人を見つめた。


「先輩は、鈴ちゃんなら愛せるんですか?」
「お喋りですね、今日は」
「久しぶりに会えたんです。聞かせてください。あんたが考えてること。じゃないと…」
春彦は、そっと背伸びをして隼人に口づける。

「今日は返したくないように…襲っちゃいますよ?」
冗談なのか本気なのかわからない口調で春彦は言うと、隼人の身体にすり寄った。

春彦の問いかけに、隼人はしばし沈黙ししばらくして
「そうですね…。きっと私は鈴も愛せない」と視線を落としながら零した。

「付き合ってるんですよね?」
好きなんですよね?
好きだから、鈴の前だけ表情が変わるんですよね?
どれだけ尋ねても隼人の口からは、告げられる言葉はなく。

「先輩、今、幸せですか?」

春彦の問いかけに、隼人は曖昧に笑った。
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