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2章
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ーーー???サイドーーーー
「宮根先生、先程天音君と喋っていましたが。天音くんとはお知り合いですか?」
「ええ。昔、懇意にしてくださった先輩の家に来ていた子です。そこで仲良くなりまして…ーー。可愛いですよね、あの子。素直な、いい子で…ーー」
「そうですか。そういえば、あの子の双子のお兄さんは生徒会長なんですよ?」
「そうなんですか?」
「兄の里桜君は頭の良い子で、ほら、あそこにいますよ。
担任の小早川先生と居る子です」
里桜を指差す教頭の方へ春彦は視線を映す。
だがすぐに興味がうせたように、視線を外した。
「似てませんね」
「でも美人でしょう? 弟の鈴くん…ほどではないですが、人気があるんですよ」
「相変わらず、コンプレックスの塊っぽいな……。弟と違って…ーーー」
「何か仰いましたか?」
「いえ何も。今後よろしくおねがいしますね、教頭先生」
********
鈴サイド
たかが、引っ越し。されど引っ越し。
帰宅した俺は、自室の纏められていない荷物に溜息を零した。
「無さそうで、荷物って結構在るもんだね」
小さい頃になくしたと思っていたスーパーボールから。
兄ちゃんに借りたままだったCDまで。
かれこれ3日はかけているのに、未だにものが乱雑されている。
初めはやる気だった俺も、もうやる気はチリと化した。
片付けるはずの漫画を熟読してしまっている。
「ほら、マジックで名前を書いて鈴」
兄ちゃんからマジックを手渡され、俺はダンボールにウサギの顔を落書きした。
「こら、真面目にやれよ」
「だってもう飽きたー」
「おまえねぇ…」
呆れたようにため息をこぼす兄ちゃん。
兄ちゃんの方は真面目に荷造りしていたようで、そろそろ終わりそうだ。さすが兄ちゃん。
なんでも仕事が早い。
「兄ちゃん、よく纏められたね。兄ちゃんも夏休み、生徒会で忙しかったよね?」
「ああ。まぁな……」
「生徒会の仕事は順調?」
「ぼちぼち。光もいてくれるしな…」
「ふぅん…」
光っていうのは、生徒会副会長・柊光のことだ。
すっごい真面目な男で、全国模試でも上位に食い込むほど頭のいい男らしい。
親が代議士みたいなんだけど、とってもクールな人で。
一部の人間にしか、仲良くしてくれないで有名なのだ。
俺も副会長にはあまりよく思われていないし、剛なんかは目の敵にされている。
兄ちゃんの友達だし、俺も仲良くしたいんだけどな…。
「よう、ちび達飯が届いたぞ?」
ノックもせずに、先生は躊躇なく子供部屋にズカズカと入ってきた。
先生や隼人さんも俺たちの引っ越し手伝いをしてくれてて、今日は休日だというのにやってきてくれたのだ。
先生はワイシャツの袖を捲った姿で俺たちの前に現れた。
スーツを着ていないラフな格好の先生の登場に、兄ちゃんはぼんやりとしばし視線を奪われ…その後、ハッとしたようにブンブンと頭を振った。
「先生、天丼来た?」
「おう、来てる来てる」
「やった~~! えび~っ」
片付けをほっぽりだして、俺は目当てのエビちゃんを求めにリビングへ向かった。
ダイニングテーブルには、5人分の出前が並んでいる。
母さんの部屋を整理していた隼人さんもすでにきていて、ぐったりと椅子に座っていた。
そんな隼人さんを見て、「お前は力ないんだからなぁ…」と苦笑する俺たちの義理の父・晴臣医院長。
「鈴君、手を洗っておいで」
「は~い…えっと、…晴臣お父さん」
お父さん、だなんて恥ずかしいけど、晴臣医院長が喜ぶので、出来るだけお父さんと呼ぶようにしている。
そもそも、本当のお父さんの記憶もない俺は、お父さんに憧れもあるわけで。
俺としても今までいなかったお父さんという存在を呼べて嬉しかった。
晴臣医院長は、デレデレと顔を緩めて。
「『お父さん』…薫さん、君の子供達は天使だねぇ。早速薫さんに電話しないと…!!隼人あとは頼むね」
子機を片手に医院長はリビングを出た。
親ばかなんだから。これで、母さんが子供を産んだら…玩具とかめちゃくちゃ買いそうだなぁ。
「鈴、お疲れ様」
「隼人さんもお疲れ様。ありがとうね…。お仕事忙しいのに」
「いえいえ。でも、頑張った私に、鈴からのご褒美、くれないかな…?」
「え…ご褒美…?でも、俺今お金なくて…ーーー」
「ご褒美は、鈴がいいな…」
告げられた言葉と同時に腰を抱き寄せられ、唇が重なる。
隼人さんは俺の後頭部へ手を回して、角度を変えて何度も口づけを送った。
もう何度も隼人さんからはキスしてもらったのに。
未だにキスになれない俺は、いつも酸欠状態になってしまって、目も涙目になってしまう。
「…鈴、キスするときは鼻で息をするんだよ…」
「そんな器用にできないし…。お子様だもん」
「そう?私の手で悶える鈴は凄く色っぽかったけどな…」
耳元で甘く囁くと、隼人さんは俺のズボンに手をおくと妖しげな動きをし始めた。
隼人から散々愛撫された体は、少しの刺激であの夜を思い出し疼いてしまう。
「こ、ここで…?」
「うーん。ここでしたいところだけど…。今は兄貴も里桜もいるから…」
「そ、そうだよね…」
こんな昼間っから、引っ越しの最中なのに隼人さんにしてほしいって思っちゃう俺は…やっぱりエロエロなのかなぁ。
でも…
「…鈴、後で抜け出そう?続き、してもいいかな…?」
俺に負けじ劣らず、隼人さんだってエロエロだと思う。
俺たちお互い、エロエロだ。
「……うん」
俺は小さく頷くと、隼人さんの胸に額を押し当てた。
隼人さんは、ゴロゴロ猫のように甘えた俺の頭を撫でてくれる。
ふにゃ、と顔が緩んでいき…
その手のひらに、はたと昼間にあった春ちゃんのことを思い出した。
隼人さんの後輩の、春ちゃん。
隼人さんの家にいくと、大抵いた春ちゃん。
隼人さんは、春ちゃんが俺たちの学校の校医になったこと、知ってるのかな?
隼人さんの口から、最近は春ちゃんのこと聞かなかったけど、二人はまだ連絡取り合っていたのかな?
「今日、春ちゃんに逢ったの」
「…春ちゃん?」
「うん。昔隼人さんの家にいた宮根春彦さん。春ちゃんだよ」
隼人さんは双眸を見開いたあと、俺からすっと眼を逸らした。
それまで俺にデレデレだったのに、ちょっと春ちゃんの名前を聞いた瞬間、表情が硬くなったような。
「…それで?」
「それが、今度俺たちの学校の校医になるって。凄い偶然だよね。春ちゃんって、病院づとめの先生じゃなくて、行為になったんだね…びっくり。」
「へぇ…そうだな。うん、凄い偶然…」
「…隼人さん?」
おざなりに隼人さんは相槌を打つと、それ以上春ちゃんのことは語ってはくれず…
結局未だに連絡を取り合っているのか、隼人さんが答えることはなかった。
ーーーー隼人サイトーーーー
どれだけ抱き合えば、この身体の疼きは収まるのだろう。
この思いの終着点が見えるのだろうか。
狂おしい想いが、消え去って、何も感じなくなるのだろうか。
もぐもぐと、えびを頬張り幸せそうにしている鈴を眺めながら、隼人はふとため息を零した。誰にも気づかれないような、小さなため息。
鈴の隣には、里桜と父である晴臣がおり談笑している。
穏やかな家族の団欒に、隼人はそっと抜け出し引っ越し準備を終えた居間へと向かった。
(罪悪感か……。馬鹿らしいー。こうなることを、望んでいたのに…。何を躊躇っているんだ…。これでいいんだ、これで。私はずっとこれを望んでいたのだから)
そう、自分に言い聞かせるように、隼人は呟くと、手のひらを額にあてて、宙を仰いだ。
カタカタと、手は震えている。
震える指先に、苛立たしく隼人は舌打ちを打った。
「なにしてんだ?お前…」
誰にも抜け出したことなど気づかれていないと思ったのに。
隼人の様子を不振に思った疾風が、隼人の後をつけてきたらしい。
「なにも。ただ少し休憩したいな…と思いまして。兄貴と違って体力ないので」
「よく言う。昔はとっかえひっかえ、女も男とも遊んでたくせによ」
「はは、若気のいたりってやつですよ…」
わらえねえよ、と疾風は顔を顰める。
「宮根春彦、って覚えてるか?お前のお気に入りのセフレだったやつ。そいつ、俺たちの学校の校医になったぞ。どうすんだ?」
「どうする、とは?」
「だから、鈴が知ったら…」
「どうなるでしょうね。泣くでしょうか…」
「泣くでしょうか…って他人事だな……。もう隼人さんなんて嫌い!ってわかれることになるかもしれないのによ。
それとも、お前、鈴のことーーー」
疾風が言い終わる前に、隼人は、ふふっと口元に手をあてると
「ずっと好きだったんだ。愛しいんだよ、鈴が。鈴ね、可愛かったよ、泣いて、もっとしてっていって。
ねぇ、兄貴。
鈴は、誰にも渡さないから…。兄貴にも、誰にも…。もう、誰に何を言われようと私の“もの”なんですから…」
微笑んでいるのに、目は笑っていない。
狂気じみた瞳に、疾風は恐怖を覚えながらも隼人をにらみつけた。
「余裕ねぇな…。恋人同士になったばかりだってのによ。
お前のほうが、鈴に夢中じゃねぇか。それでもいい大人か?のぼせるのも大概にしろ。お前の気持ちで鈴を振り回すのはやめろよ。それじゃあ、あいつが可愛そうだ」
「ほどほどにしますよ」
「ほどほどにって…」
「少し一人になりたいんで、出ていってくれます?」
拒絶する隼人の態度に、疾風はそれ以上話はできないと判断し、立ち去る。一人になった隼人はくつりと微笑むと
「可哀想…ね。そう思いますよ。私も」
眼鏡を外し、双眸を閉じた。
「兄さん、私がなんで貴方に対して他人行儀にしているのか…考えたこともないでしょう。
貴方という存在を、ずっと恐れていたこと。
どうして、早く鈴を手に入れたがっているかなんてーーー。
鈴の愛なんて、信じていないなんて…」
つぶやかれた言葉は誰に聞かせるでもなく、消える。
「どうせ、始まる前から終わりが見えてしまう関係なんて…貴方にはわからないでしょうね…。愛なんて、元からないんですよ、私には…ーーー」
さみしげにつぶやかれた言葉。
先程まで震えていた指先の震えは止まっていた。
「宮根先生、先程天音君と喋っていましたが。天音くんとはお知り合いですか?」
「ええ。昔、懇意にしてくださった先輩の家に来ていた子です。そこで仲良くなりまして…ーー。可愛いですよね、あの子。素直な、いい子で…ーー」
「そうですか。そういえば、あの子の双子のお兄さんは生徒会長なんですよ?」
「そうなんですか?」
「兄の里桜君は頭の良い子で、ほら、あそこにいますよ。
担任の小早川先生と居る子です」
里桜を指差す教頭の方へ春彦は視線を映す。
だがすぐに興味がうせたように、視線を外した。
「似てませんね」
「でも美人でしょう? 弟の鈴くん…ほどではないですが、人気があるんですよ」
「相変わらず、コンプレックスの塊っぽいな……。弟と違って…ーーー」
「何か仰いましたか?」
「いえ何も。今後よろしくおねがいしますね、教頭先生」
********
鈴サイド
たかが、引っ越し。されど引っ越し。
帰宅した俺は、自室の纏められていない荷物に溜息を零した。
「無さそうで、荷物って結構在るもんだね」
小さい頃になくしたと思っていたスーパーボールから。
兄ちゃんに借りたままだったCDまで。
かれこれ3日はかけているのに、未だにものが乱雑されている。
初めはやる気だった俺も、もうやる気はチリと化した。
片付けるはずの漫画を熟読してしまっている。
「ほら、マジックで名前を書いて鈴」
兄ちゃんからマジックを手渡され、俺はダンボールにウサギの顔を落書きした。
「こら、真面目にやれよ」
「だってもう飽きたー」
「おまえねぇ…」
呆れたようにため息をこぼす兄ちゃん。
兄ちゃんの方は真面目に荷造りしていたようで、そろそろ終わりそうだ。さすが兄ちゃん。
なんでも仕事が早い。
「兄ちゃん、よく纏められたね。兄ちゃんも夏休み、生徒会で忙しかったよね?」
「ああ。まぁな……」
「生徒会の仕事は順調?」
「ぼちぼち。光もいてくれるしな…」
「ふぅん…」
光っていうのは、生徒会副会長・柊光のことだ。
すっごい真面目な男で、全国模試でも上位に食い込むほど頭のいい男らしい。
親が代議士みたいなんだけど、とってもクールな人で。
一部の人間にしか、仲良くしてくれないで有名なのだ。
俺も副会長にはあまりよく思われていないし、剛なんかは目の敵にされている。
兄ちゃんの友達だし、俺も仲良くしたいんだけどな…。
「よう、ちび達飯が届いたぞ?」
ノックもせずに、先生は躊躇なく子供部屋にズカズカと入ってきた。
先生や隼人さんも俺たちの引っ越し手伝いをしてくれてて、今日は休日だというのにやってきてくれたのだ。
先生はワイシャツの袖を捲った姿で俺たちの前に現れた。
スーツを着ていないラフな格好の先生の登場に、兄ちゃんはぼんやりとしばし視線を奪われ…その後、ハッとしたようにブンブンと頭を振った。
「先生、天丼来た?」
「おう、来てる来てる」
「やった~~! えび~っ」
片付けをほっぽりだして、俺は目当てのエビちゃんを求めにリビングへ向かった。
ダイニングテーブルには、5人分の出前が並んでいる。
母さんの部屋を整理していた隼人さんもすでにきていて、ぐったりと椅子に座っていた。
そんな隼人さんを見て、「お前は力ないんだからなぁ…」と苦笑する俺たちの義理の父・晴臣医院長。
「鈴君、手を洗っておいで」
「は~い…えっと、…晴臣お父さん」
お父さん、だなんて恥ずかしいけど、晴臣医院長が喜ぶので、出来るだけお父さんと呼ぶようにしている。
そもそも、本当のお父さんの記憶もない俺は、お父さんに憧れもあるわけで。
俺としても今までいなかったお父さんという存在を呼べて嬉しかった。
晴臣医院長は、デレデレと顔を緩めて。
「『お父さん』…薫さん、君の子供達は天使だねぇ。早速薫さんに電話しないと…!!隼人あとは頼むね」
子機を片手に医院長はリビングを出た。
親ばかなんだから。これで、母さんが子供を産んだら…玩具とかめちゃくちゃ買いそうだなぁ。
「鈴、お疲れ様」
「隼人さんもお疲れ様。ありがとうね…。お仕事忙しいのに」
「いえいえ。でも、頑張った私に、鈴からのご褒美、くれないかな…?」
「え…ご褒美…?でも、俺今お金なくて…ーーー」
「ご褒美は、鈴がいいな…」
告げられた言葉と同時に腰を抱き寄せられ、唇が重なる。
隼人さんは俺の後頭部へ手を回して、角度を変えて何度も口づけを送った。
もう何度も隼人さんからはキスしてもらったのに。
未だにキスになれない俺は、いつも酸欠状態になってしまって、目も涙目になってしまう。
「…鈴、キスするときは鼻で息をするんだよ…」
「そんな器用にできないし…。お子様だもん」
「そう?私の手で悶える鈴は凄く色っぽかったけどな…」
耳元で甘く囁くと、隼人さんは俺のズボンに手をおくと妖しげな動きをし始めた。
隼人から散々愛撫された体は、少しの刺激であの夜を思い出し疼いてしまう。
「こ、ここで…?」
「うーん。ここでしたいところだけど…。今は兄貴も里桜もいるから…」
「そ、そうだよね…」
こんな昼間っから、引っ越しの最中なのに隼人さんにしてほしいって思っちゃう俺は…やっぱりエロエロなのかなぁ。
でも…
「…鈴、後で抜け出そう?続き、してもいいかな…?」
俺に負けじ劣らず、隼人さんだってエロエロだと思う。
俺たちお互い、エロエロだ。
「……うん」
俺は小さく頷くと、隼人さんの胸に額を押し当てた。
隼人さんは、ゴロゴロ猫のように甘えた俺の頭を撫でてくれる。
ふにゃ、と顔が緩んでいき…
その手のひらに、はたと昼間にあった春ちゃんのことを思い出した。
隼人さんの後輩の、春ちゃん。
隼人さんの家にいくと、大抵いた春ちゃん。
隼人さんは、春ちゃんが俺たちの学校の校医になったこと、知ってるのかな?
隼人さんの口から、最近は春ちゃんのこと聞かなかったけど、二人はまだ連絡取り合っていたのかな?
「今日、春ちゃんに逢ったの」
「…春ちゃん?」
「うん。昔隼人さんの家にいた宮根春彦さん。春ちゃんだよ」
隼人さんは双眸を見開いたあと、俺からすっと眼を逸らした。
それまで俺にデレデレだったのに、ちょっと春ちゃんの名前を聞いた瞬間、表情が硬くなったような。
「…それで?」
「それが、今度俺たちの学校の校医になるって。凄い偶然だよね。春ちゃんって、病院づとめの先生じゃなくて、行為になったんだね…びっくり。」
「へぇ…そうだな。うん、凄い偶然…」
「…隼人さん?」
おざなりに隼人さんは相槌を打つと、それ以上春ちゃんのことは語ってはくれず…
結局未だに連絡を取り合っているのか、隼人さんが答えることはなかった。
ーーーー隼人サイトーーーー
どれだけ抱き合えば、この身体の疼きは収まるのだろう。
この思いの終着点が見えるのだろうか。
狂おしい想いが、消え去って、何も感じなくなるのだろうか。
もぐもぐと、えびを頬張り幸せそうにしている鈴を眺めながら、隼人はふとため息を零した。誰にも気づかれないような、小さなため息。
鈴の隣には、里桜と父である晴臣がおり談笑している。
穏やかな家族の団欒に、隼人はそっと抜け出し引っ越し準備を終えた居間へと向かった。
(罪悪感か……。馬鹿らしいー。こうなることを、望んでいたのに…。何を躊躇っているんだ…。これでいいんだ、これで。私はずっとこれを望んでいたのだから)
そう、自分に言い聞かせるように、隼人は呟くと、手のひらを額にあてて、宙を仰いだ。
カタカタと、手は震えている。
震える指先に、苛立たしく隼人は舌打ちを打った。
「なにしてんだ?お前…」
誰にも抜け出したことなど気づかれていないと思ったのに。
隼人の様子を不振に思った疾風が、隼人の後をつけてきたらしい。
「なにも。ただ少し休憩したいな…と思いまして。兄貴と違って体力ないので」
「よく言う。昔はとっかえひっかえ、女も男とも遊んでたくせによ」
「はは、若気のいたりってやつですよ…」
わらえねえよ、と疾風は顔を顰める。
「宮根春彦、って覚えてるか?お前のお気に入りのセフレだったやつ。そいつ、俺たちの学校の校医になったぞ。どうすんだ?」
「どうする、とは?」
「だから、鈴が知ったら…」
「どうなるでしょうね。泣くでしょうか…」
「泣くでしょうか…って他人事だな……。もう隼人さんなんて嫌い!ってわかれることになるかもしれないのによ。
それとも、お前、鈴のことーーー」
疾風が言い終わる前に、隼人は、ふふっと口元に手をあてると
「ずっと好きだったんだ。愛しいんだよ、鈴が。鈴ね、可愛かったよ、泣いて、もっとしてっていって。
ねぇ、兄貴。
鈴は、誰にも渡さないから…。兄貴にも、誰にも…。もう、誰に何を言われようと私の“もの”なんですから…」
微笑んでいるのに、目は笑っていない。
狂気じみた瞳に、疾風は恐怖を覚えながらも隼人をにらみつけた。
「余裕ねぇな…。恋人同士になったばかりだってのによ。
お前のほうが、鈴に夢中じゃねぇか。それでもいい大人か?のぼせるのも大概にしろ。お前の気持ちで鈴を振り回すのはやめろよ。それじゃあ、あいつが可愛そうだ」
「ほどほどにしますよ」
「ほどほどにって…」
「少し一人になりたいんで、出ていってくれます?」
拒絶する隼人の態度に、疾風はそれ以上話はできないと判断し、立ち去る。一人になった隼人はくつりと微笑むと
「可哀想…ね。そう思いますよ。私も」
眼鏡を外し、双眸を閉じた。
「兄さん、私がなんで貴方に対して他人行儀にしているのか…考えたこともないでしょう。
貴方という存在を、ずっと恐れていたこと。
どうして、早く鈴を手に入れたがっているかなんてーーー。
鈴の愛なんて、信じていないなんて…」
つぶやかれた言葉は誰に聞かせるでもなく、消える。
「どうせ、始まる前から終わりが見えてしまう関係なんて…貴方にはわからないでしょうね…。愛なんて、元からないんですよ、私には…ーーー」
さみしげにつぶやかれた言葉。
先程まで震えていた指先の震えは止まっていた。
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