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1章

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『貴方が…邪魔なのよ…!!貴方がいると、私は…!』

そういって、女の人は、俺に背を向ける。
待って、いかないで。いい子にするから。
悪いこと、絶対にしないから。
〝おとうさん〟なんて、いらないから。
なにも欲しがらないから。
なんにも、いらないから。
貴方が嫌がるのなら、声だっていらない。
貴方が嫌がるのなら、笑い声だってあげない。
なにもいらない。
なにもほしくない。


だから。お願い。
側にいてーーーーー。いらないなんて、言わないでーー。
縋るように伸ばした手は、なにもつかめず虚空を切った。


お願い。嫌だーー1人にしないでー。
もう我儘言わないから。いい子にするから。だからーーー
小さな影に手を伸ばす。
影から出てきたのは大好きな兄ちゃんで。
俺はほっと息を吐いた。
だけど…


『お前なんて嫌いだ…!!!お前なんて、いなくなっちゃえ…!』

兄ちゃんはそういって、駆け出していく。
俺を、置いて。


ーーーーお前なんて、
ーーーあなた、なんて…

ああ、そうだ。
〝ーーー貴方は人を不幸にするーーー〟



「……ごめんなさい…ごめんなさい…」
「…お…い…!おきろ!」
「ごめんな…さい…」
「鈴!」
「…っ」

ガクガクと揺さぶられて、瞳を開ける。
目の前には兄ちゃんのドアップ。

「兄ちゃん…」

ぎゅっと兄ちゃんに抱きつく。
あったかい兄ちゃんの体温に、冷たくなっていた俺の身体がじんわりあったかくなっていくのを感じる。

「どうしたんだ?鈴」
「怖い夢、ミタ…」
「怖い夢?」
「あんま、覚えてない。
でも、誰かがいなくなって、兄ちゃんもいなくなって、俺が一人になる夢。」

兄ちゃんが、俺を冷たい瞳で見つめていて。
俺を邪魔だと思って、去ってしまう夢。

夢を話すと、兄ちゃんは馬鹿だなぁといって、コツンと俺の額に己の額をあてる。

「兄ちゃんは、鈴を邪魔だなんて思ってない。お前は自慢の俺の弟だ」
「兄ちゃん…」
「多分、鈴は母さんの妊娠で、俺や母さんを取られるって思ったんじゃないか?だから、そんな夢見たのかも。俺も…似たような感じだったから」
「兄ちゃんも…?」
「でも、大丈夫だよ。鈴。俺も、母さんも鈴が〝必要なんだから〟
だって、鈴は俺たちを…ーっ、」

不意に、兄ちゃんが頭を抱え込む。
「兄ちゃん?」
「ごめん。俺も寝不足みたいだ。もう寝るな」
そういって、立ち去ろうとする兄ちゃんの手を掴んで
「一緒に寝よう」と甘える。

「兄ちゃんが一緒にいてくれたら、悪い夢見ないかも」
「まったく。いつまでたっても兄離れしないんだからな…」
兄ちゃんはそういいつつも、俺をぎゅっと抱きしめて同じ布団で眠ってくれた。
兄ちゃんが一緒にいてくれたから、2回目の悪夢は訪れることはなかった。


母さんの再婚相手に会うことになったのは、3連休が開けた日の平日だった。
本当は3連休で会うつもりだったのだが、相手側の都合がつかなくなったらしい。
剛とどこか泊まる話も、剛の方に予定が入ってしまい行けずじまいで。

母さんも、忙しくしており俺は久しぶりに兄ちゃんと二人きりの休日を過ごした。
俺の性格は、ジェットコースターみたいだと言われる。
気が落ち込む時は、ガーッと落ち込むし浮上したらケロリとしている。

対して兄ちゃんは、中々浮上できないみたいで、何事も慎重になってしまう。
正反対の俺たちは、互いの存在に助けられることが多い。

今みたいな再婚問題も、兄ちゃんの言葉で俺は受け入れることが出来たし、兄ちゃんは兄ちゃんで、考え込んでいることが多いけどそれでも俺の前だとしっかりしていた。


再婚相手に会う日。
兄ちゃんは、HRが終わったあたりから顔を赤らめさせていて具合が悪そうだった。
兄ちゃんは、すぐ無理をする。
そして、それを俺や母さんに隠して限界まで頑張る節がある。

今回もまた風邪を隠していると判断した俺は、放課後、大丈夫だといいはる兄ちゃんの手を引き、小早川医院に向かった。


「鈴、ほんとに…俺は…」
「いいのいいの。
それに、兄ちゃん、今日はこれから…母ちゃんの〝相手〟の家族にあうじゃん?
その時、兄ちゃんがぐったりしていたら、相手が悪いやつだったら一人じゃ懲らしめられないじゃん」
「鈴」
「にいちゃんは、不安なんでしょ?だから、朝あんなだったんだよね…。母ちゃんを取られるから

俺も、ちょっと不安。
でも、母さんが決めたことだから。
だから、もし、相手の人がスッゴイ悪い人だったら、俺と兄ちゃんで懲らしめちゃお。

それにね、もし母さんが再婚しても、にいちゃんには俺がいるよ」
「鈴…」
「だからね、元気になって…っと、ほら、病院到着!って、え…?」

話しながらも、小早川病院に無事ついたのだが…生憎、病院の戸は固く締められており、ドアには「休診」と書かれた張り紙がしてあった。


「休みってーなんでー!いつも空いてるのにー」
「休診なら仕方ない。それに俺は大丈夫だって、ほら、早く母さんにこいって言われたところ行くぞ」
「うん…無理はしないでよ…?」
「大丈夫だ…」

兄ちゃんはそれから携帯でタクシーを呼び、母からこいと言われた料亭をタクシーの運転手に告げた。

北千住にある料亭「流千」は、高級感あふれる料亭である。
どれだけ凄いかっていうと、食事だけで札束が裸足で逃げていくんだとか。
流千の外観がタクシーから見えると、俺の目はその景色に釘付けになる。


「俺、こんな料亭来るの初めて!って、兄ちゃんもか。ねぇ、母さんこんな料亭来てお金払えるのかな」
「母さんの相手が払うんだろ…。こんな料亭をわざわざ…すっごい金持ちなのかも…」
「金持ち!凄い。お金に不自由しないね」
「馬鹿…。あ、すいません、一万円から…。っと、鈴、行くよ」


会計を済ませて降りた兄ちゃんが、俺の肩を叩いて、先を促す。
俺はこくりと頷いて、兄ちゃんに続いてタクシーを降りた。



「にいちゃん、風邪大丈夫なの?」
「大丈夫。お母さんが待ってるから、行こうか」
「うん」

俺たちは暖簾を潜って、建物の引き戸を開けた。



中は…さすが高級料亭という佇まいだった。
とにかく広くてスペースがあり、床は蛍光灯の光を反射するくらいピカピカに磨かれている。
凄い。こんな家に住みたい。

「いらっしゃいませ。小早川様のお連れ様ですね?」

女将と思われる恰幅の良い女性がにこやかに俺たちを出迎えた。
2人は顔を見合わせて、首を傾げる。

小早川…?
俺たちの苗字は天音、である。
人違いだろうか。


「あの天音ですけど人違いじゃ…」
「やっと来たわね2人共!待ってたわよ早くいらっしゃい」

兄ちゃんの言葉を遮るように、母さんが奥の方から出てきた。
淡い山吹色のワンピースを着た母さんが、女将に「すみませんね、私たちの連れあってます」と微笑んでいた。
母さん、結構お洒落してるなぁ。気合い入っているみたいだ。
それもそうか。こんな料亭でお食事するような人が結婚相手だもんな。

どうやら、母の相手は小早川、というらしく相手の名前で部屋を取っていたらしい。


「小早川って…、まさか…」
「兄ちゃん…?どしたの?おーい。だめだ。トリップしてる…」

心あらず…な状態になった兄ちゃんの腕を引っ張って、俺は母さんの後を追った。


 通された部屋。
目に入った光景に金縛りにでもあったように、ピタリと兄ちゃんの足が止まった。

「にいちゃん?」

俺は兄ちゃんの目線を追い掛けて…そして、絶句した。

「は、隼人さん!?」
「やぁ…」

通された部屋は8畳程在る和室。

そこに、俺がよく知っている小早川医院の小早川院長と大好きな隼人さんが先に席に着いていた。
間にひとり分のスペースが空いている。
他にも誰か来るみたいだ。

でもなんで隼人さんがここに?
母が働いている病院の院長と、その息子の隼人さん。
そんな二人がここにいるのは…、まさか…。



「やあ里桜君鈴君、席に着いて」

患者を宥めるかのように、小早川先生がいう。
院長先生とは、久しぶりに合うけど変わっていない。
大人の渋い叔父様だ。

隼人さんの父親だから、もちろん顔は凄く整っていて、患者や看護婦がぽぉ~っと院長を見ていることなどよくある。
わざわざ院長の顔を見に通院している患者もいるくらい。


じぃっと隼人さんを見ていたら、隼人さんは俺の視線に気づいて

「私の前の席においで鈴」

手招きをした。

隼人の声に促され、俺は促されるまま云われた場所に座った。

俺の前には隼人さん。
そして隣には兄ちゃん。その隣が母さんだ
ちなみに母さんの前には、院長先生がいる。


「びっくりさせてすまなかったね。薫さんが2人を驚かせたいって」
「凄いサプライズでしょう?」
「「サプライズって…」」

母は、結婚相手とその家族と会う、と言っていた。
つまり…。


「君達のお母さんを私に下さい」

俺たちが応えを言う前に、院長は真っ赤な顔で俺たちに頭を下げた。
やっぱり。
院長が…母の再婚相手、だったようだ。

 院長ならば、結婚相手としてもうしわけない。いや、むしろおつりがくるくらい。
いつも優しい院長なら、俺たちに対しても疎ましく思わないだろう。


「母さんが幸せなら」
「お母さんが幸せなら」

俺たち二人はそろって、そう口にする。

「里桜、鈴、ありがとう~」

母さんはほっとしたように俺たち2人まとめて、ぎゅっとハグをした。


「お腹の子に障りますよ?薫さん」
「あらそうね、パパ」

すでに二人はすっかりラブラブモード。
母さんなんて、パパ、なんて可愛らしく院長に甘えている。
家では見せない姿だ。
今この場で鬼ばばぁ、なんて言ったら、笑顔のまま殺されそうだ。


「母さん、もうひとり誰か来るの?」

兄ちゃんの前の席、不自然に空いた席には、料理が置いてある。
がということは、まだこの場にだれか1人くるということだ。


「そうよ~ってか料理冷めちゃうわ」
「先にいただきましょう。2人共たくさん食べるんだよ」
「「…はい」」
「うわ~さすが双子!ハモるね~」

隼人さんが楽しげに笑う。
うぅ…やっぱり、かっこいいよぉ。隼人さん。

笑った顔も素敵だよぉ。
自分でもわかるくらい、じわりじわりと頬が染まっていく。
久しぶりの隼人さんスマイルに、口から心臓が飛び出そうになった。
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