先行投資

槇村香月

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先行投資・俺だけの人。

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「小牧さん、」
「ん?」
「私は、愛することに臆病になって、大事なことを忘れていたのかもしれません。
自分が傷つきたくないから、逃げようとしていた。ぶつかる勇気がなくて、回り道していた。樹は、必死にぶつかってくれたのに。私は、怖がっていた。卑屈になって…」

卑屈になって、樹の言葉を信じられなかった。
不安になって、樹の気持ちを勝手に決めつけた。

樹はもう子供じゃない、もう立派な大人なのに。
対等な、関係なのに。

離れてしまう怖さから、樹を子供のように扱っていた



「蒼真と貴方のおかげで、気づきました。今が大事なこと。今しかないこと。
ありもしない未来を心配するよりも、今の幸せを大切にしなくちゃいけないこと」

ずっと忘れてた。近くにいすぎたから。
いすぎたから、忘れてしまったのかもしれない。

隣にいられる喜びを。好きだと言われて、胸震えた日々を。

「思い出したんです…昔のこと…。私も樹と付き合いたいといったことを…。あの時の、私はもっと潔かった。潔く、愛するがまま、樹についていきたいと思った。その気持ちを、私は忘れていたのかもしれません」

樹が私を押し倒し、私を恋人にしたいと言った日。
私はあの日に、全て委ねた筈だった。

年下の抱きたいと思っていた息子に、抱かれてもいいと、プライドも不安もすべて捨てたハズだった…



「まだ、間に合うでしょうか…。樹は、私を許してくれるでしょうか…」
「樹ってあのわんこ?あのわんこなら、大丈夫だよ。なんせ、犬みたいだったからね。ずっとご主人様を待っているよ。ご主人様とラブラブでいられるのを…ね」

「…っ、すいません、ちょっと…」

樹に、会いたい。
樹の声が聴きたい。

私の気持ちなんて、小牧医師にはすぐ見破られたんだろう。

ベッドから降りる私に、ふふ、と笑いかけ、急ぐと危ないからね、と声をかけてくれた。

といっても、焦り急ぐ私には申し訳ない忠告であったけれど。




樹…樹…。

カラカラと点滴を引き、公衆電話があるスペースへと早歩きで病院の廊下を進む。
途中ナースステーションを通り過ぎ…、

「あ…、」
「公久…」

丁度面会にきてくれたのであろう、蒼真と鉢合わせになった。

「公久…どこいくん…」
「蒼真…ごめん…」

唐突に切り出す私。蒼真はえ…、と目を瞬かせ…、

「それは、俺の気持ちに対してか?」
静かに、聞いた。

「うん…、ごめん…。蒼真。私は、やっぱり、樹といたい…」
「年下の男なんて、お前が泣かされるだけだぞ…」

ぶっきらぼうに言う蒼真。

「それでも…、それでも、一緒にいたいんです…」

私は、何かがふっきれたように笑い、蒼真を真っ直ぐ見据えた。
蒼真と目が合うと、蒼真は少し瞳を揺るがせたが、またすぐいつもの顔で私に微笑んだ。

「蒼真…、」
「公久、」
「蒼真…あの…、」
「その言葉は言わないでくれるか…?お前を思う事も、出来なくなっちまうから…」
「そう…ま…」
「悪い…な…」

蒼真は私の頭を一つ撫でて、私の隣を通り過ぎた。




病院内の入院患者用スペースにある、公衆電話から、自宅に電話をかける。
ツゥルルル、と、およそ、7コール。

「もしもし…」

久しぶりに聞く、樹の声。
その声を聞いただけで泣いてしまいそうだ。


「いつき…、」
「公久…さん…」

呟くように、名を呼ぶ樹。
久しぶりに呼ばれる声に、胸が震える。

会いたい。声が聴きたかった。
樹と話がしたかった。
気持ちが溢れて止まらない。

こんなにも、

「樹、私は、」
こんなにも、私は…。

「お前を、愛している…」

お前を愛していた。

もう一度、はじめよう。
もう一度、初めから。

本当に愛し合っていた日々に、

一度、リセットしよう。

もう一度、もう一度、

愛し合おう…、樹。

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