先行投資

槇村香月

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先行投資・俺だけの人。

壊れた絆、歪んだ感情

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月日が経つのは早い。
何もしないと、あっという間に過ぎてしまう。
樹がいなくなったことを色々と考えるのが嫌になり、思考を停止してしまっている。

なにもしたくない。
なにも考えたくない。

何かを考えれば考えるほど、ざぁざぁ、と頭の中で砂嵐がおこり思考をかき消してしまう。


ぼぉっとしている間に、月日は瞬く間に過ぎて、ついに樹の誕生日1日前になってしまった。

本日、6月19日。
仕事は相変わらず、滞っている。
何度パソコンを開いても、憂鬱なことしか考えられなくて、開いては、閉じるを繰り返している。
この間、樹が家出したときと同じだ。

このままだと、投資の腕も鈍って稼げなくなり廃業するかもしれない。
いっそ、それでもいいかと思う。
なにもかもリセットして新しくしてしまうのも。
新しく全てを初めて、新しい私を演じるのも。

いや、無理か。


 あの日、進藤君から呼ばれた樹は、今日まで帰ってこなかった。
またか…という思いと、どうでもいいや…という投げ遣りな思いがしこりのように胸に残っている。


誕生日の約束は、どうなってしまうんだろうか。

 樹は、私の元から去ってしまうのだろうか。
進藤君のところに…べつの誰かのところに行ってしまうのだろうか。


覚悟はしている。
もう、覚悟するときになってしまった。
ぐだぐだ考えても、明日、全てがわかる。

明日になったら、色々話すことになるのだから。


だから…。
どんな結論が出ようとも、樹にすがるようなことだけはしまいと心に決めた。
樹が出す結果に私は従うだけ。

泣いてすがるということも、もう、しない
私という存在で縛ったりもしない。

樹が望むがまま、全てを委ねる。
それが、〝大人〟であり親である、私の責任だ。
ぐだぐだ悩み続けたが、これが、私が出した答えだった。
樹が家から出たいといえば、笑って見送る。
それが、一番誰も傷つかない選択だった。

私はいい大人で居続ける選択をした。


―ピンポン。
ぼんやりと昼食を食べているところで玄関のチャイム音が鳴り響いた。

宅急便だろうか。
宅配の予定なんかないのに…。


樹がきたのだろうか…。でもどうしてチャイムなんか…。

重い腰をあげて、玄関に向かう。


「どちら…さま…?」
「進藤です」

進藤…。
その言葉に小さく震える。


「進藤君…?」

進藤君の声を聴いた途端、顔がぴきりと、固まった。

インターフォンのモニターからは、進藤君の小さな影が映し出されている。

『さっきも言いましたけど、僕、樹君と付き合っているんです。その、恋愛的な、意味で』

あの時の言葉が脳裏に蘇る。
進藤君の電話を受けて、出かけて行った樹。
未だに帰らない、樹。
進藤君の出現で、仲違いした私たち。
そして、家に帰った樹を、また家出させたのも進藤君のあの電話からなのだ。


口が渇く。
樹に用?わざわざ家まで来て?
でも、樹は進藤君の電話から家にいない。そんな樹に用か…?
いい予感はしない。それどころか、嫌な想像しかない。


「なにか…用かい?樹は…」
「樹君は、僕の家にいます。また戻ってきてくれたんです…」
「そうか…」

樹は、また、進藤君の家に…。
ずき、っと胸が痛んだが、なんでもないふりをする。
気持ちを押しとどめてなにか言うのは…もう慣れたものだ。
インターフォン越しで良かった。
進藤君の顔はインターフォンのモニターから見えるが、こちらの顔が見えていないのが幸いだった。

しかし、何故進藤君は樹がいないと知っていながらわざわざ家にきたんだろう。


「わざわざ、それを知らせに…?」
「…はい…」
「そう…か…」


進藤君は、「ここ、あけてくれませんか?」と、催促する。
どうやら、私と直接話したいらしい。
直接話すのなんて嫌で嫌でたまらなかったが、進藤君がどうしても、と強請られればそうは言えず…。

結局、そのままドアを開けてしまった。
開けた瞬間、するっと隙間から部屋の中に入ってきた進藤君。
相変わらず小作りな小さな顔はまるで女のこのようであった。
ばさばさした長い睫毛に少し猫っぽい勝気そうな瞳に、つん、とした桜色の唇。
男なのに可愛い、整った顔。
私がどんなに臨んだって慣れない顔がそこにはあった。
男なのに可愛いその顔。彼ならば、男同士でも、もっと堂々と樹の隣にいられるのだろうか。


進藤君は、家に入ってそうそう、私を睨みつける。まるで、親の仇のように。
私が彼に何をしたっていうんだ。
どちらかといえば、散々されたのは私の方なんだが…。
居た堪れなくなった私は、ついつい進藤君の視線から逃げるように俯いてしまう。


「貴方、最低です」

凍えそうな冷たい口調で進藤君は、言った。


「どうして、なにもない顔できるんですか?」
「え…」
「樹君が僕の家にいて、どうしてなにもない顔、できるんですか?
あなたと樹君は、恋人なんじゃないんですか?」


なにもない顔だって?
そりゃ、私はいつも飄々としていて、表情が変わらないけれど…。
でも、なにもない顔なんかしていない。
樹がいなくなって、それこそ、手がつけられなくなったくらいだ。


何故、進藤君にそんなことをいわれなくちゃいけない?
彼に私の何がわかるというんだ。
私はこんな顔だ。
クールだとか、感情がないだとか言われるが、そんなことはない。
樹がいなくなっただけで、何も手がつけられないほどなのに。
ようやく、離れてもいいと、樹が選ぶ選択に身を委ねようと決心したのに。
なぜ他人にそんなことをいわれなくちゃいけないんだ。



「何故君にそんなことを…君には関係ない…」
「僕、みたんです」
「え…?なにを…見たんだ…」
「貴方と…男の人がキスしているところ…僕見ちゃったんです。」
「キス…」

かっと頬が染まる。
キス…。考えられるのは、あの時のキス…。蒼真としたときの…プラネタリウムにいったときの…あの時の去り際のキスだけだ。

あの時のキスが…見られていた…?
まさか…。

「まさか…それ…樹に…」

もしもあの時、進藤君が私と蒼真をみたならば、その後電話したのは…。

進藤君は、樹が好きらしい。
ならば、私とはライバル、という事になる。
そのライバルが樹じゃない他の人間とキスしていたんだ。
当然、私に宣戦布告した進藤君ならば樹に言ってしまう気がする…。
蒼真と…樹じゃない、男とキスしたことを…。

そういえば…あの時…最後に樹が私に言っていた言葉は…「信じているからね」だった。
何故、あの時不審に思わなかったのだろう。



「浮気ですか」
「浮気なんか…」
「浮気じゃないですか。貴方樹君の恋人なんでしょう。僕、樹君に聞いてしっているんです」

浮気なんかじゃない。あれは蒼真が勝手にしたんだ。
でも…はたして、本当に浮気じゃないのだろうか…。

本当に嫌だったなら、蒼真の外出への誘いも断れた筈だ。
そもそも、自分に好意を持つ人間を傍に置いた…、わたしにも油断があった。
蒼真だけが悪いわけじゃない。
最悪な想像を…していなかったわけじゃない。
蒼真に縋った私が悪い。

「貴方には樹君が必要じゃないんですか?」

投げかけた進藤君の言葉はとても冷たい。
必要だ。
でも、樹は…君のところにいってしまうだろう?
だから、私は…。

「あんなに、樹君に好きでいて貰っているのに」

好きでいて貰えている?朝帰りばかりしているのに…?

「ズルい…です…貴方は、ズルい。
何も知らないって顔してる。わかってます、って顔の大人。大人だから冷静でいますっていう、ずるい大人…。物事に流されるだけで、何もしない、貴方は人魚姫なんだ。今だって僕に何も言わない…樹君が可哀想だ

人魚姫は、そのまま泡になっていればいい。何もしないで…僕に奪われて泣けばいいんだ」

進藤君は、玄関へと踵を返した。
ふと、その途中で足が止まる。

「明日、樹君の誕生日ですよね」
「…え…」

「…貴方には、渡さない。樹君は…、樹君のこと好きじゃない貴方には渡せない。明日…樹君をものにします。貴方なんか忘れるくらい…僕は彼を愛します。
貴方はただ、黙っていればいい。
ねぇ、公久さん。僕の家にいるってちゃんと考えたことあります?樹君、僕ともしかしたら、寝ているかもしれないんですよ。貴方のことなんか、忘れて…ね」

進藤君は、こちらにくるりと向き直り、にやり、と勝ち誇った笑みを浮かべた。
余裕の…勝者の笑みというものだろうか。

「それじゃぁ…また…」

くるり…と背を向けると進藤君は満足したように、玄関から去って行った。

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