先行投資

槇村焔

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先行投資・俺だけの人。

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およそ、1時間ほどで上映は終わった。
映画館の後のように、ぼぉ、っとした脱力感が私を襲う。
どこか…現実と違う世界にいった後のような、不思議な感覚。

周りはとうに明かりをつけ、明るくなっているのに…、しばらく私は何もない灰色の天井を見ていた。

―兄と一緒ではなくては嫌だ。

あの…神話のあのセリフが深く心に刺さった。ふたご座の神話。
カストルとポルックスの話。
樹も、ふたご座だ。


「綺麗だったな…、星」

ぽつり、と、一人ごちる。
人工的につくられたものだったのに。
とても綺麗で、本当に星を見ているようだった。


「そうだな…っと、こんど本物一緒に見に行くか…?」
「本物…?」
「ああ、いい場所知ってんだ、綺麗に星が見えるところを。俺の知っている穴場、だぜ?」

蒼真は得意になっていう。

「いいな…、是非いきたい…」
「行こうぜ、連れてってやるよ」
「…ああ…。樹もいいか…?」
「また樹…ね…。」
「…あ…」

樹とは、誕生日を過ぎたらわかれるかもしれないのに…。
つい、言ってしまった。

「ほんと、まぁ…、ま、別にいいけどよ…」

やれやれ、と蒼真はやや呆れ、席を立ち、出口へ向かう。
それに、私も大人しく続いた。

 手を、繋いだまま。

外へ出ると、だいぶ暗くなっていた。
もう7時くらいだろうか。早く帰らないと、樹が怒ってしまう。

『早く…帰ってきてね…』

そういえば、樹は何時くらいに帰ってくるんだろう。


プラネタリウムは楽しかったけど…これはこれでリハビリになったのだろうか。
楽しかったけれど…、でも、蒼真がいうようにデートらしいデートはしていないと思う。
帰りの車の中、ぼんやりと今日のことを考える。

「蒼真、」
「…なぁ、公久、お前はさ、ふたご座の話ってどう思う?」
「…え?」
「今日やっていた、話。カストルと、ポルックスの、話。
もしも、お前の恋人が死んだら…もし、自分の全てで恋人が戻ってくるんだとしたら…お前は、恋人の為に全てを捨てられるか…?自分の全てを失ってでも、恋人の為に投げ出せるか」

突然しゃべりだした蒼真。今日見た神話のことらしい。
樹の、為に…捨てられるか…だって?

「そして、お前の恋人は逆の立場で、お前が死んだら全てを投げ捨ててでも助けてくれると思うか…?」

私が死んだら…?
私がいなくなったら、樹は全てを捨ててでもおいかけて…
追いかけてくれる?
一瞬、考えて、ゆるゆると、頭を振る。

「…、くれるか、わからない」

樹は、助けてくれるかわからない。
そう返事をすると、蒼真がピクリと、眉をあげる。

「どうしてそう思う?」
「樹は、優しいから、きっと私を助けようとすると思う。優しい子だからさ。俺の事を大好きだって言ってくれるし。

でも、樹は私を助けられないんだ。樹は優しいから。樹は人気者だから、さ。
私を助けて全てを捨てようとすれば、誰かがそれを止めるから。樹には沢山慕っている人間がいるんだ。私にはもったいないほどに。だから…、」

「助けられない…ね…。言われる恋人も恋人だな。愛しているのかも怪しいね。」

「それは…私が、信じられないせいで…」

「なぁ、公久。もっとお前我儘いっていいんじゃないか?もったいない、もったいない、てさ。いったろ、俺はお前に惚れたんだって。お前は卑屈になる人間でもないし、価値のない人間でもないって」

「…それは…」

どうして、蒼真は私が言葉をつまらせてしまう事ばかり言うんだろう。
我儘、言ってもいいか、と…甘えたくなる。


「公久ってさ、こうなったらいいな…とかないわけ?恋人とこうなりたい、とか…ああなりたい、とか…願望ネェのか?」
「願望…」

願望は、ある。
樹と、ずっと一緒にいたい。
親じゃなくて…、もっと大事な人として。唯一の、ぞんざいになりたい。
私は、樹の…。


「どうして…樹には、沢山の人がいるんだろう…。ほんとは、私だけを見てほしいんだ…。
私が変なことを考える暇も、ない、くらいに…、私だけを…。私以外を見られなければいいのになんて、思ってしまうんだ」
「公久…」
「そんなこと、言えやしないけど…。言ったって、樹はきっと、うざいと思うだけだけど…私は…、樹の一番になりたいんだ。他を…全てを捨ててもいいと思えるくらいに、一番な、人に。自分の全てをなげうってでも愛して貰える存在に。駄目だな、親、失格だ…」

ほんと…駄目親だ。
いやしないのに、言ってしまいたくなる。

他の人間なんて見ないで、大人にもならないで、ずっと私の隣にいて、わたしだけを愛してほしい、だなんて。

車は見知った道を進んでいく。どうやら、家の近くまできたらしい。
時計を見れば、もう少しで、9時を指していた。

「ここで、いい…ありがとう…」

家の近くの公園前で下してもらうように言う。
蒼真は、ああ、と返事をすると、車を歩道に端によせて、エンジンを切った。


「公久、」

シートベルトを外している私の名を呼ぶ蒼真。
なんだ?
ふと、顔を上げれば、蒼真のいやに真剣な顔がある。

「公久…」
「そう…ん…っん、」

蒼真…と、名前を呼ぶ前に、唇の端を掠めるように、キスが落ちた。
軽い、数秒当たったほどの…キス。
軽く触れあったくらいの…キス。

たかが唇が触れ合っただけのこと。でも、キスはキスだ。

…キス、された…。
樹じゃないのに。また、蒼真に…。
樹の浮気を疑っておきながら、私は…。

「…馬鹿っ」

ぱしん、と小気味いい音を立てて、蒼真の頬を叩く。
油断、していた…。

今日の蒼真は凄く紳士的だから、手は出さないと思っていたのに…


「ってぇ…、」

どうやら、かなりの力で叩いてしまったらしい。
叩いた左ほおはみるみるうちに腫れていく。
少し居た堪れない気もしたが…、でもこのまま蒼真と一緒にいられなかった。

すばやく、車を出る。

が…、

「公久、」

完全に出る前に、蒼真に腕を掴まれてしまった。

「離…、」
「また、来るから」

焦ってもいない、かといって、余裕があるわけでもない、口調。
真剣な瞳が、私を刺す。
私の瞳をじっと見つめながら言う蒼真。

「…私は…」

「お前に彼氏がいるのも知っているし、わかれるつもりがないのも知ってる。でも、俺はお前を支えたいんだよ…」

瞳を揺らしながら、それでも私から視線を逸らさない蒼真が、一瞬、樹の姿と被った。
昔、私を初めて欲しいと言った、樹の姿と。

愛することを許してください、と懇願していた樹と。


「また来る…」

そんな姿を見れば、もう来るな、とは言えなかった。
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