先行投資

槇村焔

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先行投資・俺だけの人。

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「…樹は…心配するだろうか…」
「…?樹って彼氏君か?そりゃ、するだろ?恋人なんだから」

恋人…か。
昨日は、医者に大見得切って恋人とは安泰だと言ったが…、本当は全然安泰なんかじゃない。
どぎつい女物のような、匂いがついたシャツも見つかっているし。樹は、進藤君の方がいいのかもしれない。

「もう…恋人じゃないかもしれないんだ…。私と樹は」
「は?」
「お情けなんだよ、義理なんだ。私は…樹の恋人の前に樹の親なんだ」
「はぁ…?」

医者は私の言葉に呆然と相槌を返す。
いきなり、親、と言われても理解できないのだろう。
恋人で、親、だなんて。

「話せば長くなるけど…、」
「いいぜ、聞いておきたい」

医者はそういうと、私の押し倒していた身体から離れ、ベッドの隅に腰かける。
ちらり、と視線を投げかけて、私の話を待っているようでもあった。
私もベッドから身を起こすと、医者を見据える。
医者は黙って私を見ていた。

「私は…、未成年に手を出した、犯罪者なんだ」

そう切り出し、医者に今までの私と樹とのことを話した。
12歳で樹を保護し、そのまま親になったいきさつ。
私が不埒な目で樹を見ていたこと、それから樹に押し倒された事。
樹といた8年間、全て。

医者はただ静かに私の言葉に耳を向けていた。

「…、私には何もない。樹を縛っておける魅力も、権利もない。どこにもいくな、なんて言えない」
「恋人なのに?親、なのにか?」
「私は樹の本当の親じゃない。それに、樹を男同士という特殊な性癖を教えたのは私だ。本当なら私は非難されるべき人間なんだ…。あの日、樹に手を出した、あの日に。

純粋な樹に、誰もが愛される樹に自分の欲の為に囲い、汚し…、男を教えた。普通じゃない愛を教えてしまった。昔の私は馬鹿だったんだ。
いつか裏切られる、って、樹のことだって、どこかペット感覚…いや、玩具感覚でひきとったんだと思う。それこそ、欲を発散する、玩具みたいな…、
将来に投資する感覚で…。最低だろ」

樹はそんな私をいつも慕っていた。
頑なだった私の傍にいつもいてくれた。
大好きだ、と言ってくれた。

なのに、私は…。

「ここ最近、私は可笑しいんだ。樹は私が縛っていい存在じゃないとわかっているのに…樹の周りに嫉妬したり、別れにおびえたり、樹の成人を怖がっているんだ。そんな権利ありもしないのに…な…。樹には樹のお似合いの子がいるのに…な…」

自嘲気味に、笑う。
縛り付ける権利もないのに、樹を束縛し…、
離れればヒステリックに咎める。

進藤君のことを咎めた私を、樹はどんな風に思っただろう。
うざったい、保護者気取り。そうとでも思っただろうか。

医者は黙って私を見ていたが、何を思ったか、突然、手首をつかんだ。


「なに…?」
「蒼真」
「は?」
「俺の名前。後藤蒼真。呼んでくれ。公久」
「なんで…。それに、公久って…」
「いいから…」

いきなり、何故名前なんだ。
「名前を呼んで何になるのか。」
「俺が嬉しい」
「なんだ、それは…」

私たちは名前呼びする程仲が良かったか?
まだ1度や2度しかあっていないのに。
しかし、しつこく言い下がる医者に、私も折れて、仕方なく名前を呼ぶ。


「後藤…先生…」
「ん~、先生って響きも背徳的でいいがな。蒼真でいい…蒼真、だ。ほら、言ってみな」

にやにや、と名前呼びを強いる医者。その顔はどこか楽しそうだ。

「しかし…」
「ほら、蒼真、そ・う・ま」
「そうま…さん?」
「さんはいいって。ま、淑女に呼ばれているみたいで燃えるけどな」
「でも…、」

医者は…確か年上だ。年上の人間を呼び捨てなど、したことがない。
しぶる私に、医者…もとい、蒼真は、

「俺も公久って呼ぶからさ。蒼真、って呼ばなきゃ…お仕置きするからな」
「お、お仕置き?」
「お仕置きのちゅー…。っと、それじゃあ、ご褒美か…。ま、気軽に呼べ。」
「そんな…、なんで、呼ばなきゃ…」
「俺が今、決めたから、だ」

決めたから、って…。
どんな理由だ、それは。
むっと顔を顰めた私に、蒼真はクスリと笑い、私の頬を両手でくるむ。


「…おい…?」
「ほんと、公久の顔、俺好きなんだよな…。つん、とした猫みたい…。普段すましているんだけど、本当は寂しがり屋で、主人のことだけを思う…。俺この手の人間にはほんと、すっげぇ夢中になんだよ…」
「は?」

どこか独り言のように、零す蒼真。
猫?私が、か。

「私は人間だっ。馬鹿に…」
「馬鹿になんかしてないって。俺の素直な気持ち…。最初にセクハラまがいしたことは謝るが、そりゃーめちゃタイプの人間が久しぶりに現れたんだ。いきなりあれでも仕方がなくネェか?」
「仕方がないって…。お前みたいな人間だらけだったら、この世界は理性も何もあったもんじゃない…」

好みのタイプだからって、セクハラしまくる人間だらけの世界なんて…最悪、だ。
まぁまぁ、と口をとがらせる私に、蒼真は宥めるように肩を叩く。

「…そうそう、彼氏君のこと、な。なぁ、公久。お前俺の元でリハビリしねぇか?」
「リハビリ…?私は何かの病気なのか…?」

さっき倒れたのも、何か病気だったんだろうか。
まさか、わざわざ医者が出向くくらい、悪い病気でも…?
私の不安が顔に出たのか、蒼真は私の頭をぽんぽんと叩きながら、安心させるように微笑む。

「公久と彼氏のこと。公久は、自信がないわけ、だ。
何もない自分と、魅力的な彼氏君が付き合っていくの…が。だから、俺が公久を変えてやるって言っている訳。自信あふれる、男に…な」
「私が…?」
「そう、今の公久は、束縛という名の檻に自分から入っている感じがするんだよな。それが彼氏君の仕業かは知らないけど…さ。外に出るのを嫌がっている。俺は、そんなあんたに、もっと自由になって貰いたいんだ」

自由…。自信…。
私が変われば、こんなにも樹に依存しないで済むのだろうか。
些細な嫉妬や妬みなんかをしない人間になれるだろうか…。

もっと、自分の力で立てるだろうか。
一人になっても…。


「なぜ…?」
「ん?」
「何故、変えてくれるんだ?あんたになんのリミットがある?わざわざうちに来て…あんたに、なん…、ん、」


蒼真は私の言葉を遮りように、人差し指を私の唇に当てる。


「蒼真、だろ。公久。俺のメリット?あるに決まってる。俺は、狙った獲物は逃がさない主義なんでね。もちろん、下心があるから…、だ。自分の理想そのものの人間が、恋人に捨てられそう…って悩んでいるんだ。男なら、ここぞと落としていくだろう」
「ここぞ…、って…。私は…」
「ああ、まだいい。すぐに答えが出るなんて思っちゃいないし、なかなか落ちないやつを落とすのも男としては狩猟本能で燃えるしな…。って、訳で、俺は本気であんたを落とすから。覚悟しろ…」
「覚悟、って…」

こんな私を好きだなんて、どれだけ好きモノなんだろう…。
樹にも捨てられそうな私に、そんな事を言うなんて。
考えて俯く。

「医者って、慈善事業者が多いのか…?」
「あん?」
「いや…。本当に今の私を変えることが出来るのなら…、是非お願いしたい。今の私は…樹の傍にいても、卑屈になって、すぐ感情が乱れてしまうから…。
お前さえよければ、リハビリに付き合ってほしい。樹に何を言われても、笑っていられる私になりたいんだ…」

私が変われば、樹も安心する。安心して、私の元からもされる、から…。
決意したようにはっきりと蒼真に言えば、蒼真はにやりと笑う。

「いいぜ。あんたを変えてやるよ。そして、俺のもんにしてやる」

蒼真は不敵に笑って、私の手を引いた。

「ちょっと…!」
「善は急げ、だ…。ちょっくら、町、ぶらつくぞ。デートだ、デート」
「ま…、私は病み上がりで…」
「あん?医者がついてんだ。大丈夫だって。ドクターがokしてんだ。患者は黙っていう事をきく。ほら、行くぞ。着替えろ…それとも、俺に着替えさせてほしいのか?その場合、着替えだけじゃすまなく…」
「き、着替えるから…向こうで待ってろ」
「へいへい…」

蒼真はふと、口角をあげて笑い、隣の部屋へ移動した。
どうも、あいつを前にするとペースが崩れる。平静じゃいられない。
でも…それでもいいかもしれない。樹の事を、考えないで済むから。

今は…、あいつの…蒼真のいう事を聞くのも、一つの道かも、しれない。

少しでも変われば、樹は心置きなく私の元からされるのかもしれない。
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